4 / 97
好きだった人
しおりを挟む「よ! 花凛。このミュージカル好きだったろ? チケット取引先からもらったんだけど……、一緒に行かね?」
花凛は、チラリと声のした方を見てからフイと真っ直ぐに前に向きなおる。
杉沢隼人。花凛の同期。
「あー、私最近それに興味なくなっちゃったんだよねー。他の人誘ってあげて」
「……そう、か……。……残念! また何か良いのあったら誘うよ!」
……こちらの拒絶を感じ取ったのか、すぐ去っていく隼人の後ろ姿をチラリと見て小さくため息を吐く。
……隼人とは入社以来ずっと仲が良くて。いい友達だと思ってた。けれど1年前に2人して仕事でやらかして残業になった時。急に異性として意識し出した。……多分、お互いに。
決定的に付き合うとかの何かはなかったけれど、なんだか甘酸っぱいようなそんな関係になっていた。
……だけど、それは突然終わった。可愛いあざとい系新入社員の教育係になった隼人は、その女の子にアッサリ堕ちたのだ。
2人はすぐさま結婚話が出て、その新入社員は3ヶ月程で会社を辞めた。
周りの人達は私達のもどかしい関係に気付いていた。だからあの新入社員の事を初めから結婚相手探しに来たんじゃないかとか、身体で落としたんだとか色々と言ってたけど、私はもうどうでも良かった。
ああ、隼人も私の運命じゃなかったんだって。……そう思った。思うしかなかった。
いやむしろ、恋人関係になる前にこんな誰でもオッケーないい加減なヤツを引き取ってくれてありがとうって思ったよ。
……強がりなのは分かってるけど、そう思うしかないじゃない? まー実際私はクソ男の被害に遭わずに済んだ訳だし!
ああ、良かった良かったー。ホント助かったよー。
そんな風に思ってたら、2人はもう別れたらしい。……早いな。まだ結婚して2ヶ月も経ってなかったんじゃない?
それから何故か隼人は前みたいに……いや前より積極的に私に関わろうとしてきてて、ハッキリ言ってキモチワルイ。
私と恋愛一歩前までいってから、他の女性と結婚した隼人。
浮気ではないけど、私の中では隼人に裏切られた状態に近い。今は隼人とは友人でいるのもなんだかムリ。
それなのに隼人は前みたいな恋人一歩前の状況になりたがってる感じがする。
私は分かりやすく隼人を避けてるし、会社の周囲の人達もなんとなくそれに協力してくれてる。
「───鞍馬さん、大丈夫? 何気にターゲットにされてるよね」
彼女は私の隣の席の橘さん。社内結婚の彼女は隣の部署のイケメン旦那が惚れるのも分かる良い女なのだ。
「橘さん! ……やっぱりそう思います? いや~、自意識過剰かと思いつつ出来る限り避けてます!」
「それでいいと思うよ。アレって所謂、『以前俺を好きだった女はずっと俺を好き』っていう思考なんじゃない? ……キモチワルイよね」
「げ。やめてくださいよー。……吐きそうです」
「吐くな吐くなー。私達が守ってあげるからね」
「そうそう!」
「僕達がバリケードになりますから!」
「橘さん! 沙耶ちゃん健二君……! うわー、惚れちゃいそう……!」
「やめれー!」
そんな感じで職場の仲間達に守られている。本当に有り難い話だ。
そんな時、健二君が言った。
「……あ、そういえば僕見ちゃったんですよ。アレの元妻、会社に来てたみたいなんですけど」
「「「えっ! どうして!?」」」
杉沢隼人の元妻。今年の新入社員だった、西園寺咲良。……彼女は入社して3ヶ月もたたずに寿退社したはず。
……というか隼人、『アレ』扱いだね。
「寿退社して戻ってくる人も居ないではないけど、それはもっとキャリア積んできたような人でしょう? 入って3ヶ月で辞めちゃうような子をもう一度復職させるのかしら?」
誰かがそう言えば他の人達も彼女の事を詳しく話し出す。皆、すごい情報網だ。
「……ほら。西園寺さんてコネ入社だって言われてたじゃない? なんかここの親会社の創業者一族らしいよ」
「げ! そうなの? じゃあまた戻ってくる?」
「えー! でもお嬢様なら3ヶ月で辞めた子会社にもう一度戻る? それなら別の会社でいい結婚相手を狙うんじゃない?」
「いやそもそも、そんなお嬢様だったならなんであんな普通の男と結婚したんだろ?」
などと皆噂していたが、私は内心頭を抱えていた。
別に彼女と隼人を奪い合った訳でも何でもないし関係ない。
……けどねぇ。あんまり会いたい相手ではないよね。
私は心の中で大きなため息を吐いた。
しかしまあ皆の言う通り、彼女がお嬢様だったなら尚更こんなケチのついた子会社の一つに戻る事はないはず。
きっと手続きかなにかの用事があったんだろう。
「さー、話はここまで! そろそろ仕事やっつけちゃうよー」
橘さんの号令で、私たちは仕事に取り掛かった。
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる