上 下
11 / 37

11 王国その3

しおりを挟む
 ロイヤルスイートルームに戻ってきました。
「ふう。落ち着く。いや、この豪華な空間は正直あまり落ち着かないけど。でも、どうしよう。皆はどう思う? 伯爵とか、できる?」
 俺は三人の顔を見回す。どうしようというのは、伯爵や結婚の件だ。けど、そうだった、今はキリとドキがいないんだ。ちょっと寂しいな。
「全てはマスターのお心のままに。だが、正直言うなれば私は、まだこの国を疑っておる。あの王は敵ではなかったとしても、敵が全くいないとは思えないぞ」
 キンカがそう言う。
「うむ。私も同意見だ。実際、荒野よりもここの方がマスターへの危険度が上だったからな。安心できん」
 ヒイコも腕を組んでそう言う。
「しかし、私達の力でマスターに快適な生活を送ってもらうことも、また難しいですわ。ここでの待遇は、暗殺者抜きにして考えたら、なかなか悪くはありません。要は、ここでの安全が確保できれば良いのですわ」
 スイホが言う。そう、そうだよな。俺も城とはいえ、ちゃんとした建物と、ベッドやトイレなんかがあるこの空間は、非常に快適だと思う。人としての暮らしを手に入れたいなら、ぶっちゃけ今がチャンスだろう。
 でもそうしたら俺は、本当に神の使い、この国の救世主になってしまう。それに、リキュア王女との結婚も破談にしてしまったら、居づらいだろう。そこが悩みどころだ。
「せめて、伯爵と結婚の件がうやむやに出来たら、良いんだけどなあ」
 ここで、部屋に兵士の方が入って来た。
「失礼します、サバク様。これは内密な話なのですが、どうか共に来ていただけないでしょうか。お連れの方もご一緒でかまいません」
「あ、はい。なんの用ですか?」
「この場ではなんとも言えません。ただ、ある偉大な方から呼ばれている。とだけお伝えできます」
 つまり、呼ばれたってことか。なら、行くしかないな。
「わかった。すぐ行く。案内、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。神の使い様にそう言われると、恐縮です」
 兵士は妙に緊張していた。そういう態度だと、なんともいえなくなる。ちょっとうれしいけど、同時にもどかしい感じ。
 そうか、俺、神の使い扱いなんだよな。それだけ仲間が凄いってことだけど、他人からそう言われると、本当に凄い特殊能力をもらったんだな。って実感する。
 ありがとうございます、神様。これからもこの力、正しいことに使いたいと思います。
 それにしても、俺に用があるって誰だろう?
 もしかして、俺を暗殺したい人とかじゃないよね?
 王様の次は、誰と会うんだろう。少し緊張する。
 ともかく兵士の後を追って、俺は再びの誰かとの面会を心した。

 王様と会った次は、また王様とお会いになられた。
 そうか、王様か。
 更に、王妃様までいる。二人共、さっきの謁見の時とは着ている服が違う。ちょっと落ち着いた服になった。それでもまだ大分派手で、豪華だけど。
あと、バーテンダーっぽい服の初老の男性が一人おられた。兵士という感じはしない。お世話係かな?
 部屋にいる相手は、これで全員。
 またしても緊張する。はたして王様以上に緊張する相手がいるだろうか。いやいない。
 案内された部屋は左右に広く、扉の正面にはカフェのようなテーブル席。壁際には酒瓶が並んだ棚とカウンター席があった。
左右の奥には四人テーブルやダーツの的等があり、ゲームが出来る空間となっている。
 王様と王妃様はカフェテーブルに座っていて、その横に初老の男性が控えていた。
「おお、来たな。サバク殿。ささ、こちらに来るといい。今何か、飲み物を用意しよう」
 王様がそう言ってにこやかに手招きする。
「皆さん、いらっしゃい。ちゃんとご挨拶するのはこれが初めてですね。私はフージン、オーデ、エライノ。よろしくね、神の使い様」
 王妃様からもこれまたにこやかな笑顔。
 えーっと。
「王様、王妃様。再び会えて光栄です。今回はなんのご用でしょうか?」
 俺はそう言いながら、おそるおそる近づいた。
「ふふふ、そうかしこまるな、サバク殿。普通に話してよいぞ。何、サバク殿はあまりワシからの褒美を喜んでおらんかったようなのでな。ここで更に話をしたいと思ったんじゃ。ここはワシら王族だけが使う一家団らんの場。ここではワシのことをパパと呼んでよいぞ」
「私はママね。よろしく」
 とても和やかな雰囲気だ。でも二人の発言が大分よろしくない。一家団らんの場なんかに俺達が入ったらいけないんじゃないか?
「あ、えーと。俺は、まだ王様方と家族にはなっていませんが」
「ふむ。やはりリキュアとの結婚は嫌か?」
「いえ、嫌というわけでは」
「というか、リキュアは既にサバク殿の所有物であると言っておったぞ?」
 ああ。なんともいえない。今俺、どういえば良いんだ?
「リキュア様は、どうやら、どうしても身を犠牲にしてでも俺に恩を返さねばと思っているだけです。ちょっと、彼女は物事を重く考えすぎる傾向があるみたいで。俺にその気はありません」
「ふうむ、やっぱりのう。まあとにかく、こっちに来て座りなさい。飲むのはワインで良いいかな?」
「あいえ、アルコールはちょっと、飲めないんです」
「そうか。ではチャコット、サバク殿にお茶を。お連れの皆さまも、同じものでよいかな?」
「いえ、私達にはいりませんわ」
「そう言わず。客人一人だけにしか出さないとか、なんか嫌な感じじゃろう。わが国の茶は美味いぞ。ぜひ飲んでくれ」
 王様がそう言うと、チャコットさんと言うらしい初老の男性がテキパキと動いて、俺達にお茶を用意し始めてくれた。
「さあ、お座りになって。席が丁度足りて良かったわ」
 王妃様に、そうすすめられる。
 俺はおずおずと王様達に面した席に座り、美少女三人は俺の両隣、後ろで立って待機しようとした。
「皆も座って」
「イエスマスター」
 こうして皆が座ったところで、王様が再び口を開く。
「さて。それで、話をほじくり返すようで悪いんじゃが。伯爵の件、結婚の件は、セットの要望なんじゃ。サバク殿には、これからもこのファルトアを、いや、アッファルト王国全体を守護してもらいたい。地位とリキュアの嫁入りは、その理由を確かにするためのものじゃ」
 やっぱり。王様は国のために、俺の外堀を埋める気でいらっしゃる。爵位と身内への引き込みでがんじがらめ作戦か。
 断る理由はあまり思いつかないが、正直困る。そう、俺は困っている。何よりこの展開の早さに。
「それは、すぐにオーケーしなきゃダメなんでしょうか?」
「いいや、結果的にアッファルト王国を守ってくれるのなら、どんな形であれそちらの都合が優先されてよい。王位を明け渡すというのも、サバク殿の興味を引く材料の一つじゃ」
 王位でさえこの王様の前ではただの交渉材料だと言う。スケールが大きすぎて俺には実感がわかない。
「そう言ってくださるのは恐れ多いですが、俺には王なんて務まりません。伯爵という立場さえどうかというところです。そのようなことを望まれても困ります」
「なに、王になった際の雑事に気を取られる必要はない。なんなら、ワシが王補佐として働こう。伯爵になっても同じ待遇じゃ。これなら悪い話ではないじゃろう?」
「いや悪いですよそっちにとって。それじゃあ俺いらない子じゃないですか」
 いるだけ王様とか、はた迷惑以外の何者でもないだろう。
「それだけ、サバク殿は強いのじゃ」
 そう言われると、なんとも言えなくなった。
 俺が召喚できるクリーチャーが強いから、ここまでの提案をされる。いや、俺達という力が無かったから、先程まで王国は存亡の危機に瀕していた。
 その危機を取り除くために、王様は俺を高く買ってくれているのだ。
「サバク様。この国は、どうでしょう。何か一つでも、気に入られましたか?」
 そこで王妃様に、そう言われる。
「私はこの国が好きです。民が大事です。平和が尊いです。サバク様はその全てを、他国の侵略という脅威から守ってくださいました。ですので私も、サバク様はこの国の担い手として十分な力があると確信しております」
「お、俺は」
「それと私は、リキュアの目も間違っていないと思っています。サバク様はこの国、いえ、この世界で一番の殿方です。あなたのような方を王族の一員として迎え入れるためにも、リキュアとの結婚は喜んで歓迎します。もしサバク様の好みの範囲であるのならば、リキュアからの求婚を受け入れてくださるとうれしいのですが」
「俺は」
 そこで、コトリと目の前にお茶が置かれた。
 そのお茶を、スイホが手に取って飲んだ。
「ずずず。マスター、ご安心を。毒は入っておりません」
 そう言ってにこやかにお茶を目の前に戻される。
 ロイヤルスイートルームの時もそうだったけど、正直飲む気失せるよ、それ。
「おお、どうやらサバク殿には必要以上に警戒させてしまっておるようじゃ。本当申し訳ないのう」
「あ、いえ、別にそういうわけでは。うちの子達がすみません」
 一回軽く頭を下げてから、俺は自分の考えを言う。
「俺は、まだこの国のことを、いえ、この世界のことも知りません」
 俺は王様と王妃様に、おだてられているということくらい分かっている。だから、ちゃんと最初から考えていた思いを言った。
「なので、アッファルト王国の方々には申し訳ありませんが、もう少しこの世界のことを知ってから、自分がこれからどうすべきかを考えたいと思います。ですので、結婚とか、伯爵とか。そういう話は、もう少し待ってもらえませんか?」
「ふむ」
 そう言いながら少し緊張していると、王様は腕を組んでうなずいた。
「まあ、サバク殿がそこまでおっしゃるのなら、ワシらも待とう」
「そうですね。少し話を急ぎすぎたみたいです。サバク様には、十分熟考なさってから、ご判断していただきましょう」
 王妃様も笑顔でうなずく。
「ありがとうございます」
 そう言って頭を下げながら、俺は凄くホッとした。
 良かった。ひとまず話を引き延ばせた。
「しかしそういうことなら、結婚の話はもう少しゆっくりと進めれば良かったのう」
 王様がそう言う。はい。全くその通りだと思います。
「ワシはてっきり、リキュアとは交際もしていないから、そんな女とは子作りできないとばかり言うと思っておった」
「はい?」
「なに。完全に夫婦となれば、夫婦の夜の務めをはりきってやれると、ワシはそう考えておったのじゃ。じゃが、まさかリキュアにそこまでの魅力がないとは。ワシの推理も、リキュアの美貌も、まだまだのようじゃな」
「あの、それは完全にいらぬおせっかいだったのですけど」
「なんじゃ。やはりリキュアは完全に眼中にないのか?」
「そういうことじゃなく、そういうデリケートな問題は当人同士だけの問題だと思うんです」
「つまり、夫婦にすることで夜の運動会を完全解禁してあげようというワシの横やりは、完全に無駄だったと?」
「はい」
「サバク殿は男としての甲斐性がないのか!」
 なぜかここで王様に怒られた。俺はどうして怒られなきゃいけないの?
「そんな甲斐性誰ももってませんよ!」
「でも私、リキュアの子供は早く見たいですわ」
 王妃様にそう言われて、またなんとも言えなくなる俺。
 そして、ここで突然開く部屋の扉。
「お父様、私とサバク様の結婚式が見送りになったというのは本当ですか!」
 入って来たのは、花嫁衣裳姿のリキュア王女様だった。正直、見た瞬間思考が止まるくらい見とれてしまった。
「リキュアの花嫁姿は、もう見てしまいましたけどね」
「サ、サバク様っ、とお連れの皆さま、なぜここに!」
 うろたえるリキュア王女様。彼女の姿に見惚れてしまったことは、内緒にしておこう。
「それはワシがサバク殿を呼んだからじゃ。お互い腹を割って話すためにな。今サバク殿からしっかりと、リキュアとの結婚はしばらく考えさせてもらうと話されたぞ」
「そ、それは本当ですか、サバク様」
 リキュア王女様に、真剣なような、しかしどこか弱弱しさを秘めた表情で見つめられる。
「う、うん」
 俺が思わずうなずくと、リキュア王女様は目から涙を流した。
「あ、ご、ごめんなさい、私、私!」
 リキュア王女様は顔を手でおおいながらそう言うと、すぐに部屋を出て行ってしまう。
 あー、これは、なんだ。
 俺のせい、なのか?
「あーあ。泣ーかしたー」
 王様にそう言われる。
「あらあらまあまあ、泣かされてしまいましたね。娘のリキュアを」
 王妃様にまでそう言われる。
「えっと、あの、その、ごめんなさい!」
「これはもう結婚して責任とってもらわんとのお」
 王様がわざとらしくそう言った。
「その答えはノーと決まっている。まだマスターは結婚など考えないそうだ!」
 そこでヒイコが力説した。
「大体本来なら、マスターには私達という美少女がついているのです。あのような力の無い小娘にマスターの愛人の座は不釣り合いなのですわ!」
 スイホまで力説する。俺は慌てる。
「ちょっと、愛人とか変なこと言わないで!」
「そもそも、結婚以前の問題として、暗殺者関連の状況はどうなっている。それが解決しなければ、マスターはずっとこの国を疑うままだぞ」
 キンカが冷静に言う。はっ、そうだった。俺、まだ命を狙われているかもしれないんだった。
「うむう。その件なんじゃがのう。実はワシとしては、既にサバク殿を狙った黒幕にあたりをつけてあるのじゃ」
 なんと、心当たりがあるのか。はたしてそれは一体何者だろう?
 その時、またしても突然部屋の扉が開いた。
「なぜ俺の最愛の妹、リキュアが涙を流していたのだああああああ!」
 突然の事態に、俺はびっくりして声がした方を向く。するとそこには、金髪の王子様がいた。
 その王子様は俺を睨むと、視線をそらさぬまま近づいて来た。
「お前がリキュアを泣かせた者かああああああ!」
 ちょ、ちょっと、これ何、これ何。
 今、リキュアって言った? 妹って言った?
 え、つまり本物の王子様?
 俺が混乱している間に、三人の美少女が一斉に立ち上がって王子様の元へ歩き出した。
「今、マスターをお前呼ばわりしませんでしたか?」
「マスターに対して不敬である。これは許せんな」
「この者は、一体マスターになんの用かな?」
 ス、スイホ、キンカ、ヒイコが喧嘩腰だ、まずい。
「なんだお前達は。知らぬ顔ぶれだな。女はひっこんでいろ。俺の前に立ちはだかりおって。不敬罪に処されたいのか?」
「あ、ダメ王子様、挑発しちゃ」
「どうやらこの者は私達の敵らしいですわ」
「少しおしおきが必要だな」
「その態度が変わるように、痛い目を見てもらおう」
 三人の美少女はそう言うと、俺と王様、王妃様が見ている前で王子様を殴り、蹴り始め、王子様は哀れ倒れながらも蹴り続けられるという悲惨な有様となった。
「い、痛い、やめろ、やめるんだ!」
「み、皆、皆ストップ、ストーップ!」
 俺は、なんとかそれだけ言う。すると、三人の美少女はなんとか攻撃を止めてくれた。
 ちょっと、止めるのが遅かった気がする。
「リフンス。彼はこの国を救ってくださった救世主、神の使いじゃぞ。ちょっといきなり喧嘩腰すぎるのお」
 どうやら、王子様の名前はリフンスというらしい。
「リフンス。ここで喧嘩はダメよ。それに、リキュアのことはこちらも悪いの。怒りを勝手に相手にぶつけちゃダメよ」
「王様、王妃様。そしてリフンス様。こちらこそすみません。皆にはよく言いつけておきますので。おい、皆。いきなり人を殴ったりしちゃダメじゃないか。しかも相手は王子様だぞ。例え相手が王子様じゃなくともだけど、喧嘩はダメだよ。いいね?」
「イエスマスター」
 返事だけはいいうちの仲間達であった。
「あ、あばらが痛い。たぶん折れている」
 王子様が倒れたまま言う。
「か、かなり大変じゃないか。皆、なんとかして!」
「イエスマスター。治癒の水です。どうぞ」
 そう言ってスイホが手の平を王子に向けて、上から雑に治癒水をぶっかけた。うわあ。信じられない光景だ。
「スイホ、もっとていねいにやって!」
「イエスマスター。ですが、傷は治ったはずです」
「ぐ、確かに痛くない。痛くないが、なんだこの屈辱は」
「本当、ごめんなさい王子様。許して、とは言えないけど、今後このような事態は絶対ないようにします。ね、皆?」
「イエスマスター」
「なに、リフンスの喧嘩が弱いのがいけないのじゃ。サバク殿、こんなことでお主をとがめるつもりはないぞ」
 王様のお言葉がお優しすぎる。
「ち、父上。この国の王子がこのような仕打ちを受けたのですよ。おとがめなしとはどういうことですか!」
「喧嘩を売る相手を間違えたのリフンス。サバク殿はこの国を救った神の使い。強さも偉大さも違うのじゃ」
「だ、大体、この俺に暴行を加えた者達は何者だ!」
「私達はマスターのクリーチャーだ」
「ただの女だと思ってもらっては困るぞ」
「私達はマスターの命令ならばあんなことやこんなことも平然とする、いわば奴隷のようなもの。当然荒事にも対応できますわ」
 ヒイコ、キンカ、スイホが言う。けど特にスイホ、変なことを言いすぎだ。
「く、クリーチャー?」
「強さとしては、壁の外で待ってもらってるドラゴン達と同じくらいです」
 俺が更に、王子に彼女達のことを説明する。
「なっ」
「おお、そんなに強かったのか」
「あらあら、凄いのね皆さま」
 皆驚いてくれる。ちょっとドヤ顔したいけど、王子様を殴るけるした後だからつつしむ。
「だ、だが、それでリキュアを泣かしていい理由にはならないぞ!」
 そしてまた王子様の怒りの矛先が俺に向いた。それに反応するように、三人の美少女が再び王子様を睨みだしたので、俺はハラハラする。
「あの、俺もそのことに関しては心苦しく思っているのですが、しかし、流石に今日結婚とかはどうかと思いまして」
「俺もそう思ったが、あのリキュアがどうしても結婚するというから、俺は涙をのんで結婚式場の飾りつけを指揮していたのだ。リキュアを少しでも笑顔にするために。それを、お前が台無しにしたのだ。お前がリキュアが愛した男なのだろう、俺はそんなお前を許さない!」
 王女様の味方が、俺の前に現れた。
 これ、要するにあれ? 何誰誰さんからの告白断ってんだよ。お前調子にのってんの? みたいな、外野からの応酬?
 た、助けて誰か。と思ったけど俺の味方は今さっき王子様に暴行を加えたばかり。だから、安易に頼めないという現実が目の前にあった。
 頑張れ、俺。ここはとっさの機転で切り抜けるんだ!
「お、王女様はきっと、今は激しい思い込みをしているんだ。もう少し時間が経てば、冷静になって結婚したいとも思わなくなるはずだ!」
 ど、どうだ!
 王子様は、俺を見つめて言った。
「お前、いや、そなた、名をサバクと言ったな」
「はい」
「なかなか話がわかるやつではないか」
 王子様の態度が軟化した。
 やった、グッドコミュニケーション!
「こうしてはおられん。早速リキュアをなぐさめに、いや、おちつかせに行こう。サバク、つれの女人達、突然ガンをとばして悪かった。では、さらばだ」
 こうして王子様は颯爽と部屋を出た。
 嵐のような人だった。でも、悪い人ではないのかもしれない。妹のために怒っていたわけだし。
「サバク殿。あやつはワシの息子、リフンスじゃ。妹のリキュアのことが絡まなければそれほど悪い子じゃないんじゃがのお。できれば、許してやってくれないか」
「いえ、王子様が怒るのも当然です。今回は俺の方が悪かったんです。痛みを受けた方は彼ですし」
「けれど本当は、リフンスも私達も、あなたがリキュアを荒野から呼び戻してくださったことを、心から感謝しているの。あなたのおかげで私達家族はまた再会できた。サバク様、本当に感謝いたします」
 王妃様の言葉がむずがゆい。俺は、そう言われる程のようなことは、いや、結果的に俺は、リキュア王女様を、そしてこの国の人達を救うことができたんだよな。
 ここは誇ろう。感謝されることをやりとげたんだ。堂々としていよう。
「ところで王様。王子様が来られる前に、俺を狙う暗殺者達について何か知っている風なことを言っていませんでしたか?」
「おお、そうじゃったそうじゃった。つい忘れそうになっていた。うむ、まずは今回の件を理由に、そやつらの身辺をくまなく調査しようと思っている。そこで証拠が出てきたら、事件解決はすぐじゃ」
「それは本当ですか、王様」
「うむ。現段階では、ハーバル子爵、ナイデール伯爵、ケイト侯爵の三名が怪しいと思っている。まあ、根拠は全部ワシの勘で、証拠などは一切無いんじゃがな」
 じゃあダメじゃん。
「そう、ですか」
「何、そうがっかりするな。捕らえた暗殺者の拷問は、サバク殿の味方の少女達のおかげで、かなりスムーズにすすんでいると聞く。きっとすぐに黒幕の正体を暴けることじゃろう」
「え、キリとドキ、役に立ってるんですか。じゃなくて、今、拷問って言いました?」
 一瞬遅れて、俺は会話の内容が不穏なことに気づく。
「うん。言った」
 王様はうなずかれた。
「二人と暗殺者達が向かったのは取調室では? もしかしてこちらの国の取り調べとは、かなり乱暴なものなんですか?」
「まあ、今回は神の使いの命が狙われたことじゃし、かなり乱暴な取り調べになることは明白じゃったな。しかし、二人の拷問がすさまじすぎて、連絡をくれた者の方が恐れ慄いておったぞ。どうやらサバク殿の仲間の方々は、拷問のプロでもあったようじゃな」
「け、決してそんなことは。あの、俺、ちょっと様子を見てきたいんですけど。今から取調室に行ってもよろしいでしょうか?」
「行ってもいいが、彼女達を止めても、次は普通の、こちらの兵士による乱暴な取り調べが待っていると思うぞ。あんまり様子を見る意味はないかもしれんのう」
「そ、そうですか。ちなみに、そちらの乱暴な取り調べとは、一体どのようなものなのですか?」
「そうのお。鞭打ちとか百叩きとか、結構痛々しいものになるじゃろうのお」
 俺、行くのも行かないのも、どっちも怖くなってきた。
「あの、暗殺者に情けをかけるようなことは、できないのでしょうか?」
「おお、おやさしいのお、サバク殿は」
「そういうことでしたら、今回の件が解決したあかつきには、暗殺者の方々はサバク様の奴隷にするというのはどうでしょう?」
 突然王妃様が怖いことをさらりと言った。
「おお、その手もあるのう。流石は王妃じゃ」
「そ、それ以外の道だと、例えば何がありますか?」
「国を救った神の使いを暗殺しようとしたのじゃから、まあ打ち首一択しかあるまい」
 奴隷制度も怖いけど、サクッと死刑も怖いいいいいい。
「よ、よければ、暗殺者を、引き取ります」
「流石はサバク殿。心が広いお方じゃ」
「命を狙った相手を許すだなんて、とても他の方ではマネできませんわ」
「そうですわ。マスターは寛大なるお方なのです。暗殺者なんていう外道を許す者など、マスター以外にいませんわ」
「マスターは正義と慈愛の心に溢れておられる。正に私達の理想の主よ」
「マスターの決断は常に正しい。きっとこの判断も何かの役に立つでしょう」
「ははは」
 王様、王妃様だけでなく、スイホ、キンカ、ヒイコにまでおだてられてしまう。
 思わず、乾いた笑い声をあげてしまった。救われる点は、チャコットさんが一言もしゃべらないことだ。ありがたい。
「ははははは」
「ははははは」
 俺の乾いた笑いが引き金となったのか、皆笑う。
 今頃キリとドキから拷問を受けているであろう暗殺者達が、ちょっと可哀そうに思えた。
しおりを挟む

処理中です...