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8 聖女と王子1

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 学園内の廊下で、ステファン王子が1人の女子生徒をやり過ごし去っていく。女子生徒は追い縋ったが、取りつく島も無かったようだ。


 ……ダンッ!!

 それを見ていた1人の男子生徒は怒りを抑え切れず壁を叩いた。それに気付いた女子生徒が少しバツが悪そうにその男子生徒に近付く。


「…………今のは、一時はすごくいい感じになったのよ? なのになんだか急にステファン王子の様子が変わっちゃって……」

 少し不貞腐れたように言う女子生徒に男子生徒は苛立ったように言った。

「……言い訳はいい。お前があちこちの高位貴族を誑かしたりしているから警戒されているんじゃないのか? 男好きも大概にしろ! せっかくこの私が協力してやっているというのに!」

「えぇ~、でも直接ステファン王子に紹介してくれたりはしないじゃない。兄弟なのに……おかしくない? そもそも2人は全然似てないわよね」


 そう指摘されたパウロ王子は分かりやすく顔を歪ませた。普段空気を読まないサーシャも、『あ、マズイ事を言ったかしら』と少し焦った程だ。


 実際、この麗しい血筋の兄弟は全く似ていない。兄弟と言われてよく見ても、似ていない。後で人から聞けば母が違うとの事なので、この王子が母によく似ているのだろう。ステファン王子は父王にもよく似ていると言われているから。


「お前は余計な詮索をせずに自分のすべき事をすればいいのだ! お前が見事兄上を攻略したならばお前の未来は約束される。そして私はキャロライン嬢と……」


 最後は少し赤くなりつつ言うパウロ王子を見たサーシャは少々ゲンナリして思う。

 ……キャロラインに関してだけはこの王子はデレるのよね、他は凄く横暴な感じだけど。……まあ、いいわ。私は自分が昇り詰める為に協力してもらえるならそれでいいのだし、ステファン王子の婚約者なんてこのいけすかない偉そうな王子にくれてやるわよ! 


「……とにかくお前はもっと自分が『聖女』だという事を利用しろ! もっと『聖女』らしく兄上に迫るんだ! そうでないと支援を打ち切るぞ! ……分かったな!?」

「……分かったわよ」

 サーシャの態度にイライラした様子を見せながら第二王子は去って行った。


 サーシャが『聖女』だと教会に認められた時、教会の勧めで今の子爵家の養女となった。そしてこの第二王子の使いはやって来た。養女となった家と王子の母の実家が親戚だったのだそうだ。……それ以来、サーシャはその貴族からも支援を受けている。だからその王子からの依頼を断れるハズがない。その依頼はサーシャにとっても都合の良いものだったから構わないのだが、こうして偉そうにされるのは本当に嫌だ。

 ……この世界の『聖女』は約5年に一度教会の大司教による占いで決められる。そしてその殆どは平民だ。教会側が意図して高位貴族を指名していないのは明らかで、それは『聖女』がほぼ名目だけの存在である事を示している。ほぼ一生神に祈るだけの人生を送るのだから。

 しかし平民の娘からすれば、選ばれれば人々から崇められ美しく着飾り一生食べるに困る事はないのだ。だから平民の娘達は皆『聖女』に選ばれる事に憧れる。

 そして今回選ばれたサーシャも王都から少し離れた街の平民で、美しいと評判の少女だった。そしてほんの少し治癒の力があると認められ、晴れて『聖女』となった。
 こんな少しの力で認められるなんて大丈夫かと最初は思ったが、ほとんどの『聖女』はその程度の力しか持っていないと知ったのは自分が聖女になってから。だから『聖女』とはそれ程値打ちのないもので、教会や王国の権威を保つ為の『お飾り』なのだと知った。

 『聖女』は稀に貴族に嫁ぐ者もはいるが、ほとんどの『聖女』は一生を教会で終える事になる。5年に1人『聖女』が選出されるのだからこの国には今は十人程の『聖女』かいるので、そう珍しい存在ではない。しかも殆どの聖女は実際には『力』は少なく元々身分が低い者。貴族からすれば縁を結ぶ意味がないのだ。

 そんな中でサーシャの三代前の『聖女』は元々子爵家の娘だった為か『力』が強く、そして美しく貴族としても完璧だった事から学園で当時の王弟に見初められた。現在は公爵となった王弟の妻……つまりは公爵夫人となり、全聖女……いや王国中の女性の憧れの存在となっている。

 サーシャはそれを思い出しながら親指の爪を噛む。

 ……見てなさいよ。私は『公爵夫人』どころじゃない。この国の『王妃』となってやるんだから! そうしたら、この学園の気取った貴族達なんかよりも私が1番身分が上なんだからね! その時私に泣いて謝って後悔するがいいんだわ!


 初めはクラスには純粋にサーシャと仲良くしようとする生徒もいたのに自分でそれを跳ね除けてしまったという事に全く気付かず、周りの貴族達に逆恨みするサーシャなのだった。


 
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