玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第3章 ダーコラ国国境紛争

第3章第031話 バッセンベル領のある子爵家の驚愕

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第3章第031話 バッセンベル領のある子爵家の驚愕

・Side:バーホリー・ナナ・スワーロ子爵

 ダーコラ国の軍が、国境に侵出してきて、バッセンベル領の開拓地を圧迫している。
 他の貴族共は、いざ武功をと嬉々として子息達を国境へ送り出していたが。まさかこんなことになるとはな。
 ダーコラ国との国境紛争が、その日のうちに終わったのも驚きだが。モレーロス伯爵家の子息が、よりにもよって停戦締結後にダーコラ国側で略奪をやらかしてダーコラ国側に捕縛され。同じく参加していた他の貴族家の子息共も結局帰ってこなかった。
 ともかく停戦後と言うのが不味い。国としての約束を反故にした事になるし、王家の顔に泥を塗ったのも同じだ。見事、全ての家が廃爵となった。
 私の息子ナシラも同じ部隊に参加していたのだが。モンテスとは斬り合い直前というところまでいって決裂。停戦後の越境はしてしまったので無罪とは成らなかったが、辛うじて家への累は及ばなかった。
 なんでもナシラはこの後、エイゼル市沖の海軍基地でのある実験に一年の間参加するそうで、それが終われば赦免されるそうだ。モンテスに逆らったというところが斟酌されたらしい。

 話はそこで終わりでは無い。
 会戦時のどさくさに紛れてのカステラード殿下襲撃を息子のモンテスに指示していたということで、アトラコム伯爵の処刑が決定。
 バッセンベル領主のジートミル様が急死され、娘のトラーリ様が代わりにバッセンベル領主として処刑…というとこが、赤竜神の巫女さまの恩赦で、降爵とほぼ半分の領地を王家へ返納することで許された。

 ここまでも怒涛ではあるのだが。トラーリ様が数年間エイゼル領庁に領政についての修学に赴くこととなり。その間のバッセンベル領の代官を私が務めることになった。
 すわ大出世!…ではあるのだが。
 …間違いなく私は凡人だ。
 祖父の武功で今の爵位にあるが。私にそのような武威があるわけでも無く、私自身が戦線に誘われることも無くなって久しく。せめて領地を無難に収めようとして来ただけだ。

 王都の内相庁から指示が届く。
 トラーリ様が喪に服している三ヶ月の間に、家族と共にエイゼル市へ研修に赴け…とのことだ。
 バッセンベル領は、エイゼル領の指導を受けて領政の改革に挑むこととなる。何をすべきなのかを勉強してこい…ということらしい。
 …家族連れとはどういうことか? そのまま人質としてエイゼル領に残れと言うことだろうか。まぁそうなっても逆らえるような状況では無いが。
 バッセンベル領、アイズン伯爵。強引な改革を進めて領民を締め上げているという評判の、悪魔のような伯爵。
 妻と娘は、この噂にすっかり怯えている。長男のナシラが、エイゼル領にある海軍の基地で実験に使われるという話も聞いてしまったからな。
 …ともかく、妻と娘はなんとしてでも護らねば。



 わしの領地から馬車に乗り三泊ほど。エイゼル市についた。なんだこの街は?
 元は街の中心地だったのだろう城塞から溢れたかのように市街地が広がっている。スラムなんかでは無い、立派な街並みだ。
 街の側を流れる河の向こうには、さらに拡張途中だろう街並みと、広大な農地が広がっている。バッセンベル領都とは比べものにならない繁栄具合。これがアイズン伯爵の街か?

 城塞の中の貴族街に入り、バッセンベル領館とされている屋敷に着く。わしらはここで三ヶ月過ごすことになる。
 ここの最上階の続き部屋が宿泊地だ。

 アイズン伯爵家の方へ到着の挨拶に向かわねばならぬが、既に日も傾いている。伯爵邸には到着の先触れを出しておき、挨拶は明日としよう。

 夕食がえらく豪華だった。こちらでは当たり前なのだろうが、バッセンベル領では新鮮な海の魚は望めないからな。
 フライ?タルタルソース?聞いたことの無い食べ物だが。…これは美味いな。バッセンベル領の底力を料理で見せつけられているような気分だ。
 食後のデザートのプリンかいう菓子に、妻と娘が大騒ぎしておる。外で家の恥となるような事はするなよ。



 翌日、先触れの返事が来て、挨拶に伺うと共に昼食会に招待されることとなった。
 応対してくれたのは、アイズン伯爵ではなく嫡男のブライン殿だが。その風格はすでに伯爵だといっても問題ないだろうな。
 奥方のメディナール様、ご子息のクラウヤート殿も紹介された。
 私の娘は、貴族街にある学校に通うことになる。丁度クラウヤート殿と同じ学年だ。領地では教師を呼んで学ばせておったが、子供の方から通う学校とは…。妻もメディナール様からお茶会などの催し物のスケジュールを聞いている。都合が付くところでいくつか招待されたようだ。
 …これが悪魔の伯爵のご家族なのか?



 数日後。学校から帰ってきた娘が興奮して報告してきた。
 案の定、一部の生徒から「バッセンベルは裏切り者」だとなじられたそうだが。しかし、そこをクラウヤート殿が庇ってくれたそうだ。
 「彼女の一家は、ネイルコード国を裏切らなかったからこそ今ここにいる。そんなことも分らないのなら、処罰されたバッセンベル領の貴族と程度は変わらないぞ」

 と、一喝して下さったとか。
 その後、なじった生徒達も謝ってくれたらしい。
 バッセンベル領出身と言うことで肩身の狭い思いをするのではないかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。娘には、クラウヤート殿に礼状を出すように指示した。…娘が張り切っているな。

 妻もお茶会で、メディナール様からお声がけいただいたそうだ。

 「あのバッセンベルの中に居ながらネイルコード国への忠義を忘れなかった事に、敬意を表します」

 エイゼル市の婦人の中でナンバーツーと言って良い嫡男婦人の言葉である。これのおかげか、他の婦人達からは敵意ある態度は一切無かったそうだ。
 それどころか、お茶会に参加した婦人達から商店街の散策にまで誘われたとか。
 正直、子爵家といえどもうちはあまり裕福では無い。中央通りとかに面する最高級店に出入りするとなると厳しいのだが。
 正直にその辺を伝えると、男爵や騎士伯の奥方達から、中央通りから一本二本離れた通りの店を紹介されたそうだ。確かに素材レベルで言えば中央通りに面した店よりは劣るだろうが。裁縫や細工が丁寧な品物を扱う店、安くても美味なる食事を出す店を奥方達はよく知っており、惜しみなくその情報をくれたとか。

 さらに。
 私が爵位を継ぐ前は、妻も自ら厨房に立つ必要があるほど貧乏な時代があった。今ではさすがにそこまでの必要も無くなったのだが。
 ここの貴族の奥方達は、趣味として料理も嗜むのだとか。砂糖などは高価とは言え、バッセンベル領に比べればかなり安いし。最近は牛の乳と鳥の卵を使った菓子のレシピや、菓子を作るための道具なども出回り始めているとかで、貴族の婦人の間でも菓子作りが流行っているそうだ。
 …なんと赤竜神の巫女様も自ら厨房に立っているのだとか。
 お茶会に誘われたときに、奥方達と一緒に作ったのよ…と、焼き菓子を出された。…妻の手作りの菓子なんて何年ぶりだろう。

 …伯爵家の方々に、私達を懐柔することでバッセンベル領を取り込むという意図が全く無いわけではないだろうが。妻と娘が健やかに過ごせるのなら、良しとすべきか。



 私の研修はまず、エイゼル市における予算の使途と配分について、一通り読み解くところから始まった。
 人頭税から、商家や農家の税金、ギルドなどでの手数料の名目の税金などの領地総収入から。街の整備、街道の新規建設、農地や河の開拓、さらにそれらの"投資"が、将来どのくらいの税収になって帰ってくるのかの推測。…こんな数字を私に見せても良いのか?
 …にしても、すさまじい金額が動いているな。

 バッセンベル領では、開発などあまりしない。人口が増えないのに農地を増やしても、手入れされずに寂れるだけだからだ。
 さらに言えば、農作物の収穫が増えても良いことばかりでは無い。品物がだぶつけば値が下がり、農家の生活を、延いては領政をも圧迫することになる。飢饉に備えた備蓄を見越しての余裕は必須だが、むやみに増えれば良いという物ではないのだ。
 私がやってきた領政も、農地を増やすことでは無く、既存の農地で安定した収穫が得られるような施策ばかりだ。
 ところがエイゼル市では、人口が増えつつある。毎年一割には届かない程度の増加だが、それでも十年で倍にはなるだろう。単純に考えれば、税収も十年で倍だ。倍だぞ?
 しかし逆に言えば。居住地やそれに伴う上下水道の整備から。当然、農地の拡充と食品毎の生産計画等。増えていく人口を見越して、これらを常に考慮しておく必要がある。
 こんなことは、バッセンベルでは考えたことも無かった。
 しかも、今年からは私がそれをバッセンベルで実施しなければいけないという。重責に伴う不安、私に出来るのだろうか?
 それでも、トラーリ様が勉学から戻られる数年の間は、私がしなくてはならないし。トラーリ様が戻られた後も、補佐として続けなければならない…と言われた。

 …面白い。やってやろうじゃないか。
 アトラコム一派が領政を牛耳ってきたために諦めていた貴族としての矜持が、心の中で起き上がってくる。
 アイズン伯爵家は、私がネイルコードへの忠義で裏切らなかったと言ってくれているが。実際には何も出来なかっただけだ。
 私に武威は無いが。これからは治政で成果を上げて見せよう。



 あっという間の三ヶ月だった。私と入れ替わりで喪が明けたトラーリ様がやってくる。

 私は、妻と娘をこの街に残しておくことにした。領館の部屋はトラーリ様が使うことになるので。私達は街中の方に家を借りることにした。ここより地味だか、周囲の雰囲気も良い一軒家だ。妻の友人となった婦人方が、家探しにいろいろ尽力してくれたらしい。娘も、友達と続けて学校に通えると喜んでいる。
 なに。私の領地からは三泊の距離だが、バッセンベル領都からなら二泊程度だ。月一で会いに来れるだろう。
 来年には、息子も戻ってきてこの街で勉強だ。

 あのバッセンベル領の振興ともなると、前途多難ではあるが。エイゼル市からも支援の文官を派遣してくれるそうだし、多額の"投資"もしてくれるそうだ。
 滞在中、アイズン伯爵とは何度かお目にかかることが出来た。なんと言われたと思う?

 「領の開発を楽しんでこい」

 楽しめだとはな。聞けばアイズン伯爵は、一代でエイゼル領を城壁の中に閉じこもった街からからここまで広げたとか。

 …アイズン伯爵は、ジートミル様を嫌ってはいなかったそうだ。内政のアイズン伯爵、軍事のジートミル様。ただ、致命的に反りが合わなかっただけなのだと。
 そう言えば、ジートミル様自身がアイズン伯爵を悪く言っているという話も聞いたことは無い。アイズン伯爵にちょっかいを出していたのは、大抵は取り巻きのアトラコムあたりだ。ジートミル様も本心では認めていたのかもしれぬな。

 …私も、エイゼル領のような街が作れるのだろうか?
 ここに来る前は、胃の中に石でも溜まっているかのような気分だったが。人生をかけるに値する仕事を前にして、今は晴れ々々としている。
 ここに来て良かったな。さて、バッセンベルに戻るとするか。

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