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そして王国へ
王国の罪 2
しおりを挟むレティシアがランゴーニュ王国王城の大広間に入場した時、王国の貴族達は自分を侮っているのだわと感じた。そういう空気は口に出さずとも雰囲気や人々のその目などで分かるものだ。
……まあ私はこの国の『元平民の子爵令嬢』だと皆が知っているものね。大国である帝国の貴族の方々にはすんなり受け入れられたのに、この王国でここまであからさまにそれを感じるのはおかしな話だけれど……。
そして王国の主要な王侯貴族が揃うまで待っているその間にゼーベック侯爵が始めたレティシアに対する誉め言葉の数々を聞いてからは、今度は彼らは少し困惑しているようにも見えた。まさか元平民が大国ヴォール帝国の貴族にここまで受け入れられているとは思っていなかったのねと思った。
レティシアは14歳から子爵に引き取られ3年間王立学園に通っただけで社交界デビューもしていなかった。伯父コベール子爵が事情のあるレティシアを隠す為だったのだが、そんな訳でレティシアには元々王国の貴族に知り合いは多くない。
レティシアの知っている貴族は同じクラスになった顔馴染みとソフィアやミーナ、そしてベルニエ侯爵令嬢であるミーシャの関係者とその婚約者ランベール公爵家くらいだ。けれどレテシィアの知り合いでこの場にいるのはベルニエ侯爵とランベール公爵だけのようだった。王国の主に高位の貴族が集まっている為、まだ若い貴族は来ていないのかもしれない。
そしてその間もゼーベック侯爵の止まらない最早誉め殺し? とも言える言葉の数々を心を無にして聞いていると、大広間にやっと愛するリオネル王子が現れた。
「……ヴォール帝国の高貴な方々を歓迎いたします」
そう言って挨拶をしたリオネルの態度はレティシアには少し他人行儀にも感じた。
そうしてその後、父クライスラー公爵から述べられた『ヴォール帝国皇帝』の言葉。
レティシアも『皇女に準ずる立場となる』とハンナからは聞いていたが、王国の貴族達の驚きようにそれほど重要な事なのかとこちらも少し驚いた。
王国側と帝国側の話を聞いていると、まあやはりというか王国の貴族達はまるで当然のように自分を侮り、更に帝国を侮り甘く見ているのではないかとも感じた。
ヴォール帝国の皇帝陛下の姪でなくても、筆頭公爵クライスラー家はこの王国の国王よりも立場は上ともされるのだ。そのクライスラー公爵家を敵に回すだけで、帝国に睨まれた状態であると言えるはずなのに。彼らはその辺りを全く考慮していないのだなとレティシアは思った。
そしてレティシアはこの王国の王太后と同じ『帝国の皇帝の姪で公爵令嬢』だった。……が、この国の貴族達はそれを大した事はない、と思っていたのだ。今、伯父である皇帝陛下よりの『皇女と同等の立場とする』との正式な決定を聞き初めて彼らは動揺したのだから。
その後も父クライスラー公爵とゼーベック侯爵達は、ランゴーニュ王国の貴族達を攻め立てていった。
……その息の合った2人の様子に、案外父とゼーベック侯爵は気が合うのではないのかしらとレティシアは意外に思った。
そして今の状況はかなり王国側に劣勢。王国側の貴族達のレティシアへの対応も随分なものだしそれは即ち帝国への無礼となるのだから、父やゼーベック侯爵達の怒りやその対応は尤もで王国側が責められても仕方がない。……けれどこのままでは、リオネルとレティシアの結婚自体が危ぶまれる状況になってきていると思う。
レティシアは何度か口を挟もうとしていたが、その度父クライスラー公爵に静かに制された。おそらく父には父なりの考えがあるのだろうが、動けないのもモヤモヤする。……が、この度の当事者であり被害者でもある自分が動くのも余計にこの国の貴族達の反感を買うという事かもしれない、とも考えレティシアは静かに彼らの様子を見守る事にした。
◇ ◇ ◇
「――では、どうすれば。我が国の誠意を分かっていただけるのか。確かに王太后へ我が国のした事は悪しき前例として言い逃れは出来ない。そして今またクライスラー公爵令嬢であり皇女と同等のお立場とされるレティシア様への不当な動きもあったのは事実。今、我が王国としてどうすれば誠意ととっていただけるのか」
言葉だけでは信用出来ないと言われた為にほぼ全面降伏に近い言葉を述べたランゴーニュ王国国王に、王国の一部の貴族は非常に反応した。
「ッ!? 陛下ッ!? 何を仰いますか! 我が王国は『世界の食糧庫』とも呼ばれる世界的にも貴重な豊かな国! 万一ヴォール帝国の庇護がなくなったとしても十分にやっていけるだけの豊かな実りがあるのです!」
「いやむしろこれからは帝国から搾取されずに済むのですからこの際このまま断交すれば宜しいのではありませんか!?」
「そうだ! その分をこの王国の民に還元すべきだ! これ以上帝国に縛られるべきではない!」
「帝国の王妃など必要ない! リオネル王太子殿下には我ら王国貴族の尊い血を引くものを妃にされるがいいだろう!」
宰相達の周辺の貴族が騒ぎ出した。
……おそらくあの辺りの一部の貴族が今回レティシアという婚約者がいるにも関わらず、リオネルに第二妃や愛妾を推し進めてきた者達。
彼らは『世界の食糧庫』であるこの王国は一国で十分世界と渡り合えると思い込んでいる。それだけの価値のある国だと考え、他国を……帝国でさえ侮っているのだ。
豊かな国だという事は他国に狙われ易いという事でもあるのに、今周辺国と友好関係でいられるのは、ヴォール帝国という大国の庇護下にあるからだという事に気付いていない。
そしてその豊かな資源で自分達の懐が潤うと考え、リオネル王太子に第二妃を送り込み自分達の利権を更に増やしたいと考えているのだ。
……帝国が我が王国から手を引くのはむしろそれは全くの好都合、今は平和なこの世界で帝国の庇護を求めそれの対価を払い続ける事になんの意味がある? それならば、この国の民に還元すべきだ! そう彼らは本気で考えているようだった。
『民に還元』という大義名分を掲げながら、その実彼らは自分達の懐を潤す事しか考えてはいないのだろうが。
――その宰相を含む一部の貴族達は騒いでいたが、大半の貴族は大いに戸惑っていた。
今まで王太后を侮っていた彼らだが、この王国の現状は理解していた。……今、ヴォール帝国の庇護がなくなれば、この豊かな地に周辺国が手を出してくるであろうことは。
特に諸外国と隣り合わせた地域ではいつ手を出されるかと常時緊張した状態になる事だろう。王太后が来るまではそうであったように。
……いやそもそも、帝国がその庇護をやめそのまま属国としようとするかもしれない。そうなれば、この王国の貴族はほぼ要らない存在。今までの自分達の立場を追われる事になるのだ。
大半の王国の貴族達はゾッとしながらも、宰相達が騒ぐのを止める事が出来ずにいた。
そしてその前で、クライスラー公爵とゼーベック侯爵達帝国貴族は呆れた顔をしてからレティシアを背に庇い、王国側に向き合った。
「――それでは、交渉決裂。という事で宜しいか」
そう言って、この度連れて来た帝国の衛兵に目配せをする。帝国の選び抜かれた精鋭達が、この広間周りに『皇女』を守る為に配置されている。
王国の貴族達は驚き、大広間は緊迫した。
「お待ちください! クライスラー公爵閣下」
声を上げたのはリオネル王子だった。
「……何ですかな、リオネル王太子殿下。今、この状況はお分かりでしょう。そして我らヴォール帝国としてはこれ以上の無礼を許す訳にはまいりません」
クライスラー公爵は素気無くそう答えた。
「……その者達は、我が国を裏切りし者達。国よりも自らの欲に走った愚か者達です。……衛兵!」
リオネル王子がそう言うと、後ろからリオネルの命を受けた衛兵達が現れ宰相を始めとした騒いでいた貴族達を捕らえた。
「んなッ……! 何をなさいますか! 王太子殿下! 我らは国の為を思えばこそ今こうして正義を訴えておるのですぞ!」
宰相達はそう言って暴れたが、衛兵たちにガッチリと捕えられ縄をかけられた。そのような目にあった事のない彼らはめちゃくちゃに暴れる者や呆然とする者に分かれたが、そんな彼らの様子を王国の他の貴族でさえ冷ややかに見詰めた。
彼らが全員捕らえられたところで、クライスラー公爵が言った。
「……さて。王太子殿下。彼らを捕らえれば全て済むとお考えか?」
リオネル王子は落ち着いて答えた。
「まずはヴォール帝国の『皇女』であられるレティシア様と、『皇女』殿下をお守りする貴族の方々への我が国の失礼を謝罪いたします。
……そして、事の経緯を説明をする事をお許しください」
クライスラー公爵とゼーベック侯爵は目を見合わせた。そして不機嫌そうにゼーベック侯爵が返事をした、
「……つまらぬ言い訳ならば聞かぬぞ。簡潔に、我らにも納得出来るように話すが良い」
ーーーーー
何やらおじさま方の応酬ですみません…。
リオネル王子が頑張ります。
応援ありがとうございます!
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