30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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奏多襲来!

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 会社に復帰して約1週間経った。

 ……まだ、会社の『上の人』には会っていない。そして現在情報収集中で八千代様の方針はまだはっきりとは決まっていない。


 仕事を終えた花凛がマンションのエレベーターから自分の部屋の階に降り立つと、部屋の前に怪しげな人影が見えた。


 ……!? まさか、『黒い霧』……!?


 以前花凛が『黒い霧』に会った時から、『30歳直前独身』を襲う『黒い霧』は現れていないようだった。通り魔事件は何故かあれ以来パッタリとおさまっていた。

 もしかしてあの『黒い霧』は一つだけだったのだろうか? ……そう思っていた矢先に、こんな所に!?


 花凛が三郎太仕込みの『力』を使おうとした時。


「……待った!! 花凛! 俺だよ俺!! 奏多!」


 花凛の部屋の前の影になった所から、つい1週間前まで顔を突き合わせていた南家の奏多が慌てて現れた。


「───へ? 奏多さん? どうしてここに?」


「それは父さんに言われたから───って、花凛! お前いきなり攻撃しようとするなよ! 危ないだろ!」


「いやいや、奏多さんがそんな所に潜んでるからでしょう。びっくりするじゃないですか! ……で、勝治様から何のご用事で?」


「あーうん。俺、ここに住む事になったんだよね」


「───はあ?」


 まるで花凛のマンションの部屋に一緒に住むかのような言い方だったが、よくよく話を聞くと花凛の隣の部屋だった。
 いや、それもどうよ!?


 そして部屋の前で話すのもなんなので、とりあえず奏多の部屋に入る。テーブル等は出してあるものの、まだ部屋の隅には段ボールが所狭しと積まれていた。


「───俺、実をいうと一人暮らしって初めてなんだよね。大学も自宅から通ってたし、すごく新鮮でワクワクしてる。今までは親が家を出る事を許してくれなかったから、花凛には感謝している」


 奏多はそう言って本当に嬉しそうに笑った。


「そうなんだ……。奏多さんは箱入り息子だったんだもんね。南家の大事な跡取りだし」


「何だよそれ。あーまあ、今までそれで縛り付けられてたからなぁ。でも今の父さんの1番の目的は花凛を本家の当主にする事だからな。そして俺を花凛の側近にすること」


「げ! なにそれ絶対に要らないんだけど! よく考えてよ、一応私って分家の末端でしかも一族の血を引いてない家の子なんだからね?」


「いやそれも花凛が本当は治仁伯父さんの娘だって公表すれば解決するだろ? それに俺と花凛との結婚でも良いらしいぞ? まあいとこだし、それはそんなに本気じゃないみたいだけど。……俺も花凛の事今更そんな風に思えないし」

「それは勿論私もそうだからね! 今更無い絶対に無い!
……あーでも今私の家では奏多さんと東の一之さんが私を取り合ってる事になってるのよね。どーする?」


 花凛は奏多との事を完全否定したものの、少し奏多を揶揄うように言ってみた。


「どーするもこーするもないだろ。一之にしとけ。……あ。こんな事言ったら父さんに怒られるか。うー、南の分家の誰かにしとけよ。冬馬とか」


「ちょっと、冬馬君て確か今年成人式してた子じゃないの! 10歳程も違うじゃない! 適当な事言ってるんじゃないわよー!」


 実はいとこな2人は、話してみると意外にも気は合った。恋愛方向には全く進みそうでは無かったが。


 とにかく奏多が花凛の隣の部屋に住む事は確定しており、本人は初の一人暮らしと街での暮らしにどこかはしゃいでいるようだった。しばらくは部屋の片付けと地域の状況確認───つまりは観光をしに行くそうだ。

 こちらとしても、護衛だと言って会社に送迎されたりピッタリ張り付かれても困るからそれで良いんだけどね。
 ……ゆっくり自由を満喫してくれたまえ。


 ◇


 奏多が来た次の日の朝。

 花凛が仕事に行こうと家を出ると、扉の前で奏多にバッタリ会った。


「え? 奏多さん、まさか私の送迎? まだ荷物の整理もあるだろうし、そもそもそんな必要ないからね?」

「ちげーよ! 出掛けるんだよ。昨日朝飯何も買ってなかったからさ」


 ……おおっと、こちらの早とちりでしたか。


「あ、そう……。でもここの近く、意外にコンビニとか無いんだよ。駅前近くにまで行けばあるけど、早くから開いてるカフェもあるからそこでモーニングでも食べたら?」

「そーなんだ。じゃ、そーする。そっか……近くにコンビニ無いんだ……」


 そう話しながら、2人はエレベーターに乗り込む。他には誰も乗っていなかった。


「駅前とか住宅街の近くにスーパーもあるし、私はそこで食料品買ってるよ。今度案内しようか?」

「ッ! ……花凛、お前……。俺に惚れたのか? まー俺はいい男だから気持ちは分かるけど……」

「ちょっと! 本当に馬鹿じゃないの? 田舎から出て来たばかりの可哀想な同郷に同情してやってるだけじゃないのよ!」

「お前、俺が田舎者だって言うのか!」


 チーンッ!


 その時扉が開き、下の階から人が乗って来た。2人は黙り込む。

 そして一階でエレベーターが止まると、お互い目線を合わせる事無く無言で別々の方向に歩いて行ったのだった……。



 花凛はイライラしながら最寄りの駅へと歩く。

 ……本当、ムカつく! 奏多さんなんて誰が惚れるもんですか! だいたい私の好みは……!

 その時花凛の頭に不意に金の瞳の青年、佑磨の顔が浮かぶ。


 ナイナイナイ……! あんな顔がいいだけの口の悪い男はダメだ! だいたい顔のいい男は思い上がってて性格が悪いんだから!(←偏見)

 佑磨も、奏多も、隼人も……!!
 漏れなく性格が悪い!!

 ふんっ! 好きになんてならないよーだ!


 あ、それに……。ぷぷ。
 奏多さんったらムキになって私と反対方向に歩いて行ったけど、あちらは住宅街だけで何もお店なんて無いのに……。
 素直に『花凛様、道を教えてください』って言わないからよねー。帰ったらどうだったか聞いてやるんだから!


 花凛は機嫌を直して会社へと向かった。


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