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「……ちょっと、あなた。耳は付いていますの? 私は『冷たくて硬いパンと、泥水のようなスープを持ってきなさい』と言ったはずですわよ!」
私は、目の前に恭しく並べられた銀の食器を指差し、声を荒らげました。
監獄『癒やしの塔』の最上階。
私の「独房」として用意されたその部屋は、公爵家の私の寝室よりも広く、床には最高級のペルシャ絨毯、壁には一流の画家による風景画が飾られていました。
そして今、私の目の前には、芳醇な香りを漂わせる焼きたてのクロワッサンと、厳選された茶葉によるアールグレイ、さらには季節の果物をふんだんに使ったコンフィチュールが並んでいます。
「……お嬢様。その言い方は、いくらなんでも無理がありますわ。このクロワッサン、バターの香りが最高ですもの」
私の隣で、当たり前のように椅子に座り、すでにモグモグと食事を始めているリリアンが口を挟みます。
「黙りなさいハツカネズミ! これは悪役令嬢としての『嫌がらせ』ですわ。私は今、看守たちを困らせ、彼らの労働意欲を削いでいる真っ最中なのです!」
「左様でございますか。……流石はメアリア様。私共のような末端の者にまで、これほどのお気遣いをいただけるとは」
タキシード姿の「看守長」が、感動に瞳を潤ませながら深々と頭を下げました。
「……は? お気遣い?」
「はい。殿下からは伺っております。『メアリアはわざと無理難題を言って、お前たちの忠誠心を試したり、あるいは気を引こうとするだろう。だがそれは、彼女が孤独に耐えかねている裏返しなのだ。決して怒らず、最上の愛をもって包み込んでやってほしい』……と!」
「あの筋肉ダルマ……ッ!!」
私は思わず、テーブルをバン! と叩きました。
ウィルフレッド様。あの男、どこまで余計な根回しをすれば気が済みますの!?
「違いますわ! 私は孤独なんて一ミリも感じていませんし、あなたの忠誠心なんて興味もございません! 私はただ、この豪華すぎる食事に文句をつけ、あなたたちを精神的に追い詰めたいだけですわ!」
「ああ……。なんと高潔なお姿……。あえて悪役を演じ、我々に『真のおもてなしとは何か』を説いておられるのですね。感服いたしました! すぐに厨房へ戻り、さらに上のランクの朝食を用意させます!」
「話を聞きなさいと言っているでしょうがーー!!」
看守長は、私の叫びを「照れ隠しの咆哮」とでも受け取ったのか、満足げな笑みを浮かべて部屋を去っていきました。
私はガックリと肩を落とし、豪華な椅子に深く沈み込みました。
……勝てません。あの王子の「超ポジティブ脳内変換フィルター」を通した命令が行き渡っている限り、私の悪行はすべて「聖女の振る舞い」に浄化されてしまう。
「……メアリア様。これ、もう諦めて食べたほうがいいですよ。冷めると味が落ちちゃいますし」
リリアンが、コンフィチュールをたっぷり塗ったパンを差し出してきました。
「食べませんわよ! 悪役がこんな美味しそうなものを……。……ん、これ、イチジクのコンフィチュールかしら?」
「みたいですね。隠し味に洋酒が効いてて、すごく上品ですよ」
「……一口だけですわよ。毒味ですわ、毒味。……パクッ……。…………あら、悔しいけれど絶品ですわね」
「でしょう?」
二人で豪華な朝食を囲んでいると、アンナが手紙を持って入ってきました。
王都に残した密偵(という名の、私のファンクラブ会員の庭師)からの報告書です。
「お嬢様、王都でのウィルフレッド殿下の様子が届きました。……読みますか?」
「ええ、聞かせなさい。きっと今頃、私を追い出した罪悪感で、夜も眠れずにやつれているはずですわ。それこそが悪役令嬢を追放したヒーローの正しい姿ですから!」
アンナは無表情に手紙を開き、音読し始めました。
『殿下は本日、広場で演説を行いました。「皆、聞いてくれ! メアリアは今、自ら進んで辺境の地で祈りを捧げている! 彼女は僕たちの幸せのために、泥を被って去っていったのだ! あんなに気高く、美しい女性が他にいるだろうか!」……と叫び、聴衆と共に涙を流したそうです』
「……なんですって?」
『現在、王都ではメアリア様の「悲劇の聖女伝説」が急速に広まっております。民衆の間では「メアリア様を王都へ戻せ」という署名運動まで始まっているとか……』
私は、持っていたティーカップを取り落としそうになりました。
「……アンナ。今、なんて言いましたの? 署名運動?」
「はい。さらには、殿下が『彼女の愛に応えるため、僕はリリアンと共に、彼女が守りたかったこの国を最高に幸せにする義務がある!』と宣言し、リリアン様への求愛もより一層激しくなっているそうです」
「…………」
私は天を仰ぎました。
どうして。どうしてこうなるのです。
私が婚約破棄を受け入れたのは、私が「悪」として断罪されるため。
リリアンを罵ったのは、彼女が「被害者」として同情されるため。
すべては、物語を完璧な結末へ導くための、悪役としての義務だったのに!
「……メアリア様、顔が死んでますよ」
リリアンが心配そうに覗き込んできます。
「……当たり前ですわ。私の人生設計が、あの王子の筋肉質な脳みそのせいで、粉々に粉砕されているのですから!」
私は立ち上がり、窓の外に広がる絶景を睨みつけました。
「いいでしょう……。こうなったら、最終手段ですわ。リリアン、アンナ! 準備なさい!」
「準備って、何をですか?」
「この『癒やしの塔』の全機能を麻痺させ、私が本当の『独裁者』であることを分からせてやりますわ! まずは看守たちに、毎日私への『献上品』として、周辺の村から一番美味しいスイーツを強奪してくるよう命じます!」
「……お嬢様。それ、ただの『お取り寄せグルメ』の注文にしか聞こえませんけれど」
「うるさいですわーーー!!」
私の絶叫は、今日もまた、心地よい辺境の風に乗って、美しく空へと消えていくのでした。
私は、目の前に恭しく並べられた銀の食器を指差し、声を荒らげました。
監獄『癒やしの塔』の最上階。
私の「独房」として用意されたその部屋は、公爵家の私の寝室よりも広く、床には最高級のペルシャ絨毯、壁には一流の画家による風景画が飾られていました。
そして今、私の目の前には、芳醇な香りを漂わせる焼きたてのクロワッサンと、厳選された茶葉によるアールグレイ、さらには季節の果物をふんだんに使ったコンフィチュールが並んでいます。
「……お嬢様。その言い方は、いくらなんでも無理がありますわ。このクロワッサン、バターの香りが最高ですもの」
私の隣で、当たり前のように椅子に座り、すでにモグモグと食事を始めているリリアンが口を挟みます。
「黙りなさいハツカネズミ! これは悪役令嬢としての『嫌がらせ』ですわ。私は今、看守たちを困らせ、彼らの労働意欲を削いでいる真っ最中なのです!」
「左様でございますか。……流石はメアリア様。私共のような末端の者にまで、これほどのお気遣いをいただけるとは」
タキシード姿の「看守長」が、感動に瞳を潤ませながら深々と頭を下げました。
「……は? お気遣い?」
「はい。殿下からは伺っております。『メアリアはわざと無理難題を言って、お前たちの忠誠心を試したり、あるいは気を引こうとするだろう。だがそれは、彼女が孤独に耐えかねている裏返しなのだ。決して怒らず、最上の愛をもって包み込んでやってほしい』……と!」
「あの筋肉ダルマ……ッ!!」
私は思わず、テーブルをバン! と叩きました。
ウィルフレッド様。あの男、どこまで余計な根回しをすれば気が済みますの!?
「違いますわ! 私は孤独なんて一ミリも感じていませんし、あなたの忠誠心なんて興味もございません! 私はただ、この豪華すぎる食事に文句をつけ、あなたたちを精神的に追い詰めたいだけですわ!」
「ああ……。なんと高潔なお姿……。あえて悪役を演じ、我々に『真のおもてなしとは何か』を説いておられるのですね。感服いたしました! すぐに厨房へ戻り、さらに上のランクの朝食を用意させます!」
「話を聞きなさいと言っているでしょうがーー!!」
看守長は、私の叫びを「照れ隠しの咆哮」とでも受け取ったのか、満足げな笑みを浮かべて部屋を去っていきました。
私はガックリと肩を落とし、豪華な椅子に深く沈み込みました。
……勝てません。あの王子の「超ポジティブ脳内変換フィルター」を通した命令が行き渡っている限り、私の悪行はすべて「聖女の振る舞い」に浄化されてしまう。
「……メアリア様。これ、もう諦めて食べたほうがいいですよ。冷めると味が落ちちゃいますし」
リリアンが、コンフィチュールをたっぷり塗ったパンを差し出してきました。
「食べませんわよ! 悪役がこんな美味しそうなものを……。……ん、これ、イチジクのコンフィチュールかしら?」
「みたいですね。隠し味に洋酒が効いてて、すごく上品ですよ」
「……一口だけですわよ。毒味ですわ、毒味。……パクッ……。…………あら、悔しいけれど絶品ですわね」
「でしょう?」
二人で豪華な朝食を囲んでいると、アンナが手紙を持って入ってきました。
王都に残した密偵(という名の、私のファンクラブ会員の庭師)からの報告書です。
「お嬢様、王都でのウィルフレッド殿下の様子が届きました。……読みますか?」
「ええ、聞かせなさい。きっと今頃、私を追い出した罪悪感で、夜も眠れずにやつれているはずですわ。それこそが悪役令嬢を追放したヒーローの正しい姿ですから!」
アンナは無表情に手紙を開き、音読し始めました。
『殿下は本日、広場で演説を行いました。「皆、聞いてくれ! メアリアは今、自ら進んで辺境の地で祈りを捧げている! 彼女は僕たちの幸せのために、泥を被って去っていったのだ! あんなに気高く、美しい女性が他にいるだろうか!」……と叫び、聴衆と共に涙を流したそうです』
「……なんですって?」
『現在、王都ではメアリア様の「悲劇の聖女伝説」が急速に広まっております。民衆の間では「メアリア様を王都へ戻せ」という署名運動まで始まっているとか……』
私は、持っていたティーカップを取り落としそうになりました。
「……アンナ。今、なんて言いましたの? 署名運動?」
「はい。さらには、殿下が『彼女の愛に応えるため、僕はリリアンと共に、彼女が守りたかったこの国を最高に幸せにする義務がある!』と宣言し、リリアン様への求愛もより一層激しくなっているそうです」
「…………」
私は天を仰ぎました。
どうして。どうしてこうなるのです。
私が婚約破棄を受け入れたのは、私が「悪」として断罪されるため。
リリアンを罵ったのは、彼女が「被害者」として同情されるため。
すべては、物語を完璧な結末へ導くための、悪役としての義務だったのに!
「……メアリア様、顔が死んでますよ」
リリアンが心配そうに覗き込んできます。
「……当たり前ですわ。私の人生設計が、あの王子の筋肉質な脳みそのせいで、粉々に粉砕されているのですから!」
私は立ち上がり、窓の外に広がる絶景を睨みつけました。
「いいでしょう……。こうなったら、最終手段ですわ。リリアン、アンナ! 準備なさい!」
「準備って、何をですか?」
「この『癒やしの塔』の全機能を麻痺させ、私が本当の『独裁者』であることを分からせてやりますわ! まずは看守たちに、毎日私への『献上品』として、周辺の村から一番美味しいスイーツを強奪してくるよう命じます!」
「……お嬢様。それ、ただの『お取り寄せグルメ』の注文にしか聞こえませんけれど」
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