30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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交渉決裂、です

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 社長相手に反抗するなら……最悪退職も考えなければならないかもしれない。
 ……だけどちょうど魔法の検証もしたかったし考えなければならない事も山ほどある。ちょっと無職な期間があるのも案外いいのかもしれない。
 職場の仲間たちは良い人ばかりだったから、それは非常に残念なのだけど……。


「人の純潔云々の話を人前でさも事実のように話すのは、名誉毀損かセクハラじゃないんですか? ……社長、失望いたしました。
私これで失礼致させていただきます」


 私は彼らを一瞥してから部屋から出ようと向きを変えた。


「ちょっと、待ちたまえッ!! ……失礼なことを言ったかもしれん……、いや! 失礼な事を言った! 申し訳なかった。
……それで、どうなのかね? やはり目覚めたのだろう?」


 途中私がギロリと睨んだからか一応謝ってきた社長だが、どうやら彼はやはり私が『魔法使い』になったかどうかが気になるらしい。


 ふんっ! 教えてなんかあげないよー!


「───目覚める? 私は初めから目は覚めておりますよ? 社長も西園寺さんもいい加減目を覚ましてくださいね!」


 私はそう言うと今度こそ社長室から出て扉を少し乱暴に閉じた。

 しかしすぐ後に秘書の男性が追いかけて来た。


「───鞍馬さん……! お待ちください。……社長と西園寺様の暴走をお許しください。出来ればもう一度きちんとお話を……!」


「すみませんが、こちらにはお話しする事は何もありません。……というか何を話そうとされていたのかもサッパリ分かりませんでしたよ。……私を笑い者にしようとされてたんですか?」


「そんなまさか! お2人とも貴女と仲良くなりたいと……」


「先程のアレで、仲良くなれると思います?」


「───。いえしかし……」


 この人はアレでは無理だ、と分かってそうよね。この秘書の人は3人の中では一番常識人ぽいけれど、先程のアレを止めなかった時点でダメかもね。


「───失礼します」



 私は少し冷たくそう言って、その場を後にした。



 ◇


「鞍馬さん? ……かなり上の方の人に呼ばれたんだって? なんだったの?」


 職場に戻ると橘さんが心配そうに声をかけてくれた。


「……橘さん。交渉決裂です。私……もしかすると仕事辞める事になるかもです。……今までお世話になりました」


「───は? 何それ? いったい何の交渉して来たの? ……決裂って……、ちょっと係長? どーいう事ですか?」


 橘さんのご指名を受けた係長は可哀想に震え上がった。……この部署の一番の実力者は間違いなく橘さんだった……。


 係長が気の毒になった私は軽く説明する事にした。


「───簡単に言うと、何故か社長室に呼ばれて行くとそこには西園寺咲良さんがいて、……まあ私が責められる形になった、というか……。(実際は何故か彼女に感謝を求められたんだけど)あ、やっぱり彼女は我が社の親会社の創業者一族のお嬢様のようでした。そんな訳で私は解雇されちゃうかな、と」


「え。西園寺さんが創業者一族なのは想像付いてたけど、彼女と鞍馬さんは呼び出されるような直接的なトラブルなんて無かったわよね?」


 と言いつつ、橘さんはこのフロアの端の方にいる隼人をチラリと見た。……ここには少し前に感染対策と称して隼人のいる庶務課との間にパーテーションを取り付けてある。といっても要らなくなった物を貰い受けて取り付けたのだが、実のところはみんなの気遣いで隼人対策をしてくれているのだ。


「うーん、それはもうなんといいますか隼人関係というか……。相手の勝手な思い込みで私と彼は何も関係なんて無いんですけどね」


「ナニソレ。意味がわからないわ。……つまり何? 奪った方が奪われた方を恨んでる訳?」


 そう言って橘さんは頭を抱えた。


「私もその辺りの感覚がよく分からないんですけどね。……とりあえず、私が今辞めさせられても大丈夫なように仕事をまとめておこうかなと思いまして」


「そんな……」


 橘さんはそれをかなり不満に思ってくれたようだけど、雇われの身である以上創業者一族に楯突く訳にもいかない。かなり不服そうに、言葉を飲み込んだようだ。
 そして少し考えていた彼女は顔を上げ私を気遣うように言った。


「……ね、鞍馬さん。貴女有給結構残ってたでしょう? この際だからドカンと休みを取ってみたらどうかしら。それが鞍馬さんが相当怒っていることの意思表示にもなるし、あちらもその間に自分達の非常識に気づくかもしれないわ」


 ……ドカンとお休み、かぁ……。
 確かにその間に魔法の検証も出来るかもだし、最悪退職になるとしてもこれから先の事を考えたり転職サイトで調べたりする時間が出来るかも。


「……そうですね。その方がいいのかもしれません」


 私はそんな橘さんや周りの気遣いに少し申し訳ないような気持ちになりながらも、辞めるにしても長期休みにしても皆にこれ以上迷惑をかけないように自分の仕事をまとめる事にしたのだった。





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