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眷属が増えました

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「どっせい!」

俺はメイスを振り回し、ゴブリンに叩きつける。ゴブリンの頭は水風船の様に弾けた。血の匂いが鼻を突く。

「グギャ!」

棍棒を持ったゴブリンが殴りかかってくるが、メイスを振るうと棍棒は折れ曲り、体に突き刺さり、血飛沫が上がる。

「やっ!」

腹を蹴りあげて止めを刺し、次々とゴブリンを屠り続ける。我ながら、よい蹂躙だ。吸血鬼に成り立ての頃より更に力が増している。毎日、眷属達と一緒にジャイアントラット狩りに奔走した甲斐があったというものだ。ちなみにだが、ファースト眷属の悲劇に学んでセカンド眷属の3匹は下水道を拠点にして外に出ないように命じてある。灰になるとか本当に心臓にわるい。

さて、今回の依頼であるが、俺は素直にルーシーの話を聞いてゴブリンの討伐を行なっている。1セット30匹の依頼だ。今さっきの蹂躙で10匹ほど狩ったので、あと20匹だ。少し森を歩くだけでゴブリンにぶつかる状態なので、達成はすぐだろう。非常に効率がよい。

また、今回から装備を一新した。スラムの棒切れが、鋼鉄のメイスに。スラムの衣が、マッドボアの革鎧に。これもまたルーシーのアドバイスを素直に聞いた結果だ。駆け出しの冒険者はとかく剣を持ちたがり、技量不足で失敗しがち。力に自信があるならメイスなど鈍器で叩いた方が安定するし、メンテナンスも楽。ルーシーの言うことはもっともで、俺は話を聞いた翌日に職人区の工房を幾つか回って、店売りには少し品質の足りないメイスと革鎧を安く売ってもらった。これまたルーシーのアドバイス。あれ、ルーシー様々だな。ヤクネタ扱いしてすまんかった。


ゴブリンの右耳を剥ぎ取りズタ袋に回収していると、グギャグギャとゴブリンの声が響いてきた。会敵の間隔が短い。本当に大発生だな。新しい武器と防具については試した。次は吸血を試す番だろう。

今度のゴブリンも10匹ほどの集団だった。ゴブリンの知能の程は知らないが、もしかしたら10匹で1分隊と決まっているのかもしれない。吸血を試すのは1匹で十分。残りにはさっさとご退場願おう。

俺は森を中を大回りしてゴブリンの背後をとり、気付かれる前に一気に距離を詰めた。一振りで最後尾の2匹を沈め、そのまま身体を回して投げ付けるようにメイスを集団に浴びせた。もう既に半数は戦闘不能だ。

「グギャギャギャ!」

先頭のゴブリンが声を上げると、ドタドタと反転した4匹が慌てて棍棒を振り上げる。ふむ。計算はぴったりだな。メイスの端を持ってリーチを最大限にし、二度三度振り回してる間に4匹は事切れた。

「グ、グギャ、、」

すっかり戦意をなくしたらしい最後のゴブリンは許しを乞うような仕草を見せるが、全然可愛くない。却下だ。俺はゆっくりとゴブリンに近づき、そのまま首筋に牙を立てた。


#


ゴブリンの体は糸が切れたように崩れ落ちた。

俺は襲撃前に投げ捨てた背嚢から大きく分厚い布を引っ張り出し、ゴブリンに被せた。万が一、眷属化した場合を考えての日除けだ。俺はあの日、二度と眷属を灰にしないと誓ったのだ。

さて、判定結果が出るまで暇なので今回吸ったゴブリンについて評価したいと思う。

◆基本情報
種族:ゴブリン
個体名:知らん
年齢:知らん
採取場所:西の森

◆味覚評価
甘味:皆無
苦味:絶望的なまで
酸味:鼻にくる
コク:酷

◆身体への影響
いまのところ特になし

◆眷属化
判定中

◆寸評
とにかく血が苦い。全くうま味がない中で苦味と酸味だけが幅を利かせている。あと、噛みついた首筋がやたらしょっぱくて引いた。

うん。こんなもんだろう。ちゃんと整理しておかないと後で振り返るのは大変だからな。
そんな詮無きことを考えていると、不意にゴブリンに被せた布が波打ち始めた。明らかにゴブリンの輪郭を無視した動きだ。波はどんどん激しくなり、ゴキゴキと骨が砕けたような音が断続的に聞こえてくる。波はまだ大きくなり、もう布が捲れ上がろうというところで一気に収束した。

「……」

「……」

「……」

「すいませーん、ゴブリンさんいますかー」

「ゴブリンさん、眷属やってる?」

「ひっぱるとひっぱるだけ、出てきにくくなっちゃいますよー」

くそ。全く反応がない。もう死んでしまったのだろうか。恐る恐る近づき、布に手を――。

パアァァァンンンンンンンン!!!!!!

ゴブリン、弾けすぎ……。


#


ゴブリンの眷属化に失敗した俺は、逃げるようにして街に戻った。そして桶を持ってスラム唯一の井戸に行き、何度も何度も水遊びをした。眷属化の失敗があんなに悲惨なものだったとは。そして弾けたゴブリンの体液があんなにも臭いとは。元々ゴブリンが眷属になるとは思っていなかったのだが、実際にその現実を突きつけられると、なかなか堪えるものがあった。



そうは言っても翌日にはケロッと立ち直るのが俺の良いところ。昨日数を稼げなかった分、取り返すつもりだ。それに今日は強力な助っ人がいる。ジャジャーン、ボスの登場です。

昨日帰ってから西の森の現状を伝えると、運動不足解消に丁度良いと言い出し付いて来ることになったのだ。確かにボスは毎日ミートパイを食べては寝る生活を続けていた為、大分肉付きが良くなっている。何処かでテコ入れが必要なのはその通りだろう。という訳で、仲良く出発です。

街から森の入り口まで歩いて2時間程度だが、ボスを散歩させながらだと1時間で着いてしまった。ボス、はしゃぎ過ぎ。

森に一歩踏み込むと濃厚な血の匂いに意識が高揚する。俺も吸血鬼ってことだ。ボスも瞳をギラつかせている。既に臨戦体勢だ。出てこい、ゴブリン。

少し森を行くだけでやはりゴブリンはいた。冒険者達によって結構な数が狩られている筈だが、それが問題にならないぐらいの群れが既に形成されているのだろう。遠慮なく狩らせてもらおう。

「ワンワンワン!!」

ボスは鳴き声をあげて、ゴブリン達の注意を引いた。ゴブリンは2分隊。足を止めてこちらの様子を窺っている。意外と慎重だ。

「ワオォォーン!」

ボスが物凄い勢いでゴブリンの群れに突っ込んだ。慎重さの欠片もない。頭から体当たりして何匹もまとめて吹っ飛ばし、あっけに取られているゴブリン達を前足で起用に殴りつける。もちろん即死だ。ボスが動くたびにゴブリンの体が消し飛び、周囲に血の霧がかかる。ボスの銀色の毛並みは赤黒く染まっている。

あっという間にゴブリンの2分隊は壊滅し、残った2匹は無様に腰を抜かして座り込んでいる。

「ワンワン」

「えー、さすがにそれは無理じゃないですかね。ゴブリンもそこまで馬鹿じゃないでしょ」

「ワンワン、ワンワン」

「まあ、やってみるのはいいですけど。おい、ゴブリン、見逃してやるから家に帰れ」

2匹は困惑した表情でこちらを見ている。

「いいから、家に帰れ。シッシッ!」

戸惑いながらも立ち上がり、後ずさりで距離を開け、ある地点でくるりと後ろを向いて一目散逃げていった。

「さて、一休みしたら追跡しますかね」


#



結果、ゴブリンは馬鹿だった。俺達はゴブリンの本拠地と思われるところの目と鼻の先にいる。今も森の中にある窪地の岩と岩の間の裂け目からゴブリン一分隊が出てきたことから、間違いないだろう。俺の横ではボスが得意気な表情だ。仕方ない。

「流石はボス」

「ワワワワン」

実際、ボスの鼻のお陰でどんなに離れても生き残りのゴブリンを見失うことはなかったし、気付かれることもなかった。あの穴の中にどれだけのゴブリンがいるかは分からないが、ボスがいる限りは遅れをとることはないだろう。

「ボス、どうします?中に入りますか?」

ボスは首を横に振った。

「ワオオオオォォォーン!!!」

ウルセェ!ボス、いきなりうるさい!突然の遠吠えに耳が震える。

「ワオオオオォォォーン!!!」

ボスは遠吠えを続けながら、悠然と駆け出した。穴からは慌てたゴブリン達がドタドタと出てきて、ボスに向かってグギャグギャ威嚇している。

「ワオオオオォォォーン!!!」

遠吠えに釣られて穴からはひっきりなしにゴブリンが湧き出し、ボスを完全に取り囲んでしまった。その数、たくさん。300匹までは数えていたが面倒になった。

ボスの遠吠えが収まり、辺りが静寂に包まれる。ボス、どうするつもりだ。緊張感に耐えきれなくなったのか、1匹のゴブリンが声を出して棍棒を。

ズズズシャーン!!!

ボスが大きくあげた前足を地面に下ろすと同時だった。ボスを囲んでいたゴブリンが一斉に潰れて血肉の溜まりがうまれた。そこには一切の慈悲はなく、等しく振るわれた圧倒的な暴力があるだけだった。

あまりの出来事に呆気にとられていると、くるりとボスが振り返り駆け寄ってきた。これはつまり、褒めろってことだ。

「さ、流石はボス」

俺はなんとか意識を持ち直しながら、ボスの顎の下を撫でながら褒め称える。

「い、今のは魔法ってやつですか?」

「ワン」

そうか。魔法か。全く理解が及ばないが、ボスがとんでもない存在であることは再確認出来た。寝転がって腹を見せているが、とても恐ろしい魔物だ。ボスに催促されて腹を撫でているが、その手は震えが止まらない。いつかは俺もボスのように魔法が使えるようになるのだろうか。



寝転がっていたボスがやっと起き、耳の剥ぎ取り作業を始めた時だった。もう何も出てこないと思っていた岩の裂け目から、窮屈そうに一際体の大きくなゴブリンが出てきたのだ。

ゴブリンロード?

こいつはルーシーが言っていたゴブリンの上位種だろうか?明らかに普通のゴブリンとは体つきが違うし、何より強者の風格がある。俺は判断を仰ごうとボスの方を見た。

「ワンワン」

俺一人でやれってか。


#


「どっせい!」

先手必勝。俺が短い冒険者人生の中で学んだ定石の一つだ。あわよくば死んでくれ。全力で踏み込み、全力で振るったメイスがゴブリンロードに迫る。

ドゴォォン

いい音はしたのだが。俺のメイスはゴブリンロードが持つ禍々しい棍棒に受け止められた。少し体勢が崩れただけでダメージはなさそうだ。むしろ俺の手が痺れている。ゴブリンロードは強引に押し返し、そのまま棍棒を振るう。それは俺の頬をかすめ、血が滴った。ゴブリンロードは止まらない。渦巻く暴風のように迫ってくる。大振りに助けられてはいるが、全く手が出ない。気を抜いた瞬間、首から上がなくなってしまいそうだ。俺は今、初めて魔物と闘っている。

自分の拍動がうるさい。こんなに息が上がったのは吸血鬼になって初めてだ。ゴブリンロードは誠実なまでに愚直に棍棒を振り回し、俺を追う。隙はあるのだ。しかし、その気迫に押されて後ろに引いてしまう。いい加減ヤバイ。アレを試してみるか。

ゴブリンロードの棍棒を小さな動きで躱して脇を抜ける。同じタイミングで反転するが、俺の方が小回りが利いて速い。その僅かな猶予を使って腰の小袋を引き千切り、こちらを向いたゴブリンロードの顔へ投げ付けた。

ゴブリン避けの粉。冒険者の道具というよりは行商人向けのもので、ゴブリンが嫌う植物を乾燥させて粉末状にしたものらしい。ゴブリン狩りをするなら念のために、とルーシーに渡されたものだ。

グギャァアアアア!!

顔を掻き毟りながらゴブリンロードが悲鳴を上げた。躊躇うことはない。俺は疎かになったゴブリンロードの脚にメイスをぶつける。膝がいけない角度で折れ曲り、ゴブリンロードが悶絶した。

それからはもはや作業だった。動かなくなるまでメイスで殴り続け、動かなくなっても何回か殴った。念のために。

ボスの方を振り返ると、尻尾を振りながら駆け寄ってきた。なにやらご機嫌だ。

「ワン!」

「ありがとうございます」

弱い奴が工夫するのは良いことだそうだ。悪かったな!弱くて!

「念のため、中も見ときましょうか?」

「ワン」

行くそうだ。


#


下水道で過酷な環境に慣れておいて良かった。そう思えるぐらいゴブリンの住処は汚かった。中は広めの通路が一本通っていて、そこに横穴を開けて部屋を広げてあった。ゴブリンも夜目が利くのか中に明かりはなく、あるのは食料と思わしき肉のようなものと、冒険者から奪ったのか、ボロボロになった革鎧や剣等だった。ゴブリンロードが最後だったのか。雑然としながらも中は物音一つしない。

「ボス、帰りましょうか?」

そう促すがボスは帰ろうとせず、トコトコと通路を奥に進んで行った。

「ボス、どうしたんですか?」

ボスが立ち止まった横穴を覗いて、俺は即後悔した。見るんじゃなかった。そもそも、ゴブリンの住処に入ろうなんて言うべきじゃなかった。少し考えれば分かることなのに。

ゴブリンはメスがいない種族だ。繁殖の為には他の種族のメスを攫ってくる必要がある。そしてここは数百匹のゴブリンの住処だ。当然、攫われてきたメスもいるのだ。

俺が目にしたのは地面に無造作に横たわる裸の女達だった。何人いるのか数える気がしない。生きてはいるのだろうが、人間的な反応をしているものは見当たらない。もう手遅れだ。ただゴブリン達の苗床として存在しているようにしか見えなかった。

「すいません。話せる人いますか?」

返事はなかった。助かった。返事があったとしても俺には対処出来ない。ただ声も掛けずに立ち去るのが憚られただけだ。

「ボス、行きましょう」

俺は少しでも早くここから離れたいのに、ボスは動かない。それどころか横穴の中に入って行ってしまった。

「ワン!」

嘘でしょ。俺も入るの?

「ワンワン!」

「わかりましたよ!」

ボスは横穴の奥の奥にまで入っていた。ボスに促されてそこまで行くと、他とは比べ物にならないぐらい身体がボロボロな女の子がいた。四肢は折れ曲がり、顔は潰されて元の顔なんて分からない。もう長くないことは明らかだ。

「…………」

「生きているのか?」

「……けて」

「…すけて」

「たすけて」

一体、俺にどうしろって言うんだよ! クソ!

「ボス、どういうつもりですか?」

「ワンワンワンワン!」

「それ、本気で言ってるんですか?」

「ワンワンワンワン!」

「たすけて」

「クソ! 知らねーからな! 後悔すんなよ!」

俺は屈んで女の子を抱き寄せ、首に牙を立てた。


#


「やれ」

「はいー」

気怠そうにシシーはマッドボアの首筋に噛み付いた。

「うぺっ!くっさー!無理だわー。毛深いしムリー」

「おま、ふざけんなよ!さっさとやれ!」

「えー、パイセンがやってくださいよー」

「俺がやっても意味ないだろ!」

「えー」

「や!れ!」

へいへい言いながらシシーはやっとマッドボアに噛み付き、血を吸った。シシーは眷属を作ることが出来ないのでマッドボアは狂って爆発するだけだ。俺達は足早に現場を離れた。

西の森は夜行性の魔物が徘徊し、夜も賑やかだ。ここ最近、俺とシシーは毎日夜になると西の森に行って魔物を狩っている。狩るといってもこれは冒険者として依頼をこなしているわけではない。シシーを鍛えているのだ。

ゴブリンの住処で死にかけていた少女は俺に血を吸われ、下級の吸血鬼となった。彼女の名前はシシー。多分俺よりも歳下だ。髪の色は俺やボスと同じ銀色で、肌はやはり青白い。性格はお察し。今は光を浴びても灰にならないように魔物の血を吸って吸血鬼としての力を強めているところだ。

「ねー、パイセン。そろそろ私も太陽大丈夫かな?」

「かもな。明日髪の毛で試してみよう」

髪の毛での試験は俺のアイデアだ。シシーの髪の毛を一本抜いて陽に当てると灰になったことから、これを吸血鬼としての力の判断基準にしたのだ。

「ねー、私もボスに血を吸ってもらってたらこんなことしなくてもよかったんじゃ?」

「眷属化ってのは主の元の種族と近くないと無理らしい」

「え?どういうこと?」

「元人間の吸血鬼が眷属を作るなら、相手も人間が良いってことだ」

「え、それ。ププッ、パイセン、犬なの?」

「やっぱり死んどく?」

「プププッ!お腹痛い!しゃべらないで!」

「テメ!」

「やめて!プププッ、死ぬ!犬死!」

俺は無言でシシーを殴り飛ばした。


翌朝、俺達は締め切って真っ暗なボロ家でそれなりの緊張感に包まれていた。シシーの髪の毛を一本抜き、窓の隙間から陽に当てる。

「……」

「……」

「……」

「灰にならないな」

「やったー!これで私も一人前だ!」

「ワンワンワンワン!」

シシーとボスがはしゃぎ回り、狭いボロ家が軋む。

「外でやれ!家が壊れる」

「はーい!」

勢いよく戸を開けてシシーとボスが飛びだした。シシーの笑顔を初めて見た気がする。シシーを吸血鬼にしたのは間違いではなかったのかもしれない。


#



「シシー、今日は冒険者ギルドに行くぞ」

「いてらー」

「お前も来るんだよ!」

「え、パイセン一人で行けないんですか?手間かかるー」

俺は無言でシシーを殴り飛ばした。大丈夫。シシーも一人前の吸血鬼なので身体も丈夫だ。

「殴ることないじゃないですか!野蛮!人でなし!犬!」

メイスを握りしめる。

「冗談!冗談じゃないですか!大人げないですよ、パイセン」

「うっせー!俺だってまだ子供だ!グダグダ言ってないでさっさと行くぞ。今日はお前を冒険者登録するんだ。これからはお前にも金を稼いでもらうからな」

「こんな子供を働かせるなんて!この世に救いはないの!」

「ねーよ!だから自分で足掻くんだろ。行くぞ」


モニカは驚いた顔で俺とシシーを交互にみている。

「妹さん?」

俺とシシーは同じ銀髪、肌の色も同じ。きょうだいで通した方が自然だろう。

「はい、そうです。妹もそろそろ冒険者になっても大丈夫かなって」

「そんなことないと思うわよ。妹さんいくつ?」

「えー、わたし?8歳ぐらいかな」

「本当に登録するの?」

「してください。俺が面倒は見ます。迷惑は掛けません」

俺は渋るモニカを押し切ってシシーを冒険者にした。冒険者証ができるまでの間に職人区へ行って装備も揃えるつもりだ。シシーのもメイスと革鎧でいいだろう。贅沢は言わせない。

「ところでジル。あなたもうすぐランクが上がるわよ。あと一つ依頼を達成したらEランクだからね」

モニカはさらっと重要なことを言った。ランクが上がる。いままでずっと最下層だった俺が、一番下ではなくなる。まだスラムの住人であることには違いないが、確実に何かを掴んだ気がした。

「パイセン、パイセン。行きますよ。ほら」

そうだな。このまま行こう。



冒険者証を手に嬉しそうにするシシーを見て声を掛ける。

「あんなに嫌がっていたのに」

「ふふふ。冒険者シシーの伝説はこの地より始まるのだ!」

「おま、馬鹿だろ。さっさと行くぞ。ミートパイ買って帰らないとボスに怒られる」

「はーい!お兄ちゃん」

こいつ、むかつく。


#


翌日から俺とシシーは冒険者としての活動を始めることにした。

「桶に井戸水汲んできてますんで、留守番よろしくお願いします。ボス」

「ボス、いってきまーす」

「ワンワン」

気をつけろだって。ボスは随分シシーには甘いようだ。俺のときはいきなり金稼げって言われたぞ。この落差よ。やる気でるわー。


朝の冒険者ギルドの混雑は酷い。新規の依頼が貼り出される掲示板の前には人集りができ、押し合いへし合いに荒げた声も混ざる。俺達はそれを遠巻きに、常設依頼の貼られた掲示板の前に来た。

「お兄ちゃん、どれにするー」

一瞬、ゾワっとした。しかしこれは俺も納得済みの設定だ。俺は設定を大事にする男なのだ。

「これだ。フォレストウルフの毛皮の買取が冬に向けて強化されるらしい。通常一頭分の毛皮で大銅貨3枚のところが、しばらくは大銅貨4枚になるって」

「お兄ちゃんて毛皮の剥ぎ取りとか出来るの?」

「いや、まだ出来ない。だから誰かに教えて貰おうと思ってな」

俺は先程から遠慮なく向けられていた視線の主の方を向いた。

「あっ、ルーシーさん!おはようございます」

「わっ!お、おはようジル」

「こいつは妹のシシーです。シシー、あいさつ」

「はじめまして、ルーシーさん!わたしはシシー。よろしくー」

「やはりきょうだいだったんだな。よく似ていると思って眺めていたんだ」

「眺めて?」

「いや、な、なんでもない!気にするな!それでお前達、フォレストウルフの毛皮狙いか?毛皮の剥ぎ取り方なら教えてやるぞ!幸い今日は予定がないしな。これから3人で西の森に出掛けて手取り足取り‥‥」

「行きます!よろしくお願いします!」

シラフの筈なのに興奮して多弁になってきた。危ない危ない。

「よし、準備はいいな?このまま森へ向かうぞ」

「「はい!」」

ルーシーが小さくガッツポーズをしたのはどういう意味なのだろうか。


#


「んっしょ」

シシーに頭を殴られたフォレストウルフはその場に沈み、しばらく痙攣した後に完全に動かなくなった。西の森で幸先よく3頭のフォレストウルフに遭遇した俺達は、それぞれが一頭ずつ受け持つことにしたのだ。ルーシーはシシーを闘わせることに反対したが、そこは俺が押し切った。

俺は先行してフォレストウルフの脳をかち割り、脇を抜けた2頭がそれぞれに向かった。ルーシーは剣に丸盾のスタイルで、突進してくるフォレストウルフを丸盾で軽くいなし、首に剣を差し入れて美しく倒していた。さすがだ。

一方のシシーだがこちらも問題ない。吸血鬼になって身体能力が飛躍的に向上し、尚且つ連日の夜の狩で様々な魔物の血を吸って吸血鬼としての力も高まっている。正直、フォレストウルフぐらい素手でもいいぐらいだ。流石に色々と悪目立ちしそうなので控えているが。

「お前達兄弟はどうなってるんだ?こんな小さな内から冒険者をやるぐらいだから何かしら他とは違うと思っていたが、ここまでとは‥」

「そんなことより、ルーシーさん。シシーは冒険者になってはじめて魔物を倒したんです。褒めてあげて下さい」

「おう、そうだったな!シシー、凄かったぞ!」

ルーシーはシシーに駆け寄り、髪をクシャクシャと撫でた。ちょっと興奮して頬擦りまで始めた。なんかおかしい。

「ル、ルーシーさん?」

「あぁ、次はジルの番だな。ジルも頑張ったな!」

「いや、俺は大丈夫です!大丈夫ですから!」

「子供が遠慮するもんじゃないぞ!」

戦闘中より素早い身のこなしでルーシーは俺の背後に回り込み、抱え込むように頬擦りされた。

「くっ」

「はっはっはっ、これでも私はBランクの冒険者だからな。駆け出しには負けんよ」

「Bランク?知らなかったです」

「言ってなかったからな。しかしお前達は本当にスベスベだな。スラムの住人とは思えんぞ」

「ちょっ、もう、やめて下さい!ちょっと!」

ただで剥ぎ取りを教えてもらおうなんて、俺が甘かったのだ。


ルーシーはフォレストウルフの後脚に結んだロープを樹の枝に掛けて引っ張り、フォレストウルフの体は宙吊りになった。剥ぎ取りナイフを後脚に差し込んで毛皮に切れ目を入れると、ギュッと引っ張り毛皮を剥がしながら、肉と毛皮の間に刃を入れて毛皮に肉が付かないように削ぎ落とす。見る見る間にフォレストウルフは頭部を残して丸裸になり、ルーシーの手には見事な灰色の毛皮。

「2人ともやってみろ」

「はい!」

「はいー」

俺達はその日、夕方までフォレストウルフを狩っては剥ぎ、狩っては剥ぎを繰り返し、1人10頭分の毛皮を手に入れた。一回戦闘が終わる度にルーシーから過剰なスキンシップを受けたことを差し引いても、充実した戦果だったと言えるだろう。


#


「「「カンパーイ!」」」

シシーの冒険者として初めての依頼達成と、俺のEランク昇進を祝うとルーシーが譲らなかったため、俺達は子鹿亭で夕食を供にすることになった。

「しかしお前達は本当に末恐ろしい兄弟だな。ジルなんて戦闘だけならCランクの冒険者と遜色ないぞ。シシーだってこのレガスに記録がある中では最年少での冒険者登録らしいぞ」

「レガス?なんですか、それ?」

俺とシシーは怪訝な顔で尋ねた。

「あぁ、この街の名前だ。レガス公爵領の公都、レガス。この国、モーシャス王国でも有数の都市なんだぞ」

「へー、知りませんでした」

「まぁ、スラムの孤児には街の名前も国の名前も関係ないか。私もそうだった。重要なのはその日生き抜く為に必要なことだけだからな」

「レガス最年少冒険者シシーの伝説は今日から始まったのだ!」

「おま、ちょっと気に入ってるだろ。最年少冒険者」

「ふふふ」

「いいではないか、ジル。シシーはまんま子供もなのだ。むしろお前が子供の癖にスレすぎなのだ」

「なのだー!」

「シシー、覚えてろよ!」

「盛り上がってるとこすまんな!これが注文の品と、このマッドボアのスネ肉の煮込みはサービスだ。なんかお祝いなんだろ?遠慮するなよ!」

子鹿亭の厳つい主人がテーブルまで次々と料理を運んできた。どれも食欲をそそる香りと見た目だ。

「さあ、食べてくれ。今日は私のおごりだ!遠慮は要らんからな」

「「はい!!」」

「ふふふ、それでいい」




子鹿亭からの帰り、シシーはミートパイ、いや、グレートミートパイの包みをブラブラさせながら話掛けてきた。

「ねー、パイセン?」

「なんだ」

「なんでパイセンもボスも私のこと何も聞かないの?」

「知ってるからだ」

「え?」

「お前の人生は俺に血を吸われたあの時から始まったんだ。身体も心もあの時新しくなった。それからは毎日一緒だ。知らないことなんてないだろ」

「ふーん、そうか。そうだね」

「そういうことだ」

「私の他にもパイセンに血を吸われて生まれた眷属はいるの?」

「うっ」

「いるんだ!ねー、どんな人?この街にいるの?」

「いるには、いるな」

「そうなの?どこにいるの?会って眷属トークしたい!」

「主には下水道だ」

「えっ、なんで下水道なんかに。それはちょっと可哀想」

「ね、、」

「ね?」

「鼠だからだ」

「ププププッ!ね、鼠の眷属!ヤバイ、食べたもの出る」

「お前のセンパイだぞ!笑うんじゃない!」

「ヒー、お腹いたい!鼠パイセン、ヒー!」

殴ろうと思ったが、今日はシシーのお祝いだ。俺は握った拳から血を流しながら我慢した。
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