幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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報い

視点を変えれば見えてくるもの

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  翌朝千香は目を覚ますと、身支度を整えて、まだ目を覚まさない藤堂を起こさないように気を付けながら、厨房へ向かい朝餉の支度を始めた。
無断で他人の家の台所を使うのは憚られたが、昨日の様子からして食事の支度をする者が伊東の他にないことは明白だったので、拝借してもいいだろうと千香は思ったのである。
暫くするとふと背後に気配を感じた。心なしか背中がムズムズする。

「伊東さん。おはようございます。おくど勝手にお借りしてすみません。 」

確かめずとも、この一日で嫌という程感じていた視線である。千香は体ごとその視線の主の方へ振り向いて、浅く頭を下げた。

「おはようございます。すみませんね。客人に朝餉の支度をさせてしまうなんて...。 」

言葉とは裏腹で。別段悪びれもせず、伊東はするすると口からでまかせを言ったのだと千香の目には映った。

「いいえ。慣れておりますので。それはそうと、奥様と娘さんがいらっしゃったかと思うのですが、一緒に住んでいらっしゃらないのですね。 」

千香は特に興味もないと言った風に、ふと頭に浮かんだ伊東の身の上について尋ねた。昨晩のやりとりで自分が先の世から来たということは最早知られているのだ。今更、言葉を選ぶ必要はないだろう。

「ええ。私もこれから江戸を出る身なので、一先ず実家に帰ってもらいました。...それに、妻も娘も私が居ない方が好きに自分の人生を選べるでしょうから。 」

今少し、ほんの少しだけ、伊東が寂しそうな顔をしたのを千香は見逃さなかった。家族と上手くいっていないのだろうか。
思えば、自分が伊東について知っているのは、新選組にとって妨げになるであろう、熱心な勤王思想の持ち主だということと、この伊東道場の主であること。それと、妻と娘の名前くらいしか無かった。
もしかしたら、伊東の本当の人柄というものは歴史という莫大な情報の瓦礫に埋め尽くされ、現代では形を失ってしまっており、史料からも抹消されているのかもしれない。
江戸へ来てから、伊東の邪な面しか見ていなかった千香は、ふとそんな風に考えた。もしかしたら、自分の中にある偏った先入観と後年創作されたキャラクターの影が邪魔しているが故に、今こうして本人を目の前にしても、良い印象を持つことが難しいのかもしれない。
今まで千香が読んできた小説に出てくる伊東は、新選組から見ると完全なる悪なのだから。

実際、幕末期に活躍した人物は、後の世で、時代を動かし今日、自分たちが生きている日本の礎を気付いた英雄として崇められている節がある。所謂ヒーロー扱いを受けているのだ。千香の近しいところで例をとってみると、近藤や土方なんかもそうで、創作で書かれた小説のイメージが定着し、実際の人物像も同様だと誤解されてしまうことがある。
最も、二人は新選組の幹部であり、写真も残っているので、あまりにも現代に伝えられている人柄とかけ離れて描かれることは多くないが。
しかしながら、いくら一五〇年前の史料が残っているとはいえその全てが正しいとは言い切れない。その年月が経つ間に失われ、婉曲して伝わった歴史が全く無いとは言い切れない。

「...そうですか。 」

なんとも言えない複雑な心境になりながら、千香はまな板の方へ向き直り、包丁を握ると、野菜を切り始めた。
   屯所にいた時とは違い、ここでは三人分の食事を作ればよかったので、いくらか楽に手早く支度を終えると、伊東に声をかけた。

「...朝餉、一緒に召し上がりますか?一人で食べるのは、寂しいでしょうし。 」

情けをかけるのでは無い。ただ、自分が同じ立場だったらと考えてしまっただけだ。

「...!!是非! 」

その時初めて、千香は伊東の驚いた顔を見た。きっと心から込み上げてきた感情が、自然と顔に現れたのだろう。もっとこんな風に人らしい顔をすればいいのに。と内心苦笑しながら、膳を広間へと運んだ。
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