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第5章 クラーレスカ正教国の聖女
第5章第028話 越境、そして正教国への入国
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第5章第028話 越境、そして正教国への入国
・Side:ツキシマ・レイコ
さて。エルセニム国からダーコラ国に入り、正教国との故郷の河に着きました。
河幅は百メートルほどというところですが、橋はなく、桟橋が両岸にあり、結構な数の渡し船が繋がれています。…あまり使われていないようにも見えますね。
交易のための中継地か、商隊の人員を客と見込んでか、両岸にそこそこの規模の街がありますので。まずそちらに入ります。
エルセニム国ではいろいろいただきましたが、旅路で持って行ける量にも制限がありますので、補給品のみとなりました。
この街でも、道中で消耗したものだけをとりあえず補給とばかりにいくらか買い込んだ後、河岸にある国境の関に向かいますが。いまいち通りは閑散としていますね。品物はそこそこ並んでいますが、華やかさが皆無というか。
関や渡しの規模からして、交易はそこそこの量がありそうですが。国境に橋が架かっていないのは、正教国もダーコラ国をそこまで信用していなかったか、橋を架けるほどの価値を感じていなかったかってところでしょうか。頻繁に氾濫するような川にも見えませんが。
話を聞くに。ここから下流では、さらに河幅が広がるので。橋が架かっているところは皆無だそうです。
桟橋の側、河からはちょっと離れた台地に小さい砦のように建っているのが関でして。そこから桟橋までの通りと桟橋周囲には柵が建てられています。増水したときの対処として、簡易になっているんでしょうが、大荷物を運ぼうとするなら、けっこう面倒な構造ですね。
…関の警備兵? 私が前に見たダーコラ国の兵のものでは無く、なんか装飾の多い…ああ、いつぞやのクエッタ祭司の護衛が着ていた鎧ですねあれは。ダーコラ国側の関なのに、正教国側の兵士や騎士が詰めているようです。
ダーコラ国が事実上ネイルコード国傘下となったせいで物々しい雰囲気なのかとも思いましたが。他国の兵士がこちら側に居るものなんでしょうかね?
あ…。赤い鎧の人みっけ。 …もう嫌な予感しかしません。
「んん? なんか綺麗どころが揃ってるじゃないか。まぁとりあえず身体検査と通関税だな。今は結構高くなっているから、払えなかったら体で払って貰っても良いんだぞ」
「若い女が通るのは久しぶりだからな。こりゃ今夜はお楽しみだぜ!」
げはははと、取り巻きの兵達と一緒に下品に笑っていますが。…リシャーフさんはともかく。私がその対象なら事案ですよ? マーリアちゃんでもアウト。
…街中含めて、どうりで若い女性が見当たらないはずです。皆隠れてますね。
マーリアちゃんは、エルセニム国でもらったフードを被っています。今の時期はちょっと暑いですけど、髪や目もですが、彼女の容姿は目立ちますからね。レッドさんも抱っこしてもらって、一緒にフードの下に隠して貰っています。合わせ目から片目だけで覗いている様が可愛いですね。
その後ろから、ガルルルと、セレブロさんが唸っている声が聞こえます。
「おじさん! 通関税っていくらなの?」
「ああ? 黒髪のガキかよ気持ち悪いな。 そうだな、お前たちなら…その狼を引き渡して貰った上で一人二千スピノってところか? 払えなかったら一晩相手してもらうぜ」
「…スピノはダカムと大体おなじくらいよ」
二千ダカム…通るだけで一人二十万円ですか? だいたい"ところ"って、人によって値を釣り上げているみたいですね。
「…この子を連れてってどうするつもり?」
「ああ? これだけ立派な狼なら、毛皮にすれば高く売れるだろ?」
駄目だこりゃ。
「はい、もうアウトですっ!。リシャーフさんっ!、お願いします!」
リシャーフさんが懐に隠していたゴルゲットを取り出します。…小型ですが、貴金属と宝石と緻密な細工、流石聖女の証ですね。
「クラーレスカ正教国聖騎士団団長 リシャーフ・クラーレスカ・バーハルだ。国境の関を専横するそなた達の振る舞い、しかと確認した。貴様らの正教国軍人としての権限は全て凍結、変わりの兵達が派遣されるまで収監し、その後は教都へ連行、余罪込みの取り調べとの後に裁判となる。国の顔となるべき関での狼藉、軽い罰で済むと思うな」
「連座無ければ何でもいいですよ~、こんなやつら」
「え? …聖女様?」
「うそだろ。なんで聖女様がこんなところに…偽物だろ?」
本来は南の海路での移動ですからね。まぁ、こんな北東端のダーコラ国との国境にいるはずがない…とは思いたいでしょうけど。
「しかし、あのゴルゲット…偽物にあんなの用意できるのかよ?」
流石に手に取ってというわけには行きませんが。目前に掲げられて一番近くで見ていた赤い鎧の人の顔色が青くなっていきます。
「この紋章はたしかに教都で見た聖騎士団の物。あとこの宝石はたしかに聖女様の… いやしかし…そもそも聖女様がこんなところに居られるわけはないっ! 皆の物!聖女を騙る不埒物だっ! 引っ捕らえよっ!」
「おいそこの赤いの。たしかに真偽を疑うのは警備に当たる物の役目だろうが。疑うのなら、まずは然るべき処に照会して結果が出るまでは丁重に扱うべきと教わらなかったのか?」
トゥーラさんが叫びます。
思い込みで犯罪者として扱ってあとで間違っていたら、ごめんなさいでは済まないですからね。
「トゥーラさん。ここでやっていたことがバレた以上、私達の口封じするしかないってことでしょ? リシャーフさん、正当防衛かまいませんよね?」
「…致し方ありません。ただ、証言は取りたいので殺さないようにだけしていただければ…」
そこは、"レイコさん、マーリアさん、懲らしめてあげなさい"と言って欲しいところですが。
「なにをごちゃごちゃとっ!」
赤い鎧の人が剣を抜きました。抜いてしまいました。これで交戦規定はクリアーです。
周囲の兵士達は、槍ですね。殺さずにお楽しみ…と考えてるのか、槍を突くよりは振りかざして叩いてきますが。木製の柄なんかは私の脅威になるわけもなく、裁かれた槍の数だけあっという間に木片となりました。
この辺でやっと私達が尋常でないと理解したのか、兵士達がズサっと下がります。…周囲が下がった分だけ、代わりに赤い鎧の人が一歩前に出る形に。コントですか?もう。
「貴様ら… 余罪があろうが無かろうが、"良くて"残りの人生を犯罪奴隷として後悔しつつ過ごすことになったな」
黄門様リシャーフさんが裁きを言い渡します。まぁ司法は別にきちんとするでしょうけど、こうなった以上処刑にならなければ幸運という感じですか。
「く…私はこれでも伯爵家の人間だぞ! それがこんな田舎に飛ばされて、多少の旨みくらいあってもいいだろうがっ!」
ん? 伯爵家の人間ってことは、自分が伯爵というわけではなく、あくまで伯爵家の関係者ってことですね。ダーコラ国貴族の次男三男あたりが赤竜騎士団に入って好き勝手やっていたパターンですかね。
私からすれは、一応リシャーフさんたちが護衛対象でもありますので、私が赤い人との間に位置取っていたのですが。その私を退かすかのように横薙ぎに斬りかかってきました。しっかり首も狙ってますね。
もっぺん言いますが。別に私は暴力沙汰が好きなわけではありませんし。この赤い人もこのまま大人しく捕まってくれれば良かったのですが、子供に斬りかかるような人間をそのまま放置も出来ません。
毎度の三点セット展開です。横薙ぎに払われた剣をパシッと掴みます。
グニュッ!
大して鍛錬していない上に、片手剣の横殴りですからね、私でもちょっと踏ん張れば止められましたけど…
グニュ? 剣なら普通は砕けるものだと思うのですが。粘りがあるというよりは軟鉄?
「ああ!我が家の家宝の黄金剣がっ!」
黄金って…あ、これ真鍮だわ。磨いた五円玉。なんでこんな剣を騎士が持ってるんだろ? 安っぽい見栄えしかないのに…
ただ、グニュって済んだのは私だからです。こんなのでも首を払われたら、普通の人なら致命傷です。殺意の証明完了。
驚いて止ったところを、剣を握っている側の手首をキュっとします。
手加減時なら、前腕の骨にヒビ入れる程度で済ましますが。
バキンッ!
「グギャァァァァァッ!」
いくつか骨が砕けた音が響きます。痛みで手を庇おうとしますが、私が握っているので動けません。
さらに。止っているところの軸足の膝を狙って正面から蹴り込みます。
ブキンッ!
「ガガガガガッ! あっ脚がっ!!!」
砕けるというよりは、いろいろちぎれる音がして、赤い鎧の人の膝が逆に曲がります。膝関節を繋げていた腱が切れたり剥がれたりした音ですね。
体重をかけていた脚が使い物にならなくなり。手首を離せば、騎士として再起不能になったおっさんが悶絶して転がっているだけとなりました。
周囲は、悲鳴を上げているおっさん以外は静かになります。
「ククーッ!」
レッドさんがマーリアちゃんのところから私に向かって短滑空してきす。私が背中を見せると、背嚢の上にスタンと降り立ちました。
「赤い鳥? いやドラゴン?」
「黒い髪の…魔女?」
「俺、聞いたことがあるぞ。ネイルコードに赤竜神の巫女様が降臨されたとか。黒髪の少女と小竜様の話を…」
レッドさん、あなたが印籠でしたか。かっかっかっ…って、全然楽しくないよ? 今思うと、何が面白かったんだろ? あのおじいさん。
この光景を見ていた兵士達がまとめて降伏しました。全員余罪がありそうですからとっとと捕縛したいところなのですが。
とはいえ、ここにはダーコラ国側の兵はいないようです。どこ行ったんでしょう? 対岸の関の兵も似たような状況でしょうから当てにはならないですし。
近くに居た商人らしき人にお願いして、ダーコラ国側の街の守備兵を呼んでもらいました。私とマーリアちゃんの身分を明かし、ネタリア外相からいただいたダーコラ国通過のための書類を見せ。守備兵でこちら側の関を抑えてもらうこととなりました。
うん、街から来た守備兵の中に、関の兵だったという人がだいぶ居るようですね。
もともとは、この辺の領主が正教国側"だった"ということで、こんな状態になったそうです。"だった"というのも、その領主が先ほどの政変で失脚した混乱に乗じて、ダーコラの貴族の一員だという赤い鎧の人が関を占拠し、正教国から兵や騎士を招き入れてこの状態。街からは、関については国の方へ抗議中…ということでした。
しばらくこの関は封鎖でしょうね。ただ私達は正教国に用事があります。
関の建物の中から、痩せたおっちゃん達が連れて来られました。ダーコラ国側守備兵曰く、もともとダーコラ国の文官としてこの関を管轄していた方々だそうです。
ダーコラ国の政変後、あぶれた赤竜騎士団の人間があちこちに拡散して、正教国でも悪さしているそうで。正教国の中央としては、罰として地方に左遷したつもりなのでしょうが、下手に上部と顔が繋がっている輩が多いだけに、賄賂やらなんやらで細い特権をキープしているのがそこそこいるそうです。
この文官さん達も、ある意味逃げ遅れて書類作業にこき使われていたそうで。元関の兵の方曰く、"まともな文官"だそうです。
「当たり前です! 交易は国の利益に直結するんですよ!? それを、税を勝手に徴収するわ、商品どころか個人の持ち物まで略奪するわ、女性に狼藉を働くわ。こんなことで交易を細らせて、バレれば処刑確定なのにっ! バレないわけが無いのにっ! こいつら何がしたかったんですか?!」
なんか殴られた跡もあります。いろいろ抵抗はしていたようですね。 処刑確定って叫びで、捕まっている兵や騎士達が青ざめています。
「そ…そんなつもりはなかったんだ!」
「ちょっと良い思いしただけで処刑だなんてっ!」
「領間の関で袖の下貰う程度ならまだしも、国益を妨害してただで済むわけないだろっ! こんなの誰が庇えると思ってんだよっ! 散々説明したよな! 国の関に考え無しに手を出すなってっ! バレないわけ無いだろっ! 王都には既に数字を報告しているし、お前らが"討伐"されるのも時間の問題だったんだよっ!」
「貴様っ! ここでのことはダーコラ国側には報告するなと…」
「ここは国の関だぞ! 向こうだって精査するに決まっているっ! お前ら、関での税収があんだけ減った理由をどう説明するつもりだったんだ? 数字からバレないわけがないだろ?」
おっちゃん切れてますね… こいつら、本来は国に入る税をごっそり抜いた上に、交易自体を邪魔していますからね。横領もサボタージュも最大限に裁かれることになりそうです。
「犯罪奴隷通り越して処刑ですか。ご愁傷様ですね」
ぼそっと言うと、捕まっている兵達の懇願がこちらを向き、土下座ポーズです。
「巫女様っ! 聖女様っ! どうか御慈悲をっ!」
「…今まで、止めてくれって言われて止めたの? あなた達は? そんな人が居るのなら、その人を連れてきて弁護させても良いけど。嘘ついたり買収したり脅迫したりしたなら、その分も罪に加算で」
「……っ!」
赤い鎧の人が好き勝手やっているのを真似して、自分たちも好き勝手やらかしただけです。同情しませんよ。
「まぁ。我々にに武器向けた時点で、更生の余地もさせる価値も無し。観念するがよいっ!」
ルシャールさんの一喝で閉じました。彼らの人生が。
とりあえず先に進みたいので、対岸へ船を出して貰うことにしますが。
対岸の関の方にダーコラ側の顛末の説明をしてもらうために、文官の一人にも同行して貰います。…先に、話が通じる人を発掘する必要が出てきそうですけど。
「…サラダーン祭司長は、いったい何をやっているのか…」
リシャーフさんがぼやきます。
「そのサラダってのは?」
「祭司長ってのは、普通の国なら宰相のことよ。国のナンバーツーね。私も会ったことあるけど…蛇みたい? あれがカリッシュの親玉ならぴったりという感じもするけど。仮にも正教国の上層部だし、そこまで頭が悪そうにも見えなかったんだけどね」
マーリアちゃんは、そのサラダとかに面識があるそうです。
「赤竜騎士団が、各国の上昇志向だけは高い貴族崩れの無能を増長させているだけじゃないか?という話は前からありまして。サラダーン祭司長が回収…対処するという話は聞いていたのですが…まさか騎士の位も取り上げずに、そのまま地方にばらまいているとは…」
本来なら降格の上左遷なのでしょうけど。なんかの前例主義でしょうかね? 今回の出戻りは本人の責では無いとか? 私のせい?
さて、対岸の正教国側の関に着きました。船が分かってくるのを見て、早くも関の兵やら騎士が集まってきていますが…
私達を見てニヤニヤしている兵士に混じって、ここにも居ました赤い鎧の人。
「おお、ダーコラ側にはまだこんな別嬪さんが残っていたのか? ダーコラ側で通関税は払えたのか? 今夜は正教国側の通関税を払って貰おうかっ! ガッハッハッ」
「チッ!」「ガウッ!」「クッ!」
今の舌打ちはマーリアちゃん。続いてセレブロさんとレッドさんでした。
リシャーフさん達は、Orz状態です。
「…リシャーフさん、これが正教国の常態ですか? それともたまたま?」
「…たまたまだと思いたいです…」
いかんともし難し。
ウォータードア・イエローゲート漫遊記、第二幕の開催です。面倒くさい…
かっかっかっは無しですが、とっととボコって一通り終劇です。
幸い、こちらの街にもまともな騎士や衛兵が多少は残っていたようで。私やリシャーフさんのことを知るなり平伏してきました。
ともかく、素行不良の騎士や兵は全員記録した上で拘束をお願いし、後日再調査ということになりました。
後日ってことは、こいつらをきちんと再調査してくれるような体制になって貰わないといけないってことになりましたね。本当に面倒くさくなってきたなぁ。
・Side:ツキシマ・レイコ
さて。エルセニム国からダーコラ国に入り、正教国との故郷の河に着きました。
河幅は百メートルほどというところですが、橋はなく、桟橋が両岸にあり、結構な数の渡し船が繋がれています。…あまり使われていないようにも見えますね。
交易のための中継地か、商隊の人員を客と見込んでか、両岸にそこそこの規模の街がありますので。まずそちらに入ります。
エルセニム国ではいろいろいただきましたが、旅路で持って行ける量にも制限がありますので、補給品のみとなりました。
この街でも、道中で消耗したものだけをとりあえず補給とばかりにいくらか買い込んだ後、河岸にある国境の関に向かいますが。いまいち通りは閑散としていますね。品物はそこそこ並んでいますが、華やかさが皆無というか。
関や渡しの規模からして、交易はそこそこの量がありそうですが。国境に橋が架かっていないのは、正教国もダーコラ国をそこまで信用していなかったか、橋を架けるほどの価値を感じていなかったかってところでしょうか。頻繁に氾濫するような川にも見えませんが。
話を聞くに。ここから下流では、さらに河幅が広がるので。橋が架かっているところは皆無だそうです。
桟橋の側、河からはちょっと離れた台地に小さい砦のように建っているのが関でして。そこから桟橋までの通りと桟橋周囲には柵が建てられています。増水したときの対処として、簡易になっているんでしょうが、大荷物を運ぼうとするなら、けっこう面倒な構造ですね。
…関の警備兵? 私が前に見たダーコラ国の兵のものでは無く、なんか装飾の多い…ああ、いつぞやのクエッタ祭司の護衛が着ていた鎧ですねあれは。ダーコラ国側の関なのに、正教国側の兵士や騎士が詰めているようです。
ダーコラ国が事実上ネイルコード国傘下となったせいで物々しい雰囲気なのかとも思いましたが。他国の兵士がこちら側に居るものなんでしょうかね?
あ…。赤い鎧の人みっけ。 …もう嫌な予感しかしません。
「んん? なんか綺麗どころが揃ってるじゃないか。まぁとりあえず身体検査と通関税だな。今は結構高くなっているから、払えなかったら体で払って貰っても良いんだぞ」
「若い女が通るのは久しぶりだからな。こりゃ今夜はお楽しみだぜ!」
げはははと、取り巻きの兵達と一緒に下品に笑っていますが。…リシャーフさんはともかく。私がその対象なら事案ですよ? マーリアちゃんでもアウト。
…街中含めて、どうりで若い女性が見当たらないはずです。皆隠れてますね。
マーリアちゃんは、エルセニム国でもらったフードを被っています。今の時期はちょっと暑いですけど、髪や目もですが、彼女の容姿は目立ちますからね。レッドさんも抱っこしてもらって、一緒にフードの下に隠して貰っています。合わせ目から片目だけで覗いている様が可愛いですね。
その後ろから、ガルルルと、セレブロさんが唸っている声が聞こえます。
「おじさん! 通関税っていくらなの?」
「ああ? 黒髪のガキかよ気持ち悪いな。 そうだな、お前たちなら…その狼を引き渡して貰った上で一人二千スピノってところか? 払えなかったら一晩相手してもらうぜ」
「…スピノはダカムと大体おなじくらいよ」
二千ダカム…通るだけで一人二十万円ですか? だいたい"ところ"って、人によって値を釣り上げているみたいですね。
「…この子を連れてってどうするつもり?」
「ああ? これだけ立派な狼なら、毛皮にすれば高く売れるだろ?」
駄目だこりゃ。
「はい、もうアウトですっ!。リシャーフさんっ!、お願いします!」
リシャーフさんが懐に隠していたゴルゲットを取り出します。…小型ですが、貴金属と宝石と緻密な細工、流石聖女の証ですね。
「クラーレスカ正教国聖騎士団団長 リシャーフ・クラーレスカ・バーハルだ。国境の関を専横するそなた達の振る舞い、しかと確認した。貴様らの正教国軍人としての権限は全て凍結、変わりの兵達が派遣されるまで収監し、その後は教都へ連行、余罪込みの取り調べとの後に裁判となる。国の顔となるべき関での狼藉、軽い罰で済むと思うな」
「連座無ければ何でもいいですよ~、こんなやつら」
「え? …聖女様?」
「うそだろ。なんで聖女様がこんなところに…偽物だろ?」
本来は南の海路での移動ですからね。まぁ、こんな北東端のダーコラ国との国境にいるはずがない…とは思いたいでしょうけど。
「しかし、あのゴルゲット…偽物にあんなの用意できるのかよ?」
流石に手に取ってというわけには行きませんが。目前に掲げられて一番近くで見ていた赤い鎧の人の顔色が青くなっていきます。
「この紋章はたしかに教都で見た聖騎士団の物。あとこの宝石はたしかに聖女様の… いやしかし…そもそも聖女様がこんなところに居られるわけはないっ! 皆の物!聖女を騙る不埒物だっ! 引っ捕らえよっ!」
「おいそこの赤いの。たしかに真偽を疑うのは警備に当たる物の役目だろうが。疑うのなら、まずは然るべき処に照会して結果が出るまでは丁重に扱うべきと教わらなかったのか?」
トゥーラさんが叫びます。
思い込みで犯罪者として扱ってあとで間違っていたら、ごめんなさいでは済まないですからね。
「トゥーラさん。ここでやっていたことがバレた以上、私達の口封じするしかないってことでしょ? リシャーフさん、正当防衛かまいませんよね?」
「…致し方ありません。ただ、証言は取りたいので殺さないようにだけしていただければ…」
そこは、"レイコさん、マーリアさん、懲らしめてあげなさい"と言って欲しいところですが。
「なにをごちゃごちゃとっ!」
赤い鎧の人が剣を抜きました。抜いてしまいました。これで交戦規定はクリアーです。
周囲の兵士達は、槍ですね。殺さずにお楽しみ…と考えてるのか、槍を突くよりは振りかざして叩いてきますが。木製の柄なんかは私の脅威になるわけもなく、裁かれた槍の数だけあっという間に木片となりました。
この辺でやっと私達が尋常でないと理解したのか、兵士達がズサっと下がります。…周囲が下がった分だけ、代わりに赤い鎧の人が一歩前に出る形に。コントですか?もう。
「貴様ら… 余罪があろうが無かろうが、"良くて"残りの人生を犯罪奴隷として後悔しつつ過ごすことになったな」
黄門様リシャーフさんが裁きを言い渡します。まぁ司法は別にきちんとするでしょうけど、こうなった以上処刑にならなければ幸運という感じですか。
「く…私はこれでも伯爵家の人間だぞ! それがこんな田舎に飛ばされて、多少の旨みくらいあってもいいだろうがっ!」
ん? 伯爵家の人間ってことは、自分が伯爵というわけではなく、あくまで伯爵家の関係者ってことですね。ダーコラ国貴族の次男三男あたりが赤竜騎士団に入って好き勝手やっていたパターンですかね。
私からすれは、一応リシャーフさんたちが護衛対象でもありますので、私が赤い人との間に位置取っていたのですが。その私を退かすかのように横薙ぎに斬りかかってきました。しっかり首も狙ってますね。
もっぺん言いますが。別に私は暴力沙汰が好きなわけではありませんし。この赤い人もこのまま大人しく捕まってくれれば良かったのですが、子供に斬りかかるような人間をそのまま放置も出来ません。
毎度の三点セット展開です。横薙ぎに払われた剣をパシッと掴みます。
グニュッ!
大して鍛錬していない上に、片手剣の横殴りですからね、私でもちょっと踏ん張れば止められましたけど…
グニュ? 剣なら普通は砕けるものだと思うのですが。粘りがあるというよりは軟鉄?
「ああ!我が家の家宝の黄金剣がっ!」
黄金って…あ、これ真鍮だわ。磨いた五円玉。なんでこんな剣を騎士が持ってるんだろ? 安っぽい見栄えしかないのに…
ただ、グニュって済んだのは私だからです。こんなのでも首を払われたら、普通の人なら致命傷です。殺意の証明完了。
驚いて止ったところを、剣を握っている側の手首をキュっとします。
手加減時なら、前腕の骨にヒビ入れる程度で済ましますが。
バキンッ!
「グギャァァァァァッ!」
いくつか骨が砕けた音が響きます。痛みで手を庇おうとしますが、私が握っているので動けません。
さらに。止っているところの軸足の膝を狙って正面から蹴り込みます。
ブキンッ!
「ガガガガガッ! あっ脚がっ!!!」
砕けるというよりは、いろいろちぎれる音がして、赤い鎧の人の膝が逆に曲がります。膝関節を繋げていた腱が切れたり剥がれたりした音ですね。
体重をかけていた脚が使い物にならなくなり。手首を離せば、騎士として再起不能になったおっさんが悶絶して転がっているだけとなりました。
周囲は、悲鳴を上げているおっさん以外は静かになります。
「ククーッ!」
レッドさんがマーリアちゃんのところから私に向かって短滑空してきす。私が背中を見せると、背嚢の上にスタンと降り立ちました。
「赤い鳥? いやドラゴン?」
「黒い髪の…魔女?」
「俺、聞いたことがあるぞ。ネイルコードに赤竜神の巫女様が降臨されたとか。黒髪の少女と小竜様の話を…」
レッドさん、あなたが印籠でしたか。かっかっかっ…って、全然楽しくないよ? 今思うと、何が面白かったんだろ? あのおじいさん。
この光景を見ていた兵士達がまとめて降伏しました。全員余罪がありそうですからとっとと捕縛したいところなのですが。
とはいえ、ここにはダーコラ国側の兵はいないようです。どこ行ったんでしょう? 対岸の関の兵も似たような状況でしょうから当てにはならないですし。
近くに居た商人らしき人にお願いして、ダーコラ国側の街の守備兵を呼んでもらいました。私とマーリアちゃんの身分を明かし、ネタリア外相からいただいたダーコラ国通過のための書類を見せ。守備兵でこちら側の関を抑えてもらうこととなりました。
うん、街から来た守備兵の中に、関の兵だったという人がだいぶ居るようですね。
もともとは、この辺の領主が正教国側"だった"ということで、こんな状態になったそうです。"だった"というのも、その領主が先ほどの政変で失脚した混乱に乗じて、ダーコラの貴族の一員だという赤い鎧の人が関を占拠し、正教国から兵や騎士を招き入れてこの状態。街からは、関については国の方へ抗議中…ということでした。
しばらくこの関は封鎖でしょうね。ただ私達は正教国に用事があります。
関の建物の中から、痩せたおっちゃん達が連れて来られました。ダーコラ国側守備兵曰く、もともとダーコラ国の文官としてこの関を管轄していた方々だそうです。
ダーコラ国の政変後、あぶれた赤竜騎士団の人間があちこちに拡散して、正教国でも悪さしているそうで。正教国の中央としては、罰として地方に左遷したつもりなのでしょうが、下手に上部と顔が繋がっている輩が多いだけに、賄賂やらなんやらで細い特権をキープしているのがそこそこいるそうです。
この文官さん達も、ある意味逃げ遅れて書類作業にこき使われていたそうで。元関の兵の方曰く、"まともな文官"だそうです。
「当たり前です! 交易は国の利益に直結するんですよ!? それを、税を勝手に徴収するわ、商品どころか個人の持ち物まで略奪するわ、女性に狼藉を働くわ。こんなことで交易を細らせて、バレれば処刑確定なのにっ! バレないわけが無いのにっ! こいつら何がしたかったんですか?!」
なんか殴られた跡もあります。いろいろ抵抗はしていたようですね。 処刑確定って叫びで、捕まっている兵や騎士達が青ざめています。
「そ…そんなつもりはなかったんだ!」
「ちょっと良い思いしただけで処刑だなんてっ!」
「領間の関で袖の下貰う程度ならまだしも、国益を妨害してただで済むわけないだろっ! こんなの誰が庇えると思ってんだよっ! 散々説明したよな! 国の関に考え無しに手を出すなってっ! バレないわけ無いだろっ! 王都には既に数字を報告しているし、お前らが"討伐"されるのも時間の問題だったんだよっ!」
「貴様っ! ここでのことはダーコラ国側には報告するなと…」
「ここは国の関だぞ! 向こうだって精査するに決まっているっ! お前ら、関での税収があんだけ減った理由をどう説明するつもりだったんだ? 数字からバレないわけがないだろ?」
おっちゃん切れてますね… こいつら、本来は国に入る税をごっそり抜いた上に、交易自体を邪魔していますからね。横領もサボタージュも最大限に裁かれることになりそうです。
「犯罪奴隷通り越して処刑ですか。ご愁傷様ですね」
ぼそっと言うと、捕まっている兵達の懇願がこちらを向き、土下座ポーズです。
「巫女様っ! 聖女様っ! どうか御慈悲をっ!」
「…今まで、止めてくれって言われて止めたの? あなた達は? そんな人が居るのなら、その人を連れてきて弁護させても良いけど。嘘ついたり買収したり脅迫したりしたなら、その分も罪に加算で」
「……っ!」
赤い鎧の人が好き勝手やっているのを真似して、自分たちも好き勝手やらかしただけです。同情しませんよ。
「まぁ。我々にに武器向けた時点で、更生の余地もさせる価値も無し。観念するがよいっ!」
ルシャールさんの一喝で閉じました。彼らの人生が。
とりあえず先に進みたいので、対岸へ船を出して貰うことにしますが。
対岸の関の方にダーコラ側の顛末の説明をしてもらうために、文官の一人にも同行して貰います。…先に、話が通じる人を発掘する必要が出てきそうですけど。
「…サラダーン祭司長は、いったい何をやっているのか…」
リシャーフさんがぼやきます。
「そのサラダってのは?」
「祭司長ってのは、普通の国なら宰相のことよ。国のナンバーツーね。私も会ったことあるけど…蛇みたい? あれがカリッシュの親玉ならぴったりという感じもするけど。仮にも正教国の上層部だし、そこまで頭が悪そうにも見えなかったんだけどね」
マーリアちゃんは、そのサラダとかに面識があるそうです。
「赤竜騎士団が、各国の上昇志向だけは高い貴族崩れの無能を増長させているだけじゃないか?という話は前からありまして。サラダーン祭司長が回収…対処するという話は聞いていたのですが…まさか騎士の位も取り上げずに、そのまま地方にばらまいているとは…」
本来なら降格の上左遷なのでしょうけど。なんかの前例主義でしょうかね? 今回の出戻りは本人の責では無いとか? 私のせい?
さて、対岸の正教国側の関に着きました。船が分かってくるのを見て、早くも関の兵やら騎士が集まってきていますが…
私達を見てニヤニヤしている兵士に混じって、ここにも居ました赤い鎧の人。
「おお、ダーコラ側にはまだこんな別嬪さんが残っていたのか? ダーコラ側で通関税は払えたのか? 今夜は正教国側の通関税を払って貰おうかっ! ガッハッハッ」
「チッ!」「ガウッ!」「クッ!」
今の舌打ちはマーリアちゃん。続いてセレブロさんとレッドさんでした。
リシャーフさん達は、Orz状態です。
「…リシャーフさん、これが正教国の常態ですか? それともたまたま?」
「…たまたまだと思いたいです…」
いかんともし難し。
ウォータードア・イエローゲート漫遊記、第二幕の開催です。面倒くさい…
かっかっかっは無しですが、とっととボコって一通り終劇です。
幸い、こちらの街にもまともな騎士や衛兵が多少は残っていたようで。私やリシャーフさんのことを知るなり平伏してきました。
ともかく、素行不良の騎士や兵は全員記録した上で拘束をお願いし、後日再調査ということになりました。
後日ってことは、こいつらをきちんと再調査してくれるような体制になって貰わないといけないってことになりましたね。本当に面倒くさくなってきたなぁ。
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私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
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その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
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地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
魔法物語 - 倒したモンスターの魔法を習得する加護がチートすぎる件について -
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※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。
※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!
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