47 / 95
報い
ぜんざい屋事件、千香の気持ち。
しおりを挟む
年が明けた元治元年の一月八日。土佐勤王党の残党が企てた大坂城乗っ取り計画を察知した新選組による浪士襲撃事件が起きた。世に言うぜんざい屋事件である。京に居た千香は、数日後にその噂を耳で聞く程度だったが、自分の知っている歴史通りのことが起きて内心ホッとしていた。仮にも人一人亡くなって居るのだから不謹慎だとは思ったが、森宮峻三のこともあったため、ずっと不安に思っていたのである。
近頃は年を越したというのに未だ藤堂からの返事は来ず、屯所の移転問題で土方と山南が揉めていた。山南以外は移転に賛成しているのだが、只一人首を縦に振らない。それを見ているうちに、千香も塞ぎ込むことが多くなっていた。止めようとは思うものの、山南や土方と話をする時間がなかなか取れない。千香が空いている時間、二人とも机に向かって何かしら書いており、とても声を掛けられる雰囲気ではないのである。
「これぞ正に八方塞がりってことなんかな...。 」
いつもは意識して話していた言葉さえ、剥がれ落ち、つい方言が出てしまう。あまり綺麗な言葉では無いという自覚があったので、上京してからはなるべく使うのを控えていたのに、千香はそれさえも取り繕えなくなる程、追い詰められていた。
「また、何か悩み事がある様ですね。 」
後ろから、声が聞こえた。それも京へ帰ってからも、なかなか忙しく長い間聞いていなかった声であった。思わず縋りたくなる様な。
「沖田さん....。私、私...。 」
振り向いて沖田の顔を見た瞬間、千香の視界はぼやけていった。
「もう。また泣きそうな顔して。良いですよ。先ずは思い切り泣いて下さい。それからいくらでも話を聞きますから。 」
沖田は千香の頭を優しく撫でて、安心させる様に微笑んだ。
「うう...。すみません。ああっ...。 」
今まで上手く言葉にできないまま胸に溜まっていた感情が、涙とともにこぼれ落ちて行く。
縁側へ座って漸く涙が治った頃に、千香はぽつり、ぽつりと事の次第を話し始めた。
「成る程。確かに、私も以前から山南さんと土方さんのことは気掛かりでした。それが、そんなことになるとは思いませんでしたが...。 」
千香が話し終えるまで、只黙って頷きながら聞いた後、沖田は顎に手を当てて、ううむと唸った。
「私はどんな手を使っても、止めたいと思っています。でも、伊東や外部から与えられる影響は防げても、山南さん自身の気持ちがその方向へ傾いてしまったら、どうしようもないなと思い始めて。この世の中に絶望して、活路を見出せない、と諦めてしまえば私には何も、出来ないなと。 」
下を向いたまま千香は、そう言葉を紡いだ。
「他人の気持ちは見えませんからね。殊更、山南さんは頭の良い人だから隠すのが上手い。そう簡単には見抜けないでしょうね。 」
沖田も遠い目をして、呟いて。
「けれど、その苦しみを分かち合えれば何かが変わるのではないかな。私も貴方も、自分の気持ちを人に打ち明けて初めて心が軽くなったでしょう。だから、山南さんもきっと。 」
空を仰いで、柔らかな表情を浮かべた。
「...そうですね。まずは、今悩んでいることはないか聞いてみることから始めてみます。沖田さんも、協力していただけますか? 」
沖田の方を見ながら、千香は胸の前でギュッと手を握り締めた。
「勿論です。私も、これ以上仲間を亡くしたくありません。出来る限り、山南さんに話をしてみます。 」
相も変わらず、沖田は自分に世話を焼いてくれるなあと千香は心強くなった。
近頃は年を越したというのに未だ藤堂からの返事は来ず、屯所の移転問題で土方と山南が揉めていた。山南以外は移転に賛成しているのだが、只一人首を縦に振らない。それを見ているうちに、千香も塞ぎ込むことが多くなっていた。止めようとは思うものの、山南や土方と話をする時間がなかなか取れない。千香が空いている時間、二人とも机に向かって何かしら書いており、とても声を掛けられる雰囲気ではないのである。
「これぞ正に八方塞がりってことなんかな...。 」
いつもは意識して話していた言葉さえ、剥がれ落ち、つい方言が出てしまう。あまり綺麗な言葉では無いという自覚があったので、上京してからはなるべく使うのを控えていたのに、千香はそれさえも取り繕えなくなる程、追い詰められていた。
「また、何か悩み事がある様ですね。 」
後ろから、声が聞こえた。それも京へ帰ってからも、なかなか忙しく長い間聞いていなかった声であった。思わず縋りたくなる様な。
「沖田さん....。私、私...。 」
振り向いて沖田の顔を見た瞬間、千香の視界はぼやけていった。
「もう。また泣きそうな顔して。良いですよ。先ずは思い切り泣いて下さい。それからいくらでも話を聞きますから。 」
沖田は千香の頭を優しく撫でて、安心させる様に微笑んだ。
「うう...。すみません。ああっ...。 」
今まで上手く言葉にできないまま胸に溜まっていた感情が、涙とともにこぼれ落ちて行く。
縁側へ座って漸く涙が治った頃に、千香はぽつり、ぽつりと事の次第を話し始めた。
「成る程。確かに、私も以前から山南さんと土方さんのことは気掛かりでした。それが、そんなことになるとは思いませんでしたが...。 」
千香が話し終えるまで、只黙って頷きながら聞いた後、沖田は顎に手を当てて、ううむと唸った。
「私はどんな手を使っても、止めたいと思っています。でも、伊東や外部から与えられる影響は防げても、山南さん自身の気持ちがその方向へ傾いてしまったら、どうしようもないなと思い始めて。この世の中に絶望して、活路を見出せない、と諦めてしまえば私には何も、出来ないなと。 」
下を向いたまま千香は、そう言葉を紡いだ。
「他人の気持ちは見えませんからね。殊更、山南さんは頭の良い人だから隠すのが上手い。そう簡単には見抜けないでしょうね。 」
沖田も遠い目をして、呟いて。
「けれど、その苦しみを分かち合えれば何かが変わるのではないかな。私も貴方も、自分の気持ちを人に打ち明けて初めて心が軽くなったでしょう。だから、山南さんもきっと。 」
空を仰いで、柔らかな表情を浮かべた。
「...そうですね。まずは、今悩んでいることはないか聞いてみることから始めてみます。沖田さんも、協力していただけますか? 」
沖田の方を見ながら、千香は胸の前でギュッと手を握り締めた。
「勿論です。私も、これ以上仲間を亡くしたくありません。出来る限り、山南さんに話をしてみます。 」
相も変わらず、沖田は自分に世話を焼いてくれるなあと千香は心強くなった。
0
あなたにおすすめの小説
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる