ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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卒業パーティー

婚約破棄と予言 1

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 リオネルとローズマリーが問答しているとパーティーの開会の挨拶があり、国王陛下の入場となった。


 ローズマリーはこちらをギロリと睨んできた。……おそらく、彼女の出した『予言』ではもうリオネルが『婚約破棄』を言い渡していなければならないのだろう。

 ローズマリーは全ては自分の『予言』通りになると思っているようだが、相手がその『予言』を知っているのに、本当にそのまま自分達に都合の良い思い通りの展開に皆が動くと思っているのだろうか?

 リオネルはそれを不思議に思いながらも国王に向き合った。


 国王が入場しリオネルと目が合う。リオネルは静かに頷き、父王もそれを見て頷いた。

 ……これが、リオネルが二つ目の道を選んだ合図だった。


 国王はまずは挨拶と学生達へ卒業の祝いを述べる。

「そして……この祝いの時に、この王国の更なる発展の為に皆に知らせたいことがある。
――王太子リオネル。ここへ」


「はい。国王陛下」

 指名されたリオネルは国王のすぐ近くまで行き、そしてパーティーの参加者を向いた。


「ランゴーニュ王国王太子であるリオネル ランゴーニュである。ここに皆と共に勉学に励みそして卒業出来たことを幸せに思う。皆、ありがとう」

 パーティーの参加者は皆頭を下げる。ある者は王太子と共に学生生活を送れたことを誇らしげに。そしてある者は……、これから一体なにを始めるつもりかと訝しみながら。


「私はこれからこの王国の為に力を尽くしていく所存であるが、新しき道を歩む事も皆に知らせておきたい。
――知っている者もいるかと思うが、私と婚約者の仲はとてもではないが良いものとは言えない。しかしこの王国を更に発展させ、より良き王国とする為には王と王妃が不仲では成り立たない。……よって、ここに私とフランドル公爵令嬢との婚約を解消する事を宣言する」


 ざわっ!

 会場中が揺れるように騒めいた。


「な……何を仰いますか! 王太子殿下っ! 我がフランドル公爵家の承諾も得ずにこのような場所で強硬に発表するなどという手段に出られるとは……。気は確かであらせられるのか!?」


 まず声を上げたのはフランドル公爵。

「……そうですわっ! 我が娘は国王陛下に認められたリオネル王太子殿下の正式な『婚約者』。何の瑕疵かしもない我が娘を殿下の思い付きだけで破棄にすることなどは出来ないはずですわ!」

 そして次にフランドル公爵夫人も悲痛な声を上げた。


「――国王陛下より、フランドル公爵家にはこれまで何度も『婚約の解消』の打診はあったはず。これだけフランドル公爵令嬢の『予言』とやらが人々に噂されている中、本人やフランドル公爵家からその撤回なども無い。そのような信頼のない関係での婚約の継続は不可能であると陛下は考えられた。……勿論、私も陛下と同意見である」


 あくまでも、王家として国王の考えからの『婚約の解消』。……そう伝えているのだが。


「そのようなこと……! 『予言』のせいだなどとこちらの責任のような事を仰っておられるが、私どもはリオネル殿下が他に思うお方がいるらしい事を聞き及んでおりますぞ! そのお相手と一緒になりたいが為に我が娘をこのようなやり方で『婚約破棄』をしようなどと、何と酷い事を仰るのか……!!」


 フランドル公爵は唾を飛ばさんばかりにそう捲し立てた。

 ……彼にとっては今この瞬間は権力を握れるかどうかの勝負の時なのだ。
 『国王の考え』からではなくリオネル個人の考えのように、そして『解消』と言ったものを『破棄』と言い直し、予言に近付けようとする事も忘れない。


「私は、誰に恥ずべき事もしていない。勿論婚約者を裏切るような事もしてはいない。私はフランドル公爵令嬢の出した『予言』の通りにはならなかった。……しかしフランドル公爵令嬢、貴女は『予言』を現実とする為に私と無関係の女性を『浮気相手』に仕立て上げ攻撃を加えた。これは、決して許されることでは無い!」


 リオネルはそう言い切った。
 10歳の時あの『予言』を出されてからリオネルは特に自分を律して生きてきた。心惹かれる女性が出来てもそれを胸に秘め、婚約者を裏切る事など考えてはいなかった。もし自分の想いを貫く事を許されるのなら自分はこの王太子という立場を退いただろう。

 しかし。婚約者であるフランドル公爵令嬢は『予言』で人々を操り、フランドル公爵家は権力を握ろうと画策している。もし自分が王太子の立場を退いたならば、彼らは弟のアベルが王太子になった後にローズマリーを王妃とさせ彼を傀儡の王とするつもりだろう。それが分かっていて自分が退く訳にはいかない。

 ……そして何より、リオネルは無関係なレティシアに手を出された事が許し難かった。2年前、レティシアの平穏な生活を守る為に彼女の側を離れる事を決めた。それなのにフランドル公爵家の権力欲の為に再び彼女を巻き込み今日は怪我までさせた。……許せるはずがなかった。


 そしてリオネルが入り口近くを見ると、そこには治療を終えたレティシアが心配そうにこちらを見ている姿が見えた。


 ◇ ◇ ◇


 レティシアは医務室で軽い捻挫と診断され足に硬めに包帯を巻かれると、何処からか現れたベルニエ侯爵家の護衛に連れられてパーティー会場に戻って来た。


 ――ベルニエ侯爵からは、フランドル公爵令嬢側から『浮気相手の令嬢』とされているレティシアが、パーティー会場で王子の側でない場所にいること。場合によっては彼らの誘いを受けたり否定したり、そして最悪の事態にはミーシャの従兄弟サミュエルの婚約者として振る舞うなど臨機応変な対応を求められている。

 
 そして、今のこの状況は――。


 ……リオネル殿下は名誉毀損も甚だしい『予言』を出しそれを放置したとして、フランドル公爵令嬢との婚約を『解消』なさるつもりなのね。


 そう納得しながら会場の後方で様子を窺っていた。そしてここからは『浮気相手』のレティシアに飛び火が来ることを想定してミーシャの従兄弟サミュエルがレティシアの側に来てくれている。

「聞いたよ。……足は大丈夫? 良かったら僕に掴まっていて。今のこの状況は理解してもらえているかな?」

 サミュエルはそう声をかけて足を痛めたレティシアを支えてくれた。

「ありがとうございます。軽い捻挫ですので大丈夫ですわ。
……そして、殿下は当たらなかった『予言』を『公爵令嬢側の瑕疵』として婚約の『解消』を申し出られている。……という事でよろしいですか?」

 レティシアの言葉を聞き、サミュエルは頷いた。

「そうだ。だから、なるべく僕と仲睦まじそうに寄り添っていて。……何かあれば、僕たちは『婚約間近な恋人』だからね」


 王太子殿下の『浮気相手』に仕立てるつもりだったレティシアに『婚約間近な恋人』がいる。……これでますますフランドル公爵側は不利になるだろう。


 そう思いながらリオネル王子とフランドル公爵令嬢のやり取りを見ていたレティシアは……。何やら今目の前で行われる2人の攻防戦を見ていて、以前少し感じた『モヤモヤ』な気分を思い出していた。


 ……なにかしら……。なんだか、胸の奥がモヤモヤする……。
 少し前にもこんな気持ちになったわ。あれは……、そうだわ。数日前にフランドル公爵令嬢とその友人の方々に『王太子殿下に近付くなんて』と責められた時。私は偶然殿下に会っただけなのにあんな風に集団で責めてくるなんて、『まるで悪役令嬢の嫌がらせみたい』ってそう思って……。……?

 そうだわ、『悪役令嬢』って何だったかしらって、モヤモヤして……。

 『悪役令嬢』……?


 『悪役令嬢』の婚約者を奪った子爵令嬢。王太子はその子爵令嬢に夢中になり、卒業パーティーで婚約者である『悪役令嬢』に冤罪をかけ『婚約破棄』をする……。
 何故か、そんなストーリーが頭に浮かぶ。

 ――え? 待って、それってまるで今の私達じゃない。……いえ違うわ。それは『フランドル公爵令嬢が出した予言』みたいってことよね?


 ――その時。レティシアの中で一つの人生が走馬灯のように流れた。ニホンという国で生きた1人の女性。学生の時に友人達の間で流行った『乙女ゲーム』。攻略本まで買って全ルート制覇しようと夢中になっていた。確か、その乙女ゲームの王太子の『浮気相手』の名前が――。


「……レティシア嬢? 大丈夫かい? 顔が真っ青だ」

 隣のサミュエルが心配そうにレティシアを覗き込む。レティシアは「大丈夫ですわ」と言ったものの、内心かなり動揺していた。


 レティシアの動揺をよそに、リオネル王太子とフランドル公爵令嬢の話は進んでいく。レティシアは『乙女ゲーム』の事をゆっくりと思い出しながら改めて2人を見た。




ーーーーー


パーティーでのリオネルとフランドル公爵令嬢との戦いが始まりました。
そしてとうとうレティシアも前世を思い出しました。
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