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「……見てくださいまし、アンナ。これのどこが『過酷な監獄への差し入れ』だと言うのですか?」
私は、執務室(という名目で占拠した元看守待機室)のテーブルの上に広げられた物体を指差し、わなわなと肩を震わせました。
そこには、王都でも一握りの貴族しか口にできないと言われる、伝説のパティスリー『ル・シエル』の特製三段重ねケーキ。
さらに、幻の果実と呼ばれる「黄金イチゴ」が宝石のように散りばめられたタルトが鎮座していました。
「お嬢様、落ち着いてください。王太子殿下からの『激励の品』でございます。添えられた手紙には『君の好きな甘いものを食べて、少しでも監獄の孤独を癒やしてほしい。僕の心は常に君と共にある』と書かれていますわ」
「孤独なんて一ミリも感じていませんわよ! むしろ看守や囚人たちに慕われすぎて、プライベートも何もありゃしませんわ!」
私は、アンナが読み上げる甘ったるい手紙の内容に、耳を塞ぎたくなりました。
ウィルフレッド様……。あの筋肉質な脳みそは、どうやら「甘いもの=女性の機嫌が直る」という安易な方程式で埋め尽くされているようですわね。
「わあ、美味しそう……! メアリア様、これ食べていいんですか? 毒が入ってるといけないから、私が毒味しましょうか?」
横からスッと手が伸びてきました。
リリアンです。彼女はすでにフォークを右手に、獲物を狙うハヤブサのような鋭い目でケーキを見つめています。
「……毒味はもう看守たちが済ませていますわよ。大体、リリアン。あなた、少しは私の味方をしてくださらない? これは殿下からの『愛の罠』なんですのよ!」
「罠っていうか、ただのご褒美ですよね。私、一生この監獄で罠にかかってたいです」
「このハツカネズミが……。食べなさい、食べればいいでしょう! ただし、私は一口も食べませんわよ。悪役たるもの、敵からの施しを喜んで受けるなど、あってはならないことですもの!」
私はフンと鼻を鳴らし、ケーキから目を逸らしました。
……イチゴの甘い香りが部屋中に充満して、脳が「食べろ」と命令してきますが、気合で抑え込みます。
「……いいえ、ただ無視するだけでは足りませんわね。悪役令嬢として、この侮辱には『倍返し』の返信を差し上げなくては」
私は机の引き出しから、鮮やかな「赤色」のインクと羽根ペンを取り出しました。
「お嬢様、何をなさるおつもりで?」
「決まっていますわ、アンナ。殿下のこの……、あまりにも稚拙で恥ずかしいラブレター(添え状)を、私が徹底的に添削して差し上げるのです!」
私は殿下の手紙を広げ、赤インクをたっぷりと含ませたペンを走らせました。
『僕の心は常に君と共にある』
→「表現が手垢まみれで退屈ですわ。もっと語彙を増やしなさい」
『君の好きな甘いものを食べて』
→「私が甘党だと誰が決めたのですか? 決めつけは独裁者の始まりです。あと、この文脈なら『君が好む』の方が適切ですわ」
『監獄の孤独を癒やしてほしい』
→「孤独を癒やすのは食べ物ではなく、自己の精神修養です。論理が飛躍していますわ」
「……よし。完璧ですわ。文字の間隔、インクの濃淡、そして何より『上から目線』の辛辣な批評。これを受け取った殿下は、あまりの屈辱に私を処刑したくなるに違いありませんわ!」
私は満足げに、真っ赤に染まった手紙を封筒に戻しました。
「……メアリア様。それ、逆に『自分のために時間を割いて、真剣に読み込んでくれた』って喜ばれるパターンじゃないですか?」
リリアンが口の周りにクリームをつけたまま、不吉な予言を口にしました。
「まさか。そんなM気質な王子様がいてたまるもんですか。……さあ、アンナ。これを今すぐ王都へ。特急便で送るのですわ!」
「承知いたしました。……殿下の精神状態がさらに加速しないことを祈るばかりです」
アンナは事務的に手紙を受け取り、部屋を出ていきました。
数日後。
私の元に、王都からの返信が届きました。
震える手で封を開けると、そこには……。
『メアリア! 君の愛の指導、痛み入る! まさか僕の手紙をあんなに丁寧に添削してくれるなんて。君が僕を、次期国王としてより高みへ導こうとしてくれている情熱が伝わってきたよ。指摘された語彙力を鍛えるため、今度、家庭教師として君を王宮へ呼び戻す計画を立てている。待っていてくれ、僕の厳しい愛の教師よ!』
「………………死にたいですわ」
私は手紙を握りしめたまま、その場に崩れ落ちました。
悪役令嬢としての「嫌がらせ」は、どうしてこうも「教育熱心な婚約者の愛情」へとロンダリングされてしまうのでしょうか。
「……メアリア様、ドンマイです。あ、ケーキの残りのタルト、私が全部食べちゃってもいいですか?」
「……好きになさい。私はもう、毒入りの林檎でも食べて永遠に眠りにつきたい気分ですわ……」
私の「差し入れの罠」は、私自身の精神を削るだけの結果に終わったのでした。
私は、執務室(という名目で占拠した元看守待機室)のテーブルの上に広げられた物体を指差し、わなわなと肩を震わせました。
そこには、王都でも一握りの貴族しか口にできないと言われる、伝説のパティスリー『ル・シエル』の特製三段重ねケーキ。
さらに、幻の果実と呼ばれる「黄金イチゴ」が宝石のように散りばめられたタルトが鎮座していました。
「お嬢様、落ち着いてください。王太子殿下からの『激励の品』でございます。添えられた手紙には『君の好きな甘いものを食べて、少しでも監獄の孤独を癒やしてほしい。僕の心は常に君と共にある』と書かれていますわ」
「孤独なんて一ミリも感じていませんわよ! むしろ看守や囚人たちに慕われすぎて、プライベートも何もありゃしませんわ!」
私は、アンナが読み上げる甘ったるい手紙の内容に、耳を塞ぎたくなりました。
ウィルフレッド様……。あの筋肉質な脳みそは、どうやら「甘いもの=女性の機嫌が直る」という安易な方程式で埋め尽くされているようですわね。
「わあ、美味しそう……! メアリア様、これ食べていいんですか? 毒が入ってるといけないから、私が毒味しましょうか?」
横からスッと手が伸びてきました。
リリアンです。彼女はすでにフォークを右手に、獲物を狙うハヤブサのような鋭い目でケーキを見つめています。
「……毒味はもう看守たちが済ませていますわよ。大体、リリアン。あなた、少しは私の味方をしてくださらない? これは殿下からの『愛の罠』なんですのよ!」
「罠っていうか、ただのご褒美ですよね。私、一生この監獄で罠にかかってたいです」
「このハツカネズミが……。食べなさい、食べればいいでしょう! ただし、私は一口も食べませんわよ。悪役たるもの、敵からの施しを喜んで受けるなど、あってはならないことですもの!」
私はフンと鼻を鳴らし、ケーキから目を逸らしました。
……イチゴの甘い香りが部屋中に充満して、脳が「食べろ」と命令してきますが、気合で抑え込みます。
「……いいえ、ただ無視するだけでは足りませんわね。悪役令嬢として、この侮辱には『倍返し』の返信を差し上げなくては」
私は机の引き出しから、鮮やかな「赤色」のインクと羽根ペンを取り出しました。
「お嬢様、何をなさるおつもりで?」
「決まっていますわ、アンナ。殿下のこの……、あまりにも稚拙で恥ずかしいラブレター(添え状)を、私が徹底的に添削して差し上げるのです!」
私は殿下の手紙を広げ、赤インクをたっぷりと含ませたペンを走らせました。
『僕の心は常に君と共にある』
→「表現が手垢まみれで退屈ですわ。もっと語彙を増やしなさい」
『君の好きな甘いものを食べて』
→「私が甘党だと誰が決めたのですか? 決めつけは独裁者の始まりです。あと、この文脈なら『君が好む』の方が適切ですわ」
『監獄の孤独を癒やしてほしい』
→「孤独を癒やすのは食べ物ではなく、自己の精神修養です。論理が飛躍していますわ」
「……よし。完璧ですわ。文字の間隔、インクの濃淡、そして何より『上から目線』の辛辣な批評。これを受け取った殿下は、あまりの屈辱に私を処刑したくなるに違いありませんわ!」
私は満足げに、真っ赤に染まった手紙を封筒に戻しました。
「……メアリア様。それ、逆に『自分のために時間を割いて、真剣に読み込んでくれた』って喜ばれるパターンじゃないですか?」
リリアンが口の周りにクリームをつけたまま、不吉な予言を口にしました。
「まさか。そんなM気質な王子様がいてたまるもんですか。……さあ、アンナ。これを今すぐ王都へ。特急便で送るのですわ!」
「承知いたしました。……殿下の精神状態がさらに加速しないことを祈るばかりです」
アンナは事務的に手紙を受け取り、部屋を出ていきました。
数日後。
私の元に、王都からの返信が届きました。
震える手で封を開けると、そこには……。
『メアリア! 君の愛の指導、痛み入る! まさか僕の手紙をあんなに丁寧に添削してくれるなんて。君が僕を、次期国王としてより高みへ導こうとしてくれている情熱が伝わってきたよ。指摘された語彙力を鍛えるため、今度、家庭教師として君を王宮へ呼び戻す計画を立てている。待っていてくれ、僕の厳しい愛の教師よ!』
「………………死にたいですわ」
私は手紙を握りしめたまま、その場に崩れ落ちました。
悪役令嬢としての「嫌がらせ」は、どうしてこうも「教育熱心な婚約者の愛情」へとロンダリングされてしまうのでしょうか。
「……メアリア様、ドンマイです。あ、ケーキの残りのタルト、私が全部食べちゃってもいいですか?」
「……好きになさい。私はもう、毒入りの林檎でも食べて永遠に眠りにつきたい気分ですわ……」
私の「差し入れの罠」は、私自身の精神を削るだけの結果に終わったのでした。
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