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『平凡令嬢』
しおりを挟む「ツツェーリア様。……お聞きになられましたか?」
何も状況の変わらぬま、ツツェーリア達は2年生になった。そんなある日クラスメイトが深刻な顔で話すには。
……新入生に対して、またマリアンネがやらかしているらしい。
マリアンネの婚約者であるマルクスは王太子の側近であり将来有望。そして背も高く身体も鍛えているのにスラリとしていて美男子だ。そんな彼に憧れる多くの女子生徒達はこの約一年侯爵令嬢マリアンネに悉く鉄槌を喰らわされてきた。彼女を恐れて最近はマルクスに近付く女子生徒はほぼ居なくなり静かになっていたのだが……。
しかしそれを知らない入学したばかりの1年生の女子生徒達がマルクスに近付き始めたことで、またマリアンネの攻撃が始まったそうなのだ。
「───まあ。ハルツハイム様には婚約者がいるのだと、そう言えば済むだけですのに物騒ですこと」
……またなのね。1年生も可哀想に。
ツツェーリアはマリアンネに呆れつつクラスメイトの話の続きを聞く。
「そうなのです。それと……、ハルツハイム様はとうとうこの婚約に納得されたのでしょうか。今回ハルツハイム様ご自身も訪ねてきた1年生の1人を随分と冷たくあしらわれたそうですわ」
「……ハルツハイム様が?」
珍しい。彼はマリアンネのする事をずっと嫌そうに見ていたし、むしろ彼女を諫めていたはずなのに。
「ええ、そうなのです! ハルツハイム様はその1年生の事を『平凡令嬢』などと言って手酷く追い払われたそうですわ。マリアンネ様もそれを見て溜飲を下げられ大層満足そうにしておられたそうで……」
その話を聞いたツツェーリアは眉を顰める。
「『平凡令嬢』……ですって? なんて失礼な事を。マリアンネ様との婚約を納得されたのならばそれは結構な事ですけれど、そのような発言をする必要はありませんわよね。しかもそれは今私の耳に入るほど噂になってしまっているという事……。
ハルツハイム様がそのような浅はかな方だったとは!」
貴族は噂好きだ。侯爵家の令嬢とその婚約者が公衆の面前でそのような対応をとったなら、その一年生はかなりそれを人々に噂される事となってしまうだろう。
「可哀想に、その女生徒はかなり落ち込んで帰ったそうですわ。聞けばハルツハイム様の知り合いで入学したので挨拶をしに来ただけなそうですのに」
「──ハルツハイム様の、知り合い?」
ツツェーリアはマルクスへの怒りを必死に抑えながら、その言葉に何か引っ掛かる。
「ええ。学園に入学したら自分を訪ねてくるようにと、ハルツハイム様がそう仰っておられたそうですわ。……意外にハルツハイム様は格好付けだったのですね。それなのに婚約者の前だからとそのような対応をされるなんて」
───それは。
もしかするとその女生徒は、例の『マルクスの想う相手』ではないのだろうか?
好きな相手にそのような態度を取るのは全くもって理解が出来ないが、自分に近付く女生徒を目の敵にするマリアンネから守る為だと言われればその行動原理は分からないではない。……分かるだけであって、全く理解はできないが。
ツツェーリアは曖昧に頷き少し考え込んでいると、クラスメイトはまた別の噂を話し出した。
このように噂とは人の気持ちを無視して流れていくものなのだ。ツツェーリアはなにか寂しいような悲しいような気持ちになった。
◇
「ハルツハイム様。……私ある噂を聞きましたの。1人の女生徒に、随分と酷い対応をされたそうですわね」
ツツェーリアはその日のランチにアルベルトと2人の側近も誘った。
人目がなくなった開口一番、ツツェーリアは棘のある口調でマルクスに詰め寄った。
「ッ! お聞きに、なられたのですか……。申し訳ございません、あの時はマリアンネ嬢の攻撃を逸らすことだけに必死になってしまい……。彼女には可哀想な事をしてしまいました」
既にマルクス本人もやらかしてしまった自覚はあったらしい。
「その事は随分と噂になっているようですわよ。そしてマリアンネ様はハルツハイム様がやっとこの婚約を受け入れてくれたと大層喜んでおられたとか。
……ですが何より、そこまで酷く追い払われる必要はあったのですか? 少女に向かって『平凡令嬢』だなどと!」
途端にマルクスは捨てられた仔犬のような困り果てた顔をしつつ必死で弁明した。
「……ッ! 彼女は……ミランダ嬢は、私のただ1人の想い人です。約束したんです……学園でまた会おうと。本当はあの日の帰りにミランダ嬢にこっそり会いに行こうと考えていたのです。しかし最悪な事にマリアンネ嬢に見つかってしまった……。そしてミランダ嬢を見る私の様子に気付いたのかマリアンネ嬢はいつも以上に攻撃的だったのです。
私はマリアンネ嬢の意識をミランダ嬢から逸らせる事ばかり考えてしまい、あのような酷い言い方を……」
そう言ってマルクスは項垂れた。
「マリアンネ様はハルツハイム様の恋心に気付かれたのやも知れませんわね。……けれどハルツハイム様? 今回貴方はその令嬢をマリアンネ嬢の目から逃す事は出来たのかもしれませんが、その令嬢からの恋心は失ってしまったかも知れませんわよ?」
マルクスは青ざめ、分かりやすくショックを受けていた。
「……当たり前でしょう? そんな事も分からずそのような酷い対応をされたのですか? そもそもそれで後で愛してると言われたとて、全く嬉しくはないと思いますわ。
女性は一度見限ると切り替えが早いですわよ。しかもマリアンネ様がいらっしゃるから彼女に言い訳もしにいけないのでしょう?」
「ツツェーリア。……そうマルクスを虐めないでやってくれ。あの場で鬼の形相だったマリアンネ嬢から愛する人を守ったのだ。マルクスの好きな女性は最弱といわれるシュミット伯爵家の令嬢だ。シッテンヘルム侯爵家に睨まれでもすればただでは済まなかっただろう」
見かねたアルベルトがそう言ってマルクスを庇った。ツツェーリアはキッとアルベルトを見て言った。
「私はその愛する相手に『平凡令嬢』などと不名誉な名で貶めた事を言っているのです! ハルツハイム様。決して脅しではなく貴方はこの事できっと後悔する事になりますわよ」
ツツェーリアは最後マルクスを睨み付けてそう言って、とりあえずこの話を終わらせた。
マルクスはひたすら落ち込んでいたが、その相手のミランダも人前で好意を持つ相手にそのような態度を取られて落ち込んでいたそうだから、マルクスも存分に落ち込めばいいのだわと思った。
そして学園ではマリアンネ本人に、ハルツハイム伯爵家でもシッテンヘルム侯爵家から派遣された侍女などの監視の目があり、マルクスは愛するミランダに愛や事情を伝える事が出来ないまま日々は過ぎていった……。
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