《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん

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アイスナー子爵家

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「……なんだと? メラニー! お前はディートマーを……、婚約者殿を怒らせたのか!? 婚約の破棄などと……いったい今度は何をやらかしたのだ!」


 父の執務室で2人になり、メラニーは今日の出来事を出来るだけ冷静に話し出した。
 しかし父は『ディートマーから婚約破棄された』と話すとメラニーが悪いと決めつけて怒り出したのだ。

 メラニーは父のその様子をじっと見た。 
 ディートマーとの婚約破棄の最初の難関は自分の父親だった。
 ……父はいつもそうだったから。メラニーは幼い頃からずっとこんな風に押さえ込まれてきた。
 今、私はこの父に今までのディートマーの行いの真実を納得させて、きちんとした理由で婚約の解消を成し遂げなければならない。


「……お父様は私が何かをしたと決め付けていらっしゃるのですね」


 メラニーは父に冷たく言った。子爵はその視線に少したじろぐ。


「それは……、今までのお前のしでかして来た事を考えれば当然だろう。いつも彼に迷惑をかけてばかりだったではないか。……ああやはり今回も何かやらかしてとうとう愛想を尽かされたのか!」


 子爵は最初こそ戸惑ったものの結局はそう決め付けて頭を抱えた。


「……私は何もしておりません。それどころか今までの『迷惑』も全てディートマーがしていた事です。それにこの婚約破棄の理由は『真実の愛に目覚めた』からだそうですよ。───今回の事は彼の不貞が原因です」


「……またお前はそのような事を! 小さな頃の虚言癖は治ったかと思っていたのに……! ああそれでディートマーはお前に愛想を尽くして他の女性へ行ったのか……!」


 子爵はそう言って恨めしそうにメラニーを睨みつけた。

 メラニーは父がそう言うだろう事は予想していた。ずっとディートマーの演技に見事に騙され自分の娘を信じず、こんな風にメラニーを貶め続けていたのだから。


「お父様はいつからディートマーの庇護者になられたのですか。今ディートマーとの縁は切れました。彼の、『不貞』によって。
お父様。……貴族として、手を打たなくて良ろしいのですか? 私を信用なさらないとしても、彼は我がアイスナー子爵家を切り捨てたのですよ。我が家の名誉を貶めたのです」


「……それはお前が彼を怒らせたから!」


 それでも子爵はメラニーの不出来さで起こった事だろうと怒りを募らせた。


「いい加減に頭をお切り替えください、お父様。……もしも私が原因でディートマーが耐え切れなくなり婚約を解消するのだとしたなら、本来ならば彼の父親と共に直接我が家に来てきちんと話合いをするはずでしょう。……それをしないという事は、彼らは……このアイスナー子爵家を侮り切り捨てたという事ですわ! 良いのですか? ほぼ同格であるはずのハーマン子爵家に舐められたままで!」


 そこまで言うとやっと子爵はそれに気付いたようだった。


「……確かに家同士で決められた婚約を解消するのなら、原因はどうあれこちらに正式に来訪し当主同士で話し合いをするのが筋だ。
…………私達はお前がずっとディートマーに迷惑をかけ続けていると思い、彼やハーマン子爵家に気を使い続けていたが……」


「お父様。よくよくお考えください。ディートマーと一緒にいる時以外で、私が今まで他の方に迷惑をかけた事がありましたか? 物を壊したり乱暴な行いをしたりしたことがありましたか?」


 娘にそう問われ、子爵は考える。

 小さな頃はそれなりにお転婆な娘だったが、周りに迷惑をかけるような事はなく乱暴な行動などはした事がなかった。

 ……思い返してみれば、それが起こり出したのはディートマーと婚約してからだ。

 娘は婚約者といる時に限っていろんな事をやらかす。特に相手のハーマン子爵家で食器やカーテン、庭の貴重な薔薇を踏み荒らしたり侍女に嫌がらせをしたりと聞いた時は今思い出しても相手の家に申し訳なく頭の痛い話だった。


 しかしそんな事が続き子爵は娘を厳しく躾けるようになり、娘は萎縮し今では大人しい少女となってしまった。
 ……それなのに、婚約者といる時にはまだ色々とやらかしていた。どうか彼女を叱らないでやってくれとディートマーから報告され、こちらはいつも彼に感謝し謝罪しつつ娘に怒りを募らせていた。


 そう、よくよく考えてみればメラニーが何かを仕出かすのはディートマーの近くにいる時だけ。しかもこれだけ家で厳しく躾けられすっかり大人しくなってしまった娘が……家や他所では問題なく過ごしているというのに。


 子爵は、やっとこれまでの事に疑問を持った。


「……メラニー。本当にお前はディートマーに迷惑をかけていなかったのか。そして今回本当にディートマーは他に好きな者が出来たと婚約の解消を申し出て来たのか」


 父の表情が変わった事に少しホッとしながらメラニーは頷いた。


「はい。彼は確かに『好きな人が出来た』と言いました。……そして誓って言いますが、私は今まで問題となっていた数々の事柄もしてはおりません。殆どはディートマーが仕出かしその後責任を私に押し付けてきたのです」


 真っ直ぐに父である自分を見てそう言った娘に、父は暫く考えて言った。


「……メラニー、お前が今嘘を言っているとは思えない。……しかし私は今までずっとそれを真実として聞かされ信じて来たのだ。そしてまた間違えましたでは済まされない事柄である。……一度、きちんと調べさせて欲しい。
そしてそれが真実だったならば、ハーマン子爵家に対してそれらを証拠に今回の婚約解消を我らに有利に進める事が出来るだろう」


 子爵は愚かな人間ではない。ただ、巧妙にズル賢いディートマーに騙され信じ込まされていたのだ。……勿論、自分の娘を信じなかったのはどうかとは思うが。
 しかし今度はきちんと真実を見極め動いてくれると約束してくれた。


 その後、母もメラニーを信じてくれた。勿論あの後すぐに現場に来ていた弟スティーブも。
 そして皆は今までのディートマーの行いと突然の婚約解消に憤慨していた。


 そして家族の話し合いで、もしもディートマーの決定的な有責の証拠が見つからなかったとしても一度こんな話になった以上はディートマーとの婚約の解消は決定だということになった。


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