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第24話 アステンダルの戦い

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 「いやぁ、お見事。あれだけのアンデットを一瞬にして倒してしまうとはさすが勇者様ですね」

 「なんだあ? てめえは? この国の兵士じゃなさそうだな。このゾンビどもの仲間か?」

 「あんなものと一緒にされては困りますが……まあそういうことですね」

 「ちょうどいいや。どうせジュラールとかいうやつ手先なんだろ? さっさとそいつの居場所を教えろよ。それとも痛い目に合ってから喋るか?」

 シブサワは脅しをかけるが、男はそれに動じる様子もなく返答する。

 「勇者がどんなものかと見に来てみれば……。確かにあなた方は強いですが私に痛い目を合わせるほどではないですよ」
 
 男が腰に差した剣を抜いて戦闘態勢を取るも、後ろから仲間と思われる青年に声を掛けられる。
 
「もう勇者の実力は分かった。さっさと片付けて引き上げるぞヘンドル」

 「いつから私に命令出来る立場になったんですか? ファクル君」

 「少しは自分立場を考えるんだな。誰のおかげで外に出れたと思ってるんだ」

 「おいおい仲間割れか? そんなのはあの世で仲良くやってくれや」

 シブサワが二人に飛び掛かりハンマーを振り下ろす。

 それと同時に他の勇者達も動き出す。

 ハノウラは持っていたショートソードでヘンドルの足元を狙う。

 「もらったぜその足! 土竜突激どりゅうとつげけ!」

 地面がめり込むほど足にタメを作り、矢のように放たれた身体は地上すれすれを飛びながら、ヘンドルの足に剣を滑らせる。

 ヘンドルは「ふむ」と言って、持ってた剣を地面に突き立てる。

 それだけでハノウラの斬撃がその剣に防がれてしまい、ヘンドルに思いっきり顔面を蹴り飛ばされる。

 これを好機と思ったのか、ハセガワは背後から襲うが、それを察知したヘンドルにあっさりとかわされて、剣で胴を切られてしまう。

 「まあこんなもんでしょう。さて、残りも殺しますか。 ふふっ、あなたには消えない傷を与えましょうか。【スネークバイト】!」

 ヘンドルが剣を横に振ると剣が蛇腹状になり、鞭のようにしなりながらシブサワを襲う。

 「舐めんじゃねえ! こんなもの弾き返してやるぜ」

 シブサワはハンマーで追い返そうとするが、意思を持った生き物のように攻撃を避けながら体に巻き付いていく。

 ヘンドルが剣を引っ張りあげ手元に戻すと、シブサワは身体中から血が吹き出しそのまま倒れてしまう。

 一瞬の出来事に誰もその場を動けず立ちすくんでいる。

 その様子にヘンドルは愉快そうに笑い声をあげる。

 「ふっ……はっはっは! そこのお嬢さんが最後の勇者ということでよろしいかな?」

 ヘンドルに剣を向けられたナオは腰を抜かし、怯えた顔で尻もちをついている。

 なんなんだあのヘビ男。勇者達が手も足も出ないでやられるなんてどうなってんだ!?

 この世界で最強クラスのギフトを持った人間がこれなら、他にあいつを止められるやつは存在しないんじゃないか?

 「どうする? 助けにいくか? かなり手強そうだか……」

 「私達ならどうにかなるとは思うけど、あまり人目に付きたくないわね。だけど、そうも言ってられないかも……」
 
 リネットは二本の短剣を握りしめて悩んでるいるようだ。

 「たまらんな! もっとその恐怖に満ちた顔で私を見ろ! そしてこれから殺される私の顔を覚えていたまえ!」

 ヘンドルがナオに蛇腹の刃を放とうとした瞬間、ストレイングがすかさず止めに入る。

 「なんだ貴様? 今いいところなんだ、邪魔をするな」

 「随分派手に暴れたようだな。それにお前の顔に見覚えがあるな」

 「そんなことより、勇者達に本当のことを教えてやったらどうだ? ギフトの条約など表向きにしかすぎないことを」

 ヘンドルはストレイングの方に攻撃を仕掛けようとするが、後ろの青年がそれを制止する。

 「ここまでやれば十分だ。勇者ではジュラール様に勝てないことが分かっただろう?!  国に戻って本気を出すように伝えろ。お前達も勇者ごっこはやめてさっさと元の世界に帰ることだ」

 ヘンドルは不満気に剣を納め、二人はそのまま町の奥へと去っていく。
 
 この惨状に後を追うものは誰もおらず、その場で黙って二人を見送る。

 リネットは二人の後を追ってくると言い残し、二人が去っていった方向に走っていく。

 二人が消えるとゾンビ達も町からいなくなり、安全を確認した兵士達は負傷した勇者達を病院に運んでいるようだ。

 一人だけ無事だったナオは、兵士長と思われる男に怒りをあらわにしている。

 「どういうことなの?! 私達は他の人間よりも強いんじゃないの? ありがたいギフトとやらもあいつらには通用しなかったじゃない! もう少しで死にかけたのよ!」

 「そう言われても私達にも理解できないんですよ。見たら分かるようにこちらも多くの兵が負傷してるんです! 一度国に戻り確認する必要があるかと思います」

 「こんなことなら元の世界にいた方マシだったわ。それからそっちのミスなんだから報酬はちゃんと寄越しなさいよ」

 「私に言われても困りますが、今回の件は報告しておきしょう」

 しかし、とんでもないことになったな。肝心の勇者がこうも簡単にやられるとは。

 それに気になることも言ってたな……。

 国に戻って本気を出すよう伝えろとか、ギフトの条約が表向きだとか、一体どういう意味なんだろうか?

 しばらくすると二人を追いかけていたリネットが戻ってくるが、残念そうに頭を振る。

 「ダメね。足跡一つ残さず消えたみたい」

 「深追いして気づかれるよりも良かったかもしれない。あのヘビ男は人を殺すのにためらいはなさそうだし」

 「そうよ。なかなか帰ってこないから心配したんだから。危険だから今後はやめなさい」

 「ごめんごめん。でもせっかく向こうからきてくれたんだからこのチャンスを逃したくなくてさ」 

 「とりあえず宿屋に戻るか。幸い町に被害はないようだしな」

 俺達はゾンビに警戒しながら宿屋に戻るとストレイング達に遭遇する。

 「あっ、さっきはどうも。同じ宿なんですね」

 「おお! 無事だったか。お互い災難だったな。ゾンビどもは町からいなくなったから心配しなくていい」

 リネットが探りをいれるため白々しく質問をする。
 
 「姉共々助けていただいてありがとうございます。これからどちらに向かわれるんですか? 遠くなければ私も勇者様の活躍を観たいので付いていきたいですわ」

 「いや、ちょっと問題が起きたから一旦本国に戻らないといけなくなったんだ。それに興味本位でそんなこと言うもんじゃない。危険だから、旅行などせず家で大人しくしておけ」

 リネットは「ごめんなさい」としおらしく謝る。

 「そうだよ、遊びじゃないんだからそんななこと言うもんじゃないよ。それに勇者様達だけじゃなくてストレイングさんも強いに決まってるだろ」

 「ははっ、勇者程ではないかもしれんが、早くいつも通りの町になるよう俺も頑張るよ」

 そう言いながらストレイングは部屋に帰っていく。

 「勇者がやられたからやっぱり国に戻るみたいだな。リネット達はこれからどうするんだ?」

 「それなら仲間がここに来るまで情報を集めるかしらね。さっきみたいにジュラール達から動きだせば居場所も特定しやすいんだけど」

 「そういえばなんであいつら勇者を襲ったと思う? あれだけ実力差があれば全滅させることも出来たのにいきなり撤退したし」
 
 「多分自分達の実力を見せることで、勇者じゃ勝てないことをその場にいる兵士達に知らしめたかったんだわ。全滅させず撤退したのは、いつでもそれが出来るぞ、という余裕を見せつけたかった……と言ったところかしらね」

 各国の勇者もこれだと期待できそうにないから、この世界の人間がどうするのかも気になるな。

 いずれせよサルブレムに戻るから、そこで色々聞いてみるかな。
 
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