ヴォールのアメジスト 〜悪役令嬢の『予言』は乙女ゲームの攻略本から〜

本見りん

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真実と男達 3

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「――それでは、先先代マリアンヌ陛下のお言葉は忘れよ。ここにいる者達は生涯それを口にする事は許さぬ。……話を漏らした場合には極刑となる事を覚悟せよ」


「「「御意」」」


 皇帝ジークベルトがこの部屋にいる者に秘密を守る事を約束させた。

 そして皇帝とクライスラー公爵の許しを得たシュナイダー公爵兄弟は、これからレティシアの味方となる事を約束して去って行った。



 部屋には皇帝ジークベルトとエドモンド クライスラー公爵の2人。護衛も今は扉の外で待機している。


「……シュナイダー公爵兄弟は、あの当時はこの事を本当に知らなかったのだと思う。私も祖父である前公爵の動きに少しは不信感を抱いた事もあったが……。あの後すぐに兄と不仲となり政争へと流れていく中で彼への不信感は紛れてしまった」


「……私もです。突然皇女が行方不明となり国の情勢も大きく乱れ、私達は訳もわからぬまま政争に巻き込まれていったのですから。……あの時、我らは若過ぎたのです」


 そう言った2人は暫く黙っていたが、突然ぷっとジークベルトが笑った。


「……しかし、あ奴らはすぐ屋敷に帰ると言っていたが、あの酷い顔でパーティの貴族達が残る前を通り過ぎて帰ったのだろうか。
……コレは明日にはシュナイダー公爵とクライスラー公爵はやり合ったと貴族達のかっこうの噂になるぞ」


 シュナイダー公爵兄弟は、怒りに狂ったクライスラー公爵から思い切り殴られその姿はかなり酷いものだった。おそらくは帝城の公爵に与えられた部屋で身なりを整えてから出て行くとは思うが、顔は腫れそれで隠せるとも思えない程であったのだ。

 そう言ってククと笑うジークベルトを、エドモンドは彼らを殴り痛めた手を少し撫でながら呆れた目で見た。


「何を仰っているのですか。彼らに早く屋敷に帰れと指示したのは陛下ではありませんか。……兄弟2人共酷い顔をしているのですから、2人でやり合ったと周りの貴族達は思うかもしれませんよ。
……それよりも、陛下は随分とタイミング良く入って来られましたね」


 エドモンドの言葉に、今度はジークベルトが呆れた顔をする。


「それこそ何を言っている。……分かっていて、この部屋をシュナイダー公爵との話し場所に選んだのだろう? 
幼い頃、この部屋の話し声が皇帝の部屋に筒抜けだった事を知った我らは随分アレコレと悪さをしたではないか」


「――覚えておいででしたか」


 2人の間に穏やかな笑顔が浮かんだ。


「……当たり前だ。お前がシュナイダー公爵とこの部屋に入ったと『影』より報告を受けてすぐにあの部屋で耳を澄ませたわ。……余りの話の内容に耳を疑ったがな。
……ここ以外にこのような場所がないか早急に調べる必要があるな」


「……おそらくは大丈夫でしょう。その昔、この部屋はワザと皇帝の部屋に声が聞こえるように作られたそうでしたから」


「……何故そんな事を知っている」


 ジークベルトは訝しんだように聞いた。


「ヴァイオレット皇女から聞いたのですよ。彼女はマリアンヌ陛下から伺ったと言っていましたが」


「ヴァイオレットか……。あの子は何故お前にだけそんな話を教えていたのだ」


「皇女が兄である陛下よりも私を信頼なさっていたからではないですか……、ウソですよ。たまたま彼女とここでの悪戯の話になったのです。その時に教えてくれたのですよ」


 拗ねた表情をしていたジークベルトは話の続きにホッとした。その様子を見て、エドモンドは苦笑して言った。


「ヴァイオレット皇女は、そこいらの子供よりも余程悪戯好きでしたから。皇女の悪戯に悩まされた皇子お2人が手を組まれる程に」


 ジークベルトも昔を思い出して苦笑した。


「……そうであったな。私はもとより、母の違った兄上にまであのお転婆な妹は容赦なく悪戯を仕掛けていったのだ。幼い妹を叱るに叱れず困り果てた兄上に相談された事をきっかけに、私と兄上は打ち解け仲良くなっていったのだった。……懐かしい、思い出だ」


 ジークベルトはありし日の妹や兄を懐かしみ微笑んだ。


 ヴァイオレットがいなければ、対立する母を持つ兄とは表面的な挨拶以外に話す事もなかっただろう。……結局、妹が居なくなってからは対立関係になってしまったが、あの思い出は消える事はない。


 だからか兄が皇帝になってからも、ジークベルトは幽閉はされたもののそれ以上の酷い扱いは受けなかった。普通に結婚も許され、見張りは付いたが親しい貴族を遠ざけられる事もなかった。


 だから自分も兄のたった1人遺した娘である皇女を、幽閉はするものの教育や暮らしに不足がないようにはしている。


 ――結局兄も自分も、お互いを憎み切れてはいなかった。それはやはり、昔の仲の良い時代があったからこそ。……ヴァイオレットがいてくれたからなのだ。


「……不思議なものだ。妹のあの悪戯が、懐かしく……愛おしい。あの頃はあんなに困らされ嫌であったのに。あれからなにやら物足りなくてならんのだ」


 ジークベルトはどこか遠くを見て言った。


「……そうでございますね。皇女様の悪戯は城にいた時は勿論、学園でも大変だったのですよ。特に生徒たちに評判の悪かった嫌味な先生には悪戯をよく仕掛けていて私まで先生に叱られた事がありましたよ」


「そうだったのか。子供の頃のあの子は私と兄上に虫を持って追いかけてきた事もあったぞ。理由を聞けば『男の子は虫が好きだから』という理屈だったが……。
私も虫はあまり好きではないが、兄上はそれは大層な虫嫌いで余りの驚きように見ていて気の毒な程であった」


 2人で苦笑しあった。……そしてふと、ジークベルトは真面目な顔になった。


「……エドモンド。お前はよくあのヴァイオレットに惚れたものよな。私は妹としては可愛いと思うし、知らぬ者が見ればあの子は可憐な美しい少女ではあったが……。あの子の本質を知っていて惚れ込んでくれたお前には本当に感心していたのだ」


「……愛とは、理屈ではないのですよ。私の心はあの方以外では埋める事は出来なかったのです。
しかしこれから私はレティシアと息子ステファンの為に生きますよ。……これも、ヴァイオレット皇女が私の為に生きがいを与えてくれたのだと思っております」


 ……愛しい、私のヴァイオレット。
 幼い頃、両親からはただ公爵家の跡継ぎとしか見られず、愛を知らずにいた私の前に現れた悪戯な天使。
 私の前から去ってしまった後も、こうして私に生きる力を与えてくれた。


 穏やかにそう語るエドモンドを見て、ジークベルトはホッとしたような切ないような、そんな複雑な気持ちになった。
 そして妹の分もこの愛に不器用な幼馴染を見守っていきたいとも思った。


「……そうか。……エドモンド。それならばこれからは私にもその力を貸してはくれぬか。帝国の為、これからのレティシアやアルフォンス達若者の為に、良き国づくりをする為に力を貸して欲しい」


「ジークベルト陛下……」


 ジークベルトは真剣にエドモンドの力が欲しいと協力を仰いだ。今、少し話しただけで昔のように心が通い合った。これから信頼の出来る者と共に国を治めていきたいと、ジークベルトは強くそう願った。そしてその目を見てエドモンドも心を決める。


「……私で宜しければ」



 2人は固く握手を交わした。


 
 ――それから昔からの幼馴染であったジークベルト皇帝にエドモンド クライスラー公爵は側近くで仕えるようになる。……その関係は昔のように主従の関係を超えた親友のようであった。





ーーーーー


ヴァイオレット皇女は昔から虫が平気だったようです。だから平民として暮らしてからもそういう面でも案外逞しく暮らしていました。そんな母を見て育ったレティシアはまさか母が皇女だとは思えなかったのです。
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