勝ちボイス

十 的

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 俺はイラストレーター小兼。こけんさんとか、ケンさんとか、性根がねじ曲がったやつらからはしょうをかねるさん。とか言われる、そんな存在。
 知名度としては、とあるゲームのキャラデザを担当して、そこそこ有名になった者。
 そんな俺に、今日新たな仕事が舞いこんだ。
 なんでも、「可愛い」「かっこいい」「魅力的」な男と女を一人ずつ、合計六人描いてほしい。という仕事。
 その姿は「通常」「歓喜」「残念」の三パターン欲しいとのこと。
 あとそのキャラクターには、「キャラ名」「希望する声優」「言ってほしい台詞」なんかも加筆してほしいとのこと。
 なんとも自由で、かつ欲望あふれる仕事内容だろう。
 俺は早速子兼推し声優達を思い浮かべようとし、しかしすぐにその時、ある一つの物事を思い出した。
 俺の妹が、つい先月声優になったばかりだ。
 声優名は愛有歩。あいありあゆみという、なんともアイドルっぽい名前だと思ったが、残念ながら俺の妹の容姿はちんちくりん。きっと性格良いアピールしても芸能活動みたいなことはできないだろう。
 その声は身内としてよく聞いていたので、声優として売れるという可能性も少ないと感じている。夢はあるようだが、実力は伴わないだろう。そう思っていた。
 けど、ひょっとしたらこの仕事でなら。妹は少しばかりでも花開けるのではないだろうか?
 声優を推せるという特権が、妹にも通ずるのであれば、ここは妹に少しくらい力を貸してやっても良いと思った。
 それに、推していい声優は最大6人。あと5人は本当に俺が好きな推し声優で固めていいのだから、何も問題はないはずだ。
 頑張れ、妹。もしこの役が決まったら、お前にかつ定食おごってもらうからな。
 というわけで、推し声優の一人は妹に決定。あとは、どうしよ。
 かっこいい系の男と言ったら、ひとまずキャラのイメージとしては剣士だろう。髪は茶髪。ボサボサ頭。そこに銀のラインを毛先へ向けていくつも足す。長すぎてもワイルドさを表現するのが難しいし、比較的短めでいいだろう。
 あごのラインと目をキリッとさせて、ちょっと睨んでる感出す。うん、良い調子。首から下の服はあ、皮鎧の剣士みたいな感じでいいかな? かっこいい属性だし。剣士で良いじゃない。
 鉄の鎧だと重い感じが出るからなあ。地味な色にならないように、紺の生地に、胸に銀色の紋章なんかも適当に書いたりして。うん、サーヴァント感もアップ。剣は普通の長さだけど、足はスラリと長い。
 よし、下書きはできた。後は、「かっこいい」属性男、声優は、んー、まあ後でいいや。キャラ名はあ、なんとなく「芝地図丸」でいいや。名前がまずかったら、相手方が変えるだろう。きっと。
 それで、かっこいい台詞は、「お前を守るのが、俺の使命だ」でいいかな?
「お前を守るのが、俺の使命だ」
 あかん。自分で言ってみて、かっこがつかない。けど、声優さんが本気で言ったら、きっとさまになるだろう。そう信じる。
 もう何個か台詞考えた方がいいかな?
 いや、俺の仕事はあくまでキャラデザ。それ以上はあんまり広げなくてもいいだろう。作品の内容は、あくまで依頼先が判断することだ。
 というわけで、一人のイメージは一応固まった。
 あと男は、「かわいい」と「魅力」系かあ。可愛いはともかく、魅力はきっと、先輩、先生系クールキャラだな。
 髭はあ、たぶんNG。個人的にはありだと思うんだけど、髭生えたキャラってあんまりいないんだよなあ。いても脇役がほとんど。人気取りたいなら迷わず髭無しという先行意識がある。
 というわけで、ザ、若い男感を出したい。あとは、ワイルド系か、知的系かってことなんだけどお。
 ワイルド感は地図丸が出してくれてるから、二人目は知的な男が良いかな。
 ただ髪をストレートにするのも面白くないなあ。よし、腰まで伸ばそう。ポニーテールにして、青い大きなリボンでひとまとめ。髪には何本ずつか左右に赤髪ライン足して、他の毛は青。
 顔は地図丸よりも縦に長くて、小さめの紺色の目。口元もへの字にして、できる感あふれるオーラを出す。
 服装は、Yシャツにネクタイでいいか。夏場のサラリーマンスタイルで、やはり足も長め。く、俺も足長くなりたい。でも足の骨砕いて背伸ばすプランはやりたくない。だってとても痛そうだから。
 思考を仕事に戻す。
 こいつの名前は、何がいいだろう。そして声優は誰がいいだろう。
 うーん、ぱっと思いつけないなあ。ひとまず台詞はあ。「黙って俺についてこい。やるぞ」でいいかな。
「黙って俺についてこい。やるぞ」
 相変わらず自分の声に魅力が足りない。声優って凄いな。才能の差を感じる。そういえば大体の生物は、自分の声でメスを魅了している。声ってステータスなんだな。見えないんだけど、そう見える。
 というわけでこのキャラの名前は、「やるぞう」で決まりでいいか。いや、それはないか。
 弥生流流木。こいつの名前はやよいるるきだ。
 まあダメだったら依頼先が変えてくれるだろう。声優も、それっぽい人を後から探すか。それじゃあまず決まった案を書いておいて。よし、次。
 折角男二人の下書きが決まったんだから、もうこの勢いで最後の男キャラを決めたい。
「かわいい」男子かあ。おじいちゃんじゃ絶対ダメだろうなあ。とにかく、イメージを書こう。
 髪は白と桜色の二色を使って、ボサボサ頭に。顔は男らしくシュッとしてるけど、目は大きくてキラキラ輝いてる感じ。口も大きく開ける感じ。スマイルフェイスが柔らかくキュートならまる。
 十代をイメージするから、服装は制服っぽい方がいいか。ピンク色のセーターを着ていて、背は小さめだけど、やっぱり足は長い。手は女っぽく丸めたり、ぶりっ子ポーズするイメージ。
 よし、下書きは完成。声は、よく少年役をやっている人でいいかな?
 台詞は、じゃあ。
「先輩。遅いですよ。さあ、早く行きましょう!」
 自分で言ってダメージを受けた。
 でも、あの人なら。あの人ならきっと、上手く言ってくれる。だろう。そう思って、案を書きとめておく。
 名前は桜庭百一。さくらばももいちでどうだ。たぶん女子にバカ受けするだろう。
 それらの案を書いておいて、次。
 次はお待ちかね、女キャラクターだ。
 可愛い女の子、のイメージといえばあ、ここはベタに金髪白人。おっぱいは小さめで、全体的に細め。白いワンピースが似合う華奢な感じ。目の色はオレンジにしておこうか。
 台詞は、何がいいかなあ。「キスって、イチゴショートより甘いの?」
 思わずもだえる。こ、こんなこと二人っきりの状況で言われたらあ、俺は脳の処理速度が限界をとびこえてショートしてしまう。即行動不能になるだろうな。
 まあ、言ってもらえるんなら、それで。
 あくまでこれは希望の範疇なので、臆せず書いておく。名前は、オレンジをもじって、レーンでいいか。なんかそれっぽい感じする。
 希望の声優は、後でじっくり決めよう。うん、じっくりとな。
 俺は、女の子を書くスピードは速い。男も同じくらい上手く書いてる気持ちあるけど、やっぱり異性を相手だと調子が良い。きっと欲望に忠実なんだろうな。この調子で描こう。
 次は、魅力だな。魅力といえば、大人の女性だろう。俺は大人の女性感あふれるキャラを描きたい。
 髪は水色と白の二色で分けて、全体的に丸みのあるデザインにしよう。勿論お腹はキュッてひきしまってるけど、後は髪から足の感じまでむっちりふんわりと、丸感あふれる感じで書く。
 服は白地の夏使用で、水色のラインや胸のリボンがアクセントになってる的な。深窓のお嬢様的デザインだ。
 名前は、白鳥美窓。しらとりみまどでどうだ。まあ問題があったら依頼先が勝手に変えるだろう。
 台詞は、そうだなあ。「ずっと一緒にいられたら、ステキだね」
 これは、くる。言われたら絶対婚姻届にサインする。その破壊力がある。まあ俺、婚姻届け見たことないけど。この先見ることがあるんだろうか? そこはかとなく不安だ。まあその内決意が固まったら頑張って嫁探ししよう。三次元で。
 とにかくキャラのイメージと台詞はできた。さあ、最期は我が妹の分身だな。
 お題は、「かっこいい」かあ。最期に残ったやつだけど、あの妹がかっこいい役なんてやれるかなあ?
 まあ、一応推薦しておけばいいや。ダメだったら流石にこの話は流れるだろう。
 ふうん、かっこいいねえ。背は高めだろ。イメージカラーは、赤がいいかなあ。でも普通の髪型はつまらないなあ。そうだ、もみあげと耳の後ろだけ長くして後はショートヘアにしよう。
 目は丸く大きく。ちょっとピンク色でいいかな。これだと背はちょっと高い程度にしてえ。服はピンク地に端が赤い、フリルが目立つワンピースでいいかな?
 一応下絵は完成。名前は、妹の偽りの名だけど、どんなのがいいだろう?
 よし。灯恵那。ともしびえな。だ。どうだ、良い名前だろう。あと台詞はあ。
 うーん。「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる」
 こんな自信ありげな台詞できっといいだろう。どのみちダメだったらどうにかこうにか変わるさ。
 よし。キャラデザはほぼ終了。後はちょっと間食して、軽くシャワーも浴びて体を清めてから清書をしよう。
 あ、その前に、妹にラインでも送っておこう。

 俺、ラインなう。

 俺 やっほー妹。元気してるかお?

 妹 キモい。死んで。

 俺 いきなり厳しい発言だお。お兄ちゃん心に傷を負いすぎて死んでしまうお。

 妹 何か用? 用なきゃ殺す。

 俺 一万年と二千年ぶりのお仕事だお。うれしすぎて思わずラインしたお。

 妹 決定。死刑。

 俺 まあ、そんな焦るなお。お兄ちゃんだってただうれしいだけなら一人でケーキ買ってアニメ見ながら食べてるお。

 妹 要件短く書け。

 俺 キャラデザ頼まれたが、声優を推薦していいらしい。お前推しとく。お。

 妹 それマジ?

 俺 マジ珍しい仕事。偉大な兄に感謝するんだお。感謝の印はカツカラのヒレカツ定食雅で許す。

 妹 それって私だけ? キャラクターって、他に何人もいるの?

 俺 いるけど、それが何か?

 妹 友達も推薦してほしいんだけど、できる?

 困った。
 いや、別に困ってない。困る必要がないからだ。でも、うーん。妹以外への推薦かあ。それっていいのかなあ?
 いやいや、そもそも妹の推薦自体が、なんの経歴もない声優を押し上げる完全な宣伝運動なんだけども。
 まあ、いいか。別に俺がイメージした中の人達は、皆人気だ。仕事もいっぱいある。なら新人声優共に少しくらい救いの手をもたらしてやってもいいかもしれない。
 それでも、俺がその人を知らなきゃいけないって必要はあるけどな。推薦する人の声を知らなかったとか後でバレたら、信用問題にかかわる。いや、もう既に無名の声優を推すことがどうかと思うけど、それでも最低限のこちら視点のラインは通させてもらおう。
 というわけで、妹にライン。

 俺 その友達って声優だお?

 妹 そう。

 俺 リアルでその子紹介してくれたら協力してあげるお。

 妹 死ね。会う日にちを教えろ。

 流石我が妹。ツンデレである。

 俺 じゃあ次の土曜日、そっちの実家で会えるお?

 妹 わかった。二人に連絡しておく。

 二人?
 妹の友達は一人ではない?

 俺 これはお仕事のついでのことだし、確約もできないお。あくまでも可能性の話。わかってお?

 妹 また何かあったら連絡する。

 ふう。
 俺はラインのやり取りを終え、今回の仕事の納品、もうちょっと長くかかりそうだなあ。と思った。

 月日は流れ、あいや、そんな経ってないか。2、3日して、土曜日。
「ただいまー」
 俺は実家に帰ってきた。
「にゃー」
「おお、出迎えはニャン太郎、お前だけか。うれしいぞ。よしよし、頭なでてやろう」
「ニャー」
 ニャン太郎はすぐに俺を置いて家の奥へ去った。
 ちょっと寂しい。まあ、久しぶりの家なんてこんなもんか。
 いーえーをー見ーるーけーどおー。誰もいないな。ひょっとして今、皆留守?
 俺、ちゃんと今日帰ってくるって言ったよね。妹もいないのはなぜ?
 ひょっとして、俺会う日間違えた?
 いやいやいや、そんなことない。今日、土曜日。会う。合ってる。俺間違ってない。
 ということはあ、タイミング的に、俺一人だけってこと?
「ひとまず、適当に時間潰してるか」
 俺はリビングでテレビでもつけることにした。
 数分後。
「ただいまー」
「おじゃまします」
「おじゃましますっ」
 お、帰ってきた帰ってきた。あの声は、妹だな。
 そしてもう二人の男女の声は、ひょっとして、例の二人?
「おかえり、妹」
「うん。兄貴もおかえり」
 俺と妹はしばらくぶりに会った。なんか妹、雰囲気変わった?
 ちょっと、都会の子っぽい印象を受けた。
 一方他の初めて見る男女は、清楚な少女と、好青年だ。
「こんにちは。あなたが歩のお兄さんですか」
 少女にそう言われた。
 この声、良い。
「こ、こんにちは!」
 少年も、さわやか好青年な感じがある。
 さて。それじゃあ俺は、まずは一言。
「少年」
「はい?」
「君、うちの妹、好き?」
 次の瞬間、妹からローキックを受けた。
「痛い、痛い。本気で痛い!」
「このバカ兄貴、いっぺん死ね!」

 ひとまず全員ソファへ座る。
「私は、声優の内水漣です。よろしくお願いします」
 少女から挨拶を受ける。へえ、うちみずさざなみさんか。どんな漢字書くんだろう?
「俺は、声優の内裏表です。よろしくお願いします」
 少年は、だいりおもて。うむ、良い声だ。
「俺は小兼。よろしく」
「はい。歩から聞きました。あの人気ゲームスプラッタトーンのキャラクターデザインを担当したそうですね。凄いです!」
 さざなみさんからそう言われる。
「ありがとう。もっとほめていいよ」
「俺、スプラッタトーン好きです。本当尊敬してます!」
「うんうん。あと十回くらいほめて」
「兄貴、死ね」
 妹が話の流れをぶったぎった。
「ちょっと歩。お兄さんに向かってその言い方はないんじゃない?」
「そうだぞ。言い過ぎだ」
「うっ。それより、兄貴は二人のこと、特に声を聞きに来たんでしょ。どう、二人は。合格?」
 ふむ。そうだなあ。
 二人共、まあまあ合格。といきなり言うのも良いだろう。だが、それだと話が簡単すぎて呆気なさすぎる。
 というわけで、ここは少し、さざなみさんとおもてさんを、試させてもらおうかな?
「それじゃあまずは、さざなみさん。試しに可愛い台詞か、魅力的な台詞を言ってみて」
「せ、台詞、ですか」
「そう」
「ちょっと待って兄貴。私の役は、そのどっちかじゃないの?」
 ここでまたもや妹が割り込む。まあ、いいだろう。これでも俺の妹だ。ちゃんと相手してやろう。
「妹には、かっこいい少女の役を与えた」
「か、かっこいいって。それを、私ができるわけ?」
「できなかったら違う声優が選ばれるよ」
「それ無責任すぎ。ちょっと、まずは私が合格かハッキリすべきじゃない!」
「えー」
 そんなこと言われてもなあ。
「そんなの、ぶっつけ本番でいいじゃん」
「ダメに決まってんじゃん。本番でダメだったらどうすんのよ。今ならまだ可愛い系か魅力系も選べるんだから、今が大事なところよ!」
 そうか。ふむ。
「そんなに言うんだったら、お前ちょっとかっこいい言葉何か言ってみろよ」
 そう言うと、妹はたじろぐ。
「そ、そんなこと急に言われても、思いつかないわよ」
「そうか。じゃあ、ええと」
 下書き持ってきておいてよかったっと。
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる。これを、言え」
「うっ」
 妹は一度うめくが、すぐに覚悟を決めた戦士の顔つきになる。
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」
「もっとかっこよく言え!」
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」
「もっと信頼感出すんだ!」
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」
「親友に言ってるみたいにちゃんと言う!」
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」

 数分後。

「もっと魂こめろ!」
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」
「ふむ」
「私だけでも勝てるが、お前となら絶対に勝てる!」
「まあ、もういいんじゃないか」
「へえ?」
 気が付くと妹は、肩で息をしていた。
「今ので、オーケーなわけ?」
「ああ、たぶんな」
「ふうー」
 妹は深くソファに座った。
「凄い、歩。よく頑張ったね!」
「歩、凄く良い感じだったぞ!」
 友だち二人からのフォローも厚い。
「ま、まあね。って、私、この1パターンだけで良かったのかしら?」
「ああ、いいいい。それで、さざなみさん。準備、いい?」
「あ、ええと。はい。けど、私も、歩みたいに、台詞が欲しいんですけど」
「もう、しょうがないなあ」
 じゃあ、下書きの案を見てと。まずは、かわいい系から言ってみようか。
「キスってショートケーキより甘いの、ぐはあっ!」
 自分で言って、自分でダメージを受けた。
「あ、あの、小兼さん?」
「き、気にしないでくれ。それより、さあ、言ってくれたまえ」
「は、はい。キスって、ショートケーキより甘いの?」
「うぐうっ!」
 どうやら今の台詞は、おもてさんにも刺さったようだ。
 当然、俺にも刺さった。
「男って、なんでこんなバカなの?」
 妹が白い目で俺とおもてさんを見るが、気にしないでおく。
「あの、私、どうでしょうか!」
「うん。いいんじゃないかな」
「そんな適当に決めないでください!」
 おお、さざなみさんはこちらの予想以上に真剣だった!
「あの、私、本当に声優として活躍したくて。ここで、この場で、輝きたいんです!」
 なんて良い子なんだろう。
「うん。合格」
「はやっ!」
 妹が叫んだ。
「あ、あの、本当に良いんですか?」
 さざなみさんが上目遣いで聞いてくる。
 なんて嬉しイベントだ。妹よ、ありがとう。
「うん。君なら間違いなしだよ。それじゃあ、かわいい系女子に、さざなみさんと推しておくね。あ、フルネームの漢字教えてね」
「はい!」
 あと、かわいい台詞に、「私、ここで、この場で輝きたいんです!」を加えておこう。言わせたい台詞は一つまでとは決まってなかったからね。
「あ、あの、それじゃあ俺は、どうでしょうか!」
 さて。最後の一人。おもてさんかあ。
「おもてさん。君には、かわいい系、かっこいい系、魅力系の男の台詞を今、選べる」
「はい」
「どれ系でチャレンジしたい?」
「かっこいい系でお願いします!」
 ふうむ。まあ、妥当な希望だなあ。
「じゃあ、お前を守るのが、俺の使命だ。って言ってみて」
「はい。すう、はあ。お前を守るのが、俺の使命だ」
「おおお!」
「ん、良いんじゃない?」
 女子二人は好印象。
 好印象なら、もういいか?
 いや、俺はまだ納得していない!
「んー、いいかもしれないけど、もうちょっと魅力が欲しい。おもてさん。魅力、足せる?」
「はい。足せます。足してみせます!」
「じゃあもう一回言ってみよう」
「お前を守るのが、俺の使命だ!」
「はあ、はあ」
「ん」
 んー、女の子二人は顔を赤くしてるし、良い感じではあるのかもしれない。
 でも、ここで即オーケーするのもシャクだから、もう何回か言わせてみよう!
「んー、あと十回、雰囲気全部変えて言ってくれない?」
「はい。お前を守るのが、俺の使命だ。お前を守るのが、俺の使命だっ。お前を守るのが、俺の使命だ!」
 そうして、言わせること十回。
「表君」
「っ、ごほん」
 さざなみさんは瞳をうるませていて、妹は顔を真っ赤にしていた。
 人を見て判断するようだけど、これならたぶん、いいか。
 というか、無理に何回も言わせてしまって申しわけなく思っている。これはもう、合格でいいか。
「よし。おもてさん合格」
「よっしゃあ!」
「やったね、表!」
「ナイスファイト!」
 二人から賞賛を受けるおもてさん。彼は両拳を握りしめてうなずいた。
「ああ。俺も、小兼さんのおかげで自信ついた気がする!」
「よし。それじゃあおもてさんはかっこいい系男役ということで」
「はい!」
 ふむ。俺はこうして、図らずも若い子達から力をもらったのでした。まるっと。
「それじゃあ俺は、もうキャラデザ決めて、皆を推薦して納品するから。何時結果がわかるかわからないけど、このこと頭の隅にはおいといてね」
「はい、ありがとうございました!」
 俺は二人に頭を下げられる。
「あ、兄貴、ありがとう」
「うん。それじゃあ俺はこのテンションのまま家で書き上げるから、三人とも、期待してくれたまえよ」
 こうして、俺は三人と会い、久しぶりに妹とも会えたことでテンションを上げ、仕事のやる気スイッチをオンにしたのだった。
 三人の熱意と、そして俺の努力。実るといいな。

 それから約半年後。
 スマホアプリゲーム「勝ちボイス」がリリースされた。
 そのアプリには俺が描いた、芝地図丸、弥生流流木、桜庭百一、レーン、白鳥美窓、灯恵那もちゃんといて、その中の三人の声優が、愛有歩、内水漣、内裏表だった。
 皆推薦通り、仕事が決まった。
 よかったよかった。
 めでたしめでたし。ちゃんちゃん。なんてね。
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