幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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報い

喧嘩

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   その晩。部屋には千香と藤堂の二人きりで、寝る支度を済ませて微睡んでいるときに、千香は藤堂に自分も江戸へ残る旨を伝えた。しかし、藤堂はそれを聞いて急に怒り始めた。何故そんなに怒る必要があるのかと千香が言い返すと、そこから口喧嘩へと発展していき、とうとう千香は京へ帰ることに決めてしまった。
朝になり、身支度を済ませ朝餉を作るとさっさと荷物をまとめてしまい、置き手紙を置いて千香は近藤たちの元へ向かった。
   道中、感情に任せて声を荒げてしまったと罪悪感で胸がいっぱいになったが、藤堂も少しは頭を冷やせばいいと考えるのを辞めた。そもそも藤堂は本能で生き過ぎている。もう少し理性というものを働かせて自分を鎮めることを覚えないと駄目なのだと。

「ああ。やっぱり謝るんだったな...。 」

近藤たちと合流してやっぱり帰ると話をつけて京へ帰る途中、千香はぽつりと零した。それを目ざとく聞いていた伊東は、くすくすと嘲笑って、

「まるで童の喧嘩ですねえ。私は貴方を買い被り過ぎていた様です。 」

と言った。それに苛立ちを覚えた千香だったが、近藤たちも居る手前、自分一人の判断で下手に空気を悪くしてはいけないと思い、いつもなら言い返すはずの言葉をグッと飲み込んだ。










京へ着いてから、千香は藤堂と喧嘩別れをしてしまったことを後悔し文を書くも、なかなか返事が来ず。伊東の動きに目を光らせ、近藤や土方に江戸での詳細を伝えつつ自分の仕事をこなしていた頃。

「私は反対だ。いくら西本願寺が長州贔屓とはいえ、居るのは只の僧侶だ。私たちがそこへ住んで稽古をするというのはあまりにも先方に申し訳ない。只でさえ、八木さんや前川さんに迷惑をかけて居るのに、その上、人が沢山来る寺にまで厄介になるというのは如何なものだろうか。 」

掃除をして居る隣の部屋から聞こえてきた声から、千香は山南の死はもうそこまで来て居るんだと実感した。山南は年が明けて二月二三日に切腹したと言われている。その原因は様々だと言われて居るが、屯所の移転問題もその一因だとされている。実は西本願寺は、長州藩毛利家と近い関係にあった。それ故に勤王の志が強い山南は移転に反対したのではないかと。まだ、土方や近藤に山南の切腹の件は伝えていない。早くしなければ、と千香が立ち上がったとき。

「山南さん。これは良い機会だと思わないか。長州の奴らを匿える場所を潰せば、俺たちは探す手間が省ける。捕縛の効率も上がるって寸法だ。隊士も増えてきて、ここじゃ間に合わねえくらい手狭になってきたしな。...確かに山南さんの言う通り、西本願寺に居るのは武力を持たない只の僧侶だ。けどな、長州の奴らを匿われちゃ、こっちも仕事がやりづらくなるんだ。分かるだろ? 」

聞こえてくる声から、土方と山南の意見が対立して居るのが伺えた。二人は不仲だったと唱える説もあるが、岩城升屋事件で山南が左腕を負傷した際、土方がその健闘を讃えてそのとき山南が使った刀の押し型を小島鹿之助に送り、現代にも残されて居る。普通、良く思っていない相手にはそこまですることはない。昔から苦楽を共にして来た仲間だからこそ、土方もやったことなのだろう。

「止めなくちゃ。なんとかして、山南さんが切腹をせざるを得ない状況を作らない様にしないと。 」

千香は箒を置いて、茶を入れようと厨房へ向かった。今二人は熱くなって居て、茶でも飲んで少し頭を冷やせば冷静に話し合えるだろうと思ったからである。茶葉を急須に入れ、湯呑みを用意し、少し蒸らしてから、湯呑みへ注いでいく。ふわりと広がる良い香りにホッとしつつ、大きく深呼吸をして、土方たちが居る副長部屋へと歩いて行く。部屋の前に立ち、中から聞こえてくる言い争いに顔を歪めながら、声をかけた。

「土方さん、山南さん、お茶を入れたので、持ってきました。失礼します。 」

スパンと障子を開け、間を割って入る様に、千香は部屋へと入り、茶を差し出した。少し強引かとも思ったが、この場合は仕方ないだろう。もし邪魔にならない様に入ったなら、二人は千香が部屋に居ることにも気が付かずに、話が白熱していき終いには、千香を置いて部屋を出て行きかねない。どうもこの時代の人間は、現代人より集中力が高く、政治絡みの事柄に熱心な者が多い様な気がする。急に部屋に入って来た千香に二人は顔を見合わせて、呆気に取られていた。

「お二人とも。組の行方に熱心なのは結構ですが、声が外に漏れております。これでは他の隊士に示しがつきません。もう少し声を抑えて頂いた方が宜しいのではないかと存じますが。 」

目を伏せたまま、千香はその場を収められそうな台詞を吐いた。すると土方は顔を赤くして、ドスドスと足音をたてながら部屋を出て行った。山南はというと両手で湯呑みを持ったかと思うも、口を付けずぼうっと中の茶が揺れて居るのを見つめて居るだけだった。見かねた千香は、失礼します、と一言添えて部屋を出た。

「はあ。失敗、だったのかな。山南さんは放心状態になっちゃうし、どかたは怒って出て行っちゃうし。...平助から返事も無いし。私、一体どうすればいいんだろう。 」




厨房へと向かう廊下に千香の溜め息だけが、響いていた。
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