Re:Late

悠木 旭

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十三

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 視認する事さえ難しい男の拳は、さらに勢いを増して葛城へと繰り出される。
 それを、手にした刀で確実に弾き逸らし、間髪いれずに自分の間合いへと踏み込み、着実に攻撃を当てていく。

「グゥ―――!」
 憎々しげに唸り、男は僅かに後退する。
 巨漢の男から見れば、葛城などまるで子供のような矮躯に過ぎる。けれど実際に圧倒しているのは葛城の方だった。
 繰り出された拳を一撃で払いのけ、更に繰り出される拳を弾き返し、懐に一撃を叩き込むと、そのまま男の背中に回り込もうとして男は跳び退った。
 こうして戦っているうちに、葛城はいくつかのことに気づいていく。
 ひとつは、この刀は“人を斬らない”ということだ。
 斬れないのではない、斬らないのだ。
 現に男がパイプ製の椅子やテーブルを投げつけてくるのを斬り払えば、まるで豆腐かと思うくらいあっさりと両断できる。けれど男に斬りつけても生身の部分は傷つくことがない。
 葛城の意志を汲んでいるのか、元よりそういうモノなのか。
 なんにせよ、剣術は人を傷つける為のものではないと幼い頃から叩き込まれてきた葛城にとっては都合がいい。
 ではダメージがないかと言えば、それも違う。
 男のまとう黒い陽炎が、斬るたびに目に見えて薄くなっているのが良い証拠だ。

「マケなイ……オレは、オマえ、ナんカニ、マけなイ―――ッ!!」
「―――、―――」
 男は足下に転がっていたテーブルや椅子を次々に掴みあげると、やたらめったらと葛城に投げつけた。
 葛城はそれを難なく斬り伏せる。
 それまでまったく疲労の色を見せなかった男が、肩で荒い呼吸をしていた。
 間を置かず葛城は攻め立てる。
 一息に男の懐まで飛び込む、と見せかけてフェイントをかけて背後に回り込んで斬り払おうとした……が、

「―――ッ!!」
 その直前に男が思い切り跳び退って、距離を取られた。
 これで何度目になるだろう。
 葛城は眉根を寄せた。
 正面からは打ち合うくせに、なぜか俺がまわり込もうとすると必ずこうして距離をとってくる。
 ただの偶然か? それとも、
 ……もしかして背中を取られることを恐れている?

「試してみるか」
 正眼に構え、距離を詰めると大上段から男に斬りかかった。
 男は刀の一撃を腕で振り払おうとした。
 その瞬間、葛城は男の背後に回っていた。
 そして案の定、男は跳んで距離を取った。
 葛城は確信した。
 間違いない、あいつは背中を庇っている。
 そこにあるものといえば、瘤のよう張り付いている一際黒い陽炎の塊だ。
 もしやあれが弱点なのだろうか。
 だろう、かもしれない、は思考を固まらせ、ひいては判断を遅らせたり誤らせる要因になる。戦いにおいて禁物だが、少なくとも今回は試す価値がありそうだ。
 かといって「背中を斬らせてください」「はい、分かりました」というわけにもいくまい。
 散々正面から回り込もうとして失敗しているのだから、同じことを続けても芸がなさすぎる。
 ならば、

「押してダメなら、引いて見ろってことか」
 葛城はあえて男の攻撃を誘っていく。
 そうとは知らずに、守勢に回った相手は叩き伏せるのみと言わんばかりに、男は深く踏み込んできた。

「オれハ、ツヨいンダ。オマエなンカヨリ、オマえナンかヨリ―――ッ!!」
 乱打、殴打。強打。
 ここが勝機と読んだのか、男は殴る拳を止めない。
 それはシンプルな力の行使だ。だがだからこそ強い。
 葛城が受けきれずに堪らず体勢を崩した。その上から叩きつぶすように、渾身の一撃を喰らわせる―――!
 だがそこに葛城の姿はなかった。
 ゴウン、と男の一撃が空を切って床を砕き、土塊を巻き上げる。
 葛城を追い詰め、トドメとばかりに振るわれた一撃はあっけなく躱された。
 大振りの攻撃を待って、それを躱しての跳躍。
 その姿はいま、男の頭上にあった。
 
「ああ、アンタは強いよ。だから覚えておいてくれ。勝負を決めに掛かった一撃っていうのが一番危険なんだ」
 頭上を飛び越した葛城が、真一文字に背中の瘤を斬り裂いた。

「ギャアアアアアアアア―――ッッ!!」
 確かな手ごたえ。
 耳をつんざくような悲鳴が響く。
 男がもんどりうって床を転げまわり、裂けた瘤から大量の黒炎に混じって真っ白い糸がまき散らされた。
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