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終わりの始まり
油小路事件
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十一月一八日。この日は近藤の妾宅に伊東を呼び出していた。千香は今日、油小路事件が起こることを知っていたので、朝から気が気ではなかった。藤堂が、命を落とす。そのことだけが頭を占めていて。もう自分に出来ることは恐らく一つしかない。悲しませてしまうけれど、近藤たちの許しも無く平隊士に藤堂だけは助ける旨を伝えるのは憚られる。そうなれば、最期なのだから心を込めてご飯を作り掃除をしよう。悔いの残らないように。
「けど、沖田さん看取れんままになってしまうね。それだけ心残りじゃ。...遺言げえなけど、お手紙残しとこか。 」
蒲団から出て、身支度を整える。この着物を着るのも最後かと思うと、寂しく思えてきた。けれど、自分は元々この時代の人間ではないのだから。こう思うのはおかしい。
「今日は、今日だけは文庫にしよ。 」
帯を結んで、鏡の前で笑顔を作った。
夜。妾宅から出た伊東が斬り捨てられた。近藤たちにはついてくるなと強く念を押されていたが、千香は少し離れた死角から様子を伺っていた。やはり人が斬られるのは何度見ても慣れないもので、目を背けてしまう。数十分程経った後、伊東が斬られたことを聞きつけた御陵衛士がやって来た。すぐさま斬り合いになり、激しく刀のぶつかり合う音が聞こえてくる。藤堂は、と目を皿のようにすると、永倉と戦っている姿を見とめることが出来た。永倉は藤堂の剣を払う様にして、なるべく斬り合わないようにしていた。そして何度も辛そうに顔を歪めている。他の幹部も、通り道を作るように脇に寄って戦っていて。
「永倉さん。俺はもう、敵だ。遠慮なんかしてもらっちゃあ困る。 」
「平助!お前にもしものことがあったら、俺は千香に顔向け出来ねえ!剣を引け! 」
二人の会話が聞こえてきて、胸がずきりと痛んだ。優しい、優し過ぎるから、こうなってしまったのかもしれない。だからこそ、敵対する存在にもなり得てしまった。
「...平助!!後ろ! 」
「え...。 」
どさり。藤堂が後ろへ振り向くと、千香が血を流しながら崩れ落ちていた。
「千、香?何で、ここに。 」
あまりに突然過ぎて、言葉が浮かんでこない。こういうときにかける言葉は他に山ほどあるはずなのに。千香を抱きながら、藤堂は顔を強張らせた。
「私はね、多分平助を、守るためにこの時代に来たんや、と思う。さっきほんまやったら、平助斬られとったんよ。 」
腕を震わせ、上げた手で頬に触れ微笑んだ。段々息が苦しくなってきて、涙も浮かんできて。
「泣かん、とってや。えんよ。平助を守れたんなら、それでもう、私は満足。 」
「千香。俺...。馬鹿だった。こんなことになるなら、ずっと新選組にいれば良かったな...。 」
藤堂は自責の念に駆られ、涙が止まらなかった。あのとききちんと話を聞いていれば、千香を死なせることにはならなかっただろうに。
「平助!退け!先ずは千香さんの手当てだ! 」
近藤が藤堂を千香から引き剥がそうとする。しかし、千香の傷はいくら手を尽くしても助からないものだと言うことは一目瞭然だった。
「こんど、さん。最期まで、優しいですね。良えんですよ。きっと、私、は元の時代に帰る、だけなんです、よ。 」
息を震わせながら、微笑んで。
「皆さん。どうか、私のことは忘れて下さい。覚えとったら、辛い、だけやと思いま、す。どうか、これ、から始まる時代を、生き抜いて。...おじいちゃんになるまで、生きとかな、許さん。沖田さん看取れんで、御免なさい。 」
ぼやけてきた目が、満天の星空を映し。綺麗な星やね、と小さく呟いた。
「泣かんとって。ほんで、これから先の人生、笑顔忘れたら、いかんのよ。笑顔でおったら、幸せ、になれるんやけんね。...ほ、んならね。有難うね、へ、いすけ。 」
ふ、と目が閉じられ、今まであった温もりが頬から消えた。
「千香、千香。嘘、だろ。返事してくれ。千香!!!! 」
藤堂は千香をきつく抱き寄せた。けれど、返事は無く次第に身体が冷えていくばかりで。
「忘れられるわけ、無いだろ。こんなに、好きなんだからさ。 」
涙が止まない。止めようが無い。どうしようもない。自分の愚かさで、大切な人を失ってしまった。それが唯一つの、真実。
「平助、どうする。伊東が死んだんだ。もう御陵衛士は無い。戻ってくるか。 」
土方が、涙を拭いながら藤堂に声をかけた。
「...はい。千香の思いを引き継ぎます。皆を守る、という役目を。 」
冷たくなった千香の身体をいつまでも抱き締めて離さなかった。
歴史は、一人の人間によって大幅に変わった。生きるはずの者、死んでいくはずだった者。それでも後世に伝えられた話の全てに、森宮千香という名前が出てくることは無かった。名前だけが抜け落ちたかの様に。
「けど、沖田さん看取れんままになってしまうね。それだけ心残りじゃ。...遺言げえなけど、お手紙残しとこか。 」
蒲団から出て、身支度を整える。この着物を着るのも最後かと思うと、寂しく思えてきた。けれど、自分は元々この時代の人間ではないのだから。こう思うのはおかしい。
「今日は、今日だけは文庫にしよ。 」
帯を結んで、鏡の前で笑顔を作った。
夜。妾宅から出た伊東が斬り捨てられた。近藤たちにはついてくるなと強く念を押されていたが、千香は少し離れた死角から様子を伺っていた。やはり人が斬られるのは何度見ても慣れないもので、目を背けてしまう。数十分程経った後、伊東が斬られたことを聞きつけた御陵衛士がやって来た。すぐさま斬り合いになり、激しく刀のぶつかり合う音が聞こえてくる。藤堂は、と目を皿のようにすると、永倉と戦っている姿を見とめることが出来た。永倉は藤堂の剣を払う様にして、なるべく斬り合わないようにしていた。そして何度も辛そうに顔を歪めている。他の幹部も、通り道を作るように脇に寄って戦っていて。
「永倉さん。俺はもう、敵だ。遠慮なんかしてもらっちゃあ困る。 」
「平助!お前にもしものことがあったら、俺は千香に顔向け出来ねえ!剣を引け! 」
二人の会話が聞こえてきて、胸がずきりと痛んだ。優しい、優し過ぎるから、こうなってしまったのかもしれない。だからこそ、敵対する存在にもなり得てしまった。
「...平助!!後ろ! 」
「え...。 」
どさり。藤堂が後ろへ振り向くと、千香が血を流しながら崩れ落ちていた。
「千、香?何で、ここに。 」
あまりに突然過ぎて、言葉が浮かんでこない。こういうときにかける言葉は他に山ほどあるはずなのに。千香を抱きながら、藤堂は顔を強張らせた。
「私はね、多分平助を、守るためにこの時代に来たんや、と思う。さっきほんまやったら、平助斬られとったんよ。 」
腕を震わせ、上げた手で頬に触れ微笑んだ。段々息が苦しくなってきて、涙も浮かんできて。
「泣かん、とってや。えんよ。平助を守れたんなら、それでもう、私は満足。 」
「千香。俺...。馬鹿だった。こんなことになるなら、ずっと新選組にいれば良かったな...。 」
藤堂は自責の念に駆られ、涙が止まらなかった。あのとききちんと話を聞いていれば、千香を死なせることにはならなかっただろうに。
「平助!退け!先ずは千香さんの手当てだ! 」
近藤が藤堂を千香から引き剥がそうとする。しかし、千香の傷はいくら手を尽くしても助からないものだと言うことは一目瞭然だった。
「こんど、さん。最期まで、優しいですね。良えんですよ。きっと、私、は元の時代に帰る、だけなんです、よ。 」
息を震わせながら、微笑んで。
「皆さん。どうか、私のことは忘れて下さい。覚えとったら、辛い、だけやと思いま、す。どうか、これ、から始まる時代を、生き抜いて。...おじいちゃんになるまで、生きとかな、許さん。沖田さん看取れんで、御免なさい。 」
ぼやけてきた目が、満天の星空を映し。綺麗な星やね、と小さく呟いた。
「泣かんとって。ほんで、これから先の人生、笑顔忘れたら、いかんのよ。笑顔でおったら、幸せ、になれるんやけんね。...ほ、んならね。有難うね、へ、いすけ。 」
ふ、と目が閉じられ、今まであった温もりが頬から消えた。
「千香、千香。嘘、だろ。返事してくれ。千香!!!! 」
藤堂は千香をきつく抱き寄せた。けれど、返事は無く次第に身体が冷えていくばかりで。
「忘れられるわけ、無いだろ。こんなに、好きなんだからさ。 」
涙が止まない。止めようが無い。どうしようもない。自分の愚かさで、大切な人を失ってしまった。それが唯一つの、真実。
「平助、どうする。伊東が死んだんだ。もう御陵衛士は無い。戻ってくるか。 」
土方が、涙を拭いながら藤堂に声をかけた。
「...はい。千香の思いを引き継ぎます。皆を守る、という役目を。 」
冷たくなった千香の身体をいつまでも抱き締めて離さなかった。
歴史は、一人の人間によって大幅に変わった。生きるはずの者、死んでいくはずだった者。それでも後世に伝えられた話の全てに、森宮千香という名前が出てくることは無かった。名前だけが抜け落ちたかの様に。
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