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蠢き出した闇
しおりを挟む───暗闇に、人影が現れた。
人影とはいってもそれは実際の肉体を持たない精神体。しかし生前は強い力を持ち、その力を『闇』へと変えた……『妖』。
その『闇』の人間『蘇芳』としての記憶は、自分の足元にも及ばぬ『力』の人々と自分を軽くあしらった一族の始祖である祖父への歪んだ憎しみ。
そして自分をこのように1000年以上封じた一族への怨み。そしてかつては自分と一つであったはずの双子の妹『葵』。
この憎っくき『封印』を解き、彼らを掃討した時初めてそこで自分は解き放たれ自由を得る事が出来るのだろう。……そこからは自分の思う通りに生きる事が出来るはず。
その精神体───『蘇芳』はこの暗闇の中に閉じ込めている、自分の形代となる妹の娘の様子を見に来た。
『───そろそろ身体が闇に染まった頃か』
久々に使う能力なので3日は闇に漬けようかと考えていたが、待ちきれず2日で様子を見に来た。それでも昔は1日も漬ければ闇に染まったのだから、これでも充分だろう。
あの憎き妹の娘の身体で封印を打ち破り、鞍馬一族の前に現れればどのような事になるのか? ……それを想像するだけでゾクゾクする。
一族は恐怖に慄き、こちらに媚びて服従するとでも言って来るだろうか?
『クク……。そう簡単には我はあ奴らを許してはやらぬぞ? ……そうだな、助けると見せかけて散々に痛めつけてから……』
自身が『形代』の身体に入るのも、久しぶりだ。なにしろ1000年以上この祠に封じられていたのだから。
あの信彦とかいう男のように欲に貪欲な人間ならば入り込むのは簡単だろうが、妹の娘はどうだろうか。あの妹の子ならこの闇の中でかなり抵抗しただろう。……しかしこの私の『闇』に2日も入れておけば、本人の意思は無くなり私専用の身体となるのだ。
『それに一緒に闇に飛び込んできた2人の男も力も強く美しい肉体だ。……私はついている。暫くは3つの身体を自由に使って楽しめそうだ』
嗤いながら蘇芳は自らの闇に封じ込めた花凛達の元へと進む。
そして闇の中に倒れ込む3つの身体を見付けた。1人の女性と2人の男性。3人ともまだ30歳程の瑞々しい身体。
……蘇芳はこれからの事を想像して笑いが止まらなかった。
『……ふ、ふふふ……、ふははは……!! さあどの身体から入ろうか? どの身体で彼ら鞍馬一族の元へ行けば一番恐怖に慄くだろう? それとも突然攻め入ったりせず密かに入り込んでゆっくりじわじわと恐怖を味合わせてやるのがいいだろうか?』
歪んだ妄想がどんどん広がる。蘇芳は愉快で仕方なかった。
そしてゆっくりと3人の身体に近付いた。
『……まずは、葵の子からとするか』
そう呟いてその闇の影が『葵の子』……花凛に伸びていった。
そして花凛に触れようとした、その瞬間。
パシィーンッ!!
『う、うおぉぉぉッ!!』
蘇芳の闇の触手は花凛に触れる直前に、あえなく弾かれてしまう。
『な……ッ!?』
一瞬何が起きたのか理解出来ずに蘇芳は茫然とする。
……今、まさか自分の手は弾かれた……、のか? ……まさか! 自分の闇に2日も浸けて闇に染まらなかった者など居なかった……。そう、祖父である始祖と妹アオイだけには最初から闇を跳ね除けられてしまったが。
もしや……、この妹の子も私の力を寄せ付けないというのか? 確かに妹の子だけあってかなりの力だったとは思うが、それこそまさかだ!
蘇芳は改めて妹の子を見た。
妹の子は、ゆっくりと起き上がった。
◇
───時は少し遡る。
「花凛。……大丈夫か?」
『末の孫』蘇芳の闇の中で、アオイは花凛達3人と話し合った後に兄と外の様子を見て来るわと球体の結界から出て行った。
アオイ曰く、『3人を形代とする為に最低1日はこのままここに接触はしてこないと思うわ』とのことだったので、とりあえず3人は来るべき時に向けて身体を休めつつ話をしている。
「ん……。大丈夫。……それよりも、……ごめんなさい。2人を巻き込んでしまって」
花凛は奏多と佑磨に頭を下げた。
末の孫様が狙っていたのは花凛。佑磨の叔父が言っていたように、花凛を『形代』としてこの世に復活しようとしていたのだから、2人は完全に花凛に巻き込まれたのだ。
「……花凛。俺はあの時わざと花凛と一緒にここにきたんだ。花凛1人を連れて行かれる訳には行かなかった。自分で納得して来たんだから花凛が気にする事じゃない」
奏多はそう言って花凛を見つめた。
「私もそうだ。……花凛があの黒い穴に吸い込まれそうになった時に身体が勝手に動いたんだ。花凛に追い付けて良かった。私は一緒に来た事を後悔していない」
佑磨は花凛を優しく見つめそう言って微笑んだ。
「奏多さん、佑磨さん……」
花凛は2人を交互に見てから困ったように微笑んだ。
……というか、花凛は本当に困っていた。
……うーん、なにこれ! 気にしなくていいと言ってくれるのは有り難いんだけど……。自分の思い上がりでなかったら、なんだかまるで2人に好意を寄せられてるみたいじゃない? それにどちらを見て良いのかも分かんない!
……コレって、私はこの後に控えてる『末の孫』様との戦いを前に現実逃避をしている!? 最後に勝手に都合のいい夢を見ようとしているのかしら!?
……こんな時に、私ったらいったい何を考えているのかしら!
「奏多さん……、佑磨さん……。……本当にありがとう……」
そう言って花凛はとりあえず小さく微笑んで見せてから俯いた。
どちらとも視線を合わせにくかったのと自分が都合の良い勘違いをしてしまったのが恥ずかしかったからだ。
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