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最終話
しおりを挟む「……スーさん、なんですか、アレ」
鈴木が署内の自分の席で書類と睨めっこしていると、不意に同僚から話しかけられた。その視線の先を見ると、また一つ大きなため息を吐く清本の姿。
「ああ、アレか……。ありゃ『恋煩い』だな」
「ええ! 本当ですか!? あの堅物のキヨが!」
騒ぎ出しそうな同僚の腕を軽く引っ張り、鈴木は声を潜めるように指示をした。
「騒がず、黙って見守ってやれよ。……誰だってそんな時はあるもんだろ」
それを聞いた同僚はゆっくりと頷き、温かい目で清本を見つめた。
その時、鈴木と清本に来客が告げられた。
◇
「……大変、お世話になりました」
沙良は鈴木と清本に頭を下げた。その横では伯父の誠司と綾子も頭を下げる。
3人は今回の事件解決の御礼を言いに鈴木と清本のいる警察署を訪ねていた。
「……これから、どうされるんですか」
清本は、沙良のその美しい瞳から目を離せないままに尋ねた。
「……アメリカに、留学しようと思っています。元々大学時代に話が出ていたんですが、彼との結婚話が出たので取りやめていたんです。今回確認したら受け入れてくださるとの事で……」
「……そうですか……」
清本はそう答えるしかなかった。
その時、沙良はふと決意したかのように顔を上げて2人を見た。
「鈴木さん、清本さん。私……、失った記憶が戻ってその間の記憶を失くしたのは、両親からのプレゼントだったのではないかと、今はそう思うんです。
……もし、この一年の事を覚えていたまま失くした記憶が戻っていたのなら。……私はその罪の重さにきっと耐えきれなくなっていました。敢えて、あの一年の記憶がなく少しずつ客観的に理解していった事で、私はまだ心を保ち続ける事が出来たのだと思います。……私の、あの罪深い一年に潰されずに」
沙良はずっとその罪を背負って生きていくのだろう。……鈴木と清本はそう思った。
自分の思いを話し、弱々しい笑顔を見せてから2人の刑事に礼をして沙良と三森夫婦は帰って行った。
「……俺はてっきり、キヨはいつもみてぇに『それは沙良さんの罪じゃない!』っとかなんとか綺麗ごとを言って慰めてやるのかと思ってたよ」
横から清本の表情を窺いながら鈴木は少し気の毒そうに言った。
「綺麗事じゃなく、俺は本当にそう思ってますよ。……けど、今の沙良さんは俺が……、周りがどれだけそう言っても彼女の心にまでは届かない。彼女が……、沙良さん自身が自分を許せるようにならないと。
……俺は、そんな沙良さんを支えていければと思うんです」
「ふーーん……。殊勝なことで。でも、支えるって言ったってお嬢ちゃんは外国に行っちまうんだろ?」
「連絡先はちゃんと聞いてありますよ。沙良さんの邪魔にならない程度にやり取りするつもりです」
「……なんだよ、キヨ。ちゃっかりしてんじゃねぇか」
「そりゃ、この2年スーさんにしっかり仕込まれましたからね」
「……女の口説き方なんて教えてねぇぞ」
「はは」
清本は、吹っ切れたかのように笑ってから歩き出した。
鈴木はそんな清本の後ろ姿を見ながら小さく呟いた。
「キヨもお嬢ちゃんも、前を向いて歩き出したってことか。……ま、若いもんはそうじゃなくちゃな」
そしてポケットに手を突っ込みスルメを取り出して齧った。
◇
「沙良ちゃん。忘れ物はない? 何かなくても連絡してね。何かあればすぐに将生に向かわせるから」
沙良は国際空港のロビーで三森夫妻に送られ別れを惜しんでいた。
アメリカで暮らす長男将生を勝手に沙良の見守り要員に考えている綾子に沙良は苦笑しながら言った。
「伯母さま。私は大丈夫です。向こうでは舞も居てくれますし。……でも、必ず連絡はさせてください。
……伯父さま、伯母さま。……本当に……ありがとうございました。どうかお元気で」
そう挨拶して2人に別れを告げた。
沙良は涙を堪えながら空港内の出発前の待合ロビーまで行き、椅子にゆっくりと腰を下ろした。
……渡航が決まってからも、慌ただしい日々だった。
『資産家の財産を狙った身内の犯行。そして夫の愛人の暴走』。ニュースでも報道され、一時は結構な騒動となった。どれだけ隠しても、最近はネットニュースなどで一度火が付けば炎上する。沙良も面白おかしく書かれ……傷付いた。けれどもそれは自分が招いた事。……あの一年の、自分の犯した罪。
……あれから、未来は随分と落ち着いたらしい。事件の事を冷静に話し出しているという。親とも面会し、私に対して謝罪もしていたそうだ。
そして……拓人は離婚後、母親のいる故郷に帰ったらしい。
沙良は、深くため息を吐いた。
……その時。
ピロロン。
「…………あ……」
沙良が少し寂しい気持ちになった時に鳴るスマホ。
ゆっくりとそれを見ると、『清本』の文字。
清本は何故かちょうど良いタイミングで沙良に定期的に連絡をくれる。
『沙良さん。いよいよ出発ですね。これからも、また沙良さんの近況を教えてください! 俺もスーさんとの愉快な毎日をお話します。
俺はいつかスーさんを超えるような刑事になってみせますよ。アメリカに行く沙良さんにも負けませんから!」
決して『頑張れ』とは言わない、少し不器用な清本の優しさに沙良は思わず微笑んだ。
その時、搭乗の案内アナウンスが鳴る。
……いつか、心から笑える日が来るかもしれない。
沙良はそんな予感を胸にスマホをカバンに入れ立ち上がった。
《完》
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