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三話 『九割レイズしただろ?』
しおりを挟むその夜、晴翔は夢を見た。あの粗悪なバスケットコートで見知らない少年と相対している。1on1でもしてるのだろう。
晴翔自身の身長が低くなっていたので小学生くらいの設定なのだと客観的に理解した。自分の意思とは関係なしに身体が動き、言葉を発する。しかし、音が全く聞き取れない。
「……」
(何を言ってるんだ?)
ボールを持ってるいる少年は笑顔で何か言ったが、聞き取れなかった。少年は一度、ボールを晴翔に渡す。そのボールを晴翔が再び少年に渡す。バスケの1on1をやる時の儀式の様なものだ。
(こんな記憶無いな……誰なんだ、この子?)
少年がドリブルをつき始める。高さにムラの無い手に吸い付く様な綺麗なドリブル。高校生の晴翔ですらこんな綺麗なドリブルつく事は出来ないだろう。
少年はニッ、と白い歯を見せるスピードを上げてゴールに向かっていく、それに合わせる様に晴翔もサイドステップからクロスステップに切り替えて応戦する。だが、次の瞬間、少年の手元からボールが消えていた。ボールを見失った一瞬に晴翔は綺麗に抜かれた。そのまま少年は基本時なレイアップシュートを決めて満遍の笑みでピースを決めた。
(……バックビハンド、か。小学生が出来る練度じゃないだろ)
そう思ったところで、夢は終わった。
「う……なんだったんだ、あの夢は? あの子、誰はだろう?」
普段なら夢の記憶など不鮮明ですぐに消えてしまうが、この日の夢はやけに鮮明で晴翔の記憶にしっかりとこびり付いていた。
まだ、完全に目覚めきっておらずピントの合わない視界を右手でゴシゴシと擦ってから大きく伸びをする。すると、漸く晴翔の瞳は世界を正確に捉える。
「げ、もう十時かよ。夏休みだからってダメダメだな僕」
寝巻き代わりに着ているバスTのまま二階の自分の部屋から一階のリビングへと向かった。
「親父は、もう帰ってくる頃かな? どーせ、今日もおっさん達と呑んでくるか……」
漁師の朝は早い。昨晩、秋春は晴翔と入れ違いになる様に家を出ていた。ちょうど、今頃は漁港で水揚げが終わって漁師仲間と余った魚で一杯やってるくらいだろう。
晴翔はそんな事を考えながら、コーヒーメーカの電源を入れてアイスコーヒーを作る。
「さて、今日は汰一と夏休みの宿題仕上げる約束してるし、さっさと行きますか」
そう言って、アイスコーヒーを味わう事をせず口の中へ流し込むと、晴翔はそのまま汰一の家へと向かった。
◆
「ふーん。それで、我が親友はその子に声掛けたのか?」
「んなわけねーよ。だって、僕だよ?」
時刻は午前十一時と少し。もうそろそろ、時計の針は十二時をまたぎ、一日の半分が終わろうとしている頃、晴翔は汰一の部屋にいた。
汰一に昨晩、見掛けた車椅子の少女の事を話すと、案の定、食いついてきた。
汰一は目を細めて僕の瞳を覗き込む。しかし、口元はいやらしく開けている。
「ま、それもそうだな。晴翔だもんな。晴翔が見ず知らずの女子に話しかけらるわけないよな」
「それは、そうだけど……なんか、腹たつな!!」
「怒ったか?」
そう言ってケラケラと笑う汰一を見ると腹を立てたのがバカらしく思えてきた。要するにからかわれたのだ。その事に気がついた晴翔は汰一から顔を逸らした。これ以上、汰一を相手にするのはやめだ。どーせ、勝てないのだから。
ため息を吐いて背後にある汰一のパイプベッドの側面に体重を描ける。
「……なあ」
「なんだよ」
「俺達、夏休みの宿題やってんだよな?」
晴翔は目の前の円形テーブルの上に散乱するポテチとコーラに目をやる。
「そーだけど?」
「どーするよ? 学校明日からだぜ?」
「ああ、そうだな。なんてこった……」
晴翔と汰一の視線がポテチとコーラとに再び向けられる。そして、二人合わせたように盛大なため息を吐くと同時にテーブルの上の食べ物を退けて各々の宿題を机の上に置いた。
「我が親友よ、どのくらい終わってるよ? 俺は全部白紙な」
「気があうな、我が友よ。僕もだよ」
二人して積み上げられたプリントの山に項垂れる。
「俺ら夏休み何に使ったけ?」
「そりゃ、甲子園目指してバッティングセンターに九割レイズしただろ?」
「ああ、そうだったな。お陰で多田野数人ばりの超スローボールが打てるようになったぜ」
逆に言えばそれ以外の球を打つことは晴翔にも汰一にも出来なかった。そもそも、二人がバッティングセンターを使い始めたのは今年の夏から。汰一の家の物置から汰一の父親が使っていた上物の金属バットが出土したのがきっかけだった。
「あのバットさえなければこんなにも夏休みを無駄にしなかったなのにな」
積み上げた宿題の量に絶望しながら言い訳がましく汰一が言う。無論、言い訳なのだが本人にとってはそんな事は関係ないのだろう。
「ねーよ。僕達は例えあのバットがなくても別な事にフルレイズしただろうさ」
「そうだよな。俺達だもんな……。ああ神様、どうか俺達に神の導きを」
「神様は金払わねーとなんもしてくんないよ。ドラクエだって生き返るのに金とるだろ」
「それは、教会だ。神様じゃねーよ!!」
確かに、と心で同意しながら晴翔はシャーペンをひたすらに動かした。そして、作業が終わる頃にはとっくに日が沈み、空には月が浮かんでいた。
「やっと終わった……。我が友人よ、終わったか。て、死んでるし」
ようやく、全ての宿題にケリをつけて汰一方に視線を動かしてみればそこには、白目を剥いて意識を飛ばした友の姿あった。
「……友よ、お前の事は一生忘れない」
気絶、元より居眠りしている友人を起こさない様にそっと荷物を纏める。
下からは、大人の笑い声が聞こえてくる。下で酒でも飲んでるのだろう。なんたって、汰一の家はこの町で数少ない居酒屋なのだから。
それから、晴翔は店の裏口から表へと出たのだった。
腕時計を見ると午後七時を回っていた。もうすっかり、夕飯時だ。どうりで汰一の家の居酒屋にも人が集まっている訳である。今日が日曜日だという事も関係してるのだろうが。
「昨日の、女の子。また、居るかな?」
真っ直ぐ家に帰ろうとした晴翔とだったが、ふと昨晩の少女の姿が脳裏をよぎる。月の光で顔はよく見えなかったが、その佇まいが妙に神々しかったのは覚えている。
「見てろよ、我が友よ。僕だってやる時はやるんだからな。不景気な面だけが持ち味のコミュ症で終わってたまるか」
未だに自室で大イビキをかいて眠ってるであろう汰一の姿を思い描きながら晴翔は昨晩のバスケットコートへと足を進めた。汰一を見返したいという思いもあったが、それよりも少女の事が気になってしょうがなかった。
気がつくと走り出していた。居るかどうかも分からない少女に思いを馳せながら。会って何を話そうか、どんな顔をして声を掛けようか、不安は腐るほどある。でも、それと同時にこれから何かが変わるかもしれない、という何の根拠もない期待感が胸の内に溢れていた。
ーーもしかしたら、色が見つかるかもしれない。
この時は、そう思っていたんだ。
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