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「……もう許さない。あんな女、この世の闇に飲み込まれてしまえばいいんだわ!」
王宮の片隅、リリアーヌは震える手で禁断の黒魔術の頁をめくっていた。
先日のケルベロス騒動で、彼女のプライドは木っ端微塵に砕け散っていた。
召喚されたのは、人々の負の感情を糧とする高位の悪魔、マルファス。
「……呼んだか、娘よ。お前の憎しみを代償に、その女の魂を絶望の淵へと叩き落としてやろう」
「ええ、やってちょうだい! あのアニエスの心の中に潜り込んで、彼女の精神を内側からボロボロに破壊して!」
リリアーヌの指し示す先では、アニエスが「お掃除の後のご褒美ですわ!」と、一人で楽しそうに高級なマカロンを頬張っていた。
黒い影となった悪魔は、音もなくアニエスの背後に忍び寄り、その背中から彼女の精神世界へと侵入した。
「ククク……。どれほど強気な女でも、内面には必ず闇がある。その後悔や嫉妬を抉り出して……な、なんだ、ここは!?」
悪魔マルファスは、アニエスの精神世界に足を踏み入れた瞬間、絶叫した。
普通、人間の内面には少なからず「恨み」や「不安」といったどろどろした沼があるものだ。
しかし、アニエスの心の中は、見渡す限りの広大な「お花畑」だった。
「眩しい……っ!? なんだ、この異常なまでの光量は! 空に太陽が五つも出ているのか!?」
「まあ! いらっしゃいませ、影の精霊さん! 私の『心の応接間』へようこそ!」
アニエスの精神体(という名の、キラキラ輝くミニサイズのアニエス)が、花の中からひょっこりと顔を出した。
彼女は悪魔のドロドロとした黒い体を見て、感銘を受けたように手を合わせた。
「素晴らしいわ! あなた、もしや最新の『体内に溜まったストレスを吸い出してくれる、お掃除ブラックホールさん』ですのね? お父様が仰っていましたわ、『心の汚れはプロに任せなさい』って!」
「お、お掃除だと……? 俺は悪魔だ! お前の最も忌まわしい記憶を呼び起こしに来たのだぞ!」
「忌まわしい記憶……。ああ、なるほど! それはもしや、『思い出のリサイクル・オークション』のことですわね! 過去の失敗を笑いに変えて、ハッピーなエネルギーとして再出荷する……。なんてエコロジーな試みかしら!」
アニエスは悪魔の腕(というか触手)を掴むと、広大な花畑を案内し始めた。
「見てくださいませ、あの辺りに咲いている赤いお花は、殿下に婚約破棄された時の『自由への祝砲』の記憶ですわ。そしてあちらの青いお花は、お父様に勘当された時の『自立記念パレード』の輝き……。どれもこれも、私の大切な宝物なんですの!」
「……な、なんだと? 婚約破棄が祝砲? 勘当がパレード? お前、正気か!? 普通は泣くだろう! 絶望するだろう!」
悪魔はアニエスの記憶を抉ろうとしたが、触れるものすべてが「感謝」と「ポジティブ」という名の猛毒に変換されていた。
彼にとって、負の感情こそが酸素。アニエスの純粋すぎる魂は、酸素のない真空地帯に等しい。
「う、うわあああっ! 居心地が悪すぎる! ポジティブすぎて、俺の体が……俺の体が浄化されて消えてしまうぅぅ!」
「あらあら、精霊さん、何をそんなに照れていらっしゃるの? もっと奥まで入ってくださいませ。今朝食べたマカロンの『甘美な調べ』が、もうすぐこの辺りでコンサートを始める予定なんですのよ!」
「もう嫌だ! 帰らせてくれ! リリアーヌとかいう娘の方が、よっぽどドロドロしてて居心地が良かった! あんな『太陽神の化身』みたいな女、悪魔にどうにかできるわけがないだろう!」
悪魔マルファスは、涙(というか黒い液体)を流しながら、アニエスの背中から弾き出されるように脱出した。
「ちょ、ちょっと! どうしたのよマルファス! あいつを絶望させたんじゃ……」
「無理だ! あいつの心は『幸せの永久機関』だ! 関わったらこっちが死ぬわ!」
悪魔はリリアーヌの制止も聞かず、召喚陣の中へと猛スピードで逃げ帰っていった。
呆然とするリリアーヌの前に、アニエスがひょいと現れた。
「まあ、リリアーヌ様! 今、とっても素敵な『心のデトックス・マッサージ』を体験いたしましたわ! あの方、とってもシャイな性格で、あっという間に帰られてしまいましたけれど……リリアーヌ様のご紹介ですのね?」
「……あ、アニエス……。あんた、本当に人間なの……?」
リリアーヌは腰を抜かし、後退りした。
もはや彼女には、アニエスが自分を陥れる悪女ではなく、人間を超越した「何か」にしか見えなかった。
「ふふっ、もちろんですわ! 私はただの、毎日を楽しんでいるだけの公爵令嬢……いえ、今は特命メイドでしたわね! リリアーヌ様、今度あの方を呼ぶ時は、ぜひ『お徳用のお線香』を用意しておきましょう。きっと、もっと落ち着いてお話しできると思いますわ!」
「……もう、いいわ。私の負けよ……。あんたには、どんな呪いも効かないわ……」
リリアーヌは力なくうなだれ、自分の部屋へと這うように去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、アニエスは満足そうに最後の一つ残ったマカロンを口にした。
「あら、リリアーヌ様ったら、あんなに急いで……。きっと、精霊さんに教えてもらった『新生活のヒント』を実践しに行かれたのね。なんて勉強熱心なのかしら!」
そこに、騒ぎを聞きつけたギルベルトとセドリックが駆けつけた。
「アニエス! 大丈夫か!? 今、ものすごい不吉な気配が……」
「まあ、お二人とも。心配性ですわね。不吉だなんて……あれは、精神をピカピカに磨いてくれる『心のタワシ』さんだったんですのよ。おかげで私、今とってもクリアな気分ですわ!」
「「……心の、タワシ……?」」
二人の王子は、自分たちが守ろうとしていた女性が、悪魔さえも「掃除道具」として処理してしまったことに、もはや恐怖さえ覚え始めていた。
アニエスの鋼鉄の純粋さは、ついには人知を超えた存在さえも敗北させたのである。
王宮の片隅、リリアーヌは震える手で禁断の黒魔術の頁をめくっていた。
先日のケルベロス騒動で、彼女のプライドは木っ端微塵に砕け散っていた。
召喚されたのは、人々の負の感情を糧とする高位の悪魔、マルファス。
「……呼んだか、娘よ。お前の憎しみを代償に、その女の魂を絶望の淵へと叩き落としてやろう」
「ええ、やってちょうだい! あのアニエスの心の中に潜り込んで、彼女の精神を内側からボロボロに破壊して!」
リリアーヌの指し示す先では、アニエスが「お掃除の後のご褒美ですわ!」と、一人で楽しそうに高級なマカロンを頬張っていた。
黒い影となった悪魔は、音もなくアニエスの背後に忍び寄り、その背中から彼女の精神世界へと侵入した。
「ククク……。どれほど強気な女でも、内面には必ず闇がある。その後悔や嫉妬を抉り出して……な、なんだ、ここは!?」
悪魔マルファスは、アニエスの精神世界に足を踏み入れた瞬間、絶叫した。
普通、人間の内面には少なからず「恨み」や「不安」といったどろどろした沼があるものだ。
しかし、アニエスの心の中は、見渡す限りの広大な「お花畑」だった。
「眩しい……っ!? なんだ、この異常なまでの光量は! 空に太陽が五つも出ているのか!?」
「まあ! いらっしゃいませ、影の精霊さん! 私の『心の応接間』へようこそ!」
アニエスの精神体(という名の、キラキラ輝くミニサイズのアニエス)が、花の中からひょっこりと顔を出した。
彼女は悪魔のドロドロとした黒い体を見て、感銘を受けたように手を合わせた。
「素晴らしいわ! あなた、もしや最新の『体内に溜まったストレスを吸い出してくれる、お掃除ブラックホールさん』ですのね? お父様が仰っていましたわ、『心の汚れはプロに任せなさい』って!」
「お、お掃除だと……? 俺は悪魔だ! お前の最も忌まわしい記憶を呼び起こしに来たのだぞ!」
「忌まわしい記憶……。ああ、なるほど! それはもしや、『思い出のリサイクル・オークション』のことですわね! 過去の失敗を笑いに変えて、ハッピーなエネルギーとして再出荷する……。なんてエコロジーな試みかしら!」
アニエスは悪魔の腕(というか触手)を掴むと、広大な花畑を案内し始めた。
「見てくださいませ、あの辺りに咲いている赤いお花は、殿下に婚約破棄された時の『自由への祝砲』の記憶ですわ。そしてあちらの青いお花は、お父様に勘当された時の『自立記念パレード』の輝き……。どれもこれも、私の大切な宝物なんですの!」
「……な、なんだと? 婚約破棄が祝砲? 勘当がパレード? お前、正気か!? 普通は泣くだろう! 絶望するだろう!」
悪魔はアニエスの記憶を抉ろうとしたが、触れるものすべてが「感謝」と「ポジティブ」という名の猛毒に変換されていた。
彼にとって、負の感情こそが酸素。アニエスの純粋すぎる魂は、酸素のない真空地帯に等しい。
「う、うわあああっ! 居心地が悪すぎる! ポジティブすぎて、俺の体が……俺の体が浄化されて消えてしまうぅぅ!」
「あらあら、精霊さん、何をそんなに照れていらっしゃるの? もっと奥まで入ってくださいませ。今朝食べたマカロンの『甘美な調べ』が、もうすぐこの辺りでコンサートを始める予定なんですのよ!」
「もう嫌だ! 帰らせてくれ! リリアーヌとかいう娘の方が、よっぽどドロドロしてて居心地が良かった! あんな『太陽神の化身』みたいな女、悪魔にどうにかできるわけがないだろう!」
悪魔マルファスは、涙(というか黒い液体)を流しながら、アニエスの背中から弾き出されるように脱出した。
「ちょ、ちょっと! どうしたのよマルファス! あいつを絶望させたんじゃ……」
「無理だ! あいつの心は『幸せの永久機関』だ! 関わったらこっちが死ぬわ!」
悪魔はリリアーヌの制止も聞かず、召喚陣の中へと猛スピードで逃げ帰っていった。
呆然とするリリアーヌの前に、アニエスがひょいと現れた。
「まあ、リリアーヌ様! 今、とっても素敵な『心のデトックス・マッサージ』を体験いたしましたわ! あの方、とってもシャイな性格で、あっという間に帰られてしまいましたけれど……リリアーヌ様のご紹介ですのね?」
「……あ、アニエス……。あんた、本当に人間なの……?」
リリアーヌは腰を抜かし、後退りした。
もはや彼女には、アニエスが自分を陥れる悪女ではなく、人間を超越した「何か」にしか見えなかった。
「ふふっ、もちろんですわ! 私はただの、毎日を楽しんでいるだけの公爵令嬢……いえ、今は特命メイドでしたわね! リリアーヌ様、今度あの方を呼ぶ時は、ぜひ『お徳用のお線香』を用意しておきましょう。きっと、もっと落ち着いてお話しできると思いますわ!」
「……もう、いいわ。私の負けよ……。あんたには、どんな呪いも効かないわ……」
リリアーヌは力なくうなだれ、自分の部屋へと這うように去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、アニエスは満足そうに最後の一つ残ったマカロンを口にした。
「あら、リリアーヌ様ったら、あんなに急いで……。きっと、精霊さんに教えてもらった『新生活のヒント』を実践しに行かれたのね。なんて勉強熱心なのかしら!」
そこに、騒ぎを聞きつけたギルベルトとセドリックが駆けつけた。
「アニエス! 大丈夫か!? 今、ものすごい不吉な気配が……」
「まあ、お二人とも。心配性ですわね。不吉だなんて……あれは、精神をピカピカに磨いてくれる『心のタワシ』さんだったんですのよ。おかげで私、今とってもクリアな気分ですわ!」
「「……心の、タワシ……?」」
二人の王子は、自分たちが守ろうとしていた女性が、悪魔さえも「掃除道具」として処理してしまったことに、もはや恐怖さえ覚え始めていた。
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