虹を越えて

戸浦 隆

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九、チョロキュー②

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「一人より全体を重視するからなあ、学校は」
「そこを何とかしなさいよ」
「うーん。ちょっと待って下さい」
「何かひらめいた?」
「家庭科の藤原先生」
「藤原先生?」
「ええ。技術家庭の実習授業は男子は工作、女子は裁縫とか調理です。それを『男子にも裁縫・料理を、女子にも工作を』って」
「合同授業させたことあったわね。相当反対されたけど、試験的にということで」
「子どもたちの可能性を広げたと、僕は思ってます」
「デザイナーを目指す男子や、建築・設計・土木の方へ進む女子も出て来たわね」
「何かヒント出してくれるかも知れません」
「藤原先生か。綺麗で優しいお母ちゃんみたいで、私とは正反対。あこがれるわ」
「ですね」
「その『ですね』は、『私とは正反対』ってとこ?」
「いえ。『あこがれる』ってとこです」
「まあ、いいわ。藤原先生によろしく」
 パンと手を合わせ、坂田先生は「お頼みポーズ」をした。
「それから、もう一つ」
「何です?」
「『女金時』て呼ぶのええけぇど、みんなの前では言わんでくれるなぁ? ヒナ君」
 あっ、知られてた!
 わざわざ地元言葉で言われると、胸にずんと来る。今度は僕がパンと手を合わせ、「謝りポーズ」をした。

 放課後、裁縫実習室と調理実習室の間にある準備室を訪れた。
 藤原先生が紅茶を出してくれる。しかも手作りクッキー付きだ。
「話は分かったわ」
 藤原先生は来年、定年退職する大ベテランだ。学校のことも子どもたちのことも、よく分かっている。
「ミサキちゃんは、弟想いのいい子よ。お母さんの苦労を知っているから芯も強い」
「どうにかなりませんか?」
「出来上がっているものを変えるのは、とてもエネルギーがいるの。でも変えなければ、いつまでも同じ。時代は変わっていっているのに」
 藤原先生は、紅茶を優雅に飲みながら続けた。
「変えがたいのは、政治屋の頭と学校の体制ね」
 優雅なしぐさながら、言うことはけっこうキツい。
「学年制なんかやめて歳の上下一緒のクラスにすればいいのよ、支援学級みたいに」
 ちょっとビックリするようなことを言う。
「上の子が下の子を教える。分かるように教えるのは難しい。だから工夫する。工夫すると、自分がほんとうは分かっていなかったことに気づく。気づくと本質を見ようとする。気づきが大切なのよ」
「なるほど」
「下の子は教えられたことで信頼する。自分が教えるようになると、支える大切さを知るようになる。ただ、『お山の大将』になってはだめね」
 あれ? 坂田先生と同じことを言われた。
「分からないからといって腹を立てたり、ただ覚えろと命じたり、出来ないとゲンコツなんていうのは教える資格ないわね。自分がどれほど未熟か気づいてない」
 藤原先生はクッキーに手を伸ばし、こちらも優雅に口に運ぶ。
「同年にもいいのよ。自分と同い年の子との違いを知る。違いは差とか優劣じゃない。個性なの。だからゴールはそれぞれ違う。それが分かればイジメなんて起こらないわ」
 あれ? 坂田先生が強歩会で背負った女子生徒に同じことを言ってたぞ。
「今は一列に並ばせて『よーい、ドン』。受験で競争させる。成績で上下を決める。だから、私やあなたの担当の教科は後回し。あ、これはひねくれて言うんじゃないわよ」
「確かに美術の授業は数学にふり替えられてます。美術の単位は絵の提出ということで」
「いろんな人間がいて、いかに生きていくべきかを学ぶ。それが学校だと思うわ」
 藤原先生が、二杯目の紅茶を入れてくれた。
「そうそう、ミサキちゃんのことだったわね。私ったら自分の言いたいことばかり。ごめんなさい。沢渡先生と坂田先生とあなたとで、明日『お茶会』はどう?」
「お茶会、ですか?」
「話がまとまれば、次は校長先生と教頭先生にも来ていただいて」
「はあ」
「教員会なんて、決まったことの事後承認みたいなものだから」
「そんなもんなんですか?」
「結論ありき。責任不明瞭にするだけよ」
 それでは何のための会だか分からないじゃないか、と思った。
「世の中は、だいたいそんなふうに回ってるの」
 今度は、クッキーを優雅にかじりながら続けた。
「先に進めたり新しいことを始めるのに知恵を出し合うのは、『お茶会』が一番よ。ただし、いつもうまくいくとは限らない。世の中がうまく回っていないようにね」
 藤原先生は、どうもいろんな先生を招いて「お茶会」を開いているようだ。かしこまらずに、本音で話が出来るからだろう。坂田先生は「根回し」と言ったけれど、藤原先生流の「根回し」が「お茶会」か。この小さな実習準備室が学校に血液を送り出す動力源になっている気がして来た。
「チョロキューは、どう?」
「頑張ってますよ。面白いらしく、走り回ることもありません」
「そう。それはよかった」
「今、サソリに取り掛かっているんですが」
 描けずに行きづまっていたヒカルが、嫌になるどころか何とかしようとしていること。図鑑や、理科室から標本まで持ち出して苦心していること。星座のサソリ座の直線をもとにして、サソリの形を取り始めたこと。走り回る代わりに、時々みんなの描いているものを見に行くこと。そういったヒカルの様子を、藤原先生に話した。
「チョロキューが、チョロキューでなくなって来てるのね」
「チョロキューだけじゃないです。みんな少しずつ変わって来ています」
「成長の早い子もいればそうでない子もいるから、よく見ないとね」
「僕もそう思います。特にあの子たちは」
「あの子たちだけじゃない。どの子もよ。今だけじゃない、永い眼で見てあげて」
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