幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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国が揺らぐ

宣戦布告

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   それから数日後、千香が朝餉を持って沖田の部屋へ行くと、着替えを済まし丁度部屋を出ようとしていたところに鉢合わせた。

「どこ行く気なんですか?朝餉も食べんと。 」

あまりにも予想通りな行動をする沖田に、呆れもしなかった。仮に自分が沖田の立場ならこうしただろうし、普段通りの真面目な彼からすると当然だからだ。

「とりあえず、朝餉食べて下さい。ほら、座って座って! 」

千香は後ろ手で障子を閉め、膳を畳に置くと沖田を座る様促した。

「...分かりました。 」

沖田が渋々ながらも自分に従うのには、自分の病状を理解しているからだろうと胸中で小さく溜め息を吐くしかなく。

「今日は、元気出る様に朝から卵ですよ!近藤さんのリク、...希望でたまごふわふわ! 」

千香は感情が表に出やすいので、それを悟られぬ様思い切りの良い笑顔を沖田に見せた。少し現代語が出かかったのはご愛嬌。

「...何か前と逆ですね。私が初めてここに来たときは、沖田さんが朝餉持って来てくれたっけ。 」

「そういえば、そうですね。 」

沖田は小さく笑い、手を合わせ。

「いただきます。 」

箸を取って食事を始めた。労咳(肺結核)という病は伝染うつるものなので、食事を摂るのも別の部屋が良いだろうと近藤や土方に配慮してもらったけれど。日に日に沖田が覇気を失っていく様に見えるのは気のせいではないだろう。黙々と箸を進める沖田をぼうっと見つめながら、そんな考えが浮かんだ。

「千香さん、この間のことは、どう謝れば良いか。 」

ふと箸を置いた沖田の言葉が、千香をふわふわとした思考の世界から現実に連れ戻した。その瞳は、酷く反省している様にも怯えている様にも見えて。二つの感情が混ぜこぜになって揺れていた。

「驚いたけど、あなになってしもたのには何かしら理由があるんでしょう?それも結構複雑な。私もたいがい心安定してないし、そんな顔せんとってください。 」

女子おなごの貴方に、そんな気を使わせてしまうとは私も落ちぶれたものだ。 」

沖田は目線を膳に落とし、力無く笑った。赦すのではなく、自分の愚かさを叱って欲しいのに。どうしてこうも、

「千香さんは、人が良すぎます。私は男として、力づくで貴方を押さえつけたのに。普通なら怒るべきだ。 」

「心細いときは、思いもよらんことしてしまうこともあるんです。心と身体が繋がりを絶ってしまって。ほんでふと我に返ったときに、一体自分は何をしよったんだろってなるんです。 」

「心と身体が乖離、ということですか。 」

沖田はゆっくりと目線を上げた。千香の言葉が染み入る様で、ストンと胸に落ちてくる。こんなにも、欲しい言葉をくれたのは今まで近藤以外に居ない。

「ほうです。ましてや沖田さんは今、病にかかっとんです。不安なのは当たり前です。ほやけん、これからは私が話聞きます。何か不安に思うこととか何でも。 」

沖田の瞳を真っ直ぐに見つめ、不安をほぐす様に微笑んだ。大丈夫、一人で抱え込まないで、と。それを感じ取ったのか、沖田の瞳から負の感情が消え去っていた。


「...けど、もう平助に会わす顔は無いな。 」

「そ、それは...。どう言えば良えか。 」

「これを機に、宣戦布告と洒落込むのも良いかもしれない。 」

久し振りに顎に手を当て沖田の揶揄う顔が見え、一瞬ほっとするも。これでほっとしてはいけない!と芽生えた心を摘み取る。

「...もう!う、嘘ぎり言うんですから!沖田さんは! 」

「そうだ。千香さん、これから私のことは総司と呼んでくださいね。私の面倒を見てくれるんですから、水臭いのは無しですよ! 」

「ご飯冷めるけん、早よ食べて下さいっ! 」

こちらの気持ちなど御構い無しにぐいぐい迫ってくる沖田を何とかかわそうと試みるも、一歩も引かない様子だ。

「名前を呼んでくれるまで、食べません!...とても腹は空いていますが。 」

「ほんなら、早よ食べて! 」

「嫌です。食べて欲しいなら、総司、と呼んで下さい。 」

「ぐぬぬ...。そ...うじさん。 」

「聞こえませんよ。もっと大きな声で! 」

照れが邪魔して、はっきりと名前を言えないのに沖田はにやにやとして、もう一度名前を名前を呼ばせようとする。

「総司、さん。早よ、朝餉食べて下さい。 」

「ふふ。よろしい。それでは、また千香さんの美味しい朝餉を頂くとしましょう。 」

千香の総司呼びに沖田はにんまりと満足げに笑い、箸を手に取り食事を再開した。

「沖田さん!調子どう!! 」

急に勢い良くスパーンと音を立てながら障子が開いた。朝の心地良い空気が部屋を充たし...。

「平助さん?障子閉めて、ちょいとそこにお座りなさいな? 」

障子を開けたまま部屋の入り口に立っている藤堂へ、千香が怒りなど一片も含んでいない様な笑顔で言った。

「う、うん?気のせいかも知れねえけど、千香、何かいつもと違う様な気がするんだけど。 」

障子を閉め、藤堂は千香と向き合う形に腰を下ろした。千香はそれを確認すると、すうっと大きく息を吸い込んで。

「ここは誰の部屋か、分かる? 」

「沖田さんの、部屋。 」

「ほうよね。ここは沖田さんの部屋よ。...ほんで、今さっき平助何したか覚えとる? 」

藤堂は千香の言わんとしていることが分からず、いつも助言をもらっている沖田に助けを求め様と視線を送った。しかし、その返事は口パクで自分で考えろ、というもので。

「え、ええと。沖田さんの具合はどうか見に来た。 」

「そんとき、どういう言動とった? 」

千香の徐々に低くなる声に、やっちまったと胸中で後悔した。そして、

「千香。すまない!気付かないうちに何かお前の気にくわないことをしちまったらしい!この通りだ。すまない。 」

藤堂は頭を下げ、謝った。どうして怒っているのか理由を理解していなくとも、誠心誠意謝れば許してくれるだろうと信じて疑わず。けれども頭上から聞こえてきたのは、深い溜め息で。

「あのねえ、自分の非を知らずに謝っても何の意味も無いんよ。ちゃあんと、自分のしでかしたこと理解して、ほんで謝らな。 」

「は、はあ。ええと、それじゃあ、俺がしでかしたことを理解すりゃあ良い訳か。 」

「ほうよ。それがさっきの問いよ。 」

「あ...。大きな声で、荒々しく襖を開けちまった。沖田さんの具合を考えずに。 」

「そう。普通、お見舞いに来るならその相手のこと考えて、静かにするやろ?驚かしたり、無理さしたらいかんよね。大きい声も身体に障ろ? 」

その様子はまるで子を叱る親の様で。沖田は食事を摂りながら微笑ましく思った。これじゃあ到底恋仲には見えないな、と。その後も暫く千香の説教は続き、漸く終わった頃には出された食事を平らげていた。

「千香さん。食べましたよ。 」

「あ、はい。それじゃあ、下げてきますね。 」

千香が膳を持ち、部屋を出ていくのを目で追っていると、藤堂と目が合い。心なしか軽く睨まれた様に思えた。そして、足音が遠ざかるのを確かめた後、藤堂は姿勢を正し。

「沖田さん、前に千香のことは妹の様に思っていると言っていましたよね。 」

「ああ。言った。しかし今は、一人の女子おなごとして好いている。 」

「なっ! 」

「お前は千香さんを少々縛り付け過ぎていないか。全く己を律せられていないと思う。 」

もう千香さんと目合まぐわったんだろう、と呆れがちに藤堂へと言葉を投げた。あれ程自分を律しろと、大切にしろと言ってあったのにも関わらず。日に日に艶が増す千香を見れば、それがあったということは言わずもなが。

「俺はいつ命を落とすかも知れない身だし、千香もいつ帰っちまうか分からねえんです。そうくりゃ、そうするしか無えと思った。 」

「千香さんは優しい。とても優しいひとだから、お前が何を言おうが首を縦に振る。それは平助も分かっているだろう。 」

その場の勢いで関係を深めたのではないかと、沖田は藤堂に厳しい目を向けた。千香の優しさを分かっているからこそ、こちらがそれに甘えてはいけない。それで辛い思いをするのは千香なのだから。

「あのひとは強がりだ。辛いことや苦しいことがあっても、人に頼るのを良しとしない節がある。自分一人で弱音も吐かず、抱え込むんだ。だから男はそれを受け止めてやって、守ってやらなければいけない。 」

千香と最初に会ったのは自分で、助けたのも自分だ。いつも一番近くで支えてきたという自負がある。だからこそ、藤堂に千香を委ねて辛い思いをさせるくらいなら。病に侵された体だとしても。

「千香さんのことを大切に考えられないのなら、いつでも容赦無く奪うので覚悟しておくんだな。 」

その言葉に心当たりがあった藤堂は、二の句を継げずに膝の上の拳を握りしめた。
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