《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん

文字の大きさ
7 / 14

ハーマン子爵家との対決 2

しおりを挟む



「───私は他の男性をお慕いなどしておりません」


 今回両親は騙されてはいないようだが、いつまでもこの下手な芝居を見るのも時間の無駄なのでメラニーははっきりと宣言した。


「……メラニー! 嘘をつかないでくれ。……大丈夫、この話はここでだけの話だ。君の事が世間に悪く噂されるような事にはならないから正直に話しておくれ」


 ディートマーは表面上は優しくそう言ってから、メラニーだけに分かるように強く睨むように見た。……『言うことを聞け』と圧をかけて。

 けれど、ディートマーの言いなりになっていたこれまでのメラニーではない。真っ直ぐに彼を見てハッキリ言い放つ。


「嘘ではありませんよね? だって貴方が言ったのですから。
───『婚約を破棄する』『真実の愛を見つけた。早く婚約破棄をして君から解放されたい』、と」


 ディートマーはメラニーに自分のあの日の言葉を一言一句間違えず言われると、思わずカッとなった。


「何を言うんだ、メラニー!! 
…………ッ、僕はずっと君を支え守っていきたいと思っていたんだよ。それなのに君に別な男性が出来、婚約解消と言われて僕がどんなに悲しかったことか……!」


 最初怒鳴りかけたディートマーは、途中ここにはメラニー以外に人がいる事を思い出し口調を悲しげなものに変えた。


「そうよ! ディートマーはショックでしばらく食事も喉を通らなかったのよ! すっかりやつれてしまって本当に可哀想で……! それなのに貴女って人は!」


 ハーマン子爵夫人は息子を労るように見た後、メラニーをキッと強く睨んだ。
 勿論、そんな事実はない。ディートマーは婚約解消して新たな婚約目前。思い通りになったと満足して反対に少し太った位だった。
 ……ハーマン子爵夫人は昔から息子可愛さに何もかも息子に有利になるように口裏を合わす癖があった。

 しかし明らかに嘘と分かるハーマン子爵夫人の言い草に苛立ったアイスナー子爵は言った。


「……子爵夫人。我らはどちらが先に浮気したかなどという水掛け論を話しているのではない。そもそもメアリーは不貞などしていないのですから。
……そして、こちらを見ていただこう」


 アイスナー子爵はそう言うと、後ろに控えていた執事から書類を受け取りハーマン子爵に渡した。


 それを受取り恐る恐るといった様子でハーマン子爵は書類を読み出した。


「……! これは……」

「これは高位貴族も認める公的機関でも利用される者達が調べた調査書だ。そして数々の証人も得ている。……残念ながら私たちは昔からずっとディートマー君に騙されていたようだ」

 
 書類を見て次の句が紡げないハーマン子爵にアイスナー子爵は言った。……かつての友人を、今度ばかりは容赦するつもりはない。
 その書類の内容と友人の冷たい態度にハーマン子爵は暫し固まり呆然とした。


「ま……、待ってください! そんなものはでまかせに決まってますわ! うちのディートマーは優しくて良い子ですのよ……!」


「ハンナ! これは高位貴族も認める機関のものだ。我々がこれを疑うのは上位の貴族の方々に逆らい疑うようなものだ! 
……これはどういう事だ、ディートマー! お前は今までずっと周りを欺き罪をなすり付けてきたのか!」


 ハーマン子爵は今しがたアイスナー子爵に渡された書類をディートマーに渡す。
 ハーマン子爵は今まで我が子可愛さと妻の勢いに呑まれて彼らの言い分を信じて来た。……しかしこの書類を見れば一目瞭然。自分の信じて来た世界がガラガラと崩れて、いっそ倒れ込んでしまいたいと思った程だった。

 ……しかしそうはいっても、それはハーマン子爵が本当は息子に無関心だったから。我が子をよく見ていれば分かるはずの事だった。


 ディートマーはそんな父の様子に怯え少し震えつつその書類を受け取り必死で目で文字を追う。

 そこにはディートマーが幼い頃から周囲の立場の弱い使用人や友人達、そして婚約者に対して罪をなすり付けて来た事実が事細かく調査され書かれていた。


「……これは……!」


 ディートマーはぶるぶると震え思わず絶句する。

 今までずっとそれらを誤魔化せて来たのはその悪きことのどれもがそれ程大きな事ではなく、その場限りで近くに居た弱き者に被害者ぶって責任をなすり付けて来たからだ。

 こんな風にたくさんの事柄が羅列され、その相手の証言がそれぞれに記載されていてはその一つ一つを完全に否定するのは難しい。

 顔色を変えたディートマーを見て、メラニーは言った。


「……だけど勿論これが全てではないのよ? これは調べられる範囲で証拠が揃った分だけのものだもの。私が見たりされたりして来ただけでももっと色々あったわよね?」


「……何を……何を言っているんだ、メメラニー!! 自分の不貞がバレて婚約解消となったからといって、悪あがきが過ぎるぞ! 
……アイスナー子爵! 僕はメラニーが浮気していたという決定的な証拠を知っているんです! そしてその相手も分かっています!」


 ディートマーのその態度は、今まで取り繕って来た『好青年』の皮を完全に脱ぎ去っていた。
 ……そうか、これがディートマーの本性なのか、とアイスナー子爵夫妻は相当な嫌悪感を持って彼を見た。


「……私の、ありもしない『不貞』の証拠?」


 メラニーは心底呆れながら問いかけた。

 自分の立場を守る為だけに口から出まかせを言い続ける、器の小さな姑息な男。……本当に、何故今までこんな人に従っていたのか分からない。まだほんの少しだけ残っていたかもしれない彼への慕情は跡形もなく無くなった。


 そんな元婚約者の冷静な態度に更に苛立ったのだろうディートマーは唾を飛ばすほどの勢いで叫んだ。


「はっ! 盗人猛々しいとはこの事だな、メラニーッ! そうだ、お前は不貞をした! しかもその相手は僕の大切な友人である『リカルド ファーベルグ』だ!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?

バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。 カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。 そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。 ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。 意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。 「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」 意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。 そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。 これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。 全10話 ※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。 ※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~

柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」  王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。  ――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。  愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。  王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。  アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。 ※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。 ※小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】あなたの愛が欲しくて・・・

彩華(あやはな)
恋愛
失った愛ー。馬車が揺れるー。 あたしは1番欲しい物がある。それは、あなたの愛ー。 その為にわたしはーする。 4話完結です。

毒殺されそうになりました

夜桜
恋愛
 令嬢イリスは毒の入ったお菓子を食べかけていた。  それは妹のルーナが贈ったものだった。  ルーナは、イリスに好きな恋人を奪われ嫌がらせをしていた。婚約破棄させるためだったが、やがて殺意に変わっていたのだ。

カナリア姫の婚約破棄

里見知美
恋愛
「レニー・フローレスとの婚約をここに破棄する!」 登場するや否や、拡声魔道具を使用して第三王子のフランシス・コロネルが婚約破棄の意思を声明した。 レニー・フローレスは『カナリア姫』との二つ名を持つ音楽家で有名なフローレス侯爵家の長女で、彼女自身も歌にバイオリン、ヴィオラ、ピアノにハープとさまざまな楽器を使いこなす歌姫だ。少々ふくよかではあるが、カナリア色の巻毛にけぶるような長いまつ毛、瑞々しい唇が独身男性を虜にした。鳩胸にたわわな二つの山も視線を集め、清楚な中にも女性らしさを身につけ背筋を伸ばして佇むその姿は、まさに王子妃として相応しいと誰もが思っていたのだが。 どうやら婚約者である第三王子は違ったらしい。 この婚約破棄から、国は存亡の危機に陥っていくのだが。 ※他サイトでも投稿しています。

殿下と男爵令嬢は只ならぬ仲⁉

アシコシツヨシ
恋愛
公爵令嬢セリーナの婚約者、王太子のブライアンが男爵令嬢クインシアと常に行動を共にするようになった。 その理由とは……

【完結】わがまま婚約者を断捨離したいと思います〜馬鹿な子ほど可愛いとは申しますが、我慢の限界です!〜

As-me.com
恋愛
本編、番外編共に完結しました! 公爵令嬢セレーネはついにブチ切れた。 何度も何度もくだらない理由で婚約破棄を訴えてくる婚約者である第三王子。それは、本当にそんな理由がまかり通ると思っているのか?というくらいくだらない内容だった。 第三王子は王家と公爵家の政略結婚がそんなくだらない理由で簡単に破棄できるわけがないと言っているのに、理解出来ないのか毎回婚約の破棄と撤回を繰り返すのだ。 それでも第三王子は素直(バカ)な子だし、わがままに育てられたから仕方がない。王家と公爵家の間に亀裂を入れるわけにはいかないと、我慢してきたのだが……。 しかし今度の理由を聞き、セレーネは迎えてしまったのだ。 そう、我慢の限界を。 ※こちらは「【完結】婚約者を断捨離しよう!~バカな子ほど可愛いとは言いますけれど、我慢の限界です~」を書き直しているものです。内容はほぼ同じですが、色々と手直しをしています。ときどき修正していきます。

処理中です...