ゴッド・ハンド

戸浦 隆

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二、ゴッド・ハンド

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 ぼんやりと広がり始めた朝の光の中に、大勢の人間が立ちふさがっているのだ。いく十もの眼が異様に光り、僕を見据みすえている。
 中からオサが、一歩進み出た。
「お客人。あなたは入ってはならぬ所に入ってしまわれた。見てはならぬものを見てしまわれた」
「入るには入ったが、見るものは何もなかった」
「何も?」
「いや。何かあったが、触れようとすると粉々に……」
「何と!」
 オサは声を震わせ、人びとからは嘆きの声が上がった。
「それは……。それは、つぐないをして貰わなければならぬ」
 オサの脇から、大男が現れた。手に刀を持っている。三日月の形をした大きな刀で、おかしいくらい彼の体に似合っていた。けれども逃げるには遅過ぎるし、逃げる道もふさがれている。絶体絶命のどん詰まり、おぼれるネズミ掴むわら無し。いや何とか切り抜けられるはずだ、たいていのお話の中では。まして夢の中でなら。
 オサが薄暗い中の人びとのかたまりに、声を掛けた。
「おきてを破った客人には、つぐないをして貰わねばならぬ」
 黒いかたまりは、大きくうなずいた。
「だが、われらは殺生せっしょうを好まぬ」
 黒いかたまりは、また大きくうなずく。
 僕は、ほっと胸をで下ろした。助かるのだ、金貨一枚で。それで済むなら、こんな有り難いことはない。
 体中から汗がふき出していた。
 僕は胸のポケットから箱を取り出す。
 オサも三日月刀を持つ大男も黒いかたまりも、僕の手を見つめている。
 僕はオサに箱を差し出した。
「確かめたい。もう一度あれを見せてくれ」
 僕は箱を開け、つまんだ金貨を宙にはじき上げた。うすら明かりの中、色をなくした金貨が落ちて来る。掴んだ右手と、左手をオサの前に出す。
 杖でたたかれた右手は、から
 杖でたたかれた左手に、金貨。
 オサは大きくうなずく。みんな黙ってうなずく。まるで無言で行われる儀式のようだ。
 僕は金貨を右手の指で取り、オサに差し出した。
 けれども受け取らず、オサは一歩後ろに下がった。
 ん? 要らないのか?
 僕は首をかしげた。
 その時、大男が僕の左手をむんずと掴んだ。声を上げる間もなく、三日月刀が振り下ろされた。
 大男は転がったものを拾い上げると、オサに差し出した。
 僕の左手? 痛くともなんともないけれど(夢の中だから痛いはずもないのだが)。
 僕のものであったはずの左手を、オサは高々とかかげた。
「金貨を生み出す『不思議の手』だ! われらの新しきまもぬしだ!」
「おおっ!」
 朝の光が差し始める洞穴に、オサを先頭にみんなが入ってゆく。僕も後を追う。
 オサはくずれ落ちたもののあった所に左手を置いた。みんなの何やら唱える声が、洞穴に木霊こだまする。
 僕は無いはずの左手を動かしてみた。グー、チョキ、パー……指の動く感覚がある。
 ひょっとしたらと、中指と薬指に親指を添えた。そうして人差し指と小指をピンと立てた。すると土の上に置かれた左手が、キツネの顔になった。僕はキツネの口を動かしてみた。
 土の上の左手の指キツネが「コン」と鳴いた。まるで夢でも見ているような気がした。

       ── 了 ──
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