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六、十一月九日(金)④
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「いつものように『お任せ』でよかね」
マスターが二人の顔を見ながら言った。
「うん、やって。マスターも飲んでや。嫌やったら無理せんでえいき。嫌やったらやけんど」
笑いながら言うトクちゃんのいつものセリフに、マスターも軽く合わせる。
「嫌なわけなかろうもん。トクちゃんのオゴリなら、それぁ無理でも飲まんならん」
「マスターに飲ましたらよ、客より先に酔っ払うき。何ぼでも飲んでや。勘定払わんでも分からんばぁ。ねぁ、ノモ」
「そうそう」と、ノモ君も笑って相づちを打つ。
ノモ君には宮崎県の芋焼酎「山ねこ」の燗焼酎。本場九州では「黒じょか」という焼酎専用の土瓶があり、これに水で割った焼酎を入れて火に掛け燗をつける。土佐の小さな居酒屋を一人で切り盛りするマスターにはそこまで凝る余裕は無い。それで前日に焼酎と海洋深層水とを六:四で割って冷蔵庫に置いておく。それを厚手の徳利に入れ燗をつけるのだ。こうすると焼酎と水が馴染んでまろやかな味になる。直にお湯を注いで割った焼酎とは比べものにならない。試してみれば一目瞭然、いや一味瞭然。燗焼酎は仕込み水で割るといいらしいが、出来ない相談。体と舌にいい水を使えばそれでも上等に旨いのだ。
「あたしも焼酎飲んでみようかしら」
スエさん、「何となく」仲間に入りたいらしい。土佐焼酎党の一員にするにはいいチャンス。
「スエさん、焼酎初体験やろ。けんど日本酒で年季の入っとうし。これがよかかな?」
マスターが手にしたのは「山ねこ」の兄弟分の米焼酎「山翡翠」。ロックで出した。ひと口飲んでスエさん、うなずいた。
「ふーん。焼酎って美味しいがやねぇ。美味しいき、『稲庭の焼きうどん』お願い」
焼酎が「美味しい」から「焼きうどん」? どこでどう繋がるのか分からない。恐らくスエさん、いまだお腹が満たされていないだけの話。訊いたところで「うーん。何となく」と答えるに決まっている。
乾麺の「稲庭うどん」は、ゆで上がるのに10分近く掛かる。その間に一品、「蕪のソテー」を作った。きょう仕入れたばかりの蕪の登場である。
1㎝弱の幅に切った蕪は、厚めに皮を剝く。半月に切った両面に斜め格子に切れ目を入れ、オリーブオイルで焦げ目がつく程度に表を焼く。裏返し、焼き上がる前に斜め切りした白ネギを入れ、これも両面焦がす程度に火を通す。皿に移した蕪に甘辛の味噌ダレを掛けた。蕪とネギの甘さが引き立ち、美味しいこと請け合いである。が、なあに、炒める時に塩コショーするだけでも充分美味しい。
さて、うどんがゆで上がった。流しでザルに空け、水を流しながらぬめりを取る。それぞれ同じ長さに細切りした玉ネギ・長ネギ・ニンジン・生シイタケ・久礼天に赤唐辛子を浸けた焼酎小さじ一杯入れ、サラダオイルで炒めながら塩コショウする。オイスターソースと醤油で味付けし、水を切った稲庭うどんを放り込み味がからめば出来上がり。市販の「ゆでうどん」を「焼きうどん」にするとベタつくが、乾麺だとつるりとして喉越しがいい。
皿に盛られた「焼きうどん」の上で、たっぷりの鰹節が身をよじっている。
熱々の「焼きうどん」をスエさんに出すと、今度はノモ君とトクちゃんに焼酎のお代わり。続いて二人の肴だ。マスター、なかなか奮闘している。
玉ネギ・ニンジン・エリンギと大根おろしを入れて煮た、すまし汁よりはちょっと濃いめの汁を作る。三枚におろし軽く塩をしたアジは水気をふき取り半分に切る。二切れが一人前、アジ一尾で人前。片栗粉をまぶして唐揚げにし、鍋の汁に入れひと煮立ち。少し底の深い器に盛って汁を張り、アジの上に湯がいたアスパラをあしらった。「アジの煮おろし」の完成である。アスパラの代わりに小口切りした青ネギ、夏場ならオクラでもよい。緑を散らしたい。
酔いが回って来て、ノモ君の口が滑り始めた。
「マスター、覚えちゅう?」
「ん? 何ね」
「この前、同窓会の後みんなでここに来た時、葬式の話しよったがやけんど」
「そうねぇ? 料理ば作るとに神経の行きよって、たぶん耳に届いてなか思うよ」
「そうなが? あのね、友だちが原稿見ながら葬儀の参列者にお礼の言葉言いよったがね。そしたら亡くなった母親のことが胸に迫って来たみたいで、途中で声がつまったが」
「それぁ、無理もなか」
「トクちゃんがね、同窓会の席でその友だちに言うがよ」
「何て言うたと?」
トクちゃんが口をとがらせ、ノモ君の言い出した話をさえぎろうとした。
「もう、ええやいか。済んだ話やき。マスターも聞きとうないろう? 葬式の話なんか」
「聞きたかねぇ。是非に、聞きたか」
「トクちゃんね……」
言いたくておれないノモ君の顔が、もう半分以上笑っている。
「こう言うたが。『おんしゃあ、あん時、原稿の漢字が読めざったがやお。学校で何勉強しよったがな』て」
マスター、思わず吹き出した。スエさんも「ホホホ」と笑う。
「冗談よや、冗談。それくらい分かるろうが。ノモぉ、おんしゃあねぁ、オレに恨みでもあるがかや? こんな所で恥かかさんでもえいろうが」
ノモ君は顔の前で、右手を左右に振って否定した。
「アハハ。無い、無い。けんど、マスター。面白いろう、トクちゃん」
「けんどよぉ。あいつ言葉が出んなったき、本気で心配したがぞ。ハラハラしたきねぁ。あいつの後ろに親父さんと弟が寄って来て原稿のぞいたろうが。ホンマに漢字が読めん思うたき。けんど、可笑しかったでねぁ。マイクの前に並んだ三人、みんな丸坊主やったやいか」
「マスター。トクちゃんね……」
「もう、えいて」
「『あいつの家、お寺さんやったろか。お寺さんやったら自分くで葬式ばぁ出せれるろうに』て、言うがね」
「後で聞いたらよ、散髪屋が髪を短こう切り過ぎたがやと。ほんで、いっそ坊主にしちゃおて。そしたら親父さんも弟も丸坊主にした言うがやき。付き合いのえい親子でねぁ、まっこと」
二人がそろうと、決まってこんなバカ話になる。ボケとツッコミの気の合う友だちなのだ。ノモ君は普段は真面目でお堅い人物に見られるが、トクちゃんと飲んでいると構えがくずれて地が出て来る。真面目だがお堅くはない。朗らかでナイーブなのである。言いたいことが言える友がいるというのは幸せなことなのだ。
マスターが二人の顔を見ながら言った。
「うん、やって。マスターも飲んでや。嫌やったら無理せんでえいき。嫌やったらやけんど」
笑いながら言うトクちゃんのいつものセリフに、マスターも軽く合わせる。
「嫌なわけなかろうもん。トクちゃんのオゴリなら、それぁ無理でも飲まんならん」
「マスターに飲ましたらよ、客より先に酔っ払うき。何ぼでも飲んでや。勘定払わんでも分からんばぁ。ねぁ、ノモ」
「そうそう」と、ノモ君も笑って相づちを打つ。
ノモ君には宮崎県の芋焼酎「山ねこ」の燗焼酎。本場九州では「黒じょか」という焼酎専用の土瓶があり、これに水で割った焼酎を入れて火に掛け燗をつける。土佐の小さな居酒屋を一人で切り盛りするマスターにはそこまで凝る余裕は無い。それで前日に焼酎と海洋深層水とを六:四で割って冷蔵庫に置いておく。それを厚手の徳利に入れ燗をつけるのだ。こうすると焼酎と水が馴染んでまろやかな味になる。直にお湯を注いで割った焼酎とは比べものにならない。試してみれば一目瞭然、いや一味瞭然。燗焼酎は仕込み水で割るといいらしいが、出来ない相談。体と舌にいい水を使えばそれでも上等に旨いのだ。
「あたしも焼酎飲んでみようかしら」
スエさん、「何となく」仲間に入りたいらしい。土佐焼酎党の一員にするにはいいチャンス。
「スエさん、焼酎初体験やろ。けんど日本酒で年季の入っとうし。これがよかかな?」
マスターが手にしたのは「山ねこ」の兄弟分の米焼酎「山翡翠」。ロックで出した。ひと口飲んでスエさん、うなずいた。
「ふーん。焼酎って美味しいがやねぇ。美味しいき、『稲庭の焼きうどん』お願い」
焼酎が「美味しい」から「焼きうどん」? どこでどう繋がるのか分からない。恐らくスエさん、いまだお腹が満たされていないだけの話。訊いたところで「うーん。何となく」と答えるに決まっている。
乾麺の「稲庭うどん」は、ゆで上がるのに10分近く掛かる。その間に一品、「蕪のソテー」を作った。きょう仕入れたばかりの蕪の登場である。
1㎝弱の幅に切った蕪は、厚めに皮を剝く。半月に切った両面に斜め格子に切れ目を入れ、オリーブオイルで焦げ目がつく程度に表を焼く。裏返し、焼き上がる前に斜め切りした白ネギを入れ、これも両面焦がす程度に火を通す。皿に移した蕪に甘辛の味噌ダレを掛けた。蕪とネギの甘さが引き立ち、美味しいこと請け合いである。が、なあに、炒める時に塩コショーするだけでも充分美味しい。
さて、うどんがゆで上がった。流しでザルに空け、水を流しながらぬめりを取る。それぞれ同じ長さに細切りした玉ネギ・長ネギ・ニンジン・生シイタケ・久礼天に赤唐辛子を浸けた焼酎小さじ一杯入れ、サラダオイルで炒めながら塩コショウする。オイスターソースと醤油で味付けし、水を切った稲庭うどんを放り込み味がからめば出来上がり。市販の「ゆでうどん」を「焼きうどん」にするとベタつくが、乾麺だとつるりとして喉越しがいい。
皿に盛られた「焼きうどん」の上で、たっぷりの鰹節が身をよじっている。
熱々の「焼きうどん」をスエさんに出すと、今度はノモ君とトクちゃんに焼酎のお代わり。続いて二人の肴だ。マスター、なかなか奮闘している。
玉ネギ・ニンジン・エリンギと大根おろしを入れて煮た、すまし汁よりはちょっと濃いめの汁を作る。三枚におろし軽く塩をしたアジは水気をふき取り半分に切る。二切れが一人前、アジ一尾で人前。片栗粉をまぶして唐揚げにし、鍋の汁に入れひと煮立ち。少し底の深い器に盛って汁を張り、アジの上に湯がいたアスパラをあしらった。「アジの煮おろし」の完成である。アスパラの代わりに小口切りした青ネギ、夏場ならオクラでもよい。緑を散らしたい。
酔いが回って来て、ノモ君の口が滑り始めた。
「マスター、覚えちゅう?」
「ん? 何ね」
「この前、同窓会の後みんなでここに来た時、葬式の話しよったがやけんど」
「そうねぇ? 料理ば作るとに神経の行きよって、たぶん耳に届いてなか思うよ」
「そうなが? あのね、友だちが原稿見ながら葬儀の参列者にお礼の言葉言いよったがね。そしたら亡くなった母親のことが胸に迫って来たみたいで、途中で声がつまったが」
「それぁ、無理もなか」
「トクちゃんがね、同窓会の席でその友だちに言うがよ」
「何て言うたと?」
トクちゃんが口をとがらせ、ノモ君の言い出した話をさえぎろうとした。
「もう、ええやいか。済んだ話やき。マスターも聞きとうないろう? 葬式の話なんか」
「聞きたかねぇ。是非に、聞きたか」
「トクちゃんね……」
言いたくておれないノモ君の顔が、もう半分以上笑っている。
「こう言うたが。『おんしゃあ、あん時、原稿の漢字が読めざったがやお。学校で何勉強しよったがな』て」
マスター、思わず吹き出した。スエさんも「ホホホ」と笑う。
「冗談よや、冗談。それくらい分かるろうが。ノモぉ、おんしゃあねぁ、オレに恨みでもあるがかや? こんな所で恥かかさんでもえいろうが」
ノモ君は顔の前で、右手を左右に振って否定した。
「アハハ。無い、無い。けんど、マスター。面白いろう、トクちゃん」
「けんどよぉ。あいつ言葉が出んなったき、本気で心配したがぞ。ハラハラしたきねぁ。あいつの後ろに親父さんと弟が寄って来て原稿のぞいたろうが。ホンマに漢字が読めん思うたき。けんど、可笑しかったでねぁ。マイクの前に並んだ三人、みんな丸坊主やったやいか」
「マスター。トクちゃんね……」
「もう、えいて」
「『あいつの家、お寺さんやったろか。お寺さんやったら自分くで葬式ばぁ出せれるろうに』て、言うがね」
「後で聞いたらよ、散髪屋が髪を短こう切り過ぎたがやと。ほんで、いっそ坊主にしちゃおて。そしたら親父さんも弟も丸坊主にした言うがやき。付き合いのえい親子でねぁ、まっこと」
二人がそろうと、決まってこんなバカ話になる。ボケとツッコミの気の合う友だちなのだ。ノモ君は普段は真面目でお堅い人物に見られるが、トクちゃんと飲んでいると構えがくずれて地が出て来る。真面目だがお堅くはない。朗らかでナイーブなのである。言いたいことが言える友がいるというのは幸せなことなのだ。
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