幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

文字の大きさ
87 / 95
終わりの始まり

油小路事件

しおりを挟む
   十一月一八日。この日は近藤の妾宅に伊東を呼び出していた。千香は今日、油小路事件が起こることを知っていたので、朝から気が気ではなかった。藤堂が、命を落とす。そのことだけが頭を占めていて。もう自分に出来ることは恐らく一つしかない。悲しませてしまうけれど、近藤たちの許しも無く平隊士に藤堂だけは助ける旨を伝えるのは憚られる。そうなれば、最期なのだから心を込めてご飯を作り掃除をしよう。悔いの残らないように。

「けど、沖田さん看取れんままになってしまうね。それだけ心残りじゃ。...遺言げえなけど、お手紙残しとこか。 」

蒲団から出て、身支度を整える。この着物を着るのも最後かと思うと、寂しく思えてきた。けれど、自分は元々この時代の人間ではないのだから。こう思うのはおかしい。

「今日は、今日だけは文庫にしよ。 」

帯を結んで、鏡の前で笑顔を作った。





















   夜。妾宅から出た伊東が斬り捨てられた。近藤たちにはついてくるなと強く念を押されていたが、千香は少し離れた死角から様子を伺っていた。やはり人が斬られるのは何度見ても慣れないもので、目を背けてしまう。数十分程経った後、伊東が斬られたことを聞きつけた御陵衛士がやって来た。すぐさま斬り合いになり、激しく刀のぶつかり合う音が聞こえてくる。藤堂は、と目を皿のようにすると、永倉と戦っている姿を見とめることが出来た。永倉は藤堂の剣を払う様にして、なるべく斬り合わないようにしていた。そして何度も辛そうに顔を歪めている。他の幹部も、通り道を作るように脇に寄って戦っていて。

「永倉さん。俺はもう、敵だ。遠慮なんかしてもらっちゃあ困る。 」

「平助!お前にもしものことがあったら、俺は千香に顔向け出来ねえ!剣を引け! 」

二人の会話が聞こえてきて、胸がずきりと痛んだ。優しい、優し過ぎるから、こうなってしまったのかもしれない。だからこそ、敵対する存在にもなり得てしまった。

「...平助!!後ろ! 」

「え...。 」

どさり。藤堂が後ろへ振り向くと、千香が血を流しながら崩れ落ちていた。

「千、香?何で、ここに。 」

あまりに突然過ぎて、言葉が浮かんでこない。こういうときにかける言葉は他に山ほどあるはずなのに。千香を抱きながら、藤堂は顔を強張らせた。

「私はね、多分平助を、守るためにこの時代に来たんや、と思う。さっきほんまやったら、平助斬られとったんよ。 」

腕を震わせ、上げた手で頬に触れ微笑んだ。段々息が苦しくなってきて、涙も浮かんできて。

「泣かん、とってや。えんよ。平助を守れたんなら、それでもう、私は満足。 」

「千香。俺...。馬鹿だった。こんなことになるなら、ずっと新選組にいれば良かったな...。 」

藤堂は自責の念に駆られ、涙が止まらなかった。あのとききちんと話を聞いていれば、千香を死なせることにはならなかっただろうに。

「平助!退け!先ずは千香さんの手当てだ! 」

近藤が藤堂を千香から引き剥がそうとする。しかし、千香の傷はいくら手を尽くしても助からないものだと言うことは一目瞭然だった。

「こんど、さん。最期まで、優しいですね。良えんですよ。きっと、私、は元の時代に帰る、だけなんです、よ。 」

息を震わせながら、微笑んで。

「皆さん。どうか、私のことは忘れて下さい。覚えとったら、辛い、だけやと思いま、す。どうか、これ、から始まる時代を、生き抜いて。...おじいちゃんになるまで、生きとかな、許さん。沖田さん看取れんで、御免なさい。 」

ぼやけてきた目が、満天の星空を映し。綺麗な星やね、と小さく呟いた。

「泣かんとって。ほんで、これから先の人生、笑顔忘れたら、いかんのよ。笑顔でおったら、幸せ、になれるんやけんね。...ほ、んならね。有難うね、へ、いすけ。 」

ふ、と目が閉じられ、今まであった温もりが頬から消えた。

「千香、千香。嘘、だろ。返事してくれ。千香!!!! 」

藤堂は千香をきつく抱き寄せた。けれど、返事は無く次第に身体が冷えていくばかりで。

「忘れられるわけ、無いだろ。こんなに、好きなんだからさ。 」

涙が止まない。止めようが無い。どうしようもない。自分の愚かさで、大切な人を失ってしまった。それが唯一つの、真実。

「平助、どうする。伊東が死んだんだ。もう御陵衛士は無い。戻ってくるか。 」

土方が、涙を拭いながら藤堂に声をかけた。

「...はい。千香の思いを引き継ぎます。皆を守る、という役目を。 」

冷たくなった千香の身体をいつまでも抱き締めて離さなかった。











歴史は、一人の人間によって大幅に変わった。生きるはずの者、死んでいくはずだった者。それでも後世に伝えられた話の全てに、森宮千香という名前が出てくることは無かった。名前だけが抜け落ちたかの様に。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...