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馬鹿がいる
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王都の貴族街にある公園。私は婚約者のヘンリーに呼び出されていた。
「フリージア、君との婚約を破棄させてもらう」
「ヤァ! トォ!」
「……何故なの? 教えてヘンリー」
ヘンリーはすぐ隣から聞こえ始めた男の掛け声に顔を顰めながら、言葉を続けた。
「君との婚約は親同士が決めたことに過ぎない」
「セイッ! ヤァッ!!」
「……それはそうだけれど……」
私が悲しそうな声を出しても、男は剣の素振りをやめない。それどころか、益々激しくなってきたように思える。どうやら、こちらの会話は全く聞こえていないらしい。
「私は真実の愛を見つけたんだ。だから、君と一緒になることは出来ない」
「トリャァァ!! セイセイヤァァッ!!」
「そんな……! 私のことを愛していると言ったのは嘘だったの……!?」
私の言葉を聞いても、ヘンリーは表情一つ変えな──。
「破ァァァッ! 滅ッッッッッ!!」
「うるさいわね!! こっちは真剣な話をしているのよ!!」
あまりの空気の読めなさに思わず怒鳴ってしまった。
剣を振っていた男は動きを止め、私とヘンリーを一瞥してから自分の剣を誇らしげに掲げる。
「こっちだって真剣だぞ?」
「そーいう話をしてるんじゃないの……!!」
「真剣な話じゃなかったのか。ならば、気にすることはないな」
そう言って、男はまた素振りを再開した。
「……フリージア。とにかく私は君との婚約を続けるつもりはない」
「わかったわ」
私の返事を聞いて、ヘンリーは足早に立ち去った。きっと、真実の愛とやらを注ぐ相手のところへ向かったのでしょう。
あぁ。終わってしまった。両親になんて伝えよう。
ヘンリーとの婚約は、財政が傾くリットン子爵家にとって頼みの綱だった。ウチの両親は、裕福なヘンリーの実家からの支援を期待していたのだ。
すぐに屋敷に帰る気分にはならず、よろよろと公園のベンチに座る。
「ヤァ! トゥ!」
男はまだ剣を振っていた。貴族なのは間違いないけれど、お茶会等では見たことのない顔だった。
最近王都に来たのだろうか?
「フンッ! 破ッ!!」
さっきまでは邪魔な掛け声だったけれど、男の剣舞を観ていると妙に心が落ち着いた。
剣の煌きを追いかけていると、余計なことを考えずに済む。
「斬ッッ!!」
大きく剣を振るった後、男はピタリと動きを止めた。まだ緊張感は残っているけれど、サッと剣は仕舞われる。
「ふぅー」
男が息を吐くとその緊張感も霧散し、急に周囲の音が聞こえ始めた。私は随分と長い間、男の剣舞に見惚れていたらしい。
男は辺りをキョロキョロと見渡し、私を見つけて寄ってきた。
「すまない。どこかこの辺で水が飲めるところはないか?」
確かに男は汗だくだ。金色の髪がピタリと頬に張り付いている。
「近くにはないですね。でも、出すことなら出来ますよ?」
私は立ち上がり、魔力を練って水の魔球を一つ、中空に浮かべた。
「ほお。器用だな。頂くぞ?」
男は手を突っ込んで水を掬い、ゴクリと飲み干した。その後は顔を洗い始める。
私はもう一度魔力を練り、風の魔球を男の側に浮かべた。
風が水気を飛ばし、濡れていた髪もすっかり乾く。
「ふぅ。すっきりした。ありがとうな」
「どういたしまして」
髪を手櫛で整えた男の風貌はとても凛々しいものだった。意志の強い瞳が心を惹きつける。
「ところで、貴方様は? 初めてお見かけしましたが?」
「あぁ、俺か? ランスロットという。昨日、西の辺境からこの王都にやってきたばかりなんだ」
西の辺境伯の御令息ね……。最近、鉱山が見つかって注目を浴びている……。
たぶん、私の瞳は鋭くなった筈だ。獲物を見つけた! というように。
「私はリットン子爵家の長女、フリージアです」
スカートを摘み、畏まって挨拶をする。
「もっと気楽にいこうぜ。フリージア。見たところ、俺と同じぐらいの歳だろう?」
「十六です」
「やっぱりだ。実は俺、明日から王立貴族院へ通うんだ」
「私も通っております。もしよろしければ、明日案内しましょうか?」
「頼む! 不安だったんだ!」とランスロット。
剣を振るっていた時とは違う、人懐っこい顔だ。
「少し座ってお話をしませんか? 私、辺境に興味がありますの」
「辺境なんて野蛮な話ばかりだけどな!」
私はランスロットにベンチを勧め、日が暮れる頃まで話し込んだ。
「では、また明日お会いしましょう」
「流石に君を一人で帰すわけにはいかない。送っていくよ」
よしっ! 作戦通り!
公園を後にし、少し肌寒くなった通りを二人で歩く。
「こちらですわ」
先導する振りをして、ランスロットの手を握った。ゴツゴツした剣士の手だ。王都の貴族令息のものとは違い、とても力強い。
ランスロットは緊張しているのか、言葉数が少ない。剣ばかり振って、女性と接することは少なかったのかもしれない。
彼の拍動がこちらにまで伝わってくる。
私は確信した。これは、押せば落とせると。
それからしばらくして、子爵家の屋敷が見えてきた。
「ちょっと待っていてくださいね。両親を紹介します!」
「えっ……! 迷惑になるのでは……!?」
「そんなことはありません!」
狼狽えるランスロットを言いくるめ、私は両親を呼びに行った。そしてこう伝えた。
「ヘンリーに婚約破棄されたけど、もっと有望な西の辺境伯の令息を捕まえてきたわ!!」と。
人生、何が起こるか分からないものである。
「フリージア、君との婚約を破棄させてもらう」
「ヤァ! トォ!」
「……何故なの? 教えてヘンリー」
ヘンリーはすぐ隣から聞こえ始めた男の掛け声に顔を顰めながら、言葉を続けた。
「君との婚約は親同士が決めたことに過ぎない」
「セイッ! ヤァッ!!」
「……それはそうだけれど……」
私が悲しそうな声を出しても、男は剣の素振りをやめない。それどころか、益々激しくなってきたように思える。どうやら、こちらの会話は全く聞こえていないらしい。
「私は真実の愛を見つけたんだ。だから、君と一緒になることは出来ない」
「トリャァァ!! セイセイヤァァッ!!」
「そんな……! 私のことを愛していると言ったのは嘘だったの……!?」
私の言葉を聞いても、ヘンリーは表情一つ変えな──。
「破ァァァッ! 滅ッッッッッ!!」
「うるさいわね!! こっちは真剣な話をしているのよ!!」
あまりの空気の読めなさに思わず怒鳴ってしまった。
剣を振っていた男は動きを止め、私とヘンリーを一瞥してから自分の剣を誇らしげに掲げる。
「こっちだって真剣だぞ?」
「そーいう話をしてるんじゃないの……!!」
「真剣な話じゃなかったのか。ならば、気にすることはないな」
そう言って、男はまた素振りを再開した。
「……フリージア。とにかく私は君との婚約を続けるつもりはない」
「わかったわ」
私の返事を聞いて、ヘンリーは足早に立ち去った。きっと、真実の愛とやらを注ぐ相手のところへ向かったのでしょう。
あぁ。終わってしまった。両親になんて伝えよう。
ヘンリーとの婚約は、財政が傾くリットン子爵家にとって頼みの綱だった。ウチの両親は、裕福なヘンリーの実家からの支援を期待していたのだ。
すぐに屋敷に帰る気分にはならず、よろよろと公園のベンチに座る。
「ヤァ! トゥ!」
男はまだ剣を振っていた。貴族なのは間違いないけれど、お茶会等では見たことのない顔だった。
最近王都に来たのだろうか?
「フンッ! 破ッ!!」
さっきまでは邪魔な掛け声だったけれど、男の剣舞を観ていると妙に心が落ち着いた。
剣の煌きを追いかけていると、余計なことを考えずに済む。
「斬ッッ!!」
大きく剣を振るった後、男はピタリと動きを止めた。まだ緊張感は残っているけれど、サッと剣は仕舞われる。
「ふぅー」
男が息を吐くとその緊張感も霧散し、急に周囲の音が聞こえ始めた。私は随分と長い間、男の剣舞に見惚れていたらしい。
男は辺りをキョロキョロと見渡し、私を見つけて寄ってきた。
「すまない。どこかこの辺で水が飲めるところはないか?」
確かに男は汗だくだ。金色の髪がピタリと頬に張り付いている。
「近くにはないですね。でも、出すことなら出来ますよ?」
私は立ち上がり、魔力を練って水の魔球を一つ、中空に浮かべた。
「ほお。器用だな。頂くぞ?」
男は手を突っ込んで水を掬い、ゴクリと飲み干した。その後は顔を洗い始める。
私はもう一度魔力を練り、風の魔球を男の側に浮かべた。
風が水気を飛ばし、濡れていた髪もすっかり乾く。
「ふぅ。すっきりした。ありがとうな」
「どういたしまして」
髪を手櫛で整えた男の風貌はとても凛々しいものだった。意志の強い瞳が心を惹きつける。
「ところで、貴方様は? 初めてお見かけしましたが?」
「あぁ、俺か? ランスロットという。昨日、西の辺境からこの王都にやってきたばかりなんだ」
西の辺境伯の御令息ね……。最近、鉱山が見つかって注目を浴びている……。
たぶん、私の瞳は鋭くなった筈だ。獲物を見つけた! というように。
「私はリットン子爵家の長女、フリージアです」
スカートを摘み、畏まって挨拶をする。
「もっと気楽にいこうぜ。フリージア。見たところ、俺と同じぐらいの歳だろう?」
「十六です」
「やっぱりだ。実は俺、明日から王立貴族院へ通うんだ」
「私も通っております。もしよろしければ、明日案内しましょうか?」
「頼む! 不安だったんだ!」とランスロット。
剣を振るっていた時とは違う、人懐っこい顔だ。
「少し座ってお話をしませんか? 私、辺境に興味がありますの」
「辺境なんて野蛮な話ばかりだけどな!」
私はランスロットにベンチを勧め、日が暮れる頃まで話し込んだ。
「では、また明日お会いしましょう」
「流石に君を一人で帰すわけにはいかない。送っていくよ」
よしっ! 作戦通り!
公園を後にし、少し肌寒くなった通りを二人で歩く。
「こちらですわ」
先導する振りをして、ランスロットの手を握った。ゴツゴツした剣士の手だ。王都の貴族令息のものとは違い、とても力強い。
ランスロットは緊張しているのか、言葉数が少ない。剣ばかり振って、女性と接することは少なかったのかもしれない。
彼の拍動がこちらにまで伝わってくる。
私は確信した。これは、押せば落とせると。
それからしばらくして、子爵家の屋敷が見えてきた。
「ちょっと待っていてくださいね。両親を紹介します!」
「えっ……! 迷惑になるのでは……!?」
「そんなことはありません!」
狼狽えるランスロットを言いくるめ、私は両親を呼びに行った。そしてこう伝えた。
「ヘンリーに婚約破棄されたけど、もっと有望な西の辺境伯の令息を捕まえてきたわ!!」と。
人生、何が起こるか分からないものである。
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