13 / 28
13
しおりを挟む
「……何ですの、これは? 何かの冗談かしら。それとも、私の目がついに節穴になったのかしら?」
私は、看守長が恭しく差し出してきた、金装飾が施された羊皮紙を二度見、三度見しました。
そこには、国王陛下の印章とともに、私の心臓を止めるに十分な破壊力を持った一文が記されていました。
『グロースター公爵令嬢メアリアに対し、その類まれなる徳行と監獄改革の功績を認め、全ての罪(?)を免じ、特赦を与えるものとする』
「……特赦? 私が? 功績?」
私は震える指でその紙を指差しました。
看守長は、まるで救世主を見つめるような聖らかな瞳で頷きます。
「はい! メアリア様! あなたの噂は王都へも届いております。凶悪犯たちを更生させ、看守たちの規律を正し、さらには近隣の村を経済的に潤わせたという、その『聖女の如き振る舞い』が陛下を動かしたのです!」
「違いますわ! 私は彼らを奴隷のようにこき使い、村からは美味しいものを独占するために高い金を払って……いえ、買い叩こうとしただけですわ!」
「ああ、その謙虚さ……! どこまでもご自身を『悪』と称し、周囲の感謝を拒むそのお姿! もはや神話の登場人物のようです!」
看守長がまた泣き始めました。
この塔に来てから、この男は脱水症状になるのではないかというほど泣いてばかりです。
「お嬢様、おめでとうございます。これでようやく不潔な(お嬢様基準)監獄から解放されますね。帰ったらすぐに、薔薇のお風呂を用意させましょう」
アンナが平然とした顔で、すでに荷造りを始めています。
「おめでたくありませんわよ、アンナ! 特赦なんて、悪役令嬢としてのキャリアに最大級の泥を塗る行為ですわ! 『あいつ、実は良い奴だったんだな』なんて同情されて、どうやって後世に名を残せと言うのです!?」
私は羊皮紙を千切り捨てようとしましたが、看守長に「それは国宝級の価値があります!」と必死で止められました。
「それに、見てください、アンナ。特赦の条件に『王都へ戻り、次期王妃教育の特別顧問に就任すること』なんて書いてありますわ! 教育!? 顧問!? 私が!?」
「お嬢様がリリアン様に授けたアドバイスが、あまりに効果絶大だったせいで、教育長官が泣いて喜んでいるそうです。ぜひメアリア様の『悪を律する心(軍隊式指導)』を国の基準にしたいと」
「……もう、嫌ですわ」
私はバルコニーの手すりに縋り付き、美しい辺境の景色を眺めました。
あんなに苦労して手に入れた「追放」の座。
あんなに努力して築き上げた「監獄の支配者(独裁者)」の地位。
それらが今、たった一枚の紙切れによって「聖女の里帰り」へと書き換えられようとしています。
「……メアリア様、帰っちゃうんですか?」
横から、不満げな声が聞こえてきました。
いつの間に現れたのか、リリアンが(通信ではなく実物で)私のそばに立っていました。
あ、そういえば彼女、私の指導に耐えかねて数日前にこっそりこの塔に避難してきたのでしたわ。
「リリアン。あなたこそ、王都へ戻って殿下の側を支えなさい。ヒロインの義務を放棄してどうしますの」
「嫌ですよぉ。今の殿下、メアリア様の話題になると三時間は止まらないんですもん。『今日のメアリアなら、この料理に何と言うだろうか?』とか言って、食事のたびに議論が始まるんですよ? そんなのついていけません!」
「……殿下の病状、私がいない間に深刻化していますわね」
私は深く溜息をつきました。
このままここで逃げていても、事態は悪化する一方のようです。
王都では私がいないせいで、私の虚像がどんどん美化され、巨大な「聖女メアリア像」が構築されているのでしょう。
「……分かりましたわ。帰りましょう。王都へ、あの呪わしい王宮へ!」
私はバッと扇子を広げ、カツンと床を鳴らしました。
「ただし! 私は特赦を甘んじて受けるために帰るわけではありません。王都の連中が抱いている、その『聖女』という幻想を、私の手で完膚なきまでに叩き潰すためですわ!」
「あら、お嬢様。また新しい『悪役修行』の始まりですね」
「当然です! 顧問? 結構ですわ! 教育現場を徹底的に混乱させ、王宮の秩序を崩壊させて差し上げます。殿下には『やっぱりメアリアは追放しておくべきだった』と、涙を流して後悔させてやるのです!」
「その意気です、メアリア様! 私も付いていきます! メアリア様の後ろに隠れて、美味しいお菓子だけ食べますわ!」
「あなたは少しはシャキっとなさい、ハツカネズミ!!」
私はアンナに命じ、最も派手で、最も「贅沢を象徴する」漆黒のドレスを用意させました。
真珠とダイヤモンドをこれでもかと散りばめた、見るからに強欲そうな装いです。
王都の皆様、そしてウィルフレッド様。
お望み通り、「聖女(自称・極悪人)」が戻って差し上げますわ。
その代わり……、覚悟しておくことですわね。
私の第二章は、これまで以上に「最悪」で「不愉快」なものになりますわよ!
私は高笑いを上げながら、迎えに来た豪華な馬車へと乗り込みました。
見送る看守や囚人たちが「メアリア様、万歳!」「またのご入所をお待ちしております!」と叫んでいる声は、あえて無視することに決めたのでした。
私は、看守長が恭しく差し出してきた、金装飾が施された羊皮紙を二度見、三度見しました。
そこには、国王陛下の印章とともに、私の心臓を止めるに十分な破壊力を持った一文が記されていました。
『グロースター公爵令嬢メアリアに対し、その類まれなる徳行と監獄改革の功績を認め、全ての罪(?)を免じ、特赦を与えるものとする』
「……特赦? 私が? 功績?」
私は震える指でその紙を指差しました。
看守長は、まるで救世主を見つめるような聖らかな瞳で頷きます。
「はい! メアリア様! あなたの噂は王都へも届いております。凶悪犯たちを更生させ、看守たちの規律を正し、さらには近隣の村を経済的に潤わせたという、その『聖女の如き振る舞い』が陛下を動かしたのです!」
「違いますわ! 私は彼らを奴隷のようにこき使い、村からは美味しいものを独占するために高い金を払って……いえ、買い叩こうとしただけですわ!」
「ああ、その謙虚さ……! どこまでもご自身を『悪』と称し、周囲の感謝を拒むそのお姿! もはや神話の登場人物のようです!」
看守長がまた泣き始めました。
この塔に来てから、この男は脱水症状になるのではないかというほど泣いてばかりです。
「お嬢様、おめでとうございます。これでようやく不潔な(お嬢様基準)監獄から解放されますね。帰ったらすぐに、薔薇のお風呂を用意させましょう」
アンナが平然とした顔で、すでに荷造りを始めています。
「おめでたくありませんわよ、アンナ! 特赦なんて、悪役令嬢としてのキャリアに最大級の泥を塗る行為ですわ! 『あいつ、実は良い奴だったんだな』なんて同情されて、どうやって後世に名を残せと言うのです!?」
私は羊皮紙を千切り捨てようとしましたが、看守長に「それは国宝級の価値があります!」と必死で止められました。
「それに、見てください、アンナ。特赦の条件に『王都へ戻り、次期王妃教育の特別顧問に就任すること』なんて書いてありますわ! 教育!? 顧問!? 私が!?」
「お嬢様がリリアン様に授けたアドバイスが、あまりに効果絶大だったせいで、教育長官が泣いて喜んでいるそうです。ぜひメアリア様の『悪を律する心(軍隊式指導)』を国の基準にしたいと」
「……もう、嫌ですわ」
私はバルコニーの手すりに縋り付き、美しい辺境の景色を眺めました。
あんなに苦労して手に入れた「追放」の座。
あんなに努力して築き上げた「監獄の支配者(独裁者)」の地位。
それらが今、たった一枚の紙切れによって「聖女の里帰り」へと書き換えられようとしています。
「……メアリア様、帰っちゃうんですか?」
横から、不満げな声が聞こえてきました。
いつの間に現れたのか、リリアンが(通信ではなく実物で)私のそばに立っていました。
あ、そういえば彼女、私の指導に耐えかねて数日前にこっそりこの塔に避難してきたのでしたわ。
「リリアン。あなたこそ、王都へ戻って殿下の側を支えなさい。ヒロインの義務を放棄してどうしますの」
「嫌ですよぉ。今の殿下、メアリア様の話題になると三時間は止まらないんですもん。『今日のメアリアなら、この料理に何と言うだろうか?』とか言って、食事のたびに議論が始まるんですよ? そんなのついていけません!」
「……殿下の病状、私がいない間に深刻化していますわね」
私は深く溜息をつきました。
このままここで逃げていても、事態は悪化する一方のようです。
王都では私がいないせいで、私の虚像がどんどん美化され、巨大な「聖女メアリア像」が構築されているのでしょう。
「……分かりましたわ。帰りましょう。王都へ、あの呪わしい王宮へ!」
私はバッと扇子を広げ、カツンと床を鳴らしました。
「ただし! 私は特赦を甘んじて受けるために帰るわけではありません。王都の連中が抱いている、その『聖女』という幻想を、私の手で完膚なきまでに叩き潰すためですわ!」
「あら、お嬢様。また新しい『悪役修行』の始まりですね」
「当然です! 顧問? 結構ですわ! 教育現場を徹底的に混乱させ、王宮の秩序を崩壊させて差し上げます。殿下には『やっぱりメアリアは追放しておくべきだった』と、涙を流して後悔させてやるのです!」
「その意気です、メアリア様! 私も付いていきます! メアリア様の後ろに隠れて、美味しいお菓子だけ食べますわ!」
「あなたは少しはシャキっとなさい、ハツカネズミ!!」
私はアンナに命じ、最も派手で、最も「贅沢を象徴する」漆黒のドレスを用意させました。
真珠とダイヤモンドをこれでもかと散りばめた、見るからに強欲そうな装いです。
王都の皆様、そしてウィルフレッド様。
お望み通り、「聖女(自称・極悪人)」が戻って差し上げますわ。
その代わり……、覚悟しておくことですわね。
私の第二章は、これまで以上に「最悪」で「不愉快」なものになりますわよ!
私は高笑いを上げながら、迎えに来た豪華な馬車へと乗り込みました。
見送る看守や囚人たちが「メアリア様、万歳!」「またのご入所をお待ちしております!」と叫んでいる声は、あえて無視することに決めたのでした。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす
青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。
幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。
スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。
ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族
物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる