婚約破棄?悪役令嬢のノルマも達成ということですね?

恋の箱庭

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「……いいえ、納得いかないわ。全くもって納得がいきませんわ!」


監獄『癒やしの塔』に到着して三日。
私は、ふかふかの特注ソファに深々と腰掛け、目の前の執事……ではなく、看守長に向かって鋭い視線を投げかけました。


私の手には、金縁で彩られた「本日のディナーメニュー」が握られています。
そこには『若鶏のコンフィ~辺境のハーブを添えて~』だの『最高級ぶどうのジュレ』だの、悪役の末路には相応しくない輝かしい文字が踊っていました。


「メアリア様、いかがなさいましたか? もしお口に合いませんようでしたら、すぐに王都から三ツ星シェフを呼び寄せますが……」


「そういうことですわ! それがおかしいと言っているのです!」


私はメニュー表をテーブルに叩きつけました。
隣でリリアンが「このコンフィ、皮がパリパリで美味しいですよ」と無邪気にフォークを動かしていますが、無視ですわ。


「よくお聞きなさい、看守長。私は『悪役令嬢』としてここに『追放』されてきたのです。追放とは、孤独と絶望の中に身を置き、過去の栄光を偲びながら、惨めに枯れ果てていく過程を指す言葉ですわ!」


「はあ……。左様でございますか」


「それなのに、この環境は何ですの? 朝は小鳥のさえずりで目覚め、昼は専属の楽団による演奏を聴き、夜は一流のフルコース。これでは追放ではなく、ただの『豪華な有給休暇』ではありませんか!」


私は立ち上がり、窓の外……切り立った崖の先に見える地平線を指差しました。


「私の調べによれば、この塔からさらに北へ三日。そこには『絶望の奈落』と呼ばれる、凶悪犯ばかりを収容する本物の監獄があるはずです。看守長、今すぐ私をあちらへ移送なさい!」


看守長は一瞬、目を丸くしました。
しかし、すぐにその瞳には、今まで以上の「尊敬」と「感動」の色が浮かび上がったのです。


「……素晴らしい。なんという慈悲の心だ」


「……はい?」


「メアリア様……。あなたは、あそこに収容されている救いようのない罪人たちのために、自らその身を投じて彼らを教化しようと仰るのですね? その高潔な精神、もはや聖女を通り越して女神の領域です……!」


「違いますわよ!! 私は彼らに混じって、より一層の悪に染まりたいと言っているのですわ!」


「ああ、分かっておりますとも! 『毒を持って毒を制す』。自らが悪を演じることで、彼らの毒気を抜こうという高度な心理戦……。流石はグロースター公爵家のご令嬢だ!」


看守長はハンカチで目頭を押さえ、嗚咽を漏らし始めました。
ダメですわ、この人。ウィルフレッド様と同じ「ポジティブ脳内変換症候群」の末期患者です。


「メアリア様、諦めた方がいいですよ。この塔のスタッフ、みんなウィル様のファンクラブの精鋭部隊みたいなものですから」


リリアンが鶏肉をモグモグさせながら、冷めた口調で言いました。


「……なんですって? ファンクラブ?」


「ええ。殿下が事前に『僕の愛するメアリアが、僕たちのために汚れ役を買って出てくれた。彼女が監獄で不自由を感じるようなことがあれば、僕が君たちを処罰する』って、涙ながらに演説したらしいですよ」


「あの男、公権力を私物化しすぎですわーーー!!」


私は頭を抱えて座り込みました。
これでは、いくら私が悪行を積もうとしても、すべてが「殿下への愛ゆえの行動」として処理されてしまいます。


「……いいえ、まだ手はありますわ。看守長、こうなったら交渉です。私を『国外追放』に処しなさい。この国の籍を抜き、隣国の荒野へと捨て去るのです。これなら文句はないでしょう?」


「それはできません」


看守長が即座に、しかし申し訳なさそうに首を振りました。


「なぜですの!? 婚約破棄された悪役令嬢が国外追放されるのは、歴史が証明している黄金パターンですわよ!」


「殿下から特別命令が出ております。『メアリアを国外に出すことは、国宝を流出させるに等しい。もし彼女が国境を越えようとしたら、国境線を彼女のいる位置まで拡大せよ』と」


「……は?」


「つまり、お嬢様がどこへ行こうとも、そこがこの国の領土になるということでございます」


あまりの無茶苦茶な理論に、私は言葉を失いました。
つまり、私が隣国へ亡命しようものなら、ウィルフレッド様は私を追いかけて戦争を仕掛け、その土地を占領して「ここも我が国だ!」と言い張るつもりなのです。


「……メアリア様。これ、もはや愛っていうか、執念ですよね」


リリアンが少し引き気味に呟きました。


「……笑えませんわ。私の完璧な悪役ロードが、物理的に封鎖されているなんて……」


私はガックリと机に突っ伏しました。
しかし、ここで諦めるわけにはいきません。


悪役令嬢たるもの、どんな逆境にあっても「嫌われる努力」を怠ってはならないのです。


「分かりましたわ……。監獄が無理なら、国外が無理なら……。この塔を、私という『悪』が支配する魔城に変えて差し上げますわ!」


「お、お嬢様? また何か良からぬことを考えていらっしゃいます?」


アンナが不安そうに私を見つめます。


「アンナ、すぐに王都の商会に連絡を。この塔の備品をすべて私の好みの派手なものに変えさせます。そして、近隣の村から届く食料はすべて私が検品し、一番良い部分だけを私が独占しますわ! 民衆が飢えに苦しむ姿こそ、悪役の栄養剤ですもの!」


「……あの、メアリア様」


リリアンがひょいと、窓の外を指差しました。


「さっきから、村の人たちが塔に向かって手を振ってますよ? ほら、『メアリア様、高級食材の買い取りありがとうございます! おかげで村が潤いました!』って横断幕まで……」


窓の外を見ると、そこには満面の笑みでカゴいっぱいの野菜を掲げる村人たちの姿がありました。


「…………どうして」


「お嬢様が市場価格の三倍で買い叩く……いえ、買い上げるよう指示を出されたので、村始まって以来の好景気だそうですわ」


私の「独占(という名の高価買い取り)」は、辺境の村に未曾有の富をもたらしてしまったようです。


「……もう嫌。私、悪役に向いていないのかしら……」


「そんなことありませんわ、メアリア様! その『絶望に打ちひしがれた顔』、最高に悪役っぽくて美しいですよ!」


リリアンの慰め(?)が、今の私には一番の毒薬でした。
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