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第127話 どうなったんだっけかな

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 ブレスレットを外さないサーシャに業を煮やしたバサラが苛立った様子で口を開く。

 「そろそろこの世界ともお別れなんでな。最後に楽しめると思ったが、使わないんだったら仕方がない。もういい……死ね!」

 バサラの腕に大量の光の粒子が集まっていく。

 それを見たフィオがバサラに飛び掛かっていき、マリィが走り出す。

 バサラが一歩踏み出した瞬間、フィオの眼前から姿を消し、一瞬にしてマリィの前に立つ。

 「なにっ!」

 マリィが驚嘆の声を上げると、バサラはニヤリと笑う。

 「遅え! 今の俺から距離を取れるわけねえだろ!? 【虎爪裂迅こそうれつじん】!」
 
 バサラが腕を下から上に振り上げる。

 一連の動作が早すぎて反応出来なかったマリィはその場で棒立ちになる。

 その刹那。

 マリィの体をバラバラ切り裂くはずだったバサラの腕が切断され、遥か後方へと飛んでいく。

 バサラは腕を振り切った後にようやくそのことに気付くも、何が起きたのかは理解出来ていない様子で愕然している。

 「な、なんだと……?」

 バサラは目の前いるマリィを見るが、マリィも何が起きたのか解ってない顔をしている。

 次にサーシャの方に目を向けるも、サーシャはブレスレットを外しておらず、先程同様杖を握りしめている。

 「……女性をそう乱暴に扱うものではないぞ?」

 「……やったのはお前か?」

 バサラは白衣と髪をはためかせているアリエルを睨む。

 アリエルの左手には空気を圧縮したような小さな球が出現していて、それが渦を巻きながら周囲に風を巻き起こしている。
 
 「私がやったことに今気付くとはな。早すぎて見えなかったか?」

 「ふざけんじゃねえ!」

 バサラが一気に距離を詰めてアリエルに襲い掛かる。

 「【虚空】」

 アリエルがそう呟くと手のひらの球が消ええる。

 次の瞬間、バサラの体がいくつかに分断され、血を撒き散らす。

 そして、いつの間にかバサラの眼前に出現していた、小さな球の中に全て吸い込まれいく。

 断末魔の叫びを上げることもなく、静かにバサラはこの世から消える。
 
 「あまり汚いところをお嬢さん方には見せられんからな」

 リネット達はあまりのことに言葉を失い、呆然と立ち尽くす。

 アリエルの力を前にして、改めて自分が誰だったのかを思い出す。

 そう……俺達は前の世界では精霊の加護を与えられし者達だったんだ。

 アリエル、プリム、ウィル、ディアナ、ラティエ、クライヴ、ルイン……。

 みんな家族のように過ごしてきた大事な仲間だ。

 それと、俺達の親代わりをしてくれた先代の精霊の加護を持つ者達と、そこに住む人達……。

 こんな大事なこと全て忘れていたんだな……。

 でもどうして、俺達がこの世界に転生したんだ?

 確か……精霊の加護を持つ人間が世界の調和を取っていたんだよな?

 だけど、それをよく思わなかった帝国の奴等が俺達を排除しようとし始めて……。

 そしてその矢先、闇の精霊の加護を持つルインが、精霊の力に飲まれて世界を滅ぼしかける事件が起こった。

 先代の火の精霊の加護を持つバダードと、土の後継者であるクライヴが命を懸けてルインを止めるも、それをきっかけに世界中の人々は精霊を危険視するようになったんだったな。

 人々と精霊の加護を持つ者の間に軋轢が生じ、世界と争うことになった俺達はどうするか悩んだんだ。

 バダードとクライヴの意志を継いだ俺達は世界中の人々と交渉する道を選ぶ。

 しかしその結果、帝国の奴等にラティエが殺されてしまい、ウィルとディアナ、それに俺達が住んでいた里の人間達が怒って報復を開始する……。

 それでも人々と争うことだけはしないように言われていた俺達は、怒り猛るウィル達を止めようとしたんだ。

 でも……俺は結局ウィル達を止めることは出来なかった。
  
 その後、復讐を果たしたウィル達と会うことはなく……どうなったんだっけ?

 あっ! 思い出した! 俺達の中から力が無くなると同時に、謎の光に包まれたんだ!

 そこからの記憶がないから、多分そこで前の世界での俺の人生は終わったんだろうな……。

 そして、地球に転生して今か……。

 「ということはプリムが俺を召喚したのか?」

 「そうよ。多分ロイだけ異世界に飛ばされてたから、私が探して召喚したの」

 「そうだったのか。じゃあ俺は手違いで召喚されたわけじゃないんだな」

 「ごめんね……。アリエルが無理してすぐに記憶を取り戻すよりも、ゆっくり記憶を戻した方がいいだろうって……」

 「まあ、俺もずっといなかったから仕方ないよ。他には誰がこの世界に転生してるんだ?」

 プリムが答えようとしたそのとき、遠くから俺達を呼ぶ声が聞こえてくる。

 「勇者様! サルブレムの勇者様!」

 セバスさんが青ざめた顔をして俺達の前に走ってくる。

 「セバスさん! もしかして城が危ないんですか!?」

 「姫が! フレール様が殺されそうなんです!」

 「なんですって!? 城には強力なギフトが備え付けられてるんじゃないんですか!?」

 「そうではなくて、デメル大臣と一部の兵が反旗を翻したんです! 我が国の騎士団長が姫様をお守りしておりますが、後ろから味方に攻撃をされて囲まれております!」

 あのおっさんついに本性を現しやがったのか。多分このためにグラヴェールが攻めてきたんだな。

 「ウィルに武器を壊されたけどまあなんとかなるか……。すぐに行きます!」

 「武器のことなら心配しないで。二人が追い付いてきたわ」

 プリムが後ろを指を差しながら俺に言う。
 
 そちらに目を向けるとウィステリアと、フードをすっぽり被った見覚えのある老人がこっちに向かってきている。
 
 「ウィステリアとカークスさんじゃないか!? でも、どうしてカークスさんが?」

 カークスは唯一見える口元の口角を上げ、フードごと服を脱ぐ。

 服の下から鍛えぬかれた筋肉の鎧が現れ、俺のところに走ってくる。

 「なんじゃ! まだ記憶を取り戻しとらんのか?!」

 「……あっ! あんた! まさか!」

 「思い出したか?! そう! ワシじゃよ!」
 
 「ええっと……はい……。お久しぶり? ですね」
 
 「お前……絶対ワシのこと解ってないじゃろう。こいつの記憶はまだ戻ってないのか?」

 カークスがプリムに尋ねる。

 「そんなはずはないんだけど……本当に覚えてないのロイ?」

 「ははっ、冗談だよ。久しぶりだなキニングのじいさん」
 
 「質の悪い冗談はやめろ! そんなこと言うならこれはやらんぞ?」
 
 キニングは鞘から黒い剣を抜いて俺に見せる。

 「それって!」

 俺がその剣に驚いていたらアリエルが頷いて剣の説明してくれる。
 
 「そうだ、お前と一緒に採石した黒曜石だ。それをキニングが打ってくれてお前用に作ったものだ」

 キニングが剣を俺に投げる。

 「ほれっ! 持ってけ! ワシが丹精込めて作ったから他の武器なんか比べもんにならんぞ!」

 剣を握ると剣そのものに魔力が宿ってるのが解る。

 「流石だな……。おまけにあんたが作っただけあって手に馴染むよ。ありがとうじいさん!」

 俺は剣を腰に差してみんなで城に向かう。

 「ねえ、この人がソウタの言ってた知り合いの人達なの?」

 「そうなんだけど、ちょっと事情が変わってな。リネット達のことも紹介したいし、詳しいことは後で話そう」

 待ってろよフレールさん。すぐ助けに行くからな。
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