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心を尽くして
人情痛み入ります
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「キャリー! 」
千香は目を覚まして勢いよく体を起こした。すると横からあははと声が聞こえてくる。
「起きましたか。変な寝言ですね。 」
声の主は沖田だった。涙を溜めるほど笑い転げていたため、千香は無性に気恥ずかしくなり、俯いた。昨日の怪我は手当てがされており、蒲団に寝かされていた様だった。
「朝餉、食べますか? 」
沖田の言葉に首を横に振ろうとするが、ぎゅるる...と千香の腹の虫が鳴き。
「聞くまでもありませんか。 」
その音に益々笑いを大きくする沖田に、顔を赤らめながらも笑い過ぎでしょ、と内心呟く。
「どうぞ。 」
まだ笑いが治らないのか、ククッと喉を鳴らす。それを見た千香は最早弁解する気も起きなかったので、出された食事に箸をつける。きちんと味付けがされていた料理に、目を見開き美味しいと思うとそれが顔に出ていた様で沖田がにこにこと得意そうにした。
「今日の朝餉は源さんが作ったから、美味しいんですよ。 」
源さん、と聞き井上源三郎のことかと瞬時に理解した千香だったが、誰ですか、と一応とぼけたふりをする。
「ああ。源さんと言うのは、私の仲間で井上源三郎と言う人です。...あれ、まだ私の名前を言いそびれていましたね。 」
沖田は千香の方へ向き直った。
「私は沖田総司と申します。壬生浪士組で働いています。詳しいことは後程。 」
それを受けた千香も、箸を置き沖田の方へ向き直り、自己紹介をする。
「ご丁寧にありがとうございます。森宮千香と申します。沖田様のことは存じ上げております。 」
一呼吸置いてから、沖田が尋ねた。
「何故私のことを知っているのですか?さほど京の人に顔は割れていないと思うのですが。 」
刹那、沖田の目が鋭い物に変わる。
「んー。それは、後程。まだ私も其方の詳しいことを聞いていませんし、交換条件です。」
「承知しました。 」
沖田は疑問が残ると言った風な視線を向けてきた。その態度に無理もないよね、と千香は眉をひそめる。千香が再び箸を取ると、沖田はふと思い出した様に、何かを包んだ風呂敷を千香に手渡した。
「森宮さん。その着物では目立つので、此方に着替えてください。」
沖田から手渡された風呂敷を広げてみると、中身は紺色の着物と襦袢など着付けに必要な物一式だった。着物を両手で広げてみると桜が所々に散りばめられていて、その見事さに思わず見入っていると、こほんと咳払いが聞こえた。
「朝餉を終えたら、それを着て下さい。後で迎えに来ます。 」
「はい。お心遣い痛み入ります。 」
そう言った沖田の笑顔は先程の笑顔に戻っており、にこやかに去っていった。沖田が部屋を出た後、千香は再度箸を手に取り食事を再開した。
「ふー。ご馳走さまでした! 」
パチンと手を合わせる。そして、風呂敷を広げて着付けを始めた。江戸時代、特に幕末に憧れていた千香はあらゆる面から研究していたため、着付けはお手の物だった。長襦袢を着て、腰紐を締めて...諸々を済ませて、着物を羽織る。よし、角出しだ、と帯の結び方を決めた。理想は、文庫結びに乙女島田の組み合わせが可愛いと思うが、それでは見るからに武家の娘になってしまうので、却下。身分制度のあるこの時代では、下の者ほど身なりが簡素化していく。この角出しなどは、家事をする様な女性がしていた結び方で一人でも結べる形になっているのである。よくドラマなどで見かけるお姫様の帯の結び方は、到底一人で結べるものではなく、女中などに手伝わせて結んでいる。つまり、簡素な着付けをしている人は家事など家の仕事をしているのだという証明にもなる。
着付けを済ませると、緩んだ髪を結い直そうと思い立ち上がった。折角新選組の幹部の人たちと会うのだから、綺麗にしないと、と身だしなみを整える。櫛が欲しいと思い、部屋を見回すと枕元に手荷物が置いてあるのを見つけた。その中のポーチから手鏡と櫛を取り出すと、丁寧に結い直す。丁度結び終えたところで、障子の向こうから沖田の声が聞こえた。
「森宮さん入ります。 」
「はい。 」
と言いつつ、千香は荷物を手早く片付けた。
「...似合いますね。土方さんの見立ては流石だ。 」
「そ、そうですか。 」
この着物は、土方が選んだ物なのか...。昨日の苦い思い出もあり、千香はなんとも言えない顔をした。そして、せめてもの腹いせに心の中で、どかた、と呼んでやろうと思いつく。
「褒めているんですよ?さて、近藤さんの所へ行きましょうか。 」
怪訝そうな表情をした千香に、ふふと笑みを返して沖田は歩き始める。そうして、ある部屋の前に立つと、足を止めた。今まで通り過ぎて来た部屋とは違う、何か、こう、神妙なオーラが漂っている。
「近藤さん、総司です。森宮さん連れてきました。」
「入れ。」
低いとも高いとも取れない声が聞こえると、沖田はスーッと障子を開き、中へ入る。
「さあ。森宮さんもどうぞ。 」
沖田に中へと促され、千香はそれに頷き、恐る恐る足を踏み入れて、軽く頭を下げた。
「悪かったな...。」
部屋へ入ると謝っているのに不機嫌そうな声が降ってきて。声の主を確認せずとも誰かは容易に分かった。千香はめちゃ嫌そうに言うじゃん。どかたさん。と心の中で毒突く。
「いえ...。」
決して目を合わせないよう伏せ目がちに、そう返す。
「森宮、千香さんだね?先ずは座りなさい。 」
ふと視線を上げると、かの有名な近藤勇が目の前にいた。
「はい。 」
近藤に従い腰を下ろすと、部屋を見渡した。通された部屋には、沖田土方近藤以外にも人間が居るのは言うまでもない。異質なものを見るような視線が千香にグサグサと突き刺さる。
「私は、壬生浪士組局長の、近藤勇という者だ。それで...、君のことを聞いてもいいかい?別に疑っている訳ではないんだが、幾分不可解な点が多くてね。 」
苦笑いを浮かべながらも近藤の目はしっかりと千香の顔を見ている。近藤のその様子に、早くもこの時代の背景を読み取ってしまう。気付かないうちに沖田も土方の隣に座っていた。早く、と促されている様な気がして、困惑したが、下手に嘘を言っても、あらゆる面で優れた者達を集めているので、すぐにバレてしまうだろうと、本当のことを言おうと思い立った。さらに、バレてしまえば何をされるか分からない。もしかしたら、命が危ぶまれるやも、と。
「...はい。あの、私の言うことを信じられないかもしれないのですが、実は私、今からおおよそ一五〇年後の未来から来ました。 」
その言葉に皆どよどよと騒めく。そりゃあ、そうだと本日二度目の感覚に、千香は遣る瀬無い表情を浮かべた。すると一人が口を開いて、こう切り出す。
「女性の荷物を確認するのは、気が引けましたが、疑いを晴らすため、貴方の持ち物を確認させていただきました。 」
その男は色白で、聡明さが感じられる優しそうな顔立ちをしていた。千香はなんとなく、山南敬助だろうかと思う。後の世に残されている史料本で、その風貌の特徴を記したものを読んだ覚えがあったからだ。山南はその言葉の後、部屋の奥の方からコロコロと千香のキャリーバッグを持ってきた。
「その結果、先程貴方が述べた“先の世から来た”という言葉にも頷かざるを得ないと判断しました。見たことも聞いたこともない物を沢山お持ちのようでしたから。我々の思考を遥かに上回る物ばかり。 」
山南はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべる。
「と、言うことだ。だから、君の言うことを信じようと思う。それに、先の世から来たと言うのなら家はあるのかい?」
普通ならば疑うことを言ったのに、意外にあっさりと信じてくれたので、千香は拍子抜けしてしまった。
「...身寄りはありません。」
「なら、此処に住むといい。と言っても、炊事洗濯掃除等をして貰わなければならないが...。 」
「住まわせて頂けるだけで、有り難いです。何でもやります。 」
近藤の心遣いに、千香は深く頭を下げた。この人柄の良さが、隊士たちを惹きつけるのだろうか。その後、部屋にいた幹部たちに未来はどんなだとか、生まれはどこかなど質問攻めにされたが、昼餉の支度をすると言って無理やり抜け出した。廊下を進みながら、千香は近藤たちに言いそびれた言葉を零した。
「人情、痛み入ります!! 」
千香は目を覚まして勢いよく体を起こした。すると横からあははと声が聞こえてくる。
「起きましたか。変な寝言ですね。 」
声の主は沖田だった。涙を溜めるほど笑い転げていたため、千香は無性に気恥ずかしくなり、俯いた。昨日の怪我は手当てがされており、蒲団に寝かされていた様だった。
「朝餉、食べますか? 」
沖田の言葉に首を横に振ろうとするが、ぎゅるる...と千香の腹の虫が鳴き。
「聞くまでもありませんか。 」
その音に益々笑いを大きくする沖田に、顔を赤らめながらも笑い過ぎでしょ、と内心呟く。
「どうぞ。 」
まだ笑いが治らないのか、ククッと喉を鳴らす。それを見た千香は最早弁解する気も起きなかったので、出された食事に箸をつける。きちんと味付けがされていた料理に、目を見開き美味しいと思うとそれが顔に出ていた様で沖田がにこにこと得意そうにした。
「今日の朝餉は源さんが作ったから、美味しいんですよ。 」
源さん、と聞き井上源三郎のことかと瞬時に理解した千香だったが、誰ですか、と一応とぼけたふりをする。
「ああ。源さんと言うのは、私の仲間で井上源三郎と言う人です。...あれ、まだ私の名前を言いそびれていましたね。 」
沖田は千香の方へ向き直った。
「私は沖田総司と申します。壬生浪士組で働いています。詳しいことは後程。 」
それを受けた千香も、箸を置き沖田の方へ向き直り、自己紹介をする。
「ご丁寧にありがとうございます。森宮千香と申します。沖田様のことは存じ上げております。 」
一呼吸置いてから、沖田が尋ねた。
「何故私のことを知っているのですか?さほど京の人に顔は割れていないと思うのですが。 」
刹那、沖田の目が鋭い物に変わる。
「んー。それは、後程。まだ私も其方の詳しいことを聞いていませんし、交換条件です。」
「承知しました。 」
沖田は疑問が残ると言った風な視線を向けてきた。その態度に無理もないよね、と千香は眉をひそめる。千香が再び箸を取ると、沖田はふと思い出した様に、何かを包んだ風呂敷を千香に手渡した。
「森宮さん。その着物では目立つので、此方に着替えてください。」
沖田から手渡された風呂敷を広げてみると、中身は紺色の着物と襦袢など着付けに必要な物一式だった。着物を両手で広げてみると桜が所々に散りばめられていて、その見事さに思わず見入っていると、こほんと咳払いが聞こえた。
「朝餉を終えたら、それを着て下さい。後で迎えに来ます。 」
「はい。お心遣い痛み入ります。 」
そう言った沖田の笑顔は先程の笑顔に戻っており、にこやかに去っていった。沖田が部屋を出た後、千香は再度箸を手に取り食事を再開した。
「ふー。ご馳走さまでした! 」
パチンと手を合わせる。そして、風呂敷を広げて着付けを始めた。江戸時代、特に幕末に憧れていた千香はあらゆる面から研究していたため、着付けはお手の物だった。長襦袢を着て、腰紐を締めて...諸々を済ませて、着物を羽織る。よし、角出しだ、と帯の結び方を決めた。理想は、文庫結びに乙女島田の組み合わせが可愛いと思うが、それでは見るからに武家の娘になってしまうので、却下。身分制度のあるこの時代では、下の者ほど身なりが簡素化していく。この角出しなどは、家事をする様な女性がしていた結び方で一人でも結べる形になっているのである。よくドラマなどで見かけるお姫様の帯の結び方は、到底一人で結べるものではなく、女中などに手伝わせて結んでいる。つまり、簡素な着付けをしている人は家事など家の仕事をしているのだという証明にもなる。
着付けを済ませると、緩んだ髪を結い直そうと思い立ち上がった。折角新選組の幹部の人たちと会うのだから、綺麗にしないと、と身だしなみを整える。櫛が欲しいと思い、部屋を見回すと枕元に手荷物が置いてあるのを見つけた。その中のポーチから手鏡と櫛を取り出すと、丁寧に結い直す。丁度結び終えたところで、障子の向こうから沖田の声が聞こえた。
「森宮さん入ります。 」
「はい。 」
と言いつつ、千香は荷物を手早く片付けた。
「...似合いますね。土方さんの見立ては流石だ。 」
「そ、そうですか。 」
この着物は、土方が選んだ物なのか...。昨日の苦い思い出もあり、千香はなんとも言えない顔をした。そして、せめてもの腹いせに心の中で、どかた、と呼んでやろうと思いつく。
「褒めているんですよ?さて、近藤さんの所へ行きましょうか。 」
怪訝そうな表情をした千香に、ふふと笑みを返して沖田は歩き始める。そうして、ある部屋の前に立つと、足を止めた。今まで通り過ぎて来た部屋とは違う、何か、こう、神妙なオーラが漂っている。
「近藤さん、総司です。森宮さん連れてきました。」
「入れ。」
低いとも高いとも取れない声が聞こえると、沖田はスーッと障子を開き、中へ入る。
「さあ。森宮さんもどうぞ。 」
沖田に中へと促され、千香はそれに頷き、恐る恐る足を踏み入れて、軽く頭を下げた。
「悪かったな...。」
部屋へ入ると謝っているのに不機嫌そうな声が降ってきて。声の主を確認せずとも誰かは容易に分かった。千香はめちゃ嫌そうに言うじゃん。どかたさん。と心の中で毒突く。
「いえ...。」
決して目を合わせないよう伏せ目がちに、そう返す。
「森宮、千香さんだね?先ずは座りなさい。 」
ふと視線を上げると、かの有名な近藤勇が目の前にいた。
「はい。 」
近藤に従い腰を下ろすと、部屋を見渡した。通された部屋には、沖田土方近藤以外にも人間が居るのは言うまでもない。異質なものを見るような視線が千香にグサグサと突き刺さる。
「私は、壬生浪士組局長の、近藤勇という者だ。それで...、君のことを聞いてもいいかい?別に疑っている訳ではないんだが、幾分不可解な点が多くてね。 」
苦笑いを浮かべながらも近藤の目はしっかりと千香の顔を見ている。近藤のその様子に、早くもこの時代の背景を読み取ってしまう。気付かないうちに沖田も土方の隣に座っていた。早く、と促されている様な気がして、困惑したが、下手に嘘を言っても、あらゆる面で優れた者達を集めているので、すぐにバレてしまうだろうと、本当のことを言おうと思い立った。さらに、バレてしまえば何をされるか分からない。もしかしたら、命が危ぶまれるやも、と。
「...はい。あの、私の言うことを信じられないかもしれないのですが、実は私、今からおおよそ一五〇年後の未来から来ました。 」
その言葉に皆どよどよと騒めく。そりゃあ、そうだと本日二度目の感覚に、千香は遣る瀬無い表情を浮かべた。すると一人が口を開いて、こう切り出す。
「女性の荷物を確認するのは、気が引けましたが、疑いを晴らすため、貴方の持ち物を確認させていただきました。 」
その男は色白で、聡明さが感じられる優しそうな顔立ちをしていた。千香はなんとなく、山南敬助だろうかと思う。後の世に残されている史料本で、その風貌の特徴を記したものを読んだ覚えがあったからだ。山南はその言葉の後、部屋の奥の方からコロコロと千香のキャリーバッグを持ってきた。
「その結果、先程貴方が述べた“先の世から来た”という言葉にも頷かざるを得ないと判断しました。見たことも聞いたこともない物を沢山お持ちのようでしたから。我々の思考を遥かに上回る物ばかり。 」
山南はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべる。
「と、言うことだ。だから、君の言うことを信じようと思う。それに、先の世から来たと言うのなら家はあるのかい?」
普通ならば疑うことを言ったのに、意外にあっさりと信じてくれたので、千香は拍子抜けしてしまった。
「...身寄りはありません。」
「なら、此処に住むといい。と言っても、炊事洗濯掃除等をして貰わなければならないが...。 」
「住まわせて頂けるだけで、有り難いです。何でもやります。 」
近藤の心遣いに、千香は深く頭を下げた。この人柄の良さが、隊士たちを惹きつけるのだろうか。その後、部屋にいた幹部たちに未来はどんなだとか、生まれはどこかなど質問攻めにされたが、昼餉の支度をすると言って無理やり抜け出した。廊下を進みながら、千香は近藤たちに言いそびれた言葉を零した。
「人情、痛み入ります!! 」
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