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母と娘
しおりを挟む『……そう。1000年以上。……けれど私は封じられていてもこの世の中を視る事が出来たから退屈はしなかったけれどね。
……世界中の、今は歴史となった時代をずっと見てきたわ。人って恐ろしいわよね。勝者が歴史を作るってよく言うみたいだけれど、勝った側が嘘みたいな歴史を綴っていくの。そしてその時は嘘だと分かっても時の流れと共にそれが『真実』に変わっていく。
……そんなものを、ずっと見てきたの」
アオイはどこか遠くを見ながらいった。
「……すっと……見るだけ?」
『……ええ、見ているだけ。見るだけしか出来ないのよ。私の存在は誰も知らない。どんなに声をかけたくても私の声は届かない。……私はただの傍観者でしかなかった』
誰とも話も出来ず、見ているだけの1000年……。花凛には想像もつかないけれど、途轍もない虚無感なのだろう。
『だからあの楓という娘が確かな意志を持ってこの『祠』に近付いた時。……私は本当は期待していた。もしも封印を解かれたら兄蘇芳がとんでもない事をするかもしれないと危惧しながらも。……ずっと待っていたのよ。解き放たれる日を』
「アオイさん……」
1000年以上、ずっとこの地に囚われてきたのだ。誰と話す事も関わる事も出来ずに、ずっと。あの世に行って家族の元に行く事すら許されなかった。
───彼女がそんな淡い期待を抱く事を、誰が責められるだろう?
『───そして、とうとうその時が来たの。……楓は相当色々と調べてから『祠』に来たようで、兄の封印を解く鍵は妹である私の封印を先に解く必要がある事に気付いていた。そして彼女の力ならば私の封印を解く事は可能だった。
……そして私は解き放たれた』
その時の事を思い出したのか一瞬晴れやな顔をしたアオイだったのだが、すぐに顔を曇らせた。
『外の世界に出れた瞬間は喜んだのだけれど、すぐに兄の封印の事そして考えなしに私の封印を解いた娘の処遇について気が付いたわ。
始祖様は一族の犯罪者には『力を奪って里から追放』という罰を与える事が多かったから、私もそうしたの。ただし力の全部は可哀想だから半減させて里に入れなくしたの』
あの時の楓さんの力は半減したものだったんだ。確かにそれならば自分が当主になるべきだと考えてしまうのも頷けるほどの力だったのかもしれない。……多分八千代よりも力は上だったのだろうと花凛は思った。
「そして……、治仁さんと出逢った……?」
花凛は気になっていた事を尋ねた。
『───そうね。治仁は私が解き放たれて楓と対峙している時にその場に現れた。初めて目が合った時、彼は私という存在が理解出来ず私も彼がどう動くか分からずに暫くお互いに目が離せなかった。そしてその後、彼は楓を責め私に許しを乞うてきたわ。
私は元から彼女の命を奪うつもりなんてなかったのだけれど……。彼は楓を許してもらう代わりに何でも私のいう事をきくと言ってきたの』
「……なんでも?」
『……ええ。それで私は兄の事もあるしこの近くを離れられないから、この近くで安定して住む事が出来るようにして欲しいとお願いしたの。そして今回の事を当代の当主に話をすると言ったのだけれど、彼はそれを止めてきたわ。
……で、いつの間にか結婚する事になっていたの』
「…………え。ちょっと待ってアオイさん? その、治仁さんが当主に話をするのを止めてからの流れが意味が分からないんだけど!?」
なにが『……で、』なのかサッパリ分からない!
『……ふふ。私もよく分からないのよ。当主に言う言わないで言い合っている内に、結婚してくれに変わっていたんだから。最初は楓を庇ってそんな事を言っているのかと思ったの。けれどその後もずっとそんな調子だったから私もなんだか絆されちゃって……』
自分の母の、惚気かなにかよく分からない父との馴れ初めを聞いて花凛は少し脱力した。
そんな花凛の様子を見て、アオイはのクスリと笑った。
『───彼と生きていくと決めてから、本当に幸せだったわ。そして彼に連れ出されて行った買い物先で出逢った恵子。愛する夫と大切な友人。あの2人ととても幸せな時間を過ごしたわ。……そして花凛、貴女が生まれて私は幸せの絶頂だった。
……だから、あの不審な男を見逃してしまったの。現代では余り強い罰を与えないとも聞いていたしあの男の力では全く恐るるに足りないと油断してしまったわ。……まさか兄蘇芳から『妖』の力を与えられるなんて」
佑磨の叔父信彦の動きや蘇芳の手先になってしまった事は、アオイにとって想定外の出来事だったらしい。
『私は時を止める事は出来るけれど、巻き戻す事は出来ない。あの一瞬を、どれほど悔やんだ事か……。
私は泣き続ける花凛を抱いたまま暫く呆然としていたわ。すると、誰かが近付く気配を感じた。そしてそれは一度だけ会った彼の母とその側近だと気付いた私は彼らに貴女を託す事にした。
彼らが花凛を見つけ連れて帰り、その後恵子に預けるところまでを見届けてから、この『祠』に戻り兄の監視を続けた。……一度緩んだ封印は私が横で力で抑えていないとどんどん解けていきそうだった」
「……その時から、またずっとここで?」
花凛は自分と別れてからアオイがまた1人で封印を守っていたと聞いて、また涙が浮かんできた。
……実の母が自分を捨てた訳ではないと分かってはいたつもりだったけれど、改めて本人からそれが聞けた事で心のどこかでわだかまっていたものがするすると溶けていったようだった。
アオイは花凛のその気持ちが分かったようで、静かに寂しげに微笑みながら頷いた。
───そしてそっと花凛を抱きしめた。
花凛の涙が収まった辺りでアオイは花凛の肩に手を置き、しっかりと目を見ながら言った。
『花凛。───貴女の力は強い。これはおそらく最後のチャンスだわ。一緒に兄蘇芳を今度こそ倒したいの。……未来のために』
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