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忠実に生きていくということは
伊東甲子太郎という男
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「藤堂です!伊東先生はいらっしゃりませぬか! 」
玄関へと入り、藤堂が言った。千香は、伊東の入隊をどうにか回避できないかと記憶の限りの歴史を思い起こしていた。
「藤堂君。長旅御苦労。早速だが話を...っと。そこの女子はどなたですか? 」
伊東が出迎える様に奥から出てくるとバチリ、と視線が千香のそれと交わった。千香は感じた底知れぬ気味悪さに目を逸らす。
「千香と言うんです。...いずれ、嫁に貰おうと思っていまして...。 」
藤堂は照れ臭そうに頭を掻いた。
「人見知りの様だね。初々しくて可愛らしい娘さんだ。...藤堂君、上がって話を。千香さんもどうぞ。 」
ニコリと笑った伊東は、史料に残されていた通り麗しい外見であったが、目が、笑っていなかったのだ。無邪気に心の底から笑う近藤を知っていた千香は、笑顔を上手く作れなかった。
部屋に案内されている最中も、千香の胸にもやもやとしたものが立ち込めていた。そして、早くこの場を離れなければと、気持ちが急いていたのである。
どうやら、今日道場には、伊東の他に数人の自主練習に来たのであろう門下生がいる様で勇ましい声がちらほらと聞こえてきた。
千香としては藤堂は勿論のこと、伊東に何か勘付かれては厄介だと分かっていたため、顔に出していないつもりでいた。しかし、伊東のほうが何枚も上手だった様で、それを容易く見破られてしまい、話を早々と切り上げると程の良い理由をつけて藤堂を外に出してしまった。
故に、気付いた時には通された客間に千香と伊東の二人きりであった。
しかし話をするとなれば案外、こちらの方が都合が良いのかもしれない。伊東に直接話をすれば、何も新選組ではなく長州側に回らせることができる可能性が出てくるのだ。
確かこの男は水戸学を学んで以来、勤王の志が高い人間だ。
だから、例えそうなれば、敵同士になるが、新選組の内部分裂は防げる確率が上がる。
実際、史実ではこの男と新選組の間には攘夷というものでしか思想の共通点は無く、佐幕派の傾向が強い新選組とは意見を違え、結局のところは長州側に取り入ろうとしていた事が伺えた。
ならば最初から、長州側についてもらえば藤堂諸共新選組を守れるかもしれない。
両者沈黙を続ける中で、千香はそんなことを考えていた。
「君がここへ来た理由、大体は予想がつく。 」
茶を啜りながら、先に伊東が切り出した。
「大方、私を新選組に入れないため、とかではないだろうか。 」
「...御察しの通りです。全然そんな素振りを見せた覚えは無いのに、気が付くとは流石ですね。 」
淡々と薄っぺらい台詞を千香は吐いた。
「まあ、剣を学んだり学問をやっていると不思議と人間の魂胆が分かるようになったのですよ。まあ、貴方は顔に出やすい様ですがね。 」
薄気味悪い笑みを浮かべたまま、伊東は千香を見やった。それに千香はびくりと肩を震わせたが、真っ直ぐ伊東の目を見た。
「でしたら、話は早いです。伊東さん、新選組ではなく、長州側についてはもらえませんでしょうか。そのほうが、勤王の志が高い貴方にも都合が良いはず。何も新選組を踏み台にする必要は無いと思うのです。 」
千香の言葉に、伊東は嗤った。
「どうしてです。さすれば、折角の藤堂君からの誘いを断らねばならない。彼の気持ちは無下にできませんよ。 」
ああ。この男は。恐らく近藤に成り代わり新選組を乗っ取ろうとしている。危険だ。
「貴方も余程頭が切れると見える。でなければ、わざわざ江戸まで来ないでしょう。私を最初から危険分子だと見抜いている証です。 」
否。千香には、知識があるというだけで土方などの様な策士と言える程の頭は持ち合わせていないのだ。
「しかし、失策でしたね。本当にこの件を止めようと思っていたなら、藤堂君の文を処分して私の手に届かぬ様にしなければならなかった。手緩いなあ。 」
伊東の言う通りだった。千香も急に現代に戻ったり、懸命に仕事をこなしていたので、藤堂とあまりゆっくり話す時間を取ることができなかったのである。
「と云う訳で、私は京へ上って新選組に入ることに致しますね。...そろそろ、藤堂君も帰って来る頃合いかな。 」
淑やかに、しかし、してやったという顔で伊東は千香を嘲笑った。
元来の切れ者には、知識を持ってしても敵わないのだろうか。千香は膝の上の拳を握り締めた。
するとドタドタと元気の良い足音が響いて立ち止まると、声が聞こえた。
「伊東先生!ただいま戻りました!失礼致します! 」
少し手荒く襖が開いて、そこには子供の様に目を輝かせた藤堂が居た。それに、伊東はニコリと笑って。
「御苦労。さて、今日の宿はもう決めてあるのかい? 」
「いいえ。まだです。これから探す予定で...。 」
「ならば、今日はここに泊まると良い。久し振りに会えたんだ。積もる話もあるし、何より宿代が勿体無い。 」
「本当ですか!?...では、御言葉に甘えさせて頂きます。 」
千香の複雑な心境を露知らず、藤堂はトントン拍子に話を進めていく。
「千香さんも、御自分の家だと思って寛いで下さって構いませんからね。 」
「は、はい。 」
すると、ぼそりと小声で千香にしか聞こえない様な声で、こうとも言った。
「貴方がなぜ私のことを知っているのかも、是非聞きたいと思っているので。 」
伊東は見透かす様な目で千香を見た。
顔が、凍りついたかの様な感覚がした。
玄関へと入り、藤堂が言った。千香は、伊東の入隊をどうにか回避できないかと記憶の限りの歴史を思い起こしていた。
「藤堂君。長旅御苦労。早速だが話を...っと。そこの女子はどなたですか? 」
伊東が出迎える様に奥から出てくるとバチリ、と視線が千香のそれと交わった。千香は感じた底知れぬ気味悪さに目を逸らす。
「千香と言うんです。...いずれ、嫁に貰おうと思っていまして...。 」
藤堂は照れ臭そうに頭を掻いた。
「人見知りの様だね。初々しくて可愛らしい娘さんだ。...藤堂君、上がって話を。千香さんもどうぞ。 」
ニコリと笑った伊東は、史料に残されていた通り麗しい外見であったが、目が、笑っていなかったのだ。無邪気に心の底から笑う近藤を知っていた千香は、笑顔を上手く作れなかった。
部屋に案内されている最中も、千香の胸にもやもやとしたものが立ち込めていた。そして、早くこの場を離れなければと、気持ちが急いていたのである。
どうやら、今日道場には、伊東の他に数人の自主練習に来たのであろう門下生がいる様で勇ましい声がちらほらと聞こえてきた。
千香としては藤堂は勿論のこと、伊東に何か勘付かれては厄介だと分かっていたため、顔に出していないつもりでいた。しかし、伊東のほうが何枚も上手だった様で、それを容易く見破られてしまい、話を早々と切り上げると程の良い理由をつけて藤堂を外に出してしまった。
故に、気付いた時には通された客間に千香と伊東の二人きりであった。
しかし話をするとなれば案外、こちらの方が都合が良いのかもしれない。伊東に直接話をすれば、何も新選組ではなく長州側に回らせることができる可能性が出てくるのだ。
確かこの男は水戸学を学んで以来、勤王の志が高い人間だ。
だから、例えそうなれば、敵同士になるが、新選組の内部分裂は防げる確率が上がる。
実際、史実ではこの男と新選組の間には攘夷というものでしか思想の共通点は無く、佐幕派の傾向が強い新選組とは意見を違え、結局のところは長州側に取り入ろうとしていた事が伺えた。
ならば最初から、長州側についてもらえば藤堂諸共新選組を守れるかもしれない。
両者沈黙を続ける中で、千香はそんなことを考えていた。
「君がここへ来た理由、大体は予想がつく。 」
茶を啜りながら、先に伊東が切り出した。
「大方、私を新選組に入れないため、とかではないだろうか。 」
「...御察しの通りです。全然そんな素振りを見せた覚えは無いのに、気が付くとは流石ですね。 」
淡々と薄っぺらい台詞を千香は吐いた。
「まあ、剣を学んだり学問をやっていると不思議と人間の魂胆が分かるようになったのですよ。まあ、貴方は顔に出やすい様ですがね。 」
薄気味悪い笑みを浮かべたまま、伊東は千香を見やった。それに千香はびくりと肩を震わせたが、真っ直ぐ伊東の目を見た。
「でしたら、話は早いです。伊東さん、新選組ではなく、長州側についてはもらえませんでしょうか。そのほうが、勤王の志が高い貴方にも都合が良いはず。何も新選組を踏み台にする必要は無いと思うのです。 」
千香の言葉に、伊東は嗤った。
「どうしてです。さすれば、折角の藤堂君からの誘いを断らねばならない。彼の気持ちは無下にできませんよ。 」
ああ。この男は。恐らく近藤に成り代わり新選組を乗っ取ろうとしている。危険だ。
「貴方も余程頭が切れると見える。でなければ、わざわざ江戸まで来ないでしょう。私を最初から危険分子だと見抜いている証です。 」
否。千香には、知識があるというだけで土方などの様な策士と言える程の頭は持ち合わせていないのだ。
「しかし、失策でしたね。本当にこの件を止めようと思っていたなら、藤堂君の文を処分して私の手に届かぬ様にしなければならなかった。手緩いなあ。 」
伊東の言う通りだった。千香も急に現代に戻ったり、懸命に仕事をこなしていたので、藤堂とあまりゆっくり話す時間を取ることができなかったのである。
「と云う訳で、私は京へ上って新選組に入ることに致しますね。...そろそろ、藤堂君も帰って来る頃合いかな。 」
淑やかに、しかし、してやったという顔で伊東は千香を嘲笑った。
元来の切れ者には、知識を持ってしても敵わないのだろうか。千香は膝の上の拳を握り締めた。
するとドタドタと元気の良い足音が響いて立ち止まると、声が聞こえた。
「伊東先生!ただいま戻りました!失礼致します! 」
少し手荒く襖が開いて、そこには子供の様に目を輝かせた藤堂が居た。それに、伊東はニコリと笑って。
「御苦労。さて、今日の宿はもう決めてあるのかい? 」
「いいえ。まだです。これから探す予定で...。 」
「ならば、今日はここに泊まると良い。久し振りに会えたんだ。積もる話もあるし、何より宿代が勿体無い。 」
「本当ですか!?...では、御言葉に甘えさせて頂きます。 」
千香の複雑な心境を露知らず、藤堂はトントン拍子に話を進めていく。
「千香さんも、御自分の家だと思って寛いで下さって構いませんからね。 」
「は、はい。 」
すると、ぼそりと小声で千香にしか聞こえない様な声で、こうとも言った。
「貴方がなぜ私のことを知っているのかも、是非聞きたいと思っているので。 」
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顔が、凍りついたかの様な感覚がした。
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