30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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好きだった人

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「よ! 花凛。このミュージカル好きだったろ? チケット取引先からもらったんだけど……、一緒に行かね?」


 花凛は、チラリと声のした方を見てからフイと真っ直ぐに前に向きなおる。


 杉沢隼人。花凛の同期。


「あー、私最近それに興味なくなっちゃったんだよねー。他の人誘ってあげて」


「……そう、か……。……残念! また何か良いのあったら誘うよ!」


 ……こちらの拒絶を感じ取ったのか、すぐ去っていく隼人の後ろ姿をチラリと見て小さくため息を吐く。


 ……隼人とは入社以来ずっと仲が良くて。いい友達だと思ってた。けれど1年前に2人して仕事でやらかして残業になった時。急に異性として意識し出した。……多分、お互いに。

 決定的に付き合うとかの何かはなかったけれど、なんだか甘酸っぱいようなそんな関係になっていた。
 ……だけど、それは突然終わった。可愛いあざとい系新入社員の教育係になった隼人は、その女の子にアッサリ堕ちたのだ。

 2人はすぐさま結婚話が出て、その新入社員は3ヶ月程で会社を辞めた。
 周りの人達は私達のもどかしい関係に気付いていた。だからあの新入社員の事を初めから結婚相手探しに来たんじゃないかとか、身体で落としたんだとか色々と言ってたけど、私はもうどうでも良かった。

 ああ、隼人も私の運命じゃなかったんだって。……そう思った。思うしかなかった。

 いやむしろ、恋人関係になる前にこんな誰でもオッケーないい加減なヤツを引き取ってくれてありがとうって思ったよ。
 ……強がりなのは分かってるけど、そう思うしかないじゃない? まー実際私はクソ男の被害に遭わずに済んだ訳だし!

 ああ、良かった良かったー。ホント助かったよー。


 そんな風に思ってたら、2人はもう別れたらしい。……早いな。まだ結婚して2ヶ月も経ってなかったんじゃない?


 それから何故か隼人は前みたいに……いや前より積極的に私に関わろうとしてきてて、ハッキリ言ってキモチワルイ。

 私と恋愛一歩前までいってから、他の女性と結婚した隼人。

 浮気ではないけど、私の中では隼人に裏切られた状態に近い。今は隼人とは友人でいるのもなんだかムリ。
 それなのに隼人は前みたいな恋人一歩前の状況になりたがってる感じがする。


 私は分かりやすく隼人を避けてるし、会社の周囲の人達もなんとなくそれに協力してくれてる。


「───鞍馬さん、大丈夫? 何気にターゲットにされてるよね」


 彼女は私の隣の席の橘さん。社内結婚の彼女は隣の部署のイケメン旦那が惚れるのも分かる良い女なのだ。


「橘さん! ……やっぱりそう思います? いや~、自意識過剰かと思いつつ出来る限り避けてます!」

「それでいいと思うよ。アレって所謂、『以前俺を好きだった女はずっと俺を好き』っていう思考なんじゃない? ……キモチワルイよね」

「げ。やめてくださいよー。……吐きそうです」

「吐くな吐くなー。私達が守ってあげるからね」
「そうそう!」
「僕達がバリケードになりますから!」

「橘さん! 沙耶ちゃん健二君……! うわー、惚れちゃいそう……!」

「やめれー!」


 そんな感じで職場の仲間達に守られている。本当に有り難い話だ。
 そんな時、健二君が言った。


「……あ、そういえば僕見ちゃったんですよ。アレの元妻、会社に来てたみたいなんですけど」

「「「えっ! どうして!?」」」


 杉沢隼人の元妻。今年の新入社員だった、西園寺咲良。……彼女は入社して3ヶ月もたたずに寿退社したはず。
 ……というか隼人、『アレ』扱いだね。


「寿退社して戻ってくる人も居ないではないけど、それはもっとキャリア積んできたような人でしょう? 入って3ヶ月で辞めちゃうような子をもう一度復職させるのかしら?」


 誰かがそう言えば他の人達も彼女の事を詳しく話し出す。皆、すごい情報網だ。


「……ほら。西園寺さんてコネ入社だって言われてたじゃない? なんかここの親会社の創業者一族らしいよ」

「げ! そうなの? じゃあまた戻ってくる?」

「えー! でもお嬢様なら3ヶ月で辞めた子会社にもう一度戻る? それなら別の会社でいい結婚相手を狙うんじゃない?」

「いやそもそも、そんなお嬢様だったならなんであんな普通の男と結婚したんだろ?」



 などと皆噂していたが、私は内心頭を抱えていた。

 別に彼女と隼人を奪い合った訳でも何でもないし関係ない。

 ……けどねぇ。あんまり会いたい相手ではないよね。
 私は心の中で大きなため息を吐いた。


 しかしまあ皆の言う通り、彼女がお嬢様だったなら尚更こんなケチのついた子会社の一つに戻る事はないはず。
 きっと手続きかなにかの用事があったんだろう。




「さー、話はここまで! そろそろ仕事やっつけちゃうよー」


 橘さんの号令で、私たちは仕事に取り掛かった。



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