玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
52 / 384
第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第050話 ごめんなさい

しおりを挟む
第1章第050話 ごめんなさい

・Side:アイリ・エマント

 ファルリード亭での試食会。まさかブライン様が来られるとは。まぁプリンにはそれくらいの価値があると思うわ。
 あと、同席されているあのご婦人。ブライン様の対応を見ていると、伯爵より地位が上にように思える。
 伯爵家より上の家格のご婦人。公爵家、辺境侯爵家…後は王家…まさかね。

 テーブルや椅子も高級品が持ち込まれ、給仕も派遣されてきた人が行なっている。私たちでは高貴な方の会食の差配なんて無理なので、むしろありがたいけど。
 …レイコちゃんが上座に座らされて、目を白黒させている。ウェイトレスのエプロン姿で。

 会食も、レイコちゃん以外は和やかという雰囲気で終わるか…とそのとき。
 ずいぶん薄汚れたが、市場の時のバッセンベルの貴族が、それ以上に汚い剣士を三人連れて店に入ってきた。

 待機していた護衛の人が対応しようとするが。店に対して責任感の強いモーラちゃんが、先に動いた。動いてしまった。

 「済みませんお客様。今は貸し切りでして…」

 モーラちゃんが吹っ飛んだ。バッセンベルの貴族が思いっきり足の裏で蹴飛ばしたのだ。
 頭から壁に突っ込む!…と思ったけど。モーラちゃんは瞬間くるっと回ってそれは辛うじて防ぐが<
背中から壁にぶつかった。

 モーラちゃんの肺から、ぐふっと息が抜ける声がする。
 私とミオンさんが駆け寄ろうとしたとき。

 ピキリ!

 いや、実際に音がしたわけでは無い。なんだろう?体の根幹のところで何かが急に熱を失った感覚。

 直感でレイコちゃんが中心地だと分る。
 そちらを向くと、表情を無くしたレイコちゃんがバッセンベルの貴族を見ている。

 レイコちゃんは、お前のせいだとか謝れと喚いている馬鹿貴族の前にしゃがむと、そのまま両手で突き飛ばした。馬鹿貴族は、店の入り口から通りまで吹っ飛んでいく。

 激高した剣士達がレイコちゃんに斬りかかるが。即、手足を砕かれて転がることになる。

 抱え起こしたモーラちゃんは、特に怪我もしていないようで、意識もしっかりしている。ミオンさんもホッとしている。

 通りで喚いている馬鹿貴族がレイコちゃんに斬りかかっていったが。

 ベリンッ! ゴキンッ! ベキンッ! ガッ!

 手足に顎を砕かれて気を失ったようだ。

 静かになった馬鹿貴族を見下ろしているレイコちゃん。周囲にあった緊張みたいな物がふと消える。



 こちらに振り返るレイコちゃん。ミオンさんに解放されているモーラちゃんを見て、駆け寄ってくる。

 「モーラちゃん、大丈夫?」

 「あ、レイコおねーちゃん。びっくりしたけどあれくらい大丈夫だよ」

 「上手いこと衝撃を躱したようだね。どこも怪我ないから安心し…」

 レイコちゃんの顔を見た私たちは絶句する。彼女は、その両眼から滂沱のごとく涙を流していた。

 「…ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

 泣きながら、モーラちゃんの手を取る。

 「私がこの宿にこなかったら。私が市場であいつに関わらなかったら。こんなことにならなかったのに…」

 モーラちゃんに謝り続けるレイコちゃん。

 「そんな。お姉ちゃんのせいじゃなかいって」

 「そうだよ。悪いのは完全にあの馬鹿貴族だけなんだから。レイコちゃんが責任感じることなんて…」

 泣いているレイコちゃんを背中から抱きしめる。
 中身は二十五歳とか言っていたが。今は十歳の女の子と変わりないようにしか思えない。

 そんな私たちを、レッドちゃんがじっと見つめている。



・Side:セーバス・チャック

 リーテ奥様にも困った物です。
 レイコ様に直接お会いしたいと、わざわざ市井の宿屋での会食を望まれるとは。

 ランドゥーク商会、アイズン伯家、そして私の部下からも"手伝い"を派遣して準備します。信用していないわけではありませんが、奥様の口に入る物は精査しないわけには行きません。

 出来た料理の毒味は、私自らします。…なるほど、この美味しさなら、教会へ奉納という話になるはずですね。宿の小さな給仕さんに見られました。私が驚いたのを見て、ドヤ顔しています。…味見じゃ無いですよ。



 会食が一通り終わったところで、監視をしていたバッセンベルの不埒者が襲撃してきました。
 …実は、こやつらが動いているのは察知済みではありましたが。奥様からもう少し泳がせておけとのご指示が。その罪状は既に固まっており、近いうちにバッセンベルに突き返すのは確定しておりましたが。今少しレイコ殿がどう対応するのか見てみたいということでしたが。
 これは私のミスでした。手練れの部下も配置していて、従業員の安全にも配慮していたつもりですが。先に宿屋の少女が動いてしまいした。
 少女の身体能力が想像以上で、前に出ることを止められませんでした。その少女が、不埒者に蹴り飛ばされます。想定外です。

 冷たく激怒。この後のレイコ殿の雰囲気には、この言葉がぴったりでしょう。何が起きているのかは分りませんが、私を含めて本当に冷たくなるのです。
 レイコ殿は、淡々と不埒者共を行動不能にしていきます。彼女なら、多分瞬時に殺すことも出来るのだと思いますが。しかし、これは慈悲というわけではないでしょう。剣士達は、あの怪我では二度と剣士として働くことは出来ないでしょうし。サッコについてはまともに生活が出来るのかすら妖しいです。…まぁそんな先までの心配をする必要は無いでしょうが。

 幸い、飛ばされた給仕の少女はほぼ無傷ではありましたが。責任を感じたレイコ殿が泣きじゃくっています。



 ブライン殿に指示されて、伯爵領の兵がまともに動けないバッセンベルの不埒物らを馬車に放り込んで引っ立てていきます。
 私とリーテ奥様も、レイコ殿への挨拶もそこそこに、宿に着けられた馬車で撤収です。

 「殿下、申し訳ありません。私の差配ミスです」

 「…いえ。あの者らを今少し泳がせるように指図したのは私です」

 あの素晴らしい試食の余韻は皆無です。

 「あの子の正義感とか行動力を少し見てみたい程度の心持ちだったのですが。泣かしてしまいましたね。悪いことをしました」

 飛ばされた少女の無事に安堵しつつも、自分が巻き込んでしまったと責任を感じているレイコ殿。あの姿を思い出すと、いたたまれなくなります。ただ、背後で我らがどう動いていたか、動かなかったのか、それらを明かすことも出来ません。

 「いずれ、謝罪と償いをする必要があるでしょうね」

 「…はい奥様」

 「ところで。あの瞬間に感じた寒気は、私の気のせいでしょうか?」

 「いえ。信じられないことですが、あのとき私のマナ術が解除されてました」

 私は、奥様の護衛として、また普段からの鍛錬として、常に身体強化術はかけております。

 「…外部から解除できる物なのですか?マナ術とは」

 「達人によるいわゆる殺気とか、そういう干渉が可能だという話はいくらかありますが。実際にマナ術を解除されたという経験は初めてです」

 「やはり、レイコ殿の能力ということですが。さすが赤竜神の巫女様…と言って良いのでしょうか?」

 「意識して使ったようには見えませんが。しかしこれでまたレイコ殿の価値が上がるのは確実かと」

 「…本人は望んでいないでしょうね。難儀なことです」

 馬車は、エイゼル市の貴族街にたどり着きました。私が馬車のドアを開けて紋章を見せると、すぐさま通行が許可されます。
 何はともあれ、まずは善後策の検討をしなくてはいけません。



・Side:アカイ・タカフミ

 試行番号01-674-02。
 レイコさん命名レッドさんからの連絡。量子干渉の痕跡を検知。深度マイナスコンマ七か。これくらいなら、私にも再現は出来る。
 ここを離れて二週間経っていないのに、思ったより早い。
 レイコさんには平穏な人生を送って欲しいとは願っているが。やはり生に苦悩は不可避なのか。

 …どうなるのが最善なのか、私にはもう判断できない。いや、逃げているだけだなこれは。
 まぁ逃げられるうちは逃げてもいいか。時間はいくらでもある。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ペットになった

ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。 言葉も常識も通用しない世界。 それでも、特に不便は感じない。 あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。 「クロ」 笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。 ※視点コロコロ ※更新ノロノロ

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

転生したら幽閉王子でした~これどうすんの?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 神様の眷属の過失が原因の事故に遭って死んだ桜庭雄一が異世界に転生したら、とある国の忌避すべき王子として幽閉されていた。  転生にはチートがつきもののはずだが、事故で死んだ者が300名を超えるために、個別にチートは与えられず、転生先の者の能力を生かせと神に告げられている。  「神の加護」ではないけれど、「恩寵」が与えられているので、当該異世界では努力を為した分、通常に比べると成果があるらしい。  これはとある国の幽閉王子に転生した男の冒険譚である。  原則として、毎週月曜日20時に投稿予定です。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

処理中です...