30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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『祠』へと向かって

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「佑磨様。いかがなさいますか」


 花凛の自宅を出た佑磨は今回同行したウエストロジステクスの社長秘書川西と車に乗っていた。


「……どうするかな。花凛は『お墓参り』に行ったらしい。……もしかしてそれは母の言っていた『祠』の事かもしれない。そこに後で向かってみるか」


 ……花凛が『祠』に行く前に話をしたかったのだが……。佑磨はスマホを取り出した。


 佑磨は焦る心を抑えながら、車窓に流れる鞍馬の里の風景を眺めた。


 ◇


 自宅を出て小一時間。花凛を乗せた車はどんどん鄙びた山の方へと走っていく。


「……結構遠いのね」

 花凛はこの先にまだ民家があるのかしらと疑問に思いながら呟いた。


「そうだな。始祖様や鞍馬家の墓地からは少し離れている。末の孫様の祠から遠過ぎず近過ぎず、ちょうど良い距離だ」


 運転しながら奏多は答えた。


「……おじいちゃんや今の北家の人はこの先の祠に通ってるんだよね。……そしてその近くに住む治仁さんの家に『妖』が出た訳でしょう? この辺りには被害はなかったのかしら?」


 花凛は山を抜けて集落がポツポツと出て来たのを見て言った。

 この辺りに住む人達は、『妖』の被害に遭わなかったのか。そして『祠』の守りをしていた祖父やその跡を継いだ北家の人達も。
 花凛はそう疑問に思った。


「んー。何もなかったみたいだな。というか、鞍馬一族以外でこの辺りに住む人達は『若い夫婦が亡くなった』としかその事実を知らない。『妖』は他には現れていない、平和なもんだよ。……つまりその『妖』は治仁様達だけを襲ったんだ」

「治仁さん達だけを狙った?」

「今はそういう解釈をされてる。力を持たない本家筋の治仁様に『妖』が目を付けた、とかね」


 昔から鞍馬の人間は『妖』を祓って来た。それで『妖』は普段から鞍馬の人間を狙っていて、本家の人間でありながら離れて暮らす治仁が標的になってしまったという事か。
 確かに『30歳未満独身』を狙った『黒い霧』はあきらかに鞍馬の人間が『力』を得る前に狙っていたようだった。

 ……しかし、花凛は昨日から気になっていた事があった。


「───ねえ。それじゃあ、『祠』関係で治仁さんが狙われたって事はないのかな」

「『祠』関係?」


 奏多は運転しながらも、一時停止でチラリと花凛を見て言った。


「うん。昨日勝治様は楓様と治仁さんが祠に行った後は何も起こってないって言ってたけど、正確に言えば起こってるじゃない? ……それから2年くらい時間が経ってるけど」

「───まあ確かに起こってる訳だけど。だけど、2年も後の話だぞ? そもそもあの『祠』には始祖様の末の孫様が封じられてたんだし。……孫様がもし『妖』に変化したんだとしても、なんでそんなに時間が経ってから治仁様が襲われるんだ?」

「時間が経ったのは、2年経って封印が緩んできて解けたとか……。他の誰かが新たに封印を解いたとか」


「いや、その2年の間に『祠』の封印を解こうとする奴がそんなに居るかな? 1000年以上何もなかったんだぞ?」


「───うん、まあそうなんだけどね。でも一度封印を開けようとしたからこそ、それを知った誰かが今度こそ開けようとしたのかもしれない」


 花凛は昨夜寝られなかったので色々考えてしまった。いや色々考えてしまったから寝られなかったのか。

 その中で、楓が『祠』に行ってから2年後とはいえ、その近くで『妖』が現れたのが偶然とは思えなくなっていた。


「───32年前。いったい『祠』で何が起こったのかな。ねぇ、『西園寺楓』さんなら何か知っているのかな」

「……どうだろうな」


 昨日花凛が会社で会った時にはまさか楓が治仁の元婚約者だなんて知らなかった。知っていたのなら色々な事を聞けたのに。
 ……今度会社に行って楓に尋ねたとしたら、彼女はそれを教えてくれるだろうか?

 でも楓は一応会社の創業者夫人。普通なら一般社員の自分がそう簡単に会える相手ではないのだ。しかも花凛は彼女の元婚約者の子供……つまりは楓にとって恋敵の子である。


 花凛はそこまで考えてハタと気付く。

 ───そうだ。佑磨さんに頼んで楓さんと会わせてもらえたら。

 そう考えてスマホの画面を見た。


「!」


 スマホは『圏外』になっていた。


「え、嘘。この辺りって携帯が通じないの!?」


 思わずそう口にすると奏多が教えてくれた。


「───この辺りは昔から電波が悪いから繋がらない。どうしても連絡したければどこかの民家で電話を借りるしかない」


 それはいつも携帯でどこでも繋がる安心感が当たり前な今の時代には、かなり不安になる話だった。


「……そうなの? じゃあ今ここで何かあってもすぐに連絡が出来ないってことなんだね?」    

「まー、そーなる。でも花凛と俺がいて、何か不測の事態になるなんて事はないだろ」

「……奏多さん? そういうのってフラグが立つって言うんだからね? 油断は禁物だよ!」


 必死になる花凛が可愛くて、奏多は笑った。


「───大丈夫だよ。それよりここから道が少し悪くなるから。
……そしてその前に……、治仁様の家の跡地に寄ろうと思う。車を停めて歩きになるけど、……大丈夫か?」


 少し真剣な口調になった奏多の言葉に、花凛はシャンと背筋を伸ばす。


「───ん。分かった。歩きやすい靴も履いて来たしバッチリだよ。結構距離あるの?」


 奏多の言う『大丈夫か?』が、本当は実の両親の最後の地に行く事への気遣いだろうとは思ったが、敢えてそれには気付かないフリをした。


「いや、すぐだと思うけど暫く人が立ち寄らない場所だから少し手前に停めようと思ってるんだ。
……その後は北家の管理小屋の横に車を停めて『祠』に向かうから。鍵も預かってるしもし電話するならそこでしておくといいよ」


 奏多は花凛が少しでも嫌そうな様子を見せれば治仁の家の跡地には行くのはよそうかと思っていた。……しかし、自分なら見ておきたいと思うだろう。そう思って今日のコースに組み込んでおいたのだ。

 花凛も奏多のその気遣いを感じて感謝していた。だから、自然に振る舞った。


「ありがと。んー、まあ帰ってからでいいよ。今は大丈夫だから」


 最初は佑磨に連絡しようかと思ったのだが彼はなかなか忙しいようだし、それに佑磨に良い印象を持っていない様子の奏多の前では話をし難い。
 楓に会わせて欲しいと急いで頼む事でもないし、今は奏多の気遣いで治仁とアオイの家の跡地に行ける事で胸がいっぱいだ。


 そう思って花凛は今は佑磨に連絡することを諦めた。


 
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