真夏の館

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前原清美8

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 気がついたら、病院にいた。
 なんでも、私、季目、俊二、一夢、一夜の五人は、あの館の前で倒れていたらしい。たまたま通りがかった親切な人が救急車を呼んでくれて、私達は病院に搬送された、らしい。
 その恩人とは会えていないから、本当に、感謝の念を送ることしかできない。
 その後、私達は精密検査を受けて、体のどこにも異常がないことを確かめてから、退院した。きっと、倒れていた原因は、あの少女につかまったからだ。それ以外考えられない。というか、私も最後は髪の毛でつかまえられてしまった。あのままやっぱり館から出られない、なんてことになっていたらと思うと、ゾッとする。もうあんな体験したくはない。
 と、いうことで。退院して、夏休みがあと数日で終わろうとしている私達は、とりあえず集まってジュースで乾杯した。場所は、俊二の両親が経営している喫茶店だ。今は営業時間じゃないから、貸し切り同然。
「えー、では。俺達が生き残れたことに!」
「かんぱーい!」
 皆の声がそろう。でも。
「ねえ一夜。もうそのこと思い出したくないんだけど」
 私が言う。その間に、俊二はごくごくコーラを飲んでいる。
「いやわるいわるい。けど、かんぱいの音頭といったら今はこれしかないだろ。何せ、本当なら肝試し終了パーティーをするはずだったんだからな」
 一夜が言う。まあ、一夜が館でのことを大してなんとも思っていないということはわかった。
 けれど、あの出来事は一日でも早く忘れたがっている人もいるのだ。私は季目を見た。心なしか、季目は少し暗い。
 季目は、髪を切った。男の子みたいな髪型になった。
 なんでも、髪の毛におそわれた記憶が原因で、長い髪を見ると怖くなるらしい。それだけでなく、今まで以上に怖がりになってもいた。だから季目は、今回の件の一番の被害者だ。
「大丈夫、季目。あれは全部悪い夢だったんだから。飲んで忘れよ。私、とことんつきあってあげるから」
「季目とつきあう?」
 一夢が大声を出した。
「そこうるさい」
 私が言う。
「そうだぞ季目、なんなら俺もつきあってやる。なんせ、今回は全部俺のおごりだからな!」
 一夜が言う。たしかに一夜は、今回のおわびにということで、パーティーの全額負担を申し出たが、それは当然というものだ。他男二人はともかく、私と季目のようなか弱い女子にあんな体験させておいて、平謝りだけというのは絶対に許さない。
「お前はダメだ、お前はダメだぞ一夜!」
 一夢がまた大声を出した。
「そうだー俺もまぜろ、まぜてくれー!」
 俊二が大声を出した。
「良かった。もう、大丈夫、なんだよね」
 季目がそう言ってうすく笑う。私はうなずいた。
「うん。私達は帰ってこれた。もう何も怖くない。全部大丈夫だよ、季目」
 そう言って、クリームソーダを飲む。うん、この味がのどにしみわたる。
「えーと、それで、俺達を病院につれていってくれたのは見知らぬ誰かだったわけだけど、そこまで行くのに、力になってくれたのが清美だったんだよな?」
 俊二が言う。
「うん。最後まで私ががんばったから、皆を助けることができた」
 私がうなずく。
「清美姐さん、本当ありがとうございます!」
 俊二がコーラを置いて、私に後頭部まで見せて拝んでくる。
「何言ってんの。私だって助かりたかったんだから、全力を尽くしたのは当然だったっての」
 本当は、一人だけ出れるとも言われたんだけど。まあ、友達おいて自分だけっていうのは、ムリよね。
「清美、ありがとう。礼を言う。季目が無事なのは、お前のおかげだ」
 そこで一夢も、ソーダを置いて私に頭を下げた。なんだお前ら、キモイぞ。
「なんだお前ら、キモイぞ」
「キモくたってなんだっていい。俺達の命を救ってくれたのは、清美なんだ。頭を下げるのは当然。この通りだ、ありがとう!」
 一夜がジンジャーエールを置いて頭を下げる。
「そんな、今更だって」
「清美、私からもありがとう」
 季目まで頭を下げてしまう。まいったなあ、もう。
「皆がいてくれたから、私も頑張れたんだよ」
 館でのことなんて1ミリも思い出したくないのに、皆ときたら、こうなんだもん。
「あの時、私は途中で心が折れてた。皆と来ていなかったら、諦めてた。最後まで力をふりしぼれたのは、絶対に自分の力だけじゃない、皆のおかげ。だから、あの館からは皆の力で脱出できたんだ」
 本当、そう思う。私一人の力なんて大したことなくて、仲間の力っていうのは、凄まじいものなのだ。それが今回の件でよくわかった。
「皆の力っていうことは、俺の力でもあるってことだよな。ふうー良かったー。そう言われると救われるぜえ」
 そして、途端にいつもの調子に戻る俊二。こいつときたら、もう。本当、私に感謝してるのかね?
 まあ、感謝されてもむずがゆいだけなんだけどね。
「あの時は、本当に俺の力が及ばなかった。力が足りていれば、あそこより先にもいけたんだ。だから、俺は今後何が起こってもいいように、もっと力をつける!」
 一夢がそう意気込む。こいつは、何があったんだろうか。
 そう思っていると、一夢が季目に顔を寄せた。
「だから、俺、今以上に強い男になるから、強くなり続けるから。あの時は守れなかったけど、これからはずっと、季目を守らせてくれ、こ、恋人として!」
 そう、一夢が真剣な表情で言う。
「うおー。一夢お前熱いなあ」
 一夜が言う。
「ヒュー」
 俊二が口笛を吹く。
 私は、ちらっと季目を見る。
 少なくとも、一夢が人前でマジな告白をするのは今回が初めてだ。それを季目は、どう受け止めるのだろう。あるいは、切り捨てるのだろう。
 すると、季目は。
「うん。あの、よろしく、一夢」
 なんと、初めてのオーケーを出した。
「え、あ、う、っ、いいよおっしゃあー!」
 一夢が、見るからに喜ぶ。そして私は思わず季目に確認をとる。
「ねえ、季目。本気なの。一夢のやつもう、見てて気持ち悪いくらい浮かれてるけど」
 見つめていると、季目はうなずいた。
「うん。今は、その、誰でもいいから、いてくれるとうれしい、から。だから一夢でも、いい。今は」
 一夢でもって言った。今はって二回言った!
「良かったな、この今だけ彼氏!」
 一夜が声をはりあげる。
「おめでとう、この今だけ彼氏!」
 俊二が声をはりあげる。
「今だけでもいい、季目の隣にいられるなら、それだけで俺は幸せなんだー!」
 一夢が男泣きをしている。
「はあ。まあ、いいか。こらこら一夢。泣くんじゃない」
「うれしすぎる、これは、うれしすぎるから出る涙なんだあ!」
 一夢が自分の腕を涙でぬらす。まあ、おめでとうとは思っておこう。絶対口にはしないけど。
「へへ、この瞬間をカメラにおさめられないのが残念だぜ」
 一夜が言う。
「スマホで撮っておくか。ほら一夢、こっち向いてー」
 俊二がスマホで一夢を撮り始める。一夜も撮り始める。
「やめろお、やめろおお前ら!」
 一夢は泣き止むのに必死っぽい。
「まったく。男が泣いてるところを撮って何が楽しいのやら」
 私はひとまずフライドポテトを一つ食べる。
「でも、皆いつも通りで良かった。私だけみたい、元気がないのは」
 季目が言う。すると一夜がジンジャーエールをがぶ飲みする。
「ごく、ごく、ぷはあー、俺は、無理矢理元気を出してるだけだ。なんてったって、大事なカメラを失くしたからな。く、やられる前までは調子良かったのに!」
 一夜が言う。そりゃやられる前なら誰だって調子良いだろうよ。
「スマホで撮影できるじゃない」
 私が言う。
「カメラじゃないと撮影している気分にならないんだよおー、っぐあー、でも拾いにはいけねえし」
 一夜が言う。
「確かに、もうあの館には行く気しないな」
 俊二が言う。
「絶対行かない。もう絶対行かない!」
 一夢が言う。
 季目はふるえて、カルピスを飲んでいる。
 やっぱり、もう皆あの館に行く気はないか。
 はあ、私だけ、よね。
「だが、あの館で季目の次にやられたと知った俺は、思った。あの時俺は、もしかしたら何か大事な事に気づけなかったんじゃなかったのかって。だから俺は、今より洞察力と推理力をきたえあげ、いずれどんなことにも気づくスーパー頭脳の持ち主になりたい」
 俊二がそう言って、私達を一度見て、また口を開ける。
「ずばり、将来は名探偵になる!」
「おー」
 一夜だけ、そう言った。
「いや、俊二。もしかしたら探偵にはなれるかもしれないけど、名探偵はムリだと思うぞ」
 一夢が言う。
「ギャグなら許せる」
 季目が言う。
「俊二、もう少し将来のことは考えたら?」
 私が言う。
「うるさい、なるったらなるんだ。名探偵、俺にぴったりの響きじゃねえか。やがてはどんな難事件も解決するスーパー小学生になってやる!」
 俊二が言う。
「いや、もう小学校は卒業してるし」
 一夢が言う。
「それくらいすごくなるって話!」
 俊二がそう言ってピザを食べる。
「ピザが似合う名探偵に、俺はなる!」
「てきとう言いすぎ」
 私は思わず、そう言った。
「だが、俺も今回の件で反省した。次からは、心霊スポット以外をめぐることにする」
 一夜が言った。それは私も同感。もうまきこまれるのはごめんだ。
「心霊スポット以外のスポットって、何スポット?」
 私が訊く。
「パワースポットだな。撮影中に何か映りこむかもしれないし」
 一夜が言う。
「映りこむって、何が?」
 一夢が訊く。
「精霊とか妖精とか、不自然な光とかだよ。心霊スポットでは本物が出ることがわかったんだ。パワースポットにだって何かあるに違いない」
 一夜が言う。
「そうか。まあ、趣味があるのは良いことだな」
 一夢が言う。
「パワースポットなら、私も行きたいかも」
 季目が言う。
「お、一緒に来たいか。いいぞ一緒に行こう!」
 一夜がすごくうれしそうにする。
「そ、その時は、当然俺も行くからな。だって俺、彼氏だし!」
 一夢があわてて言う。
「お、面白そうだな。俺も行くぜ」
 俊二が言う。
「はあ。男三人に季目だけ混ぜられるわけないじゃん。その時は私も行くわ」
 私が言う。
「ふはは。やっぱり俺達は良い友人関係を築けているな」
 一夜が言う。
「俺と季目はもう友達以上だけどな」
 一夢がウザく言う。
「もうずっと長いことつるんでるからなあ」
 俊二が言う。
「楽しいことをするだけなら良いんだけど」
 季目が言う。
「楽しいことしかしないわよ。これからいっぱい楽しい思い出作ろ?」
 私が言う。
「だが未来はただ楽しいだけじゃないぞ。やりたいことはなんだってできる。季目は何がしたい?」
 俊二が言う。
「え。私は、特には」
 季目が言う。
「やりたいことはたくさんあって良い。それだけ毎日が楽しくわくわくになるからな。何かが食べたいだって、どこかに行きたいだって、なんでもいい。一夢を捨てたいだっていい」
 俊二が言う。
「それはダメだ。絶対にダメだ!」
 一夢があわてふためく。
「たぶん、怖いっていう心はさ。何かにおびえるからでてくるんだよ。だったらさ、心の中を楽しいことだらけにしたら、もう怖くないじゃん。だから、今の季目にはそれが必要なんだよ」
 俊二が珍しく良いことを言っている気がする。
「珍しく良いことを言うな、俊二」
 一夜が言う。
「珍しい男、それが俺だ。だから、とにかくさ。季目が何かやりたいって言った時は、俺達全員つきあうぜ。だから、もっと楽しいことを考えよう。そして毎日ずっと楽しく過ごそう!」
 俊二が言う。さりげなく私達全員まきこんでるけど、まあ本当のことだからいいけどさ。
 私は季目を見た。
「ありがとう、俊二。私をはげましてくれて」
 すると、季目は笑っていた。久しぶりのちゃんとした笑顔だ。
 こんなにきれいに笑えるのなら、きっと季目は大丈夫だ。そう信じられる。
「お、俺もそう思ってたんだ、季目!」
 そして、一夢のやつはなぜこうも哀れに見えるのだろう?
「清美はどうだ?」
 一夜が私にそう言った。
「私?」
「ああ。館で一番がんばったのは清美だろう。だから、もし清美がやりたいことがあったら、俺達はすすんで協力するぞ。なあ皆」
 一夜がそう言うと。
「そうだな」
 一夢が言う。
「もちろんだ」
 俊二が言う。
「清美は、なんともない?」
 季目がそう心配してくれる。
 だから、私は笑った。
「ありがとう。皆。私は平気。でも」
「でも?」
 季目が言う。私は言葉を続ける。
「私、今になって将来の夢ができたんだ」
「ほう、夢」
 俊二が言う。
「良いんじゃないか?」
 一夢が言う。
「どんな夢なんだ?」
 一夜が訊いてくる。
 だから私は、言った。
「私、あの館で会った、幽霊、だと思うあの少女を、成仏させてあげたいと思う」
 皆は、ぽかんとした。
 私は、続ける。
「皆がさらわれて、私一人になった時、出会った少女は、ゲームに勝てば私達を助けるって言ってくれたの。だから、確かに閉じこめられて、おそわれはしたけど、でもきっと完全に悪いやつじゃないんだと思う。だから、あの子も、あの館に閉じこめられているのだとしたら、解放してあげたいの」
 おばけなんてないさ。
 おばけなんてうそさ。
 ねぼけた人が、見間違えたのさ。
 でも、本当にいたと知ったら。
 きっとその魂は、本当は正しいところに送ってあげるべきなんだと思う。
 その方が、絶対に良い。そう思うんだ。
 それが今の、私のやりたいことなんだ。
「良いんじゃ、ねえか?」
 しばらく間をあけてから、一夜がそう言った。
「確かに、またあんなことが起こらないようになるなら、それにこしたことはないよな」
 一夢がそう言った。
「清美。まさかお前がそういうやつとは思わなかった。なんて良い女なんだ。ほれちまいそうだぜ」
 俊二が言った。
「ほれるな」
 私が言う。
「清美、怖くないの?」
 季目が言う。
「正直、怖かったよ。あんな体験もう二度としたくないとも思う。でも、もし少女を迎える準備ができたら、行ってあげたい。だって、あの館は何年あそこにあるの。どんなに長い間あんなところにいても、良いことなんてきっとないよ。だから、誰もあの子を助けないのなら、私が助けたい」
「応援するぜ、その夢」
 一夜が言う。
「できたら良いな。そんなことが」
 一夢が言う。
「良いセンスだ」
 俊二が言う。
「危ないことだけは、しないでね」
 季目が心配してくれる。
「うん。ありがとう、皆。さーて、もっと食べて飲むぞー!」
「おー!」
 ひとまず今は、目の前のパーティーを楽しもう。
 これからもこうして生きていられることに感謝して、自分の人生を存分に楽しむことにする。
 さあ、思う存分食べるぞー。
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