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第143話 こんなことがありまして

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 「なっ、なんだってー!」

 ジョッキを片手に持ったガレインさんの声が店中に鳴り響く。

 デナントミールに戻った俺達は、話し合いを次の日にすることに決めて、その日は休むことになった。

 そして、一夜開けた今日。

 みんなでガレインさん行きつけの店に行き、俺達のことをガレインさんとファクルに話をしていた。

 俺の話に二人は信じられないといった様子でやや呆然としている。

 「じゃあ何か? お前達は俺達のご先祖様かもしれないってことか?」

 「俺達は子供とかはいなかったですから、それはないですけど。でも、そんなところです」

 「名前が違うのはそういう理由だったのか……」

 ガレインさんは納得しつつも、理解が追い付いていない感じで、ファクルの顔を見る。

 「そう言われても困りますよ。俺だってまだ頭の中が混乱してるんですから」

 「まあ、そうか。しかし、俺は歴史に詳しくないが、この世界に精霊がいたなんて話は聞いたことないけどな」

 「そうですね……。民話とかおとぎ話とかでは聞いたことがありますけど、文献とかは残ってないかもしれませんね」

 ガレインさんは「うーむ……」と唸りながら、ジョッキに注がれた酒を飲む。

 「俺達の存在は歴史から抹消されてるのかもしれません。この世界にとってあまり好ましくない出来事だったでしょうしね」

 「七百年くらいなら色々と残っていても良さそうなもんだけどな。とはいえ、お前達の力を見たら信じざる得ないぜ」 

 「あいつの言うことが本当ならですけどね。ただ、この世界が俺達の世界だったというのはありえますね」

 「あの場所はお前達がいる時代からあったのか?」

 「確証はないですけど、アリエルは何となく気付いていたようですし、ウィルが知らずにあの場所を選んだのは偶然とは思えません」
  
 フィオの隣でジョッキを手にしたアリエルが頷いて、俺の言葉に補足を加える。

 「それとあのオーブだ。あれだけでも、ここが私達の世界だったという拠り所にはなる。あれはいつどこで作られたものかは判明していないらしいからな」

 「オルビルトは精霊が残した遺産と言っていたけど、あながち嘘ではないかもしれないな」

 「精霊の力が宿ってるなら、世界を壊滅させるだけの破壊力はあってもおかしくはない」
 
 ガレインさんはボリボリと頭を掻いて、ジョッキの酒を一気に飲み干す。
 
 「あーもう! お前達が何の話をしてるのかさっぱりだぜ! 俺の知らないところで何があったってんだ!」

 「ははっ、そうでしたね。そこの話はともかくとして、俺達のことが大体分かってくれたらそれで大丈夫です」

 「お前達が大昔の人間だったのは分かったけどよ。昔のこの世界ってのはどんな風だったんだ?」
 
 「俺達がいたときは大気に魔力が溢れていて、今みたいにギフトラベルや魔法石が無くても魔法は使えましたよ」

 「そいつは羨ましいな。あっ! そういや、やつがアイテムとかはお前達の時代のものを使ってる、みたいなことを言ってたから、その辺は残ってるかもしれないぞ」

 「落ち着いたら探しに行ってみようかと思います。知ってるものがあるかもしれませんしね」

 「だがなぜ今の時代に転生なんてしたんだろうなあ。やっぱりオルビルトが関係してるとみていいのか?」

 「そうでしょうね。やつを倒すために生まれ変わったとしか考えられません」

 「精霊とお前達の怒りが時代を越えたのか……。しかし、お前だけ異世界に転生した理由はなんなんだろうな?」

 「そこは不思議なんですけどね。ただ、記憶を取り戻すのが遅れたからこそ、リネット達やガレインさん達に会えました」

 「お前さん達の力があればあの二国を潰すことは簡単だし、オルビルトを倒すのはお前達以外無理だろう」
 
 ガレインさんは空になったジョッキを店員に軽く掲げ、乾燥した豆と干し肉を口に放り投げる。

 「昔の俺達は自分達以外の人間と協力して何かをするなんて、考えたこともありませんでした。きっとそれではオルビルトには勝てないってことなんでしょう」

 「なるほどな、それために力が抑制されてたってことか。神さまか精霊か知らんが、中々粋なことをするもんだ」

 「実際のところは分かりませんけど自分ではそう思ってます」

 「少なくとも俺はお前に感謝している。俺がジュラールの最後を見届けることが出来たのはお前と出会ったおかげだ」

 「力が無くてずっともがいていたけど、今までのことは決して無駄じゃなかったはずです。あの二国との戦い……ガレインさんも協力していただけますか?」

 「当然だ。お前達だけにいいカッコさせるかよ。タバサール王も今頃お前の手紙を読んで、準備してるだろう」

 「それからファクル。ディアナは俺達と帰るけど、後でアークと一緒に行動をしてもらおうと思っている」

 「本当か!? それはありがたい話だ!」

 「いた方が士気が上がるだろう。そもそも、俺にディアナを縛る権利なんてないしな」

 「ベルナデッド様を慕ってる人間は多いからな。正直助かる」

 「でも、あの二国のことが片付くまでだからな! その後は俺達に返してもらうぞ!」

 「お前今、縛る権利はないって自分で言わなかったか?」

 「縛る権利はないけど、ディアナが幸せになるのを見守る権利が俺にはある」

 「どんな権利だ……。よろしいんですかベルナデッド様?」

 「気にするなファクル。そいつは私達のことになるとちょっと人が変わるんだ」

 「はあ……。では、俺達は一度サルブレムに行けばいいのか?」

 ファクルはディアナに気の抜けた返事をした後、俺に聞いてくる。

 「ああ、サルブレム側はちょっと複雑かもしれないけど、ここで和解はしておいた方がいいだろう」

 「受け入れてくれればいいんだが……」

 「幸い被害はほとんどなかったし、ディアナと俺からも言っておくよ」

 「頼んだ。本懐を遂げるためにはお前達の力が必要だからな」

 話も決まったところでファクルは店から出ていこうとする。

 「もう行くのか?」

 「みんなが待ってるからな。このことを早く知らせたい」

 「そうか。まさかお前達と一緒に戦う日が来るとは思わなかったよ」

 「こちらもそうさ。一度は袂を分かったガレイン団長とも一緒に戦えるとは思ってもなかった。よろしくお願いしますよ、ガレイン団長」

 ファクルがガレインさんに頭を下げる。

 「ようやく機が熟した。俺がお前達に少し待てと言った意味が少しは解ったか?」

 「ええ、俺達は急ぎすぎたのかもしれません。今はガレイン団長の言ったことが少しは理解出来ます」

 「それも若さだから悪いとは言わない。だが、急には世界を変えることは出来ん。何事もタイミングってのがある」

 「……今がそのときなんですね」

 「俺だってずっと我慢していたんだ。イセリアの敵を取るぞファクル」

 「イセリア殿は俺達団員の太陽でした。それを奪ったムングスルドを許すことは出来ません。共に討ち取りましょう!」

 「これが終わった後、お前達がどうすのか楽しみにしてるぜ。もしまたバカなことをするようだったら次は容赦なくぶん殴るからな?」

 「ははっ、そうならないように次からは過激なことはやらないようにしますよ」

 そう言ってファクルは店から出ていく。

 俺達は次の日にデナントミールを発つことにして、もう一日ゆっくりと過ごす。
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