53 / 89
ヴォール帝国へ
弟ステファン 2
しおりを挟む「こちらこそよろしくね、ステファン様。……お母様はご一緒じゃなくてよかったのかしら」
どこか冷めた微笑みを浮かべるクライスラー公爵家嫡男であるステファンに、少しの戸惑いを感じつつレティシアも挨拶を返した。
そして何故彼だけが母親と離れてここに入って来られたのか分からず聞いてみたのだ。
「私はこの公爵家の息子ですから。母はこの家の娘だったとはいえもう他家に嫁いだ身になります。外で余計な話をされぬように、それに……姉上に余計な心配をおかけしないようにとの義父上のご配慮だと思いますよ」
思っていたよりもしっかりとした答えにレティシアは驚く。……急に現れた姉という存在に思い悩み胸を痛めていた思春期の少年ではなかったのかしら?
「そう……。私は貴方という弟が出来ると聞いてとても楽しみにしていたの。これから仲良くしてくださるかしら?」
レティシアがそう言うと、ステファンは頷き答えた。
「勿論です。今、姉上にお会いして私はこれからこの公爵家を盛り立てていくべきなのだと分かりました」
『盛り立てていくべき』?
自分と会ってそう思ったとはどういう事だろうかとレティシアは疑問に思った。
「……ステファン様? 私はこの公爵家の養女にしてはいただいたけれど、すぐに嫁いでこの家からは出るのです。だから貴方がもし後継争い的な心配をしているのでしたら……」
「姉上。そうではありません」
レティシアは自分の存在がステファンの公爵家の後継としての存在を脅かすと思われたのかしらと心配しそう言ったが、ステファンはすぐにそれを否定した。
「私は当然この公爵家を継ぎます。……そして姉上がどちらに嫁がれようと、その後も姉上をこの公爵家をあげてお守りする。その為に私がいるのだと、そう分かったのです」
ステファンの確かな決意を感じさせるその言葉にレティシアは少し戸惑う。
……ステファンとは、今初めて会った。そして彼はこの約1週間自分とは明らかに接触を避けていたはず。いくら彼の実の母が難しい方だったとしても、今の口ぶりから彼は自由にこの公爵家に戻りいつでもレティシアに会いにこれたのだと思う。
この公爵家に来てからのレティシアの動向を窺っていたのだとしても、ステファンはこの広い屋敷に居ながらレティシアに会わずにいる事は出来たはず。つまりは彼は自分の意思で公爵家から離れレティシアを警戒し接触する事を避けていた。
……それなのに、会ってみたらレティシアを守る気になったとはどういう事だろう?
戸惑いながら自分を見詰めるレティシアにステファンは静かに微笑んでみせた。
「姉上。私に姉上の事を色々と教えてください。ご結婚されるという王国の王太子の話、……そしてご実家の子爵家のご家族の話などを」
「……お嬢様はこの後は午後の先生がお見えになりますので予定が詰まっていらっしゃいます。お話がございましたらお夕食時に、公爵閣下がお帰りになられてからになさいませ」
そう言ってステファンの話に割って入ったのは先程部屋を出て客人の様子を見に行ったハンナ。彼女はいつの間にかレティシアの側に来てステファンとの間に入った。ステファンは一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「……そうですね。義父上と一緒の時にお話をうかがいます。姉上。それでは後ほどお会いしましょう」
ステファンは礼儀正しく礼をし出て行った。
「……ステファン様には、公爵閣下が詳しいお話をしてくださるはずです。
……実は、ステファン様は閣下からレティシア様を養女にされると聞かれた後、詳しいお話を聞く前にご実家である侯爵家に戻ってしまわれてそのまま……。レティシア様にご心配をおかけするかと思い、黙っておりました。誠に申し訳ございません」
ハンナはレティシアに済まなさそうな表情で謝罪した。レティシアは大丈夫と笑って言った。
「あの位の年頃の子なら、そうなっても仕方がないわ。しかも養子という不安定な身で私が来ることになって不安もあったのでしょう。……それは子供らしくて自然な事だわ」
ステファンは、やはりレティシアが養女となる話を聞いて最初は動揺したのだ。……子供なのだしむしろその方が自然なのだ。
それなのに、今のステファンは吹っ切れているというか、何かに納得して達観したというか……。
それとも『自分が公爵家を継ぐべきだと分かった』というのは、実際のレティシアを見てコイツにはこの公爵家は任せられないと思ったってこと? うーん……。それも地味にショックだけれどまあ事実よね、仕方ない。
「……そうでございますね。それが自然な事なのでございますね」
ハンナは少し悲しそうにそう答えた。
◇ ◇ ◇
「レティシア。昼間は妹が騒がせてしまったようで済まなかったね。……そして私の息子、ステファンだ。仲良くしてあげて欲しい」
ステファンと初めて会った日の夕食。
お父様が帰って、どうやら公爵家に戻ったステファンと先に2人で話をしていたらしい。夕食の間に2人は一緒に入って来た。
「はい。先程お会いしました。改めてよろしくお願いします。ステファン様」
そう言ってレティシアはステファンに笑顔を向けた。
「姉上。先程は突然お邪魔して申し訳ございませんでした。……父から詳しく話を伺いました。私は将来のクライスラー公爵家当主として姉上をお守りし支え続ける事をお誓いします」
その子供らしからぬ物言いに戸惑ったレティシアは、救いを求めるように父公爵の顔を見た。
「レティシア、……ステファンも。私は君たちが仲の良い姉弟となってくれると嬉しい。レティシアは暫くすれば隣国に嫁いでしまうが、姉弟の絆はしっかりと持ち続けて欲しい」
父公爵はレティシアとステファンの2人に向かってそう話した。
……うん、勿論私もこのステファンと姉弟として仲良くしていこうと思っている。だけど……。
「……お父様は、ステファン様に私の事をどのようにお話しくださったのですか? ……ステファン様は私という姉が出来る事をお知りになって実家に帰られたと聞きました。……お父様が私の事で何かとお忙しかったのは分かっております。けれど大事なお子様であるステファン様を、もっと早くに迎えに行って差し上げるべきではなかったのですか?」
そこまで言ってから、言い過ぎたと気付きレティシアは口を閉じた。
父公爵とステファンは驚いた表情でこちらを見ていた。
流石に怒られるかとレティシアは落ち込む。
「……あの、ステファン様はお寂しかったと思うのです。この状況で急に姉が出来ると言われても決して嬉しいものではなく、とても複雑で不安な気持ちになると思うのです。だから父親である公爵がその時にもっと色んなお話をして差し上げたら、不安なお気持ちも治ったのではないか、とそう思ったのです。
……申し訳ございません。お2人の関係性を何も知らない者が横から余計な口を挟んでしまいました……」
そう言ってシュンとしたレティシアに、父公爵は優しく微笑んで言った。
「……いや。その通りだ。私には親としての自覚が足りなかったようだ。忙しかったのは確かだが、それでも優先すべきは我が子であるステファンであるべきだった。
……済まない。ステファン。私の配慮が足りなかった。お前もレティシアも、私の大事な子供だ。とても大切に思っているよ。ただ……私はどうも愛情の表現が上手ではないようだ」
その言葉に子供たち2人、特にステファンは驚きを隠せなかった。
ーーーーー
レティシアは子供らしくない言動をするステファンが心配になりました。
そしてステファンは自分が公爵家にいる意味は『立派な跡取り』となる為だけで、『自分』を求められてはいない、と感じていました。父エドモンドの愛情表現下手で誤解やすれ違いが起こっていたようです。
18
あなたにおすすめの小説
ハーレム系ギャルゲの捨てられヒロインに転生しましたが、わたしだけを愛してくれる夫と共に元婚約者を見返してやります!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
ハーレム系ギャルゲー『シックス・パレット』の捨てられヒロインである侯爵令嬢、ベルメ・ルビロスに転生した主人公、ベルメ。転生したギャルゲーの主人公キャラである第一王子、アインアルドの第一夫人になるはずだったはずが、次々にヒロインが第一王子と結ばれて行き、夫人の順番がどんどん後ろになって、ついには婚約破棄されてしまう。
しかし、それは、一夫多妻制度が嫌なベルメによるための長期に渡る計画によるもの。
無事に望む通りに婚約破棄され、自由に生きようとした矢先、ベルメは元婚約者から、新たな婚約者候補をあてがわれてしまう。それは、社交も公務もしない、引きこもりの第八王子のオクトールだった。
『おさがり』と揶揄されるベルメと出自をアインアルドにけなされたオクトール、アインアルドに見下された二人は、アインアルドにやり返すことを決め、互いに手を取ることとなり――。
【この作品は、別名義で投稿していたものを改題・加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
【完結】前提が間違っています
蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった
【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた
【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた
彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語
※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。
ご注意ください
読んでくださって誠に有難うございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる