気づけばモンスター

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3力を合わせて生きたい

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「魔法が使えない魔法使いは、本当にカカシ同然なのよ。オルツに前に出て戦えって言われて、私、完全に心が折れた。それに、気を失う前のことも憶えてる。混乱して、囲まれてるのに逃げ切れるかもって考えたのよ。最後までれいせいでいられたなら、あんなことはしなかった。だからしばらくは、気が晴れそうにないわ」
「でも、スフィンの魔法の腕は本物よ。今回もあなたの魔法の力で、今回のターゲット、クマザルを倒せた」
「強いって言っても、今の私達には、くらいの強さよ。もっと強いモンスターはいっぱいいる。けど、もしこのまま魔法使いを続けて、私はあと何回魔力が切れた後お荷物になればいいの。嫌よ、もう。痛いのも、死にそうな目にあうのも。まだ、体の芯が震えてる」
「スフィン」
「リシェス。あなたの心はまだ強く、折れず、曲がらず、勇気に満ちているかもしれない。でも、私はもう、ダメなのよ。少なくとも、今は。お願い、戦士じゃなくて、一人の非力な少女でいさせて。戦うためには、勝てるってわかってるだけの力が必要なのよ」
「スフィン。うん。辛かったね。村に帰ったら、ゆっくり休もう。私達には、それが必要だわ」
 妹似の子、リシェスがスフィンをだきしめる。
 そうか、そうだよな。誰だって、死にそうな目にあえば心をまっすぐに保つのは難しいよな。
 ましてや、か弱い少女に戦い続けろなんて言うのは、酷な話だ。人は、戦わなくたって生きていける。平和の中で終わる人生があって、良いんだ。
 俺は、リシェスを見る。
 リシェスも、戦いなんかやめて、ずっと平和に暮らしてくれたらいいな。
 心から、そう思った。

 それから少し時間が過ぎて、リシェスが言った。
「今、小回復一回分くらい、回復した。それじゃあまずは、ヨデムを回復させるわね」
「ええ、それが良いわ。オルツも酷いケガだけど、あの最後を見ると、どうも後回しにしたくなるわ」
 リシェスがうなずいて、ヨデムに近づく。
「小回復」
 リシェスの杖からやわらかい光が発せられると、すぐに倒れたヨデムが震えて、ゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、リシェス。ようやく動ける。それでも、動くたびに火傷がひどく痛むけど」
「もう起きてたのね、ヨデム。辛いなら、立たなくてもいいのよ」
「いや、もう歩けるから、これくらい平気だ。スフィンも、歩けるだろ。だったら、オルツはリシェスが背負って、もうここを移動しよう。俺達の護衛は、あのエレキュウがしてくれるんだろ。早く行こう」
「あ、うん。スフィン、歩ける?」
「もちろん歩くわ。早く帰りたい。夜になってみなさい。更に怖くなるわ」
「ええ。そうね」
 ヨデムとスフィンが歩き出す。そして、リシェスは俺を見た。
「ねえ、エレキュウ。一緒についてきてくれる?」
「(任せろ)エレッキュ」
 俺は歩き出した彼女達についていく。護衛の任務、立派に果たしてみせるぜ。
 皆で固まって森の中を歩く。リシェスはオルツを背負いながら、スフィンとヨデムはまっすぐ歩けないでいるから、移動速度は遅い。
 空気も重い。リシェス以外ボロボロで、戦えるのは俺だけ。安心できるわけもないだろう。
 せめて彼女達の村が近くにあれば良いのだが、今見える範囲は森のまま。きっと長い間歩き続けるしかないだろう。四人ともきついだろうが、無事村まで帰ってほしい。
 無言でひたすら歩き続ける。俺もエレキューとしか喋れないので、黙ってる。ああ、人間ってうらやましい。はやく人間になりたい。
 出てきたモンスターは、全てけちらす。幸い今の俺は強く、速い。対する敵は、弱く、出てきても一体程度。なので今の所、敵無しだ。
 皆もそう悲壮感はなく、結構余裕があるみたいだから、これくらいのモンスターしか現れないって分かってるんだろう。
 そうしている内に、リシェスが言った。
「皆。また私の魔力が、小回復一回分くらい回復したわ。誰を回復する?」
「なら、できればまた俺を回復してくれ。スフィンが辛いなら、もう一回分待つ。オルツは、このまま荷物にしよう。その方が移動速度が上がるはずだ」
 ヨデムの意見に、スフィンがうなずいた。
「そうね。なら、リシェス。ヨデムの回復をお願い。私は今、ヨデムに速度を合わせてるくらいだから、これでたぶんもうちょっと速くなれるわ」
「わかったわ。ヨデム、小回復」
 こうしてリシェスは、魔力がたまり次第ヨデムとスフィンを交互に回復して、移動速度を上げていった。これでオルツ以外の皆の体は回復していく。オルツは、まあ、動かないし喋りもしないから、確かにこのままでいいか。
 それから大分歩いて、夜になった。
 それでも歩き続けて、かなり遅くの時間に、俺達は村までこれた。
「よし、村だ」
 ヨデムが若干明るく言う。
「やった、帰ってこれた」
 スフィンが安堵する。
「本当、これは奇跡ね。ありがとう、エレキュウ。あなたのおかげよ」
「(うん。それじゃあな、リシェス)エレキュー、エレエレ」
 俺は立ち止まる。ここまで来る間に少し考えたが、もしかしたら、俺はここでリシェス達と別れた方が良いのかもしれない。
 最初は、いつか人のいる所で穏やかに暮らせたらいいな。と考えていた。けれど今は、俺はモンスターだから、これ以上リシェス達と一緒にはいられない。とも思ったのだ。人は人。モンスターはモンスター。住む世界が違うのだ。
 すると、リシェスは立ち止まり、俺を見た。
「エレキュウ、どうしたの?」
「(ばいばい、リシェス)エレエレッキュー」
 片手を軽く上げて、振る。すると、リシェスはとっても寂しそうな顔をした。
「まさか、ここでお別れってこと。そんな、いなくならないで、お願い。まだあなたに、なんのお礼もしてない!」
「(けど、俺はモンスターで、リシェスは人さ。また見かけたら助けてやるから、そんな顔するな)エレエレッキュ。エレエレエレキュー」
 もう、さよならの覚悟はできてる。けどリシェスは俺に、一歩近づいた。
「ねえ、一緒においで。おうちで温まろう。歓迎するわ。エレキュウもつかれてるでしょ。パンとスープを食べて、お布団の中でくっついて寝るの。森にいるより、その方がずっと良い。さあ、こっちに来て」
「(うう)エレー」
 俺は迷う。リシェスがそう言ってくれるのは嬉しいけど、けどさあ、よくよく考えてみたら、モンスターなんて、そんなほいほい村に入れてもいいものなのか?
 リシェス達はモンスターに殺されそうになっていたのだ。俺は味方だって思ってくれてたけど、でも村人全員がそう思ってくれるか?
 俺に、これ以上リシェス達と一緒にいていい資格があるのか?
 迷う。迷うけど。
 ヨデムとスフィンまでも、俺を見ている。なんだか、俺のために待たれてるみたいで、ちょっと気まずい。
 けど、二人とも何も言わないってことは、ここは俺が去るのもオッケーってことなんだよな。なら、去った方が良いか?
 そう思い少し体を動かしたところで、もう一度リシェスに声をかけられた。
「ねえ、エレキュウ。私、あなたにとっても感謝しているの。あなた無しでは、私達は生きていなかった。自分達の力を過信したまま、森の奥でアカトカゲ達にやられて力尽きるはずだった。けれどエレキュウ。あなたはそんな私達を助けてくれた。私はあなたに、このままさよならってされてほしくないの」
 そのリシェスの一言一言が、俺の胸にグッサリ刺さる。
「(と、言われてもなあ)エレエレキュウー」
 俺は野生のモンスターだぞ。本当にそれでいいのか?
「ううん。それだけじゃないわ。私はもう、私達で通じる戦いの限界を感じた。ヨデムは何も言わなかったけど、私とスフィンは三人になった時のオルツの身勝手さに心を砕かれて、きっともうこの四人で信頼しあうことはできないわ。私達は今回運よく生き残ったけど、私達のパーティはもうおしまいなのよ。けど、あなたはそんな私達よりも、ずっとずっと輝いていた。だから、感じたの。私、エレキュウとなら、ここで終わらない。もっと強くなれる、もっと上を目指せるって。もっともエレキュウは、私なんかがいても足手まといとしか思わないかもしれないけど、私はできることなら今日を、私とあなたの始まりの日にしたい。明日からを、あなたと一緒に力を合わせて生きたい」
 リシェスはもう一歩近づいてきて、言った。
「エレキュウ。私と一緒に戦いましょう。私はあなたのモンスターテイマーに、あなたは私のテイムモンスターになるの」
 夜風が俺とリシェスの間を通った。
 モンスターテイマーと、テイムモンスター。
 そんな、そんな関係が、この世界にはあるのか。だとしたら、俺は、俺は。
 俺は、ここまで言ってくれるリシェスに、全力で応えたい。
「(うー。よし!)エレー、エレッキュ!」
 俺はためらいを蹴るようにして、リシェスの元へと進んだ。そして、足をぽんぽん叩く。
「(俺も、お前という心残りを残したままじゃ踏ん切りがつかねえからな。それじゃあモンスターテイマーとやら、よろしく頼むぜ!)エレキュー、エレエレキューキュー!」
 もしかしたらこの決断は、間違っているかもしれない。俺の望みは、リシェスの幸せで安全な生活だ。一緒に戦うなんて、まるで俺がリシェスを戦場に引っ張るかのようだ。そんなの、両手をあげて喜べない。
 けれどかわりに、これからは俺がリシェスを守ってやれるんだ。それなら、これからの運命は俺の肩にかかっている。自分で未来を決められるなら、決めたい方へと進みたい。
 だから俺は、彼女に近づいた。
「ありがとう、エレキュウ。やっぱり、私の言葉、わかるんだね」
「(今更かよ)エレエレッキュ」
 もし、リシェスがまた危険な目にあうのなら、俺は、その時も彼女の傍にいて、守ってやりたい。
 本当は、戦いなんてさせたくないんだけど。彼女がどうしても行くと言ったら、俺は止められない。だから、俺は常にリシェスの傍にいてやろう。そうしたら、安心できる。
 俺は、このモンスターの体でいる間、リシェスを守るために生き、死にたい。

 俺達はやっと村の中に入る。門番が一人いたけど、心配と安堵だけされて、そのまま前を素通りできる。俺のことなんて、あ、エレキュウだ。くらいの反応だった。
「そうか。リシェスは、モンスターテイマーになるんだな」
 歩きながらヨデムが言った。
「うん。なることに決めた」
 リシェスがうなずく。
「そのエレキュウと一緒なら、かなり安心できるわね。私も、エレキュウとなら、また冒険に出てもいいかも。ああ、でも、やっぱり今は、魔法の修行に集中しようかしら」
「その方がいいかもしれないね。これからどうするにしろ、今の私達には、もっと力が必要だし」
「まあこれからどうするにしろ、明日またギルドで集まろう。今後の方針はそれから決めればいい。それじゃあ俺は、もう家に戻るよ。スフィン、リシェス。わるいけど、依頼の報告、二人でしといてくれ」
「うん。おやすみヨデム」
「おやすみヨデム」
 こうしてヨデムが別れる。
 その後もずっと俺達は歩きどおしで、やがて、一軒の大きな建物の前に来た。そこにはまだ明かりがあって、二人は躊躇せず中に入る。俺も中に入った。
 中は外見通り、広かった。前方には受付がある。右には掲示板、左には料理屋って感じだ。
 そして左の料理屋のテーブルから、一人の少女がこちらへと近づいて来た。服装がリシェスと同じだ。リシェスが中学生だとしたら、彼女は高校生くらいだ。
「やっと来た、ちょっと、その子凄いケガ、早く回復魔法をかけなくちゃ!」
 どうやらこの少女は、リシェス達を待っていたようだ。そして、リシェスにおぶられているオルツを心配してくれているらしい。
「は、はい。ミネスさん。オルツは、まだ気を失ってるみたいで」
「なんでそんなにおちついているの。すぐ回復魔法をかけるから、彼をこっちに見せて!」
「はい!」
 リシェスが背負っているオルツを見せる。するとミネスとやらは、杖をオルツに向けて真剣な表情になった。
「中回復」
 凄い。やさしい光を浴びて、オルツのケガがみるみる治っていく。一度で全回復はしなかったが、リシェスの回復魔法よりずっと強力だ。
「よし、もう一度、中回復」
 少女は更に回復魔法をかける。このたった二度の回復魔法で、オルツのケガは全て無くなった。まだ本人は眠っているが、これでもう安心だろう。
「ふう。これでもう安心よ。見たところクマザルにやられた傷じゃなくて、火傷だったけど、他の皆は平気だった?」
「はい。皆はもう、私の回復魔法で良くなりました。ありがとうございます、ミネスさん」
「そう、それなら良いんだけど。あら、その子は、ひょっとしてエレキュウ?」
 ここで、ミネスが俺に気づく。
「(よっ)エレキュー」
「大人しいってことは、味方なのね」
「はい。エレキュウは、私達を助けてくれたんです」
「それは幸運ね。ん、エレキュウが、ここまでついてきてる?」
 ビクッ。ちょっと緊張する。
 どうやらミネスは、俺がここにいることを不思議に思ってはいるが、敵意を向けてくることはないようだ。
 モンスターとはいっても、村の反応はこんなものなのだろうか?
 まあ、例え警戒される時があっても、俺はリシェスと一緒にいると決めたんだ。俺もできるだけ、リシェスと一緒にいられる努力をしよう。
「ミネスさん。回復魔法、ありがとうございます。リシェス、私は先に、依頼の報告を済ませてくるわね」
「うん。お願いスフィン。あの、ミネスさん。お話は、後でしてもいいですか。今は、このエレキュウを私のテイムモンスターに登録したいんです」
「あら、そうなの。へえ、テイムモンスターね、珍しい。というか、初めて見たわ」
 そう言ってミネスが俺をマジマジと見る。
「(そう、俺はテイムモンスターだ)エレエレキュー」
 ここで、ミネスが手をわきわきとし始める。その動き、なんかやだ。特に、俺を見てされると凄く嫌だ。
「ねえ、リシェス。触ってみてもいい?」
「あ、はい。良いと思いますよ。私の時も、エレキュウをだきしめられましたし」
「だきしめる。それも良いわね。それじゃあ、触るわよ。エレキュウ、よろしくねー」
 そう言って、ゆっくりミネスの手が俺に迫る。俺は仕方なく、そのままなでられてやった。俺は子猫じゃないんだけどな。
 さわさわ。さわさわ。おそるおそる、毛先をなでるような感じだ。
「か、可愛い。こんなモンスター、いるのね」
「ええ、エレキュウは、本当に可愛いです」
 リシェスはしっかりうなずく。うん、可愛いと思われてるなら、良かった。
「あ、でも、このエレキュウボロボロね。はい、中回復」
 ミネスから放たれるやさしい光が、俺の傷をいやしていく。
「(サンキュー)エレッキュー」
「ふふふ、どういたしまして」
 ミネスはそう言って笑顔になった後、俺から目を離して立ち上がった。
「リシェスは、このエレキュウのモンスターテイマーになるのよね?」
「はい。そうです」
「いってらっしゃい。そして、その後つかれてなければ、今回何が起こったか、聞かせて?」
「はい。いいですよ。ではモンスター登録も済んだら、改めてミネスさんに話しかけます」
「ええ、よろしく。ああ、その子、確かオルツは、私が預かっておくわ」
「ありがとうございます、ミネスさん」
 こうしてリシェスは、ミネスにオルツを預け、受付に向かった。
「来て、エレキュウ、こっちよ」
「(おう)エレキュー」
 これでオルツも俺もケガが消えたし、ひとまず一安心だな。

 リシェスはすぐに、モンスターテイマーの登録と、俺のテイムモンスター登録を済ませた。
 といってもただ書類を書くだけで、後は俺の首に首輪をつけて終了。そして翌日、モンスターテイマー係の人にモンスターテイマーの心得を聞くということになった。
 後は首輪代を払ってお話おしまい。すぐにリシェスは、テーブル席にいるミネスの所へ向かう。
 そこでは、先に用事を済ませていたスフィンが、ミネスとの話を弾ませていた。
「なんですって、このオルツがあなたとリシェスに前衛をやらせようとした?」
「そうなんですミネスさん。そしてその後すぐにオルツがやられて、残ったのは私とリシェスの二人だけ。その後先に私がやられて、少しの間意識を失っていたんですが、その間にエレキュウが助けてくれて、六体のアカトカゲをやっつけてくれてたんです!」
「そう、良かった。本当、あのエレキュウがいてくれて凄く助かったわ。それにしても許せないのは、このオルツよ。私達後衛は自分の命とパーティの未来を賭けて、戦場で自分の力を振り絞るのよ。そして前衛は、後衛の力を信じ、頼って、その護衛となってもいる。その絆をないがしろにして、仲間の命を気にすることなく、まるで囮にでも使うような態度をとったのだとしたら、それは前衛失格よ、こいつと組んで生きて帰ってこられるはずがないわ!」
「そうですよね、ミネスさん。私もそう思います!」
 お、おお。ミネスとスフィンが両手を握りしめて盛り上がっている。二人共少し言い過ぎな気もするが、しかしこのオルツが、自分が倒れるよりも先に少女二人を前に立たせようとしたことも事実。皆魔法が使えず役割分担が出来なくなった後とはいえ、仲間を危険にさらすようなマネは、やはり見逃せない。
「ミネスさん、スフィンから皆が倒れた時のことを聞きましたか!」
 ここでリシェスも、話に加わった。ミネスがうなずく。
「ええ、聞いたわ。このオルツ、酷い前衛ね。いいえ、もはや前衛失格よ。まさかピンチになった途端仲間を盾のように使おうとするなんて。この子には仲間を守るという正義の心が欠けている。スフィン、リシェス。もう彼と組む危険は冒さない方が良いわ。いつまた同じ危険を味わうか分かったものじゃないわよ」
「はい」
「はい。そうします」
 ふ、二人共、いや、三人とも、オルツへの評価が厳しい。というか最低だ。まあ、俺だって、前衛を任せているやつにあんなこと言われたら、動揺するけど。
 ん、つまり俺、オルツを擁護しなくてもいいのか。前衛が最後まで後衛を守り通すというのは理解できる。例え目の前の敵の力や数が前衛の処理レベルをこえていても、それを全て耐えきろうという気持ちのやつの方が、後衛は安心できる。うん、俺だったらそう思う。
 それに、囲まれて危険な場面で、勝機も薄いのにいきなり、お前らも前に出て戦え、だもんな。言ってることはわからないでもないけど、女の子を背にして言う言葉でもない。
 こいつはリシェスに、死にに行けと言ったようなもんだ。うん、それは絶対に許せん。
 やっぱり、どんな状況でも、お前は俺が守る。って言えるくらいな男にリシェスを守ってほしい。よってこのオルツは、リシェスのパーティ失格だ。俺もハッキリそう思った。
「やっぱり、オルツは許せませんよね。それにひきかえ、このエレキュウはたった一人でアカトカゲの群れをやっつけたんですよ!」
 リシェスはそう、生き生きと言った。
「そう。それに帰りの道だってエレキュウがずっと守ってくれた。状況が状況だったとはいえ、オルツなんかよりもエレキュウの方がずっと頼れたわ!」
 スフィンもそう、生き生きと言った。帰りの時も、まあ、戦えるのは俺くらいだったわけだけど、一度の敗北でパーティって、ここまで崩壊できるものなんだなあ。
「(ま、まあ、そうだけど、わざわざ言うことの程じゃねえぞ)エレエレキュー」
「まあ、頼もしい。勇敢なのね、このエレキュウは」
 そう言ってミネスが、テーブルの下にいる俺を見つけて、表情をゆるませる。
「(でもこのパーティが解散したら、困ることもあるんじゃねえか?)エレ、エレエレキュー?」
 リシェスのことをこれ以上オルツに任せる気はないが、しかし彼女達はパーティで今まで戦いをこなしてきたはずだ。四人で勝ち得た実績もあるだろう。それを簡単に手放しても良いものなのか?
 俺はそこが、少し不安だ。いや不安というよりは、もったいないっていう気持ちか。
「テーブルの下からこんな可愛い声が聞こえてきたら、なんだか怒る気力が消えてくわね」
 ミネスが力を抜いたような声音で言った。どうやら俺の言葉は向こうには通じないらしい。まあエレキューとしか喋ってないんだから、当然か。
「そ、そうですね。私もちょっと、気を静めます」
 スフィンが言う。
「ありがとう、エレキュウ」
 リシェスがそう言って、俺に手を伸ばす。俺はされるがままに抱きしめられてやった。抱きしめたいというのなら、好きにすればいい。俺は一向にかまわん。
 そんな俺を見て、ミネスが言う。
「か、可愛いわね。エレキュウって。私もそんなテイムモンスターが欲しいかも。というか、私がそのエレキュウのお世話をしてあげてもいいかも」
「わ、私のですよ。このエレキュウは、私とタッグを組むんですから!」
 リシェスが慌てる。
「あら、そうなの。なら、今の内からもっと仲良くなっておかないとね。ねえ、エレキュウ、何か食べる?」
「(いえ、けっこうです)エレッキュ」
 俺が首を横に振ると、ミネスはちょっとおちこんだ。
「あら、残念」
「あの、ミネスさん。おごってくれるなら、私達にもよろしいでしょうか?」
 スフィンがそう、期待をこもった目を向ける。
「そうしたいのはやまやまだけど、けど今はもう、時間が遅いじゃない。オルツも眠ってるし、今日はもう、それぞれ帰るべきじゃない?」
 ミネス、今ひらりと財布への攻撃をかわしたな。
「ええ、そうします。行こう、スフィン。オルツは、私が送ってくから」
「ええ、そうね。ミネスさん。オルツの回復、ありがとうございました。回復料は、すみませんが、また後日にしてください」
「ああ、回復料は、オルツだけからもらうわ。本当はお金なんていらなかったんだけど、この子には相応の代償と、冒険者パーティとしての心構えをしっかり教えこまないといけないからね。相当厳しく教えなくちゃ、きっとこういう子は同じ過ちを繰り返すわ」
「はい」
「はい」
 皆、やはりオルツには厳しめだ。
 けど、厳しくも接してくれるんだから、彼女達は良い子なんだろうな。大抵の人は、すぐ距離を置く。見放す。その点彼女達は、温かい。
「冒険者の条件の一つは、必ず全員で戻ってくること。一人でも欠けて戻って来るということは、それは実力以上の危険を冒してしまったか、あるいはパーティの連携に問題があったかということだから。不注意や経験不足も不幸の原因になるけど、そこは冒険者として以前の問題。ある程度進んで、これ以上は危険だから戻る。無理をしない。そういう判断ができることも、一人前のパーティの要素の一つよ。私も、ここまでひどくやられた冒険者を見たのは、たぶんこれが初めてだわ」
「ミネスさんの言う通りだと思います。私達は、自分の力を過信しすぎた。それが、今回の結果につながったんだと、今となっては思います」
 スフィンが言う。リシェスがうなずく。
「まあ、それでも全員生きて帰ってこれたんだから、不幸中の幸いと言えるんでしょうけどね。それで、リシェスはこれからモンスターテイマーとなるんでしょ。回復師はどうするの?」
「それは、どっちもやろうと思います。もしエレキュウが傷ついても、私が魔法で治してあげられるから。ああでも、モンスターテイマーの勉強もしないといけないとも思うんですけど」
「それはそうでしょうね。けど、エレキュウは可愛いし、頑張れそうね。エレキュウ、これからリシェスのこと、よろしくね?」
「(まあな)エレキュー」
「うふふ。それじゃあリシェス、スフィン。私はあなた達の帰りを見届けたから、そろそろ帰るわね。またね」
「はい。さようなら、ミネスさん」
「(気をつけて帰れよー)エレエレキュー」
 ミネスが去る。するとスフィンとリシェスはため息を一つ吐いて、イスを並べてベッドにしているオルツの寝姿を見る。
 どうやらまだオルツはまだ目を覚まさないようだ。傷はミネスが治した後だから、凄く神経が図太く見える。
「それじゃあ、私も帰るわ。リシェス、帰りもオルツのこと、よろしくね」
「うん。幸い家は近いから、ちょっと手間がかかるくらいよ」
「こいつがエレキュウくらい度胸があってくれればねえ」
「そうね。本当、そう」
「(あー、頑張れよ、オルツ)エレエレキュー」
 とにかく、俺はリシェスの腕から解放され、リシェスはオルツをまたおぶって、ギルドを出ることにした。
 スフィンとは、ギルドを出てすぐに別れた。
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