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忠実に生きていくということは
時代の壁
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その日の夜。千香たちは伊東の道場で夕餉を摂っていた。先刻の伊東の言葉にどうしようもなく居心地の悪さを感じていた千香は、食事も喉を通らない。あの時は、どうにか伊東を言いくるめられないかと躍起になっていたから、自分は伊東が尊王の志が高い人物であることを知っていることを晒す形で話をしてしまった。そこまで頭を働かせていられたなら。千香は過ぎたことに、心底悔いた。だから、あの時。何処でそれを得たのかと怪しまれたのだろう。千香は箸を置き、こんもりと盛られた白米を眺めた。
つまりは、自分の考えが甘かったのだ。伊東が聡い人物であることを知っていたはずなのに、自分の持つ知識を過信し、周到な策を練っていなかった。
「やっぱり、風邪引いたんじゃないか?食も進まないみたいだし。 」
ずっと黙りこくっていた千香を、藤堂が心配そうに見た。その視線に気付き、千香が藤堂の膳に目をやると既に全て空になった後だった。
「うん...。そうかもしれない。食欲があまり湧かなくて...。このまま残すのも失礼だし、平助、良ければ私の分も食べる? 」
千香は殆ど食事には箸を付けていない。藤堂が余程の潔癖でなければ、十分食べられるくらいである。
「具合が悪いなら尚更食べたほうが良いと思うんだけど...。 」
「もう。平助は私とあまり背丈変わらないんだから、沢山食べて大きくならなきゃ駄目でしょう? 」
渋る藤堂に、千香は藤堂のコンプレックスを引き合いに出した。こうすれば遠慮無く食べるだろうと、藤堂との会話の中で悟った術だ。
「!?千香を気遣って言ってるのに、失礼千万な奴!いいよ。そんなに食べて欲しいなら食べるよ!それでもって、いつか千香を余裕を持って見下ろせるくらいの背丈になってやる! 」
火がついた藤堂は、千香の膳から白米をひったくる様にして奪い、その勢いのままかき込んだ。
実際、藤堂の背丈は江戸時代の成人男性の平均よりも少し低く、153cm前後だと言われている。千香の身長が150cm少しなので、対して変わらないのだ。また、新選組の中では土方が当時としては高身長だった165cm程、斎藤に関しては180cmもあったと言われている。日頃長身な者に囲まれて暮らしているので、余計背丈に関する話題には敏感なのだろう。
「男の人は背丈が大きいだけじゃ、駄目よ。心が広くないと!...平助は誰よりも心が広くて優しいもの。そんな所が私は好き。 」
「ごほ!ごほ!...きゅ、急にそんなこと言うなよ。喉につかえそうになっただろ!...嬉しいけどさ。 」
千香は、むせてしまってトントンと胸を叩いている藤堂の背中をさすった。
「本当のことを言っただけよ。...ねえ、平助。この世の中にはね、きっと、完璧な人間なんて居ないの。それぞれに良いところも悪いところもあるわ。だからこそ、互いを認め合えるんじゃないかな。皆が少しずつ足りないところを繋ぎ合わせたら、なんでも出来るの。気付いていないかもしれないけど、平助にしかない良いところ沢山あるのよ?それを知ってるから、近藤さんも土方さんも八番隊の組長を任せているんじゃないかしら。平助は新選組に欠かせない人間なのよ。 」
千香は思いの丈を、藤堂へと己の知る限りの言葉で訴えた。その裏側には、伊東側に付かずどうかこのまま新選組隊士のままで居て欲しいという気持ちも含まれていた。
「うーん。今までそんなに深く自分について考えて来なかったけど、千香にはそんな風に見えるのか。自分だけの良いところ...。何だろう。 」
空になった茶碗を置き、藤堂は腕組みをした。
「いざ考えてみると難しいかもしれないね。私も自分のこととなるとよく分からないわ。...でもね、これだけは言える。どれだけ剣が強くても、勉学ができても、詰まる所、一番は心が大事だと思うの。いつの時代も人の心を動かすのは、その人の心意気なのよ。平助は、心が、瞳が輝いてるの。それこそ人の心を動かせそうなくらい。そんな人、なかなか居ないわ。 」
千香は藤堂に微笑んだ。
「そ、そんなに褒めても何も出ないよ! 」
藤堂は顔を赤らめ、面を伏せる。
「もしあのまま現代に居たら、私は、こんなに素敵な人が居るんだって気づくことが出来なかったわ。 」
千香は藤堂を包み込む様に、ギュッと抱きしめた。頬には雫が伝っていき、そのまま目は伏せて。
「絶対に死なせたりしないんだから。 」
いずれ来る別れの瞬間まで、もうさほど長くはないはずだ。でも、その時には笑って居て欲しいと思う。だから、そのためには。千香の腕に力がこもった。
「千香...?どうしたんだよ。 」
その声に千香は体を離して、言った。
「平助、少し、私に勇気をください。 」
「何言って...____。ッ!? 」
藤堂の影と千香のそれが重なった。
つまりは、自分の考えが甘かったのだ。伊東が聡い人物であることを知っていたはずなのに、自分の持つ知識を過信し、周到な策を練っていなかった。
「やっぱり、風邪引いたんじゃないか?食も進まないみたいだし。 」
ずっと黙りこくっていた千香を、藤堂が心配そうに見た。その視線に気付き、千香が藤堂の膳に目をやると既に全て空になった後だった。
「うん...。そうかもしれない。食欲があまり湧かなくて...。このまま残すのも失礼だし、平助、良ければ私の分も食べる? 」
千香は殆ど食事には箸を付けていない。藤堂が余程の潔癖でなければ、十分食べられるくらいである。
「具合が悪いなら尚更食べたほうが良いと思うんだけど...。 」
「もう。平助は私とあまり背丈変わらないんだから、沢山食べて大きくならなきゃ駄目でしょう? 」
渋る藤堂に、千香は藤堂のコンプレックスを引き合いに出した。こうすれば遠慮無く食べるだろうと、藤堂との会話の中で悟った術だ。
「!?千香を気遣って言ってるのに、失礼千万な奴!いいよ。そんなに食べて欲しいなら食べるよ!それでもって、いつか千香を余裕を持って見下ろせるくらいの背丈になってやる! 」
火がついた藤堂は、千香の膳から白米をひったくる様にして奪い、その勢いのままかき込んだ。
実際、藤堂の背丈は江戸時代の成人男性の平均よりも少し低く、153cm前後だと言われている。千香の身長が150cm少しなので、対して変わらないのだ。また、新選組の中では土方が当時としては高身長だった165cm程、斎藤に関しては180cmもあったと言われている。日頃長身な者に囲まれて暮らしているので、余計背丈に関する話題には敏感なのだろう。
「男の人は背丈が大きいだけじゃ、駄目よ。心が広くないと!...平助は誰よりも心が広くて優しいもの。そんな所が私は好き。 」
「ごほ!ごほ!...きゅ、急にそんなこと言うなよ。喉につかえそうになっただろ!...嬉しいけどさ。 」
千香は、むせてしまってトントンと胸を叩いている藤堂の背中をさすった。
「本当のことを言っただけよ。...ねえ、平助。この世の中にはね、きっと、完璧な人間なんて居ないの。それぞれに良いところも悪いところもあるわ。だからこそ、互いを認め合えるんじゃないかな。皆が少しずつ足りないところを繋ぎ合わせたら、なんでも出来るの。気付いていないかもしれないけど、平助にしかない良いところ沢山あるのよ?それを知ってるから、近藤さんも土方さんも八番隊の組長を任せているんじゃないかしら。平助は新選組に欠かせない人間なのよ。 」
千香は思いの丈を、藤堂へと己の知る限りの言葉で訴えた。その裏側には、伊東側に付かずどうかこのまま新選組隊士のままで居て欲しいという気持ちも含まれていた。
「うーん。今までそんなに深く自分について考えて来なかったけど、千香にはそんな風に見えるのか。自分だけの良いところ...。何だろう。 」
空になった茶碗を置き、藤堂は腕組みをした。
「いざ考えてみると難しいかもしれないね。私も自分のこととなるとよく分からないわ。...でもね、これだけは言える。どれだけ剣が強くても、勉学ができても、詰まる所、一番は心が大事だと思うの。いつの時代も人の心を動かすのは、その人の心意気なのよ。平助は、心が、瞳が輝いてるの。それこそ人の心を動かせそうなくらい。そんな人、なかなか居ないわ。 」
千香は藤堂に微笑んだ。
「そ、そんなに褒めても何も出ないよ! 」
藤堂は顔を赤らめ、面を伏せる。
「もしあのまま現代に居たら、私は、こんなに素敵な人が居るんだって気づくことが出来なかったわ。 」
千香は藤堂を包み込む様に、ギュッと抱きしめた。頬には雫が伝っていき、そのまま目は伏せて。
「絶対に死なせたりしないんだから。 」
いずれ来る別れの瞬間まで、もうさほど長くはないはずだ。でも、その時には笑って居て欲しいと思う。だから、そのためには。千香の腕に力がこもった。
「千香...?どうしたんだよ。 」
その声に千香は体を離して、言った。
「平助、少し、私に勇気をください。 」
「何言って...____。ッ!? 」
藤堂の影と千香のそれが重なった。
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