声なき聖女の伝え方

フーツラ

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ゆらゆらと漂っている。

 たまにチャプンと音がするぐらいで、辺りは静かなものだ。

 私はどうなったのだろう? ここは死後の世界だろうか?

 未だ目を開けられず、ただ時間が流れていく。

 
「×××× ××× ×××」

 聞いたことのない言葉だ。天使が話している?

 不意に身体が持ち上げられた。

「×××! ×××!」

 そんな大きな声を出さなくても聞こえているのに。何を言っているのかは分からないけれど……。

「大丈夫か!」

「……ぁ」

 突然耳に入ったイザク語に瞼を開くと、目の前に男性の顔がある。男はほっとしたようで、深く息を吐いた。

「イザーク人?」

 コクコクと頷くと、男は一瞬目を瞑ってから困った顔をした。

「俺、イザク語苦手」

 片言のイザク語だ。外国人だろうか? 褐色の肌、黒い髪に黒い瞳。イザーク王国ではあまり見ない風貌だ。

「大変……」

 そうポツリと漏らしてから、男は動き出す。そして私は男に横抱きに抱えられていることに気が付いた。

「……ぁ……ぅ」

「うん?」

「……」

 バシャバシャと音がする。首を捻って見渡すと、少ししたところに砂浜が見えた。つまり私は海に浮かんでいたのだ。

 助かってしまった……。

 完全に終わりだと思ったのに……。

 男は私の思いとは関係なくズンズン海の中を進んで砂浜に上がり、それでも私を下そうとせずに歩き続けた。


 小高くなった丘の上に家があった。古びているものの落ち着いた雰囲気の素敵な外観だ。

「着いた」

 玄関の前まで来て、男はやっと私を立たせる。随分と過保護だ。

 家の前には畑があり、見たことのない野菜がなっている。ここはイザク大陸ではないみたい。一体、何処だろう?

「ふふ。入る」

 キョロキョロと物珍しそうにする私を見て少し笑い、男は玄関の扉を開けた。

 恐る恐る足を踏み入れると、家の中は意外なほどに綺麗で驚く。

 男は漁師なのだろう。様々な漁具がリビングの棚に整然と並べられていた。

「座る」

 流木で作った椅子を勧められ、言われるがままに座った。磨き上げられているようで、触るとツルツルして気持ちいい。

 私の対面の椅子にドカリと腰を下ろし、男は自分を指差して言った。

「ロラン」

 男の名前はロランだ。期待するような瞳でこちらを見ている。

「……ぁ……ぅ」

 リネアと言ったつもりだけど、私の口から出た音は小さなうめき声だった。

「うん?」

「……」

 下を向いてしまう。

「大丈夫。大丈夫」

 ロランさんは私が話せないことを察したようだ。頭を掻きながら少し困った顔を作った。

「お腹は?」

 そう尋ねられた途端に、空腹を知らせる低い音が私の身体から響いた。顔が赤く染まるのが分かる。恥ずかしい……。

 彼は笑いながら立ち上がり、リビングの横の台所で料理を始めた。手慣れた様子で、テキパキと動く。

 意外にも台所は魔道具が充実しているようだった。直ぐに鍋から湯気が上がり、魚介のいい香りがリビングまで流れてきた。

「食べて」

 そう言って椅子の前のテーブルに置かれたのは具沢山のスープとパンだった。野菜と魚と貝がドンっと主張している。

 彼も同じメニューを持ってきて、食べ始めた。

 一見すると逞しい漁師といった風貌のロランさんだけど、何処かその所作には気品がある。

「うん? 冷める」

「……ぁ」

 はい! と心の中で返事をしてスープを口に入れると濃厚な旨味が広がった。美味しい……。今まで食べたどんなスープよりも。

「美味しい?」

 コクコク頷くと、彼は満足気に笑った。

 あまりの美味しさに、あっという間に平らげる。するとスッとおかわりが出された。見透かされたようで恥ずかしかったけど、私は我慢出来ずにスープ皿を受け取る。

 やっぱり美味しい……。人を夢中にさせる魔法のようなスープだ。どんな秘密があるのだろう?

 先に食事を終えたロランさんは台所で後片付けを始める。手伝おうとしたら、肩をポンポンと叩かれた。座ってなさいと。

 なんだか変な気分だ。

 教会でも王城でも感じたことのない安心感。

 これが、家という空間なのかもしれない。

 ロランさんの背中を眺めながら、なんとなくそう感じるのだった。
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