30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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アオイの告白

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 ……漆黒の、暗い闇に引き摺り込まれていく。


 いつしか、花凛は意識を失っていた。



『…………ん……、……りん……、……かりん……』


 ───私を呼ぶのは誰……?


 私……、そうだ、『祠』の前でいたら『妖』を操る男の人が現れて……その人はアオイさんと治仁さんを『妖』を使って襲わせた犯人だった。その後『祠』の下から黒い穴が空いて……、……いけない、奏多さんも巻き込まれたんだわ。あの黒い穴の狙いはきっと私なのに……! 

 それに……そうだ、誰かもう1人あの黒い穴に飛び込んできた人がいたんだわ。あれは……まさか佑磨さん……? でもそれこそまさかよね。彼があの場に来たのは彼の叔父さんの暴走を止める為。彼が私を助けようとこんな得体の分からない暗闇に飛び込むなんて事をするはずがないのだから……。


『……花凛』


 ───誰? 誰が呼んでいるの?


 花凛はゆっくりと目を覚ます。そこには金の瞳をした20歳くらいの色白の女性が花凛を覗き込んでいた。


「ッ!」


 初め驚いた花凛だったが、改めてその女性をじっくりと見る。


 ───クスリ……。

 彼女は少し笑ってから懐かしい、愛しいものでも見るような温かな目で花凛を見ていた。
 花凛も、何故か懐かしい気持ちで彼女を見ていた。

 暫く2人は見つめ合っていたが、女性はその唇を開いた。


『……花凛。大きくなったわね。……恵子が良くしてくれたのね』


 そう言って、とても優しい目をして微笑んだ。


「恵子……。お母さんのこと、ですか? ……あなたは……もしかして」


 『恵子』は花凛の育ての母の名前だ。母は『アオイ』の親友だったと言っていた。

 花凛はまさかという思いで、彼女から目を離せずにじっと見ながら言った。それを聞き目の前の女性は嬉しそうに笑う。


『……ふふ。私はアオイ。花凛を産んだ、母親よ』

「……ッ!! アオイ、さん……。あなたが」


 花凛は自分よりも若いその女性を『母』とも呼べずに戸惑った。……だけど分かる。この女性は、間違いなく自分を産んでくれた母なのだと。……花凛は何故だか泣きたくなった。


『……花凛。あなたとてもモテてるのね。2人の男性が花凛をとても心配している。……奏多と佑磨、……だったかしら?』


 アオイの言葉に花凛は顔が赤くなった。
 ……やっぱり、後から飛び込んできたのは佑磨さん、だったんだ……。好かれているなんて思い上がるつもりはないけれど、少なくとも嫌われてはいなかったという事よね?


「……え。いえあの、モテているのとは違う気はするんですけど……! 2人とも優しいし力を持つ女性を欲しているだけだと思います」


 花凛は顔を赤らめたままそう言って否定した。


『そうかしら? それだけであなたと共に暗い闇の中に飛び込むかしら。佑磨もだけれど奏多もあの時自分だけなら逃げようなら逃げれたはずよ。……アレが狙っていたのは花凛なのだから』


 そう言ったアオイはまたクスリと笑って……、そして真剣な顔になった。


『───アレが……、蘇芳兄様が狙っているのは貴女、花凛よ。あの男も言っていたけれど、兄は花凛を自分の形代……貴女の身体を使って自分が現世に復活しようとしている。
……そんな事、許せるはずがない。今度こそ終わらせるわ』


 アオイの静かだけれど燃え盛るような怒りを感じて、花凛は少し震えた。


「どうやって……? そもそもどうしてアオイさんはお兄さんと封印される事になってしまったんですか?」


 一連の末の孫様の封印の経緯は聞いたけれど、今の花凛には分かる。アオイも相当な力の持ち主だという事が。
 当時始祖様と他の一族とアオイが力を合わせたのなら、末の孫様を倒せたのではないだろうか?


 アオイは少し遠い目をして話し出した。


『花凛。……少し、昔語りを聞いてくれるかしら。
……その昔、始祖様は偉大なる力を持っていたわ。けれど始祖様の子供世代になるとその力は半減した。そしてその孫になると更に半減する。それは鞍馬の力は血の力だったから。
始祖様には5人の子がいたけれど、一番上と下では随分と歳が離れていた。……私達の父は始祖様の若い後妻の息子で、長兄の孫と結婚したそうなの。それが初めての血族での結婚だった。私達が幼い頃両親はすぐに亡くなったけれど。
そして血族同士の子は稀に先祖返りともいうべき大きな力を得る事があったようなの。現に双子の兄蘇芳と私は始祖様以来のとてつもない大きな力を持っていた。……それはその当時他の血族とはかけ離れた力だったのよ』


 ……歳の離れた兄弟。偉大な始祖様の末の孫であり幼くして両親の居ない双子の子供達。
 なんだか現代でも周囲は忖度し甘やかすかもしれないパターンだなと思った。……しかもそれで大きな力を持っていたのなら、歯止めは効かないのかもしれない……。

 それに双子の兄が暴走した時に彼を止めるだけの力を持っていたのは始祖様とアオイの2人だけだったという事。その始祖様でさえ高齢で全盛期の力は持っていなかったのだから。


 そして、ふと思い出す。


「……もしかして、楓さんも先祖返りで大きな能力を……?」


『……楓? ああ、あの……。あの子もこの世代にしては大きな力を持っていたわね。
それでも他よりも大きな力を持った事で増長し、暴走してしまった。……兄蘇芳と同じ。大き過ぎる力は人を狂わせてしまうのね』


 そう言うと悲しげに目を伏せた。


「アオイ、……さんは? 大きな力を持って暴走はしなかったの?」

『……私? 私は目の前で暴走する兄とその周りの反応を見ていたから……。兄と同じようになるつもりはなかったわね。
……始祖様は可愛い末の孫をどうするべきかとても迷われていた。倒すのではなく兄を封じると決めた時。私は始祖様に協力を申し出た。始祖様は迷われていたけれど力が衰えられていたからそれ以外に方法がなかったのも事実。
その時に始祖様は私にこう予言されたわ。
『アオイがこの封印から解き放たれた時、その先に真の愛を知るだろう』と。ただ私の気持ちを宥めるためだけの言葉だと思っていたのだけれど……』


「……『予言』、ですか」


 ……千年以上先の予言などより、末の孫蘇芳の暴走を予言して良い子に育つようにすれば良かったのに、と思わずにいられない。


『そうよ。始祖様はたまに予言をされる事があったの。それはほぼ当たっていたのだけれど、兄の暴走は予見出来なかったのかしらね。
……先程のハナレ鞍馬の男もそうだったけれど、鞍馬一族には稀に特殊な能力を持つ者が生まれるの。
……私は時間を止める能力があるわ。だから今話を終えて出ても時間は過ぎていないから安心してね』

「時間を止める……!? それってすごい事なんじゃ……」


『……そうね。私がこの中で約1000年このままの姿を保っていられるのもこの力のお陰。兄蘇芳にはこの力はないから、当初私の役目は彼が人としての命を終えるまでだと思っていた』


 アオイとしては共に封じられるのは長くとも数十年の事だと思っていたのだ。兄が朽ちるか自分が朽ちるか……。まさか千年以上この状態が続くとは夢にも思っていなかった。


『……それが、兄は途中で人ではなくなった。……いえ、暴走したあの時から既に人ではなくなっていたのかもしれないわ。
……私はこの中でずっと彼を封じ続けるしかなかった』

「…………1000年以上、も?」


 花凛の言葉にアオイは悲しそうに笑った。



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