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一章:迷い込んだのは人ならざる物の住む世界

2:一筋の希望

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 人のいない商店街。八百屋の軒先に並ぶ新鮮な野菜や果物が並び、魚屋の台ではまだ艶やかな魚が生きているかのように目を輝かせている。肉屋からは、食欲をそそるコロッケの上がる匂いが立ち込めていた。

 それなのに、生きているモノは渉だけ。このあまりに異質な空間に渉は恐れを覚えながらも、それ以上に得体のしれない何かから逃げる為にひたすらに走り続けていた。

「っは……!ぁ……!……っ⁉」
(ま、まだ追ってきてる⁉)走

 助けを求めようにも人がおらず、走りながらも後ろを振り返れば、カサカサとした蟲のような動きで追いかけてくる黒い靄《もや》。

 距離は離れてこそいるが、どの角を曲がっても、確実に追いかけてくるその存在。

 農家生まれで幼い頃から農作業の手伝いで培った体力と比較的無難な運動神経のおかげでそれなりに長距離走が得意な渉。

 だが、それでも走り続けられる距離には限界がある。このままだといずれ追いつかれる事を察して、渉の青ざめた顔色からいっそう色が抜けた。

(どこか……!なにか!あいつが入ってこれなさそうな場所とかないか!神社とか!寺とか!)

 頭に思い浮かぶのは、アレが悪いものであるのなら、神社や寺などの神聖な場所であれば入ってこれないのではないかという希望。

 だが、引っ越してきて二ヵ月程度の町への土地勘というのは頼りないものだし、何かから逃げているという状況だ。近所の神社仏閣などすぐに思い浮かぶわけもなかった。

 走って、走って、走り続けて。ついには長い商店街を抜け、その先の住宅街へと渉は足を踏み入れる。

 そこは、渉の住むアパートもある住宅街ではあるが……正直、大学への通学路や買い物に行く商店街以外の地理などわかるわけもない場所だった。

 通り一つ違えば未知の場所である住宅地を走り、走り、自分の住んでいる少し年季の入ったアパートを通り過ぎ、ただただ走る。

 アパートより先。そこは、渉にとって完全に未知のエリアだ。だが、そこでふと思い出す。

(そういえば……!住宅街の向こうに、稲荷神社があるって……!)

 それは、大学のゼミで話半分に聞き流していた話だった。住宅地の向こうの山に稲荷神社があり、そこで秋に祭りをする事。そして、大学の一部ゼミやサークルも出店したり、運営に参加したりと、大学とも縁の深い神社だと言う事を。

(もしかしたら、大学からの縁で助けてもらえるかもしれない……!)

 得体のしれないものに追われている状況で神頼みというのはいささか頼りなく非現実な事ではあるが、この現状が非現実真っただ中。頼れるものは頼れとばかりに渉の足は進んだ。

 ただただ走る渉と黒い靄《もや》の距離は、縮まる事もなければ伸びる事もない。目的地を見つけて振り返る事を忘れた渉がその事に気づくことは無かったが、それは遊んでいるかのように渉だけを狙い追いかけ続けていた。
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