婚約破棄?悪役令嬢のノルマも達成ということですね?

恋の箱庭

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「……それで、先程から何をなさっているのかしら、リリアンさん?」


ガタゴトと揺れる馬車の中。
私は目の前で、魂が抜けたような顔で窓の外を眺めているリリアンに問いかけました。


私たちが乗っているのは、一応は「罪人を護送する馬車」……のはずですが、ふかふかのクッションに冷えた果実水、さらには公爵家秘蔵のお菓子まで備え付けられた、王族の移動用と見紛うばかりの豪華車両です。


「何って……。現実逃避ですわ。どうして私が、婚約破棄をされた側の令嬢と一緒に監獄へ向かっているのか、脳内会議を繰り返しているところです」


「あら、そんなの簡単ですわ。あなたが『ヒロイン』としてあまりにも未熟だからですわよ!」


私は扇子で彼女の顎をクイッと持ち上げ、じっくりとその顔を観察しました。


造形は悪くありません。
守ってあげたくなるような潤んだ瞳に、ふんわりとした桃色の髪。
しかし、いかんせん「気合」が足りませんわ!


「いいですか、リリアン。昨夜のパーティーでのあなたの立ち振る舞い。点数をつけるなら……マイナス三百万点ですわ!」


「さ、三百万!? 点数どころか借金じゃないですか!」


「当然です。まず、殿下に抱き寄せられた時の手の位置。なぜそこで殿下の胸板の厚さを確認するように掌を広げているのですか。あそこは、服の裾をキュッと控えめに掴む場所ですわ!」


私は手帳の『ヒロイン観察日記』のページを開き、ペンで激しくバツ印をつけました。


「そんなこと言われても……。ウィル様、最近体を鍛えてらっしゃるみたいで、つい『あ、結構硬いな』って思っちゃったんですもの」


「ヒロインに余計な感想は不要です! それから、私が暴言を吐いた後のリアクション! あそこはただ泣くのではなく、『お止めくださいメアリア様、これ以上はあなた様が汚れてしまいますわ……!』くらいの聖母のような慈愛を見せるべきでした!」


「無理ですよお……。あの時のメアリア様、顔が本当に怖かったんですもん。本気で刺されるかと思いましたよ」


「褒め言葉として受け取っておきますわ。……ですが、リリアン。あなたがそんな体たらくだから、殿下が変な勘違いを起こすのです。いいですか? あなたが完璧な光であればこそ、私は完璧な闇になれるのですわ!」


私は馬車の床をドン、と踏み鳴らしました。


「私には、悪役令嬢としての理想の最期があるのです。王宮を追われ、民衆に石を投げられ、それでも誇り高く、孤独に監獄の露と消える……。これこそが、グロースター公爵令嬢として生まれてきた私の使命ですのよ!」


「……メアリア様。言っちゃなんですけど、それ、かなり特殊な趣味ですよね?」


「趣味ではありません、美学ですわ!」


リリアンは深く溜息をつき、公爵家特製のマカロンを口に放り込みました。
……マカロンを食べる時に、そんなに大きく口を開けてはいけませんわ。
リスが頬袋に詰め込んでいるような食べ方は、育ちの悪い男爵令嬢……というより、ただの食いしん坊に見えます。


「でも、もう手遅れじゃないですか? ウィル様、メアリア様のこと『自分を犠牲にした愛の女神』だと思ってますよ。監獄に着いても、きっと至れり尽くせりの生活が待ってますって」


「……フフフ、甘いですわね、ハツカネズミさん」


私は不敵に笑い、窓の外を指差しました。


「見てごらんなさい。あれが今回の目的地、監獄『癒やしの塔』ですわ」


窓の外には、切り立った崖の上に建つ、白亜の美しい塔が見えてきました。
一見すると豪華なリゾートホテルのようですが、周囲は深い森と断崖絶壁に囲まれた、正真正銘の「脱出不可能」な場所です。


「あんな綺麗な場所、どう見たって保養施設ですよ……」


「表向きはそうですわね。ですが、中に入ればこちらのものです。私はそこで、看守たちを恐怖のどん底に陥れ、彼らを奴隷のようにこき使って差し上げますわ! 『あの女、監獄でも女王気取りだぞ!』という悪評を王都まで響かせてやるのです!」


「……メアリア様。それ、看守さんたちにとってはただの『わがままなお嬢様の接待』になりませんか?」


「うるさいですわね! とにかく! 到着したら、あなたにはまず『監獄の過酷さに耐える悲劇の美少女』を演じてもらいます。私はその横で、ふんぞり返って贅沢の限りを尽くしますから。よろしいわね?」


「はぁ……。マカロン、もう一個食べていいですか?」


「……半分残しておきなさい。それは私の好物ですわ」


こうして、馬車はゆっくりと監獄の正門へと入り込んでいきました。


待ち構えていたのは、厳つい鎧に身を包んだ看守……ではなく、なぜかタキシードを着て整列した、執事のような男たちでした。


「ようこそ、メアリア様。リリアン様。王太子殿下より、最高の『おもてなし』をするよう仰せつかっております」


深々と頭を下げる彼らの姿を見て、私のこめかみがピクピクと痙攣しました。


(ウィルフレッド様……! どこまで私の邪魔をすれば気が済みますの!?)


私の悪役令嬢としての「地獄の監獄生活」は、開始一秒で「最高級のホテルステイ」に変換されてしまったようです。
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