神様だけにバカ売れしたカードゲームが、異世界で超優秀な特殊能力に生まれ変わりました(ターゲットブレイク)

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22 帝国その2

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 朝になって、皆それぞれドラゴン達に乗り、ひとっ飛びすると、すぐに第一東都市、ベイクトが見えた。
 俺達は一度、都市から少し離れたところで立ち止まる。そして、残りのクリーチャーを召喚した。
 火属性を抜いたジャイアント4人に、同じく火属性を抜いたウルフ4人。あと二人は、索敵のためイルフィン二人。
 これで最大の三十人召喚だ。俺は皆を見回して、言った。
「皆。これから都市ベイクトを制圧しているバウコン帝国軍を、可能な限り拘束してもらいたい」
「イエスマスター!」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「キューキュー!」
「決して、誰も傷つけてはならない。ケガ人がいたら、治療を優先していい。バウコン兵も、できるだけ無傷で帰してやりたい。もう、無闇に血を流さなくてもいい。それができるくらい俺達は、強くなったはずだ。ただし、戦神バラーゲルから加護を授かっている信仰戦士には、十分気をつけろ。最悪の場合、命の奪い合いになってもいい。でもやっぱり可能な限り、平和的な解決を望む」
「イエスマスター!」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「キューキュー!」
「俺からの命令は、以上だ。皆。あとは何か、この場で言っておくことはあるか?」
「この戦いでの勝利を、マスターに捧げます!」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「キューキュー!」
「皆、ありがとう。では、行動開始。アッファルト王国のためにベイクトを、取り戻せー!」
「おー!」
 こうして、俺達の都市奪還戦が始まった。
 そして俺の近くには一人だけ、ウッドルフが残ってくれる。
「ひょっとして、護衛の役目か?」
「ワン!」
「そうか。こんな時にも世話をかけるな。ありがとう」
 正確には、29人での制圧か。
 皆、上手くやってくれよ。

 その後、数十分経過。
 ウッドルフと共に、遠くから都市の外壁をぼーっと眺めていると、やがてキリ一人だけが戻ってきた。
「マスター。現在は戦いの最中ですが、ご報告があります」
「キリ、何があった」
「バウコン兵が突然、ベイクト市民を人質に取り始めました。いかがいたしましょう?」
「なんだって!」
 思わず怒りが全身を駆け巡る。しかし俺には、この問題の解決方をもっていなかった。
「くっ。皆を下がらせるしかないか。すぐ全員に伝えてくれ。アッファルト国民の無事と救助が第一優先。速やかに撤退する。一度こちらまで戻ってこい!」
「イエスマスター。早速全員に伝えます」
 キリは全速力でベイクトへ戻って行く。
 そして俺は、人質という相手の手段を前に、手詰まり感を感じていた。
「どうする。人質救出作戦を考えるか?」
 いや、相手は人質が効果有りだとわかった瞬間に、きっとその作戦を念頭に今後の行動を考えるだろう。そこから肝心の人質を救出する方法は、きっとあまりない。
 ならば、人質をやめさせる?
 きっと軍の指揮官を捕らえて、やめさせるように言えば、俺の望みは叶うはずだ。だが、肝心の指揮官は誰で、どこにいる? 俺達には、情報が少ない。
 まずは皆を一度呼び戻して、手ごたえを訊く。人質の命が安全で、かつこちらの戦力が予想通りずば抜けて高いのであれば、きっとやりようはある。
 もう誰も傷つけたくなかったけど、そう簡単にはいかないか。
 俺は嫌な焦りを感じながらも、仲間達が一人一人、こちらへ戻って来る姿を見て、そこに光明を見出そうとした。

 たった数分で29人全員が戻って来る。良かった。誰一人として欠けていない。
「皆、まずはよくやってくれた。戦った感じ、どうだった。拘束はできそうだったか?」
「ガオオオーン!」
「ワンワン!」
「ああ、一人ずつ順番に。まずはええと、キンカ、お願い!」
「イエスマスター。戦いの方は、問題ない。皆、赤子の手をひねるようなものだ。今の所敵の攻撃は、こちらの誰にも通用しない。多い時は一秒で十人くらいのスピードで敵兵を拘束していったから、既に相手はかなりの戦力を無力化されている。中には我らに迫る力を発揮する猛者もいたが、それでも力はこちらが上。実力者同士の数の差でも勝っていた。よって苦戦はない」
「そうか、良かった。他の皆も、同じ感じ?」
 皆うなずく。どうやら雪山でのレベル上げは、無事効果が出たようだ。
「けれど、次に相手がとった人質が問題。人質の数は百ではきかない。相手の残り戦力の半数は、人質をとっていると見ていい」
 そのドキの発言に、俺は頭を悩ませる。そう、そこだ。人質問題解決方法。それを考えつかなければ、どのみち俺達はここで勝利できない。
 けど、そんな妙案すぐに思いつくなら、俺はもう悩んでいない。折角なので俺は、皆の知恵を頼ることにした。
「ねえ、皆。人質を解放する案だけど、何かない? 俺では思いつかなくて」
「ではまず兵糧攻めですわ。ごはんが尽きれば相手はもう戦えません。まさに戦わずして勝つ、ですわ!」
 突然スイホが気の遠くなるようなことを言い出した。
「バカ者。敵が人質を食料にし始めたらどうする!」
 そして突然ヒイコがぶっとんだことを言い出した!
「それもそうですわね」
「いや、スイホ、納得しないで。でもスイホの案は採用できないから。それって結局何もできないってことじゃないか。流石にそれは解決方法ではない!」
「では、ステルスミッションはどうでしょう。敵にこちらの存在を悟られずに、敵を倒していくのです。相手が人質をどうにかする前に、戦闘になることなく敵を屠るのです」
 キリが高難度なことを言う。
「いや、屠ったらダメだから。でも、そんなことできる人、いる?」
「キューキュー!」
「キューキューキュー!」
 イルフィン二人が、任せろとばかりに前に出る。
「確かにお前達の察知能力があれば、敵の目を盗んで動くこともできるかもしれない。でも、それだけだと規模が小さい。むこうはまだ大勢いるだろう。イルフィン達だけで成功するか不安だ」
「なら、敵のトップを倒せばいい」
 ドキが、こそりと前に出てそう言った。
「俺もそれは考えたけど、でも可能なのか?」
「トップをとれば配下はもう何もできない。遠回りこそが、最大の近道。かもしれない」
 ドキがもっともらしいことを言った。ん、遠回り?
「敵国の皇帝を捕まえる」
 数秒。辺りが静まり返った。
「それですわ!」
「同感だ」
「確かにそうです」
「うむ、妙案だ」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「キューキュー!」
 皆大賛成。俺を除いて。
「ちょ、ちょっと待って。皇帝って、ここからずっと遠くにいる、帝国の一番偉い人のことでしょ。そんなの、どうやって捕まえるのさ!」
「けれど、それが叶えば戦争は終わる。それに、ここにいる敵のリーダーの、ちょっとそれなりに偉いだけのやつを捕まえたところで、人質は解放されない可能性もある。なら私達は、速攻で皇帝を捕らえるべき。遠くの地にいる相手を狙えば、現場の人質を殺される危険性も減る」
「うっ」
 ド、ドキの言葉に指摘する点が見当たらない!
 なんだか、すっごく良い案に思えてきたぞ!
「さ、幸い今の俺には、大陸地図もある」
「イエスマスター!」
「ドラゴンの飛行速度をもってすれば、移動は速いかもしれない。けど、そんな奇襲作戦、皆やれると思っているのか?」
「マスター、私達を信じてください!」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「皆」
 その皆の顔つきを見て、俺は確信する。
 皆は、この作戦を不可能ではないと思っているんだ。
 後は俺が一言指示するだけで、本当にやってくれるだろう。
 覚悟が足りないのは、俺だけか。
 あまりにも荒唐無稽な作戦だけど、確かに成功すれば、戦争は終わる。
 人質も解放されるだろう。
 なら、人の命がかかっているなら。
 俺もその可能性に、賭けてみる価値はあると思う。
「よし、わかった。それではドキの作戦を採用する」
「イエスマスター」
「けど、ここから戦力を二手に分ける。一つは俺と一緒に皇帝を捕まえるグループ。これにはドラゴン達と、少女達。それとイルフィン二人で実行してもらう」
「イエスマスター!」
「ガオオオーン!」
「キュー!」
「残るジャイアント、ウルフ達は、この地に残ってバウコン帝国の進行を阻止するグループ。人質をとられたら、下がるだけ下がっていい。けど、ファルトアにまで迫った時、皆には人質よりもファルトア市民を優先して守って、戦ってもらう。お願いできるか?」
「ワオーン!」
 ウルフ達は雄たけびをあげ、ジャイアント達は片腕を上げる。皆、頼もしい限りだ。
「よし。それでは俺達は、一刻も早く皇帝を捕まえて戻って来る。それができれば、もうこの戦いは終わりだ!」
「イエスマスター!」
「それではすぐに出発する。ジュレイドラゴン、俺を背に乗せてくれ。他の皆も移動の用意。皆、絶対にやり遂げるぞ!」
「イエスマスター!」
「ガオオオーン!」
「ワオーン!」
「キューキュー!」
 突如始まった電撃作戦。
 不安はあるが、きっと大丈夫。もう俺達は、強い。戦神バラーゲルの加護なんかには負けない。
 終わらせよう。戦争なんて、人が死ぬだけだ。そんな必要ないんだ。俺は生きている多くの人の笑顔と生活を守るために戦う。
 まあ、主に戦うのは皆なんだけど。
 でも、少しでも一緒にいて、少しでも近くで戦おう。
 きっと俺にも、やれることはあるはず。

 15 帝都バウルコンへ

 今回のジュレイドラゴンの移動速度が速すぎる。
 風が物凄くあたって、体がのけぞる。背中に乗っているけど、ツルが体を固定してくれていなかったら、あっという間にとばされそうだ。
 ひょっとしたら、背中に乗る俺達のために、今まで力をセーブしてくれていたのかもしれない。けど今回その遠慮が、一切なかった。
 だが、それも仕方がない。これも戦争を終わらせるためだ。一秒でも早く、それをなさなければならない。
 戦う理由は、皆を守るため。なら、早く皆を助けるのは当然のことだ。
 現在、帝都バウルコンへ急いで向かっている。この調子なら、早めにつくだろう。
 そうであることを願って、ひたすら風圧に耐える。
 やがて、何時間か経過して。
 太陽が地平線の向こうへ沈み始めた頃、やっとジュレイドラゴンの高速移動が終わった。
「ついた、のか?」
 まず見渡せたのが、海。
 その海に隣接して造られた、大きな大きな都市。
 王都ファルトアよりも大きいかもしれない。
 地図でも見たとおりだ。海に面した都市、バウルコン。
「ここに、敵の皇帝がいるのか」
「グオオーン!」
 ジュレイドラゴンは一声鳴くと、他のドラゴン達と共にⅤ字型陣形を作り、帝都の上空を飛び回りだす。
「あのお城に、皇帝がいるのか」
 お城はすぐに見つかった。帝都の真ん中にあったからだ。
 ドラゴン達はその城の上空でスピードを落とし、円を描くように旋回を続ける。更にすぐに他のドラゴンの背から二人のイルフィンが飛びおり、城を左右から挟んでキューキュー鳴き始めた。
 きっとああやって、イルフィン達は音波で城内の様子を探っているのだ。
「キューキュー!」
「キューキュー!」
 そしてこの間にも、帝都中、城近くから大きな笛の音が鳴り始める。当然、むこうもこちらの姿を捉えているはずだ。であるならば、相手が動き出すより前になんとかしたい。
 やがてイルフィン達がほぼ同時にこちらへと戻ろうとしたので、俺達からも近づく。
「イルフィン、どうだった!」
「キューキュー!」
「マスター。城の中にいる一番えっらそうなやつを見つけたと言っておるぞ!」
 キンカがそう通訳してくれる。
「そうか。よし、突然おじゃまするけど、相手に何か対応される前に皇帝の身柄を取り押さえるんだ!」
「イエスマスター!」
「ガオオオーン!」
「キュー!」
「あ、ドラゴン達は空でお留守番ね!」
 流石にその巨体で城には乗り込めないだろう。
「キューキュー!」
「マスター。イルフィン達がもしもの際はドラゴン達に突撃命令をくだすそうです!」
 ヒイコが言った。
「ああ。その時はよろしく。少女達、イルフィンの先導で皇帝の元まで向かってくれ。本当は俺も行きたいけど、俺は飛べないから!」
 そう言うと、一人のイルフィンが俺に近づいて、くいっと顔を一度上げた。
 その目はこう言っていた。
 乗れ。と。
「助かるイルフィン、じゃあ俺も行くぞ!」
 俺はイルフィンにしがみついて、十人の少女達、二人のイルカと共に、城の一番上の階へと近づいていく。
「プシュー!」
 あーっ、イルフィンが水を吐いて窓をぶち破ったー!
 えらく豪快な侵入方法だが、しかしやってしまったものは仕方ない。このまま突入だー!
「必要経費!」
「キュー!」
 俺達は壊れた窓ガラスの穴を通って、中へと侵入する。
 そこは、俺達が入って空間が半分ほど埋まった、書斎のような部屋だった。
 部屋が豪華なのは予想していたが、ここに多くあるのは本と書類。そして壊した窓ガラスの近くに机があり、そこに一人の男がいた。
 金髪。豪華な服。背丈は俺よりも拳一つ分高い。目は鋭く、隙が無い。手には一振りの剣。
「キュー!」
 イルフィンが、こいつだー! と叫んだ。そんな気がした。
 すかさず、俺の仲間の十人の少女達がそれぞれの属性の魔法を放ち、拘束を狙う。
 水の縄、木のツル、土の枷、火の輪、金の鎖。
 その全てを男は、軽く振り払うように剣を振るって、しかし凄まじいスピードで切り払った。
 その光景を見て、俺は意表をつかれた。
 皆の拘束魔法が、通用しない?
「ふっ。そんなに奇襲が失敗したのが意外か? それならば余の方こそ、派手な襲撃を受けて、大いに驚いておるぞ」
 男が言う。その間に、少女達が動いた。
「まずはぶん殴って黙らせますわ!」
 うちの少女達は速い。レベルが92もあるからだ。それが十人。止められるわけがない。
 だというのに、男は剣を振り回して、その間合いより内側に少女達を踏み入らせないことに成功した。その後皆は傷つかないように警戒し、周囲をぐるりと囲んで攻撃のタイミングを計るが、彼女達がまた攻撃する気配はない。
 そんなに、強いのか。この男は。コースノールは異様に強かったが、この男はそれ以上に、隙がないように見える。
「お前が、皇帝か」
 俺は一応、そうたずねた。
 すると男はうなずく。
「うむ。余こそ現皇帝、バラックス、バウコンだ。お前は、先程伝令から聞いた、多数のドラゴンを率いてここに来た襲撃者だな。その正体、噂の神の使い、アッファルト王国の救世主とみた」
「そうだ。俺は札瓜沙漠。なりゆき上の神の使いだ」
「ふっ。なりゆきか。その言い方を聞く限り、まるでお前はただの人とでも言いたいように見える。そちらの目的は、アッファルト王国を救うことが目的で相違ないな?」
「戦争自体を止めることが目的だ。人殺しに意味はない。そちらに奪われた捕虜も、返してほしい。それだけだ」
「ふむ。それではお前は、余が始めた侵攻は無意味だと申すのか」
「そうだ! 今すぐやめろ!」
「断る。これは余の正義を貫くための通過点だ」
 通過点?
 戦争が、人が大勢死ぬことが正義?
「本気で言ってるのか!」
「本気だとも。そうでなければ世界は救えぬ。人は真の平和をつかめぬ」
 狂ってる。
 こいつは狂ってる。
「争いでつかむ正義や平和なんて、悲しみと犠牲を生むだけの偽りだ!」
「例えばどこかの国に一人、犯罪者がいたとしよう。我らは彼をどうすればいい?」
 突然の質問に、俺は虚を突かれる。
 けど、その質問に答えは見つけられても、答えない理由は一つも出てこなかった。
「捕まえて、罪を裁く。犯罪は、許されない行為だ」
「そうだ。罪人を捕らえ、罪の重さによって刑を執行する。それを余は、確実に行い、かつ迅速に解決する。それが余にはできる。余が治める帝国の常識だ。他の国では穴があく。だから任せられん。よって余がこの大陸、更に全世界を統治、統一して、真の平和な世を築き上げるのだ」
「そんなのただのうぬぼれだ。勝手に俺達に押し付けるな!」
「うぬぼれかどうかは、その時がくればわかること。それに、戦では己の死を勝利で回避できるが、日常での苦しみはそのほとんどが解決されることなく、長きにわたって人を苦しめ、まるで疫病のように蔓延する。その世にはびこる棘を、余が民衆から取ってやろうというのだ。それは余にしかできぬ偉業。お前が本当に己の国のため、民のために尽くしたいというのであれば、今ここで余にくだれ。さすれば襲撃の罪、軽くしてやろう」
「お前がこのままいて、お前の軍がまたアッファルトを襲ったら、アッファルトの人達は幸せになれない!」
「必要な犠牲だ。それが真の平和を得るために必要な過程なのだ」
「犠牲なんて最初からいらないんだよ。生きていくのに必要なことは、手を取り合うこと。それだけで十分だ!」
「どうやら互いに意見が合わぬらしいな。だが、どちらも言うことは違っても、やることは同じだ。相容れぬから衝突し合い、結局は力で相手を否定する。何時の世も、闘争こそが信念を貫く一番の道であるのだ」
「そんな世界は嫌だから、そうあってほしくないと願うから、俺達は戦っているんだ。お前の野望は、俺達が止める!」
「やってみろ、神の使いとやら」
 この皇帝は、危険だ。自分の思想に酔って、狂っている。俺のきれいごとは現実的ではないが、けれど、それを目指せない人間が作る平和なんて、平和じゃない!
 ここを正念場とみた。少女達が動けないのだとしたら、一気に決める!
「スイホ、キリ、ドキ、ヒイコ、キンカ、シズク、ジョウミ、ツチコ。お前達にそれぞれチャンスカードを使い、パワーアップさせる。ここで全力で、皇帝を捕まえろ!」
「イエスマスター!」
 すぐに八人の少女達が、チャンスカードの効果を得て光り輝いた。
「むっ」
 すると皇帝の顔に、焦りが出る。
 しかし皇帝の対応を待たずに、十人とイルフィン二人で合わせて、全力で拘束魔法をぶちあてる。
「余は神に、曇りなき祈りを捧げる」
 皇帝はそう言いながら、剣を振り回した。
 しかしそれでも、八人がパワーアップした魔法の同時拘束からは逃れられない。皇帝の左腕と足に、いくつかの属性の拘束がはまった。
「更に殴って、倒す!」
 ドキがそう言うと同時に、ほとんどの少女達が皇帝に近づく。
 その次の瞬間。
「!」
 いきなり皇帝から感じられる迫力が増して、気づいた時には近づいた少女達全員が、斬られて倒れていた。
 もちろんその中には、パワーアップしている最中の少女達も含まれている。
 俺はその事実に、衝撃を感じた。
「きゅ、92レベルの皆を、瞬殺?」
「ああ。道理で強いと思った。そうか、こやつらは92レベルであったか。97レベルの今までの余なら、押し切られるところであった。しかし、百レベルに至った今の余の前には、案山子も同然」
 いつの間にか皇帝は、左手にも一振り、剣を持っていた。
 その剣が、素人目に見ても業物だとわかった。あれは危険な剣だ。そしてこの皇帝も、最初の時よりもっと危険だ。
 その時俺は、神様から教えてもらったことを思い出した。
 バウコン帝国の兵士の中には、戦神バラーゲルに祈りを捧げてレベルを上げる者がいる。
 しかしそれは、兵士達の中というくくりだけでなく。
「皇帝も、一時的にレベルアップするのか?」
「ご名答。そして、百レベルと99レベルとの間には、埋めがたい大きな差がある。それが百レベルボーナスだ。余の登録上の職業は剣士なのだが、その剣士の百レベルボーナスの力の一つが、この左手の宝剣だ。ただの名剣というだけではない。装備者の能力を高める効果ももっている。つまり、92レベルがいくら集まろうと、余には勝てん」
 次の瞬間、皇帝が動いた。けれど俺達は、まるで動けなかった。
 皇帝が即座に間合いをつめ、残る少女達を斬り倒す。更にイルフィン二人まで、やられる。
「キュウー!」
 最後のイルフィンだけが、少しでも抵抗するとばかりに最後の叫びをあげた。
 けれど、俺は何もできなかった。
 仲間がやられているのを間近で見たのに、それでも何もできなかったし、何も感じなかった。
 それほどまでに、圧倒的な実力差。
 すぐそこにいる死神の体現者を、俺は幻でも見ているかのような感覚でしか捉えられない。
 このまま何もしなければ、次に斬られるのは俺の番だとわかっているにも関わらず、だ。
「さて、余興もここまでだ。アッファルトの救世主が自ら乗り込んできてくれたのは、こちらとしてはむしろ好都合。これ以上余の軍が消耗する前に、手早く片付けてしまおう」
 そう言って、俺を射殺すように睨みつける。
 そこでようやく、俺は我に返った。
 逃げなきゃ、早く。
 逃げるんだ、生き延びるために!
 皆を無駄死にさせるわけにはいかない!
「死ねるかー!」
「死ね」
 すぐさま方向転換。壊した窓めがけてひたすら走る。
 一歩。二歩。三歩。
 必死に走って、それでもまだ息があって、てっきりすぐさま切り捨てられるとばかり思っていた俺は、皇帝の姿を見るため振り返る。
 そこには、床をはいずりながら皇帝の足首をつかむスイホとキリがいて。
 今皇帝は、その二人にとどめを刺しているところだった。
 やめろ。
 やめろ。
 やめてくれ。
 俺の日常は、俺の幸せは。そんなに簡単に奪われていいものじゃない!
 昨日の雪山での死闘の経験も、いつかの荒野での激闘の記憶も、俺を慕ってくれる皆の笑顔も、この異世界に来てからの皆との出会いも、全部が全部、皇帝なんかに奪われていいものじゃない!
 俺の内にあるそれらの思い出が今、温まって、力をくれて、過去が俺を強くしてくれて、まだ生きたいという、強い思いになって。
 やっとここで、一度は消えてしまった戦意の炎が、再び再燃した。
 ひとまず今は、逃げに徹する。
 そして再戦の日を迎えるために、今よりも強くなるんだ!
「うあああああ!」
 無事、生きたまま走り切って、壊れた窓ガラスの穴を通って外へとジャンプ。
 その時丁度、ドラゴン達がこちらへと殺到しているところだった。
 きっと最後のイルフィンの声を、聞きつけてくれたんだ。
「逃げるぞ、皆ー!」
 すぐさまジュレイドラゴンの一人が、ツルを伸ばして俺を捕まえてくれた。
 そのまま方向転換。海に背を向けて高速でこの場を離れる。
 一方五属性のドラゴン五人は、そのまま城の皇帝がいる部屋へと特攻した。
 きっとそれでも、皇帝にはかなわないだろう。
 俺は残る五属性のドラゴンに守られつつ、帝都を去る。
 それは想定外にして、完全なる敗北だった。
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